5.8. Story 3 誤算

3 《鉄の星》陥落

 プラの王宮での頂上会談は物別れに終わった。
 大帝の出した「連邦を離脱し、帝国に加わる」、「リチャードを始めとする皇子皇女は王室ではなく帝国に帰属する」の二つの要求に対して、トーグルも《銀の星》のナジール王も了承しなかった。

 
 大帝は《巨大な星》に戻り、ホルクロフトを始めとする将軍たちに出撃準備の命令を出した。
 王宮でジノーラと話を終え、一息ついているとマンスールが現れた。

「これは大帝、ご機嫌うるわしゅう」
「何の用だ、マンスール」
「ずいぶんと冷たいですな。ジノーラ殿と共に《鉄の星》に赴かれ、今は将軍たちに出撃命令をお出しになっておられるというのに」
「だから何用だ?」
「私も連邦離脱を表明し、帝国の一員でございます。何故、私だけ蚊帳の外なのですか?」
「ん、お前は民政担当であろう。《巨大な星》の統治に集中すればよいではないか」
「これは大帝のお言葉とも思えない。私の力はご存じでしょうに」
「お前の力――薄汚いネクロマンシーか。生憎だな、私はそんなものを必要とはしていない」
「大帝、それは誤解です。綺麗事ばかりでは広大な銀河に覇を唱える事などできません。汚れ仕事をする者が必要なのです」
「お前がその役を担うと言うのか?」
「お許しさえ頂ければ」
「必要悪か」
「その通りでございます。必ずやご期待にお応え致します」
「期待……期待などしていない。ただお前が何を企んでいるのかは興味がある」
「ではお許しも頂いた事ですし――」
「許可した訳ではない。私からお前に命令を下す事はない。お前の判断で行動し、その結果、窮地に陥ったとしても私は関知しない。それでいいな?」
「十分でございます」

 
 マンスールはサディアヴィルの近くにある教会に戻った。
 ヅィーンマンはファイルでニュースを読んでいた。
「マンスール様、如何でした?」
「どうにか動けるよう許可、いや許可ではないな、黙認してもらえるようだ。全て自己責任で処理しろ、帝国は一切関知しないと言われた」
「それはまた酷い仕打ちですな。いっその事、術をかけて操ってしまえばよろしいではありませんか?」
「それができれば世話はない。一足遅かったのだ」
「と言いますと?」
「私が大帝に会った時には、すでに結界が張り巡らされていた。きっとジノーラの仕業だ。忌々しい」
「ジノーラはそれほどの凄腕ですか?」
「うむ、ム・バレロ様と同等、いや、はるかに上回るかもしれん。だが私も間もなく最高の作品を手に入れてみせる――そちらは何かあったか?」
「今ちょうどニュースを読んでおりましたが、例の殺人鬼、クラウス博士が終身刑でボンボネラに収監されたとの事です」
「ああ、魚や動物と人間を結合させる男か――五年遅ければ罪に問われる事もなかったのにな。よし、どこかのタイミングでボンボネラから救い出してやるが、まずはロックを手に入れるのが先決だ」

 
 《鉄の星》、《銀の星》のある星団の近くに帝国軍の艦隊が出現した。艦隊を率いるのはホルクロフト将軍だった。
「よいか。今回の目的は圧力をかける事だ。決して攻撃に出てはいけない。八時間の後にはオサーリオの部隊、さらにその八時間後にはシェイの部隊と交替して、終日圧力をかけ続ける」
「兵糧攻めをなさるおつもりですか?」と一人の将兵が尋ねた。
「我々の艦隊が待機しているのを見てマーチャントシップは航行を手控えるかもしれない。結果として兵糧を断つ事になるが、こちらから民間のシップを一切攻撃してはだめだ」
「作戦はいつまで続けるおつもりですか?」
「民間のシップの航行に支障が出ればトポノフ率いる連邦軍が出てくる。そこからが本当の戦いになると心してもらいたい」
「連邦軍の《オアシスの星》の補給基地を叩くお考えは?」
「状況に応じてそうなる事もありうる――他にはないか。ブリーフィングは以上だ」

