目次
2 次の一歩
大都とジノーラは王宮で話をしていた。
「ジノーラ、状況をどう見る?」
「そうですな。王国が成立した事により局面が大きく動いております。連邦は《武の星》、《将の星》という強力な戦力を失った代わりに、滅亡の時を遅らせるのに一瞬だけ成功したように見えましたが、トリチェリ議長を失った。現在の議長セムでは早晩滅亡は免れますまい」
「帝国、連邦、王国の三すくみ状態では帝国もおいそれと連邦に攻め入れないが、連邦の自滅という訳だね?」
「ですがトポノフとゼクトは手強いです。しばらく膠着状態は続くでしょう」
「我が帝国はどう動けばいい?」
「直接の争いを避けるという意味では《虚栄の星》を目指すのが得策でしょう」
「私もそう思う――しかしそれでは《巨大な星》との間の距離があり過ぎて『統治者の不在』状態になってしまう」
「おや、珍しい物言いですな」
「かつてマンスールに『何も知らないのか』といった態度を取られたんでね。『星間統治論』とやらを読んでみた」
「で、どうでした?」
「ありきたりの事しか書いてなかった。しかも距離の問題は転移装置が解決可能だ……問題は長距離転送の実験データがほとんどないから実用化には程遠い点だ」
「そうご自分をお責めなさるな。となれば、かつての約束通り《巨大な星》の統治をマンスールに一任し、大帝は《虚栄の星》に専念されるのがよろしいかと存じます」
「あの男にこの星を任せるのか。民を考えると心が痛む」
「全くその通りでございます。ですがマンスールに統治を任せた所で将軍たちは付いていきますまい。リチャードのような人望ある者に統治を委ね、叛乱の可能性に怯えるよりは、ある意味安心ではございます」
「ジノーラは思ったよりも残酷だね。治世者はまずは自分の身の上を案ぜよという事か。確かにマンスールが帝国に盾突くとは思えないが、帝国の威厳を笠に着て、暴虐の限りを尽くすのは目に見えている」
「やむを得ませんな。実はもう一つお伝えせねばならない重要な事柄がございます」
「それは何だい?」
「大帝の願いは『銀河の叡智』の再現でございます」
「うん、君の言うように叡智は創造主の戯れに過ぎないのだろうが、それでも創造主を再びその気にさせるだけの舞台を用意しないといけない。それには七聖のような賢者たちを集めれば良いのではないかと考えたけど、短絡的だったかな?」
「七人揃える必要はありません。創造主の興味を引く強大な光を持った人物がいれば、それだけで十分です」
「なるほど。私はリチャードがその強大な光だと考えていたが、ロックの一件を聞いた今となっては本当にそうなのか、自信がなくなってきた」
「それはそれで面白いではありませんか。邪悪な部分を取り払った造られし聖人。なかなかの逸材です」
「だが彼だけでは不十分だ――ジノーラもそう思っているんだろう?」
「このまま何も起こらなければシニスターの力は増大し、銀河の混乱は一層深まり、最悪の場合は滅びる事になりましょう」
「シニスターである私の前でそれを言うとはデリカシーに欠けるね。でも他のシニスターの正体がわかった今となっては、君の言う通りだ」
「お気の毒ですな。大帝は色々と知り過ぎているためにご苦労される」
「いや、この役回りも楽しいが、この銀河が滅びるのをただ指を咥えて見ている訳にはいかない。そこでリチャードにも一肌脱いでもらう事にした。様々な星を巡ってもらい、光を探す、今の所これといった成果は出ていないようだけどね」
「――以前お話ししたのを覚えておいででしょうか。一瞬だけ巨大な光が生まれる前兆があった事を。それがとうとう生まれたようでございます。この光を効果的に表舞台に引き出せれば世界は一気に変わります」
「《青の星》だね――非常に興味深い。君が以前言っていたカルペディエムの一件もあるし、私もその光を見学がてら久しぶりの里帰りをしようか」
「大帝。それはリチャードに任せて、貴方は《虚栄の星》に集中して頂きたい。これも以前申し上げたはずですが」
