5.9. Story 1 目覚め、去りゆく者 (2)

2 王国の誕生

 

キング

 《武の星》の都、開都のポートに奇妙な訪問者たちが降り立った。
 太陽のような形の黄色いマスクをすっぽりとかぶったさほど大きくない男と、屈強な坊主頭の男が二人、太陽のマスクの男を守るようにして付き添っていた。
 男たちはまっすぐに都督庁に向かい、都督の公孫転地に面会を求めた。

 
「転地殿、回答は頂けますか?」
 太陽の模様が入った顔全体を覆う黒いマスクを付けた男と公孫転地が都督庁の一室で向かい合って座った。男の傍らには屈強な二人の坊主頭のボディガードたちが無言で立っていた。
「ご存じとは思いますが、この星の意思決定はそれぞれの星にある長老殿が行います。まだ《将の星》の決定が届いていません。明風殿がこちらに来られるはずですが――」

 
 転地が話しているその時、部屋のドアが勢いよく開かれ、一人の若者が現れた。
 気性の激しそうな筋骨隆々とした青年だった。
「神火か」と転地が声をかけた。「明風殿はどうされた?」
 神火と呼ばれた青年は無遠慮にずかずかと部屋に入ってきた。
「おれが親父の名代で決定を伝えにきた」
「ふむ、それでどうすると?」
「我らは腐敗した連邦には最早、何の未練もない。かと言って新参者の帝国に尻尾を振るなどもってのほか。そこにおられるキングの王国に力を貸すというのが結論だ」
「神火。重要な事だぞ。本当にそれが星の総意だな?」
 転地が念を押した。
「叔父貴、くどいな。おれが決定と言えば決定だ」
「むぅ、確かに実戦の指揮は明風殿からお前に代替わりしているのは認めるが――」
「おれは誰よりもシップでの集団戦に長けている。弟たちと編み出した『火炎陣』は銀河最強だ。それなのに連邦の馬鹿共はその有用性を認めようともしない。おれは早く実戦の場で『火炎陣』を試してみたいのだ」

 転地が黙って考え込んでいるとマスクの男は低い声で言った。
「何とも頼もしい。《武の星》の長老たちは何と言ったのでしょうな?」
「……全ては《将の星》と決断を同じうすべしとの事でした」
「決まりですな。二つの星の協力の下、我が王国は連邦を廃し、帝国を打倒し、新たな銀河の秩序を確立するべく宣言を発します」
「仕方ありませんな。二つの星が相争う訳にはいきません」
「おや、転地殿はあまり乗り気ではないようだ――《将の星》ではこのように若い世代が力を発揮してくれようというのです。せっかくですから水牙殿に出てきて頂くのは如何ですか?」

 天地とマスクの男の間に立っていた神火が舌打ちをした。
「水牙だって。叔父貴には悪いがあんな腰抜けに何ができる。足を引っ張るのが関の山だ」
 神火にそう言われて転地は再び考え込み、やがて口を開いた。
「こうまで息子を悪しざまに言われては引き下がれませんな。いいでしょう。水牙と弟の雷牙を出します。その他にも数名手練れを出しますので――神火、よいな」
「好きにするがいいさ」
 神火は来た時と同じように肩を怒らせながら部屋を出ていった。出ていく時にドアの所に立っていた二人の坊主頭の男を物凄い形相で睨み付けてから姿を消した。

 
「ふむ、若き猛者たちが前面に出て下さる。実に頼もしい」
 キングが言ったが、マスクをかぶっているためその表情はわからなかった。
「連邦には最早期待はできません。権力闘争に明け暮れるばかりで、いつ自壊してもおかしくない。では帝国か、確かに大帝の叡智の再現という言葉には心動かされました。しかし彼らが《鉄の星》で行った残虐な所業、あれを行った帝国を信じろというのは無理がございます」
「もっともですな。私が王国建国に至った経緯も同様です。連邦に対する失望と帝国に対する憤り、この状況を打ち破るには新たな勢力が必要なのです」
「ですが今の神火の振る舞いを見ると、王国も帝国と同じ過ちを犯すのではないか、そう思えてなりません」
「ほぉ、転地殿らしくもない。水牙殿がその抑止力として機能するのではないですかな。だからこそ水牙殿を推挙したのです」
「あの二人は同い年ですが幼少の頃から折り合いが悪かった。火の属性をそのまま表す神火と水の属性そのままの水牙、本当にうまくいくだろうか?」
「何、王国もお二人に全てを委ねようという訳ではありません。他にも将軍を数名、雇い入れるつもりですのでご心配なく」
「わかりました。腹を括りましょう。このまま連邦の自壊を待つよりも一歩踏み出す。それが若き頃、デズモンド・ピアナに教え込まれた私の生きる道です」
「さすがは転地殿です」

 
「デズモンドで思い出しましたが、あなたには……以前お会いした事が――」
「たとえ気付いていても口に出してはいけませんよ。王をカリスマ化させる、これはデルギウスの頃からの鉄則です」
「やはり」
「ではこれで。《牧童の星》で全銀河に向けて王国建国宣言を行いますので。その後に全王国民は連邦ヴィジョンから王国ヴィジョンに切り替えます」
 キングは一言も発しなかった二人のボディガードを連れて部屋を出ていった。

 一人部屋に残った転地は文官を呼び付けた。
「水牙と雷牙、それに王先生をここに呼んでくれ。『長老殿』には後で私が向かう」

 