 
 帝国軍が待機を開始して二日後に連邦のトポノフ将軍率いる艦隊がその姿を現した。
 トポノフの艦隊はホルクロフトの艦隊と星団を挟んで対峙した。どちらも攻撃を行う事なく圧力の掛け合いが続き、八時間後には帝国側はオサーリオの艦隊と交替した。
 ホルクロフトはオサーリオに状況を伝えた。
「オサーリオ、向こうはトポノフとゼクトの二交替だ。こちらの三交替に比べれば疲労度が高い」
「《オアシスの星》の補給基地からここまでの距離と《巨大な星》からここまでの距離は大体同じ、集中力が切れた方の負けだな」
「そういう事だ。だがどこかのタイミングで《オアシスの星》を攻めるよう進言する。こちらには大帝直属のゲルシュタッドという切り札がある」
「なるほど。こちらに引き付けておいて《オアシスの星》を奪うか。シェイにもそう伝えておく」

 
 宇宙空間での睨み合いは続いた。
 前後、上下左右全てを漆黒の空間に囲まれると人間の集中力は長くは続かない。ましてやバトルシップの中にいては、静止状態でも僅かながらの推力を消費する事から、その疲労は地上にいる時の比ではなくなる。
 まだこのメカニズムが解明されていない頃にはシップを駆っての無謀な距離の遠征が行われた事があった。
 中でも有名なのはデルギウスの時代のはるか前に《享楽の星》の軍勢が《念の星》に遠征を企てた事件である。

 
 王都チオニを発った大船団は全く補給を行わないまま、《念の星》の上空に出現した。当時の指導者カクカはすぐさま船団を出し、これを迎え撃った。
 宇宙空間での対峙が四時間あまり続いた頃に異変が起こった。《享楽の星》の船団が突然パニック状態に陥り、あるシップは迷走を始め、また別のシップは勝手に退却を開始したのだ。これにより船団は総崩れになり、《念の星》は戦わずして勝利した。
 この一件により、補給、交替を含めたロジスティクスを構築しない遠征は命取りになるのを人々は学習した。
 

 現在の連邦軍は《オアシスの星》に補給基地があり、そこから遠征をしていた。一方、帝国は《巨大な星》から駆け付けており、両者の距離は大差なかったが、ホルクロフトが指摘したように人員の交替サイクルにおいて帝国に分があった。

 
 ホルクロフトの報告は大帝の耳にも入った。
 大帝はゲルシュタッドとジノーラを前にして話した。
「ホルクロフトの報告の通りだ。《鉄の星》上空で対峙をする隙に《オアシスの星》を落す――そうだな、ジノーラ。君にお願いしてもいいかな?」
 話を聞いたゲルシュタッドは憤然として口を開いた。
「何でおれじゃないんだ」
「ゲルシュタッド、話は最後まで聞け。君には私と一緒に《鉄の星》を落す役目を担ってもらいたい」
「おお、わかったよ」
 黙っていたジノーラがぽつりと言った。
「本当に私が行ってもよろしいのですか?」
「そう言うと思っていたよ。ジノーラ、別に力を使わないでいい。圧力をかけるだけで十分だ。それなら傍観者の立場を貫けるだろう?」
「御意――して決行の時は?」
「三日後、こちらの疲労も考えればそれ以上遅らせるのは無理だ」

 
 大帝との会議を終えたジノーラは自室に戻ると、次の瞬間にはサディアヴィルの近くのマンスールの本拠の教会にいた。
 突然の訪問者にマンスールはひどく驚いて言葉も出ないようだった。
「マンスール殿、お伝えする事があって参った。決行は三日後、何かするのであれば、大帝とゲルシュタッドが突入する前までに終わらせておくのですな」
「……ジノーラ殿、何故、それを私に。てっきりあなたは私を嫌っているとばかり思っておりました」
「好きも嫌いもありません。あなたがシニスターとしての職務を全うするためにはこの機会を逃してはならないと考えたまでです」
「そのような事まで……」
「ここで上手くやれれば、私は大帝を《虚栄の星》に誘導します。そうすればこの星の支配者はあなただ。せいぜい頑張って下さい」
「ジノーラ殿、感謝致します。ですがあなたの狙いは一体?」
「それを知ってどうなります。あなたと私では見ている物が違う、それだけです」
「……わかりました。あなたを敵に回さないよう肝に命じます」
 ジノーラは満足してマンスールの前から姿を消し、再び王宮に戻って呟いた。
「――時代の仇花がまた一つ動き出す。チエラドンナ、もう一息だ」