「ああ、覚えているよ。だが現在の指導者センキュネンは取るに足らない小者だ。潰すのは半分眠りながらでもできる」
「あれは単なる傀儡です。ダイスボロ亡き後の星の実質の支配者は――」
「企業集団、グリード・リーグ」
「左様です。金融の要、トリリオン、商業のロイヤル・オストドルフ、エネルギーのPKEF、それに新興のワナグリとブルーバナーから構成される企業ネットワークです。彼らこそが千年に渡って続く連邦の息の根を止める術を知っているのです」
「だったら何故、彼らは行動しないのだろう。確かに特殊部隊の調査では連邦を快く思っていないようだったが」
「――これ以上、申し上げる訳には参りません。とにかくセンキュネンを速やかに退場させた後は、彼らを決して敵に回さず、彼らの言葉に耳を傾けて下さい。そうすればわかります」
「ただ単に私を《青の星》に戻らせたくない訳ではなく、ちゃんとした理由があるようだね。まずはリチャードを行かせるとしよう」
「現在、特殊部隊はミッション遂行中ですか?」
「第一部隊はちょうど《オアシスの星》から戻ってきたばかりだ。《虚栄の星》で活動中なのはシルフィの第二部隊だ」
「早速、リチャードの部隊を《青の星》に行かせるのがよろしいかと」
「うん、だが――」
「大帝はマンスールの心配をなさってますな。行く先々の星で横槍を入れてくるようですな」
「どうせ話を嗅ぎ付けて一枚噛もうとする」
「あの男に約束の《巨大な星》を与えてしまえば済む話です」
「話はそれほど単純ではないよ」
「ご心配はマンスール直属の特殊部隊、すなわちロックの一味の存在ですね?」
「ああ、私でさえどのような部隊か知らされていないが、自分の故郷が滅茶苦茶にされるのは見たくない」
「設立したばかりで何の実績も残していませんからな――ですがメンバーの情報は手に入れました」
「どんな顔ぶれだい?」
「取るに足りません。ガス男にオイル男、マンスールの教会の使用人をしていたヅィーンマンというちっぽけなネクロマンサー……」
「リチャードたちであれば一捻りか。ロックさえどうにかできれば」
「ですが最近になって切り札を手に入れたようです。さすがのリチャードもこの相手には分が悪いかと――」
「そんな猛者がまだいるのかい。世界は広いな」
「全くです」
「とにかく《青の星》の人間は恐ろしくひ弱な上に他の文明の存在も想像すらしていない。このままだと何もわからぬまま、いいように蹂躙される」
「やはり故郷は特別、ですな。でしたら故郷の強いお仲間に連絡をなさればよろしいではありませんか。事前に警告を与えておけば被害は抑制可能です」
「しかし私はインプリントを受けていない」
「あんなものは造作もございません。ネットワークに入れるように致しましょう」
ジノーラは小さく笑ってから大帝の右腕に手をかざし、小さく何事かを呟いた。
「では私はこれで。大帝ご自身の里帰りは《虚栄の星》を落とした後でも遅くはありますまい」
ジノーラは静かに去っていった。
大帝の部屋を出たジノーラはその足でマンスールの執務室に向かった。
「……これはジノーラ様。あの時以来ですな。今日は何用で」
「用件だけをお伝えする。間もなく大帝は《虚栄の星》に侵攻し、この星の経営を貴方に委ねます」
「それは真ですか」
「それだけではなくリチャードの特殊部隊が大帝の故郷、《青の星》に赴きます。貴方の特殊部隊も赴かせては如何でしょうか?」
「ロックは早く実戦を行いたくてしびれを切らしております。リチャードがいるのであれば、必ずや二人の間に惨劇が繰り広げられる。新たな切り札の実力も知れるし、一石二鳥です――が、大帝の逆鱗に触れる事になりませんか?」
「それは気にしないでよい。それよりもあなたの可能な全ての伝を使って《青の星》に混乱をもたらすのです。それにより大帝は貴方を罰する事はできなくなる――言っている意味がわかりますか?」
「可能な伝については。我が王、ドノスは《青の星》に旧知の人間がいるようなので問題ありません。しかし何故、それによって私は罰を免れるのです?」
