3 サラの予言
来訪の目的
リンは意識を回復した。傍らで川の流れる音がした。
「目を覚ましたか」
リチャードが近くにいるようだった。起き上がろうとしたが体が言う事を聞かなかった。
「……あいたた、ここはどこ?」
リンは自分が横たわったままなのに気付いて、首だけを動かし、どうにかリチャードの後ろ姿を捉えた。
リチャードは川面を見つめたままで口を開いた。
「私たちが戦った場所の近くだ。『開都風』の庭園もあり、静かだったのでここにした」
「開都風?」
「気にするな。今からお前に確認したい事がある」
「何?」
「お前の気配を消す技だ。あれはこの星の人間の多くが会得しているのか?」
「この星って……この国の事でしょ。あんなのできる人間、そうはいないよ。僕の他には僕の師匠だけかな」
「なるほど。お前以外にもう一人いる訳だな」
「でもね、僕と違って師匠は腕も立つ。居合の達人なんだ」
「そうか。その人間は今、どこにいる?」
「それは言えない。誰にも話しちゃいけないんだ」
「まあ、いい。腕も立つのならこの星にいればすぐに出会う」
「あのさ、さっきから間違えてるけど、この『星』じゃなくて『国』だよ。日本語は難しいね」
「間違えてなどいない。私はまだこの星に来たばかりだ」
「何だ、そういう事か」
「思ったよりも驚かないな。この星の人間は他所の星に文明がある事など知らないと聞いていたが――お前、他所の星の人間に会った事があるな?」
「うん。やっぱり地下に潜るつもり?」
「やっぱり、とはどういう意味だ?」
「ごめん、ごめん。質問変えるね。何をしに来たの?」
「私はある人物の依頼を受けてこの星にやってきた。知っての通り、そこの屋敷の住人にメッセージを届けるためだ」
「糸瀬博士にメッセージ。それだけにしちゃずいぶん乱暴だ」
「依頼者からは『恐怖を与えろ』と言われた。だが先に手を出したのはそちらだ。私たちが来る事が事前に漏れていた」
「さっきも言ったけど僕は糸瀬博士のお嬢さんの警護を頼まれただけ。こんな騒ぎになるなんて予想もしなかった」
「嘘はついていないようだな。信じよう」
「じゃ僕はこれで」
その真意
「待て」
リンがのろのろと立ち上がろうとするのをリチャードが止めた。
「まだ何かあるの?」
「私には妹がいる。サラと言う名だ。十四歳だった」
「……だった?」
「妹には特別な力、『予知夢』があった。重篤な状態に陥った彼女はこう伝えた――はるか辺境の地で私は気配を消す能力を持った人物に出会うが、その人物こそは巨大な光であり、彼女を蘇らせるだけでなく、私にも新たな道を示すのだと。共に《鉄の星》を再興し、後には銀河の運命を変えるのだとな」
「妹さん、サラちゃんはどうしてそんな目に?」
「話せば長くなる」
「あ、ごめん」
「いや」
「もしかしてその予言の人が僕だって事?」
「その可能性は否定できない。だからこうして話をしている」
そう言ってリチャードはリンを力のこもった目で見つめた。
「で、どうするつもり?」
「もしサラの言う『運命の男』だとわかれば、お前を《鉄の星》に連れていく」
「そんなの急に言われても無理だよ」
「お前は私との勝負に負けた。負けた者が従うのは道理だ。不満ならば今一度ここで手合わせしてもいいぞ」
「不満じゃなくて、まず、僕も含めた地球人は他所の星になんか行った事ない。宇宙って、選ばれた人が何年も訓練をしてやっと行けるもんでしょ」
「何年もだと――馬鹿を言うな。『適性』を持つ者なら重力耐性と無酸素耐性くらいはあっという間に身に付く」
「適性とか耐性とかよくわからないけど、とにかく無理だよ」
「ふむ、現時点ではお前は可能性があるというだけの話だしな――ではこうしよう。この星でのミッションは終わったに等しいが、もうしばらくの間お前の傍にいてお前を観察する。もちろんもう一人の気配を消す人物にも会う必要があるし、それに気になる事もある」