 
 こうして大帝よりも半歩先んじる形でマンスールは行動を開始した。
 ヅィーンマンと他の部下をプラとディーティウスヴィルに潜伏させ、自分はディーティウスヴィルの『煌きの宮』の近くで待機した。

 
 王宮が寝静まったのを見計らって、マンスールは塔に忍び込み、ロックと対面した。
「てめえ、誰だ?」
 薄明りの下で鎖につながれた銀色の仮面の男が言った。
「ははあん、おれと同じ臭いがすらあ。ようやく迎えに来たな」
「ロックよ、よく聞け。私の名はマンスール。《享楽の星》のドノス王の家臣――いや、帝国の支配者となる男だ」
「けっ、城内がばたついてると思ったが、帝国が近くまで来てるってのは本当だったんだな。ざまあ見やがれ、とっとと滅びちまえ、こんな星」
「ロックよ、長かったぞ。二十数年前にお前をこの世に生み出したのは私の力だ。いわば私はお前の親も同然だ」
「ふん、余計な真似しやがって。だったらあのナジールやスハネイヴァは何だってんだ?」
「彼らはお前を引き取って育てただけだ。お前の本当の両親は《鉄の星》のトーグルとネネリリ」
「面白い事言うじゃねえか――だがわかるぜ。おれとあのお人好しのリチャードは瓜二つだからなあ」
「リチャードばかりがもてはやされ、同じ顔のお前は塔に幽閉されている。不公平だとは思わんか」
「考えた事もなかったなあ。どいつもこいつもクソなだけだ。帝国が皆、殺してくれんだろ?」
「ところがな、大帝は血を流さずにこの星を手に入れようとしている。お前の望み通りにはならん」
「おい、マンスールさんよ。さっきの言葉、撤回するぜ。誰も死なねえんじゃ、そいつは不公平だ」

 マンスールはしばらく考えた後に口を開いた。
「ロックよ、帝国は明け方に総攻撃をかけ、二つの星を無血で降伏させる手筈になっておる。だがそれまでの間であれば、お前の望みを叶えられるかもしれんぞ」
「へへへ、そう来なくちゃ。マンスールさんよ、早いとこ、この鎖をはずしてくれよ――何しろ、何百人殺したって飽き足らねえんだ」
「そう焦るな。まずは二つの王都に潜伏する部下に知らせて、街に火を放たせる。そして警護が手薄になった王宮で暴れればよい――だがもう一つ欲しい物がある」
「何だよ。おれ以外にも何かあんのかよ」
「この星のどこかに眠ると言われる『魔導の玉座』、それを手に入れたいのだ」
「玉座?」
「うむ、かつて暗黒魔王を封じ込めたという伝説の玉座だ。これを使えば異次元の支配者になれるらしい」
「場所なら大体わかるぜ。リチャードのアホが教えてくれた『秘密の回廊』にある。だがよ、その玉座は王家の一員であるおれにしか使えないと思うぜ」
「……いいだろう。お前には使う権利がある。ただし時間は限られているぞ。暴れるのは最小限に止めておけ。今後お前には思う存分暴れる場所を提供してやるつもりだ。このマンスールのコマンドとしてな」
「その話乗ったぜ。さあ、早く鎖をはずしてくれ」

 
 マンスールは手筈通り、プラとディーティウスヴィルに火を放たせた。自由の身になったロックもそれに呼応するかのように王宮に火を放ち、ナジール王とスハネイヴァ王妃を惨殺した。
 エスティリとノーラの兄妹が燃え盛る炎の中で行方不明になったのを知り、ロックはひどく悔しがった。だがそこに回廊を通ってトーグル王、ネネリリ王妃、リチャードが現れた。
 リチャードはすぐに《鉄の星》に引き返したが、ロックはその場に残ったトーグル王とネネリリ王妃を殺した後、回廊に向かい、そこで玉座を手に入れ、意気揚々と脱出した。
 シップから双子星のそれぞれの都が火に包まれるのが見えた。帝国の艦隊が二つの王都に急行するのをやり過ごし、マンスールとロックは大声で笑い合った。

 

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