「大帝は故郷の現状に心を痛めておられる。荒療治を施さないと人々の目は覚めないと理解しているが、その一歩を踏み出せないでいる。貴方が単にリチャードとロックの骨肉の争いだけでなく、全身全霊を傾けて星を混乱させるのであれば、それこそが大帝の望まれる状況」
「でしたら私も現地に赴いた方が」
「貴方は《巨大な星》に集中なさい。貴方の兄弟子を活用すればいいではありませんか」
「……ジノーラ様。全てをお見通しだ。一体、あなたは」
「知り過ぎるのは身のためになりませんよ。さ、早く《巨大な星》が我が物になった時のシミュレーションでも行う事です」
大都は王宮のそばの小川のほとりに腰をかけ、考え事をしていた。
やがて呼吸を一つ整えてから「ヴィジョン、プライヴェート・ネットワーク、《青の星》、ティオータ」と口にした。
空間に何も映っていない映像が浮かび上がり、やや間があってティオータの姿が現れた。
「やあ、ティオータ」
「『やあ』って……お前、大都か。生きてたのか。どこにいる――あ、ちょっと待て。調べるから。何、インペリアル・ネットワーク、《巨大な星》……またずいぶんと遠くに旅行したもんだ。だが逞しい男の顔になったな」
「顔の傷の事かい。顔だけじゃなく全身傷だらけさ」
「その傷は男の勲章なんだろうが、ちいとばかし勲章が多すぎるみてえだぜ」
「色々あったんだよ――ティオータは元気そうだね」
「そうでもねえよ。こちとら浅草に凌雲閣が建ってた頃から生きてんだ。いつ死んでもおかしくねえ」
「ティオータらしい物言いだね。皆も元気かい?」
「ああ、釉斎先生も元気だし、ケイジも達者だ。デズモンドは……あの馬鹿野郎、行方不明だ」
「えっ、もしかして私と別れた後、すぐにかい?」
「何て言えばいいんだろうな。お前と別れた後ですぐに旅立つ予定だったらしいが、あれはお前が行方不明になる一年くらい前だったかな。ふらっと子連れでおいらの所に顔出しやがったんだよ。で、『今から最後の航海に出るから、子供を預かってくれ』とだけ言い残して、それっきりよ」
「子供か、それは予想外だ」
「気の毒なのはせがれの能太郎さ。二十三になるのに親父の顔も知らねえときてる」
「でもティオータが面倒見てるんでしょ?」
「ん、ああ。嬉しい事においらみてえな奴を『父さん』って慕ってくれてるぜ」
「良かったじゃないか。ところで私も行方不明という事になってるのかい?」
「ああ、ローマオリンピックが終わってからしばらくしてだったな。唐河十三覚えてるか、あいつがぽろっと『九頭竜会の兄ちゃんが行方不明になったらしいですね』って言ってたのを聞いた」
「修蛇会だね……ふーん、なるほどね。糸瀬優という人物に聞き覚えがないかい?」
「糸瀬……どっかで聞いたな。思い出した、数か月前の新聞に寄稿してたぜ。確か地下都市の可能性みたいな内容だったんで気になってよ。最近じゃ、地下鉄もどんどん深い場所へ潜ってるから、こっちも大変でよ。もう何本か開通したらさらに深くへお引越しだね、なんて釉斎先生と話をしたな」
「その内容についてもう少し詳しく話してくれないか?」
「急に何だよ」
ティオータは「ファイル」と言って、空間にもう一つ映像を開き、新聞の切り抜きを検索した。
「ああ、これだ、これだ。いいか、適当にかいつまんで読むぜ。『東京の地上はすでに飽和状態に達している。これからは海底か地下に目を向けざるをえないであろう。地下街の延長ではないかと思われる方がいるかもしれないが、ここでいう地下とは衣食住の日常生活をしていくための場を指している』――まだ読むか?」
「うん、続けて」
「『地下で生活する上で重要なのは移動と食糧の確保である。私はこの両者において画期的な理論を確立する事に成功した』――だってよ」
「『移動』の方の説明には何て書いてある?」