「気になる事?」
「今回の極秘のミッション内容が漏れていたと言っただろう。帝国内の密通者、そしてこの星でその情報を受けた者の存在が気にかかる」
「もう好きにしなよ。でも僕が『運命の男』とやらじゃなかったとしてもがっかりしないでよ」
「期待を裏切らないでくれよ。さて、私はお前に倒された部下たちを回収しに戻らねばならない」
消えたソルジャーたち
リンは体の痛みも忘れ、狐につままれたような状態のままで、リチャードと一緒に公園を出て屋敷まで歩いて戻った。
庭の様子を一目見たリチャードは異変に気付き、声を上げた。
「トーラもバフもいない。ダメージを受けていたはずなのにどこに行ったのだ?」
「沙耶香さんに聞いてくる。リチャードはここにいて」
リンは屋敷の中に入り、階段の踊り場で倒れている沙耶香を発見した。
「大丈夫?」
「リン様」
沙耶香は意識を回復し不安気な表情を見せた。
「何があったの?」
「リン様が戻ってこられないかと窓から外の様子を見ていました。そうしたら暗闇の中でリン様が倒したお二人を何者かが背負って運び出していました。私、リン様だと思い、声をおかけしたのです。その時、月を覆っていた雲が晴れてその姿が、ああ、まるで大きな爬虫類のようで」
「……」
沙耶香の言葉を聞いたリンの顔が曇った。
「ですがそのお方の目はどこか優しくて、不思議と怖い気は致しませんでした」
「何か言ってた?」
「ええ、『お前は何も見なかった。時が来ればすべてわかる』とだけ。その声が聞こえると急に力が抜けて後は……」
「そうだね。忘れた方がいい」
リンはまだ震える沙耶香の肩にぎこちなく手を置いた。
「それより、リン様はご無事だったのですね?」
「うん、ちょっと面倒くさい話になってるけどね」
いつの間にか中原が様子を確認しに邸内に戻ってきていた。
「外はひどい様子ですな。さすがにこの惨状では警察を呼ばずばなりません。文月様、沙耶香お嬢様をあなた様の下でしばらくお預かり頂けないでしょうか?」
「えっ、沙耶香さんは外出できないんじゃ――」
「私、やってみますわ――中原さん、二人で別荘を抜け出した時を思い出せばいいですよね」
「お嬢様、左様にございます。射的をしたり、買い食いをしたりした、あの夢のような晩を思い出して下さい」
「はい、中原さん。リン様と一緒なら大丈夫な気が致します」
沙耶香の外出
リンは沙耶香を労わるようにして屋敷の外に出たが、そこにはリチャードが立っていた。
リチャードの姿を認めると沙耶香は歩みを止め、少し息遣いが荒くなったようだった。
「大丈夫。この人は敵じゃない。今は優しい目をしてるはずだ」
「……はい。平気です」
リンはにこりと笑ってからリチャードに近づいて小さな声で話しかけた。
「リチャード。あの二人はここから運び出されたみたいだよ」
「何だと」
「心当たりがあるんだ」
「どこだ?」
「これから彼女を家まで連れてかなきゃならないから、その後でそこに行くのは厳しいな。明日の夜、零時に『新木場公園』っていう公園がここから南に下った所にあるからそこで待ち合わせでどうかな?」
「わかった――お前はバインドを持っていないようだから連絡方法は限定される。お前の家を覚えるために一緒に行こう」
「どうぞ、ご自由に」
糸瀬邸を出てリンは沙耶香を後ろに乗せて明け方の町をスクーターで走り抜けた。
リチャードは一緒に行くと言って屋敷の外で別れたがどこにいるのか。きっと空からこのスクーターを追っているのだろう。
スクーターの二人乗り――
昔、これと同じような経験をした、そんな不思議な気持ちで頭の中が一杯になった。
何だろう、この感覚は。ああ、あの夢だ――