異世界の令嬢

 巡視を終え開都のポートに着いた水牙、雷牙の兄弟の下に王先生とお付きの青龍という青年が一人の女性を連れて現れた。
「これは先生、お珍しい」と水牙が声をかけた。「ポートに来られるなど。おや、隣の女性は?」
「うむ、この人を会わせたくて、わざわざ来たという訳じゃな。何しろ時間がない」
「時間ならいくらでもあるじゃないか」と雷牙がおどけたような声を出した。「で、誰なんだい?」

 王先生に促され、女性が口を開いた。黒目が印象に残る神秘的な若い女性だった。
「私の名はミミィ。異世界からやってまいりました」
「異世界――異世界っていうと『死者の国』がある場所かい?」と雷牙が尋ねた。
「そんなところです」
「で、異世界の住人の方が何用で?」と水牙が質問した。

「わしから話そう」と王先生が言った。「この娘は異世界の列候、経方仙モラリナスの娘で癒しの力を持っておる。来るべき戦いに備え、仲間にしておいて損はないぞ」
「来るべき戦いって言ってもよ。海賊たちとは毎日のように――」
 雷牙の言葉を水牙が途中で遮った。
「先生、いよいよ立ち上がるのですね。連邦に見切りをつけ、帝国に牙を向く新たな勢力として」
「そうなるかな」
「帝国があのような非道な真似さえしなければ、争いもなく連邦の死に水を取れたものを。某は未だに大帝が《鉄の星》に関してあの命令を下したとは信じたくありません」
「うむ。手違いかもしれんが起こった事ばかりは変えようがない。大帝もその件について弁明をしない所を見ると納得ずくではないかな」
「リチャードやゼクトと戦わなければならないのですね。気が重い」
「ほっほっほ、平和主義者の水牙らしいわ。だがそれは向こうも同じ。せいぜい名勝負を繰り広げるがよい」
「先生、他人事のように――」

 ミミィが会話に割って入った。
「私が同行する件はどうなってます?」
「おお、そうじゃった。水牙、雷牙、問題ないな?」と王先生が尋ねた。
「ええ、もちろんです。ですがそのような異世界の名家の方が何故、こちらの世界の某たちに力を貸して下さるのか」
「色々あっての。モラリナスが消滅させられて、身の危険を感じたミミィがわしに助けを求めたのじゃ」
「消滅……穏やかではありませんね。誰がそんな?」
「まあ、あちらにも色々とあるのじゃ――そろそろ転地から連絡がある。都督庁に向かおうではないか」

 

怠惰を貪る者たち

 不思議な建物だった。古い城だったが、外から見るとさほど大きくないのに、中に入ると広大な空間が広がっていた。
 城内の中央に大広間と呼ぶには広すぎる赤い絨毯が敷き詰められた一角があり、そこで二人の男がくつろいでいた。

 
「ルパート、急に訪ねてきて、どうしたね?」
 漆黒の衣装に身を包んだ物憂げな表情の黒髪の男が、訪ねてきた溌剌として見える純白の衣装の青年に尋ねた。
「兄上、ご機嫌伺いです。最後に外出されたのはいつですか?」
「ふむ、確かデルギウスの件で彼女の下を訪れたのが最後だったか」
「下の暦でいえば千年も経っている。たまには外出しないといけませんね」
「外も退屈なのだから仕方ない。だがいよいよ始まろうとしているのだな」
「そうです。この世界も浮足立っていて、あちらに移住する者が急増しております」
「ルパートも大変だな。出ていく者、入ってくる者を逐一チェックしているのか」
「こちらの世界で外を出歩くのは私くらいしかいませんからね。実は本日伺ったのはそういった者の中に面白い人間を見つけたのでご報告にと思いまして」
「ほぉ、興味が湧いてきたよ」

「『経方仙』を覚えておいでですか?」
「モラリナス、あらゆる薬に通じ、およそ治せない病人はいなかったという方だ」
「そのモラリナスの娘ミミィが《武の星》に赴いたらしいのです」
「何故、そのような場所に――なるほど、黄龍、王先生が呼び付けたか」
「どうやらそのようです」
「さすが黄龍だな。抜かりがない。青龍も復活して傍にいると聞く。本気になったとしたらどの勢力よりも強い」
「黄龍はそのような争いに興味がないでしょう。ミミィを呼んだのも被害を最小限に食い止めるためではないかと」
「モラリナスの娘ミミィか。興味深いな」
「名家の娘ですし」
「はて、ルパート。この異世界において名家とは何だ?秩序がない状況で名家など意味がないだろう。私の『大公』も君の『プリンス』も気まぐれに名乗っているだけではないか」
「兄上、私が申したいのは、あのチェントロ男爵のように心卑しくはないという意味です」
「なるほど、確かにあの男と比べれば誰もが名家の出だ」
 そう言って二人は小さく笑い合った。

「で、兄上。兄上もそろそろ下の世界に?」
「いや、まだだ」
「何故。十分に退屈しのぎになりそうな状況ではありませんか?」
「サフィの時のように時代の舵取りが出現していない」
「大帝では物足りませんか?マザーでさえ期待されているというのに」
「大帝もリチャード・センテニアも面白い存在だが、それを凌駕する存在が間もなく世に出現する。その時までもうしばらくの辛抱だ」

 

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