「人使いが荒いな。『移動については物質転移理論が重要なカギとなる。ここで詳しく説明を行うと紙面が足りなくなるので割愛するが、アインシュタインの一般相対性理論を理解できる人間が世界で五人しかいないなら、物質転移理論は残念な事に現時点では私一人しか理解できない』――何だ、眉唾物じゃねえか」
「……それだけ?」
「ええと、まだ書いてあるぜ。『論より証拠をお見せしたい。私は1983年8月24日まで東京Tホテルで行われる予定の国際都市シンポジウムのホストという大役を仰せつかった。その席上で実際に転移装置のサンプルと共に転移理論の実現性を証明したいと思う』――何だこりゃ、宣伝じゃ――」
突然にティオータの目の前の大都の映像が消えた。
実際には大都がヴィジョンを切ったためだった。
大都は肩で大きく息をしながら拳を握りしめた。
「糸瀬め。大目に見てやっていたがこれは許せん。私の研究を自分の成果として発表する、研究に携わる者としてそれだけは看過する訳にはいかないぞ。私怨と言われようがそれなりの苦しみを与えてやる」
大都は呼吸を整え、再びティオータとの間のヴィジョンを開いた。
「どうした、大都?」
再び空間にティオータの顔が現れたが、その背後に立っていたのはまぎれもなくケイジの姿だった。
「ごめんごめん。ネットワークをまたいでいるから調子が悪かったみたいだ――ケイジもいたんだね?」
大都に呼びかけられたケイジは一歩前に出てティオータの隣に並んだ。
「大都、気を乱すとは。お前らしくもないな」
「……やっぱりケイジには敵わないね。うん、取り乱してしまったよ」
「糸瀬というお前の研究仲間がお前の失踪に関係しているのだな?」
「ああ、彼の策略のせいでこんな場所にいる。でもそれについてはむしろ感謝している。そっちよりもはるかに文明レベルの高い星で生活できるようになったんだから」
「――とするとお前の研究成果を糸瀬が横取りして発表しようという事に対して、科学者のプライドが許さないという訳か」
それだけ言ってケイジは再びティオータの背後に下がろうとした。
「待って、ケイジ。二人にはこれから私の言う事をよく聞いて欲しいんだ」
「どうしたんだよ、血相変えて」とティオータが言った。
「いいかい、言うよ。これから《青の星》は経験した事のない大混乱に陥る」
「へっ、そりゃどういう意味だ。最近できた王国でも攻めてくるってのか」
「私は帝国で要職に就いているんだ。最新の決定事項として《青の星》に帝国特殊部隊を派遣する事になった」
「へん、そう変わりはねえじゃねえか。帝国が攻めてくるんだったら」
「最初に行く十名程度は表向きの目的は糸瀬に対する警告、でも本当の目的は人探しなんでそちらに与える被害はほとんどないと思う。でも後から来ると思われる数名が非常に危険な人間たちだ。ヘタすると何千人、いや何万人が犠牲になるかもしれない」
「よくわからねえな。糸瀬ってのはたった今話題に出たばっかりじゃねえか。何でそんな奴の名前が帝国内部で挙がるんだよ。それに人探しって誰を探しに来んだよ。しまいにゃ何万人も殺しちまうような殺人機械みてえなのが来るって、メチャクチャだぞ」
「大都、お前が何を隠しているかは大体見当がつくが我々にどうしてほしいのだ?」
ケイジが突然に口を開いたのでティオータは慌てた。
「おい、ケイジ。大丈夫かよ。こいつは問題だぜ。この星は連邦からも帝国からも王国からも無視されてるちっぽけな星だ。だが『パンクス』も『アンビス』もどちらかと言えば連邦寄りだ。帝国の依頼とあっちゃ、まずは釉斎先生に相談して他国の組織とも連携しなきゃならねえだろう」
「ティオータ、時代は動こうとしているのだ。この星とて例外ではない。己の利益だけを追求して愚かな行いを繰り返していれば外の者によって滅ぼされる。それを知る時が来たのだ」
「ケイジの言う通りだよ」と大都が続けた。「死に体の連邦は守っちゃくれない。このまま連邦、帝国、王国の三つ巴の争いが拡大していけば、そっちも当然巻き込まれる。そうなれば皆、奴隷だ」
「もう一度、具体的には何をすればいい?」
