6.1. Story 1 83.08

2 侵入

 

侵入者たち

 リンが新宿で立ち回りを演じた同じ時刻、東京の文京区にあるM町という高級住宅街に奇妙な風体の三人の男が出現した。
 辺りはお屋敷街だけあって家々が大きいせいか、漏れる灯りも心なしか少ないように感じられる。中には鬱蒼と茂る巨木が植えられた庭もあり、真夜中ともなればどこか淋しかった。
 そんな人通りの途絶えた住宅街の一軒の屋敷の前で男たちは立ち止まった。

「ここだな」
 夏だというのに頭からすっぽりと黒いマントのようなものをかぶった三人の男のうち、一番背の高い男が言った。
「へえ、隊長はこれが『いとせ』って書かれてるのがわかるんだ?」
 少し背が低く、横幅が大分ある男が屋敷の表札を珍しげに見ながら野太い声で言うと、もう一人の小柄で細身の男がそれに答えた。
「馬鹿だね、バフ。字が読めなくたって座標が示す地点がここだからわかるんじゃないですか」
 すると背の高い男は静かに首を横に振った。
「いや、トーラ。私にはこれが読める。先祖がこれと良く似た字の書いてある本を所蔵していた」
「さすが王族の出だ。おれたちとは頭の出来が違わあ」
 横幅のある男が言うと、背の高い男が静かに首を振った。
「バフ、任務に取りかかる前にミッションの最終確認だ。目的はこの星、《青の星》の糸瀬優なる人物に大帝の親書を渡す事、尚その際に障害となる者は排除しても構わないが、糸瀬とその親族に手をかけてはいけない。糸瀬には極力恐怖だけを味合わせる事、以上だ。トーラ、追加情報は?」
「はい。”ファイル”をご覧下さい――

 

ファイル

 トーラが「ファイル、《青の星》」と告げると、空間にぶ厚い百科事典のようなものが姿を現し、パラパラとページがめくれて、文字が浮かび上がると共にアナウンスが流れ出した。

《ファイル》《青の星》 - 連邦、帝国、王国のいずれにも未加盟。文化レベルは下等。
(注意)銀河叡智15「創造と破壊」13「原始的破壊兵器の使用・保持の禁止」に抵触している恐れあり。
 住民は『持たざる者』のみ。能力を備えた人材はほぼ皆無、住民の戦闘能力は惰弱。
 星の歴史は――

 
「バフ、質問は?」
「ないよ、ないけどさ。どうして最前線じゃなくてこんな下等な星に来なきゃならないんだ?」
 バフの質問にトーラが肩をすくめた。
「シップの中でも確認したじゃありませんか。連邦は今や死に体、私らが出る幕でもない。王国との戦線も膠着状態ですし、ここを押さえれば王国を挟撃する形に持ち込める。隊長の読みを信じましょうよ。ね、隊長」
「ああ、トーラの言う通りだ。他にも目的はあるが極めて個人的なものなので気にしないでいい」
「何だよ、個人的って。隊長も隅に置けねえな」
「勘違いするな、バフ。単なる人探しだ」
「それはもしかして隊長が以前からおっしゃっていた運命の――

 
「詮索はそれくらいにしてくれ。難易度も危険度もゼロに等しいミッションなのでガインとナラドにはシップで留守番してもらっている。この三人で適当に暴れればいいだけだからな」
「あいつらが出てきたんじゃあ、辺りは血の海ですよ」
「万が一、ポータバインドが使用できない場合も想定しておくぞ。集合場所はシップだ。現地の時間は……733足してくれ、1983年、アダーニャ、8の月4の日だ」

 

Mission Incomplete

 三人は門をひらりと飛び越え、屋敷の中に入った。月明かりの下、古い洋館があり、その前には大きな日本庭園が広がっていた。
 玉砂利を踏んで洋館に近づく途中で隊長と呼ばれる背の高い男が立ち止まった。
「待ち伏せか」
 立ち止まった三人を取り囲むように庭園のあちらこちらから男たちが現れ、その内の一人が叫んだ。
「まさか本当に来やがるとはな。てめえら、飛んで火に入る何とやらだ」
「隊長、わざわざお出迎えみたいだぜ」
 隊長と呼ばれた男はバフの言葉には答えず、男たちに問いかけた。
「お前ら、『本当に来やがった』という事は、私たちの来訪を誰かから聞いたという訳だな?」
「どうでもいいだろ。おれたちゃ、てめえらを始末するように言われただけだ」
「なるほど。特殊部隊のミッションが事前に漏れた。これは大問題だ」
「ぐだぐだ言ってんじゃねえ。おい、やっちまうぞ」
「隊長、どうしましょうか?」
 トーラの質問に隊長は黙って頷いた。

 
 およそ三分後、庭には十人ほどの男たちが倒れていた。
 男たちは何事もなかったかのように黒いマントの裾についた泥を払った。
「しかし何と弱い生き物でしょうね」
 トーラの言葉にバフが首を大きく頷いた。
「ああ、まったくだ。隊長が出るまでもないよ」
 隊長と呼ばれた男は戦闘に参加せず、ずっと考え事をしていたようだった。
「どこから情報が漏れたのか気になっていた――」
「心当たりは?」
「ない――さあ、任務に戻ろう。大帝の親書の ロゼッタを家の中に放り込んで、今夜は帰るぞ」
「えっ、直接手渡しするんじゃないんですか?」
「うむ、相手がどう出るか様子を見る。ガイン達にはもう一日待機するように言っておく」
 トーラがふわりと空に飛び上がり、灯りのついていない真っ暗な二階の窓に向かって黒い小包のようなものを投げつけると窓ガラスが大きな音を立てて割れた。
 三人は屋敷から誰も出てこないのを見届け、その場を後にした。

 

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