「最初に来る十名、多分五名、五名のような感じで二回に分けて来訪すると思うけど、彼らには協力してやってほしい」
「大都、最初の十名は糸瀬に警告を与える役目と共に人探しを目的としていると言ったろう。目星は付いているのか?」とケイジが冷静な調子で確認した。
「それがまだはっきりしてないんだ。私も24日のシンポジウム当日にはそちらに行こうと思ってるんだけど」
「もっと早くにお前一人で来て、直接警告すりゃいいじゃねえか」
「ティオータ、抜けられないミッションの最中なんだ。それに――」
「人探しの方はお前ではなく最初の十名の中の誰かにしか行えないという事だな?」
「ケイジ、その通りだよ。この人探しは極めて重要なミッションで成功すれば銀河の運命が大きく変わる、それほどのものなんだよ」
「後から来る数名とは?」
「指揮系統が違うから確実に現れるとは言い切れない。でも帝国の特殊部隊が活動を開始したのを聞きつければ、必ず行くと踏んでいる」
「特別な目的もないのに殺戮破壊を行う集団か。帝国は何故そのような無法を許す?」とケイジが尋ねた。
「『必要悪』――でもそれももう限界かもしれない」
「……ずいぶんと弱気だな」
「人探しさえ上手くいけば、武力ではなく叡智で銀河を統一できるはずなんだ。そうなれば帝国も王国も不要さ」
「――わかった。大都、付き合うぞ。釉斎には何も言わず、私とティオータだけで秘密裏に動こう」
「ケイジ、わかってくれて嬉しいよ」
「パンクスに立ち寄る時間はあるのか?」
「24日にほんの一瞬だけ」
「その時に又会おう」
「ありがとう、ケイジ、ティオータ」
大都はヴィジョンを切ってため息をついた。ケイジは何もかもわかっている。それでも協力すると言ってくれた。時代の変わり目を《青の星》に居ながらにして感じているのだ。
後はリチャードがどう動くかにかかっていた。できる限り血を流さずに『銀河の叡智』を再現するにはこれしかない。だがそのために故郷の人々の犠牲が必要だとは皮肉な話だった。
パンクスではヴィジョンを切ったティオータとケイジが話をしていた。
「何だったんだ。大都は。言ってる事が滅茶苦茶だったな」とティオータが言った。
「今のあいつの置かれている状況ではあれが精一杯だ。察してやれ」
「『察する』って何を?」
「帝国建国にあたって、それまでインプリントを受けた事のない男が大帝となった――」
「あん、じゃあ大都が帝国の大帝だってのか?」
「おそらくな」
「いいのか、ケイジ。そんなど偉い奴の頼みを安請け合いして」
「大都は私の弟子だ」
「そうだな。ところでケイジ。あんた、新しい弟子の事を言わなかったな」
「うむ。どこかで大都に会うだろう」
「あんたの弟子が人探しの相手かもしんねえぞ」
「――まだそこまでの力はない。よほどの事でもなければ覚醒はしない。それよりもティオータ。お前には能太郎がいる。無理しなくていいぞ」
「水臭い事言うなよ。おいらとお前の仲じゃねえか」
「私はそろそろ死に場所を探し始めないといけないようだからな」
「へっ、地獄の底まで付き合うぜ」
「当面は糸瀬とやらを監視するとしよう。住まいの場所を調べてくれ」
数分後、糸瀬の住所をティオータが探し当てた。
「文京区のMって言えば東京でも有数のお屋敷の並ぶ一帯だ」
「元々の資産家か、ディエムの混乱に乗じた成金か。まあ、行ってみればわかる」
ケイジとティオータが立ち上がったその時、広間に天野釉斎が顔を出した。
釉斎はすっかり父の有楽斎に似た好々爺風の老人になっていた。肩から下げた診療用の鞄をソファに投げ出し、自分はソファに沈み込むように座った。
「おや、どうされました。お二人でお出かけなど珍しい」
言っていいのかどうか迷うティオータを尻目にケイジが言った。
「糸瀬優の自宅に行ってみようと思ってな」
「はて、糸瀬優ですか。あの新聞に出ていた」
「そうだ」
「実は私もあの後で気になって色々と調べたのですよ。そうしたら面白い発見をしました」
釉斎が「ファイル、メモ、糸瀬優」と口にすると空間に年表のようなものが浮かび上がった。
「糸瀬はM大学で都市工学を学び、『都市デザイン計画』に最年少で参加したというなかなかの男です」
「『都市デザイン計画』って来るべきオリンピックに備えて東京のグランドデザインを再検討しようって奴だったよな?」
「そうです。その席で糸瀬は『こんなものは戦前の計画の焼き直しに過ぎない』とぶち上げて大いに話題をさらったそうです」
「へえ、とんがった奴じゃねえか」
「単なる売名行為だったのかもしれませんがねえ――その後、糸瀬はM大学に戻り教授となるのですが『都市デザイン計画』との間に数年間の空白期間があるのですよ」
「ふーん、そんなの珍しい事かねえ」
「私の見た所、糸瀬はとても体面を気にします。そのような人間は履歴書に空白期間を残すような真似はしないものです」
「さすがは医者だね。で、どんな事してたんだい?」
「ずいぶんと苦労しましたよ。最後は警察の知り合いの西浦という男に頼んで、半ば強引に調査しました。すると糸瀬は昭和34年から36年まで官学共同の『ネオポリス計画』に参加していた事がわかったのです」
「聞いた事ねえなあ」
「それはそうでしょう。トップシークレットだったようですし、途中で中止になりましたからね」
「釉斎、それは変ではないか」とケイジが口を挟んだ。「官学共同の横断事業なのに、誰にも知られずに始まり、誰にも知られずに終わるというのは」
「そこなんですよ。私も引っかかる所があったもので『ネオポリス計画』を調べました。これも苦労しましたよ。すると発起人に面白い名前を発見したんです」
「誰なんだ?」
「村雲仁助」
「アンビス日本支部長にして、現衆議院議員か――確かに興味深いな」
「たまたま会う機会があったのでその件を聞いてみました。奴さん、とぼけてましたが、中止になった理由を聞いた時に思いがけない事を言ったんですよ」
「何だったんだ?」
「事故が起こったせいだそうです。その犠牲となった若い研究者とは……」
「なるほどな。全てが繋がった」と言ってケイジは珍しくにやりと笑った。
「まさか弟子の復讐なんて考えてませんよね?」
「当たり前だ。だがこれからしばらくの間、糸瀬を監視する」
「それは又、何故?」
「詳しい事は言えんが近い内にこの星には大きな変化が訪れる。この星の人間は初めて自分たち以外の存在に気付き、自分たちの愚かさ、無力さに気付くだろう。その始まりが糸瀬なのだ」
「ケイジさんのお言葉とは思えない詩的な表現ですな。いや、失礼。それはこの地下の二つの組織にも大いに影響ある事です。心しておきましょう」
「釉斎先生、暑い八月になるぜ」
「おやおや、ティオータまで詩人ぶるとは」
1983年8月に入ったある日、ティオータがケイジを呼び出した。
「ケイジ、糸瀬の屋敷で動きがあったぜ。池袋修蛇会が出入りしている」
「そろそろ始まるか。今夜から二人で監視をしよう」
大都はティオータと話をしたわずか数日の後に《虚栄の星》を奪い取った。ダイスボロの後を継いだセンキュネンという無能な指導者に退陣を迫り、一滴の血も流す事なく支配権を手に入れた。
すぐさま実質的な星の指導者であるグリード・リーグに接触し、トリリオン総裁から興味深い話を聞いた。
ジノーラとゲルシュタッドに命じて軍事と内政の整備に着手し、自身は故郷、《青の星》への里帰りの準備を始めた。
リチャードがもたらす知らせは吉報か悲報か、その結果如何で帝国を解体する――《巨大な星》をマンスールに任せ、自分は《虚栄の星》に留まるつもりだった。
リチャードと銀河を変える『運命の男』よ、ここまで来るがよい。来る事ができれば、銀河の上半分は自然とその手の中にあるのだ。
そして銀河の上半分が統一された時に起こるのが『銀河の叡智』か、それともナインライブズか、それを見届けた所で自分の役目は終わりを告げるはずだった。
彼女との約束は果たされる。果たして喜んでくれるだろうか――もう一度会いたかった。
別ウインドウが開きます |