目次
3 エリザベートの巡礼
《賢者の星》滅亡に心を痛め女優業を引退したエリザベート・フォルストはセクル・コンスタンツェの名に戻って様々な星を巡礼した。
祈るくらいで浮かばれぬ幾億の魂が救われる訳ではないのはわかっていたが、それでも悲劇を風化させるのは耐え難かった。
特に頻繁に足を運んだのが《祈りの星》だった。バルジ教の総本山であるムシカには彼女の暮らすアンフィテアトルからも定期シップが出ていた。
「あなた、準備はできて」
「ああ、もうすぐだ」
夫のオーロイが答えた。彼も又、舞台演出の仕事を辞め、エリザベートと一緒に祈りの旅を続けていた。
「なあ、ニナを本当に連れていくのかい?」
オーロイは居間に置かれたベッドで気持ちよさそうに眠る幼子を見ながら言った。
「仕方ないじゃありませんか。そんなに長期間、預かってくれる方もいらっしゃらないですし」
ニナは二人の間に昨年生まれた女の子だった。出産のため、ほぼ一年間、巡礼に出る事ができなかったエリザベートにとって久々の旅であった。もちろんニナにとっては初めての長旅だ。
「しかし本当に大丈夫かなあ」
「この間、R&Aジムでプリントも頂いたし、大丈夫でしょう」
R&Aジムとは、その名の通り、耐性(Resistance)と適性(Aptitude)を検査し、訓練するための施設だった。 ここで受けた耐性の情報は連邦民のプリント情報として更新され、ポートでの出発検査の際にチェックが行われる。 もしも「耐性あり」の項目がチェックされていないと、ポートで再度検査が行われた。問題なしであればいいが、問題ありの場合には他の星に出かける事ができなくなるため、大抵の連邦民は初めてのシップでの旅行の前にR&Aジムで自分の耐性を確認しておくのだった。 尚、耐性のうち、最も重視されるのは「重力耐性(GR:Gravity Resistance)」であり、目的地によっては「無酸素耐性(AR:Anoxia Resistance)」や「毒耐性(PR:Poison Resistance)」がチェックされる場合もあった。 適性についてはより限られた人間、例えば軍への入隊を希望するような人間が、より高度な適性を取得するためのトレーニングジムの色合いが強かった。 適性トレーニングの内容としては、空を飛ぶ能力を取得する「重力適性(GA:Gravity Aptitude)」、水中で活動するための「無酸素適性(AA:Anoxia Aptitude)」、この他に「温度適性」や「火適性」と各種あった。ちなみにシップをより速く操縦するための「推力」についても訓練を受ける事ができた。
「さあ、準備はできたよ。ニナは起こさぬようこのまま私がだっこしていよう」
オーロイが眠っているニナを片手で抱き上げ、エリザベートが荷物を持ち、三人はアンフィテアトルの定期船のポートに向かった。
アンフィテアトルからダーランまで小型のシップで移動し、ダーランのポートでいよいよ大型シップに乗り換えた。
幸いにしてニナの耐性チェックは問題なく済み、三人は船上の人となった。
シップの出発を待つ間にニナが目を覚ました。初めはざわつく船内の様子に怯えていたが、エリザベートとオーロイがそばにいるのがわかると、にこにこと笑った。
シップの乗員らしき男がエリザベートたちの下にやってきた。
「これは可愛らしいお嬢ちゃんだ。もうすぐ出発しますからもう少し待ってて下さいね」
鼻の大きい人の良さそうな男はニナをあやしながら、エリザベートに挨拶をした。
「また巡礼を再開するのですね。頭が下がります」
「いえ、ホットマンさん。私にできる事はこれくらいしかありませんの」
「ホットマンさん」とオーロイが口を開いた。「出発が遅れている理由は何ですか?」
ホットマンは周囲の座席を見回し、三人にだけ聞こえるような小声で話した。
「実は、海賊団が出たとの情報が入りました。現在連邦軍のシップが追跡しているらしいですが、詳細がはっきりするまでは出発を見合わせるようにとの通達です」
「まあ、物騒ですわね。今まで一度もそんな事はなかったのに」
「……連邦の権威が落ちたというか、箍が緩んだというか、海賊たちが近くで活動をするケースが増えています。困ったものですよ」
ホットマンが嘆いていると、間もなく出発するとの船内アナウンスがあった。
「ああ、どうやら大丈夫なようですね。それでは快適な旅を」
ホットマンは小走りで自分の職場である乗務員エリアに戻っていった。
シップは順調に飛行を続け、《大歓楽星団》の辺りを越えた。ここまで来れば《祈りの星》は目と鼻の先だった。
約百人の定員に対して八割方埋まった船室の乗客たちは、話に興じる者、軽食を取る者、皆思い思いに時間を過ごしていた。
エリザベート一家もエリザベートとオーロイが交替でニナをあやし、ニナは得意になって覚えたばかりのよちよち歩きを披露して、周りの乗客の歓声を浴びていた。
乗務員エリアにも安堵の空気が流れていた。もしも海賊船に襲撃されれば、推力をほとんど出せない観光シップでは逃げ切る事がおぼつかなかったからだ。
もっとも海賊船が襲撃するのはマーチャントシップの積荷と相場が決まっていた。その方が金を稼げるというのもあったし、観光シップの乗客を襲って身代金を要求するのは割に合わなかった。大抵の海賊は強力な連邦軍を相手にするだけの度胸も実力も持ち合わせていなかったのだ。
だが近年の連邦の凋落に伴い、少しずつだが観光シップが襲撃されるケースが増えているのも事実だった。
乗務員エリアではホットマンが交替のクルーへ操縦を引き継いだ所だった。
「順調だな。後、数時間で《祈りの星》が見える」とホットマンが言った。
「出発前の海賊船出現のアナウンスは何だったんでしょうね」
「うむ。連邦のシップも見当たらないようだし、大方見間違いだ。中には紛らわしい民間のシップもあるからな」
「そうすると今併走している形のシップも民間のものですかね」
「何……そのシップはどこだ?」とホットマンが尋ねると、もう一人の乗員は左舷のはるか前方に小さく見えるシップを差し示した。
「……いや、あれはただのシップじゃないな。いいか、あのシップとの距離を保ったまま、星団までたどり着くんだ。私は艦長に連絡してくる」
十分後、まだ謎のシップは距離を保ったまま併走していた。ホットマン、船長以下のクルーも乗員エリアに集まった。
「どうだ、振り切れそうか?」とホットマンが尋ねた。
「無理ですよ。バトルシップに推力を出されたら、勝てっこありません」
「とにかく距離を縮めるな。後三十分そこらの辛抱だ。船長、緊急連絡を入れておいた方が良くありませんか。もしかすると近くを巡回中の連邦シップか、あるいは民間のシップでも来てくれるかもしれません」
「前方にシップが見えます」
乗員の言葉にホットマンは反応した。
「助かった……のか。ただちに連絡を入れるんだ」
「――だめです。反応ありません」
「併走中のシップが距離を詰めています」
「くそ、挟み撃ちか……脱出用のシップの準備を始めろ。お客様をできる限り心配させるなよ。しかしマーチャントシップでもないこの船を襲って何の得があるというのだ」
観光シップは挟み撃ちに遭った形になり、宇宙空間で停止させられた。
ざわめく乗客を前に船長が声を張り上げた。
「皆さん、落ち着いて下さい。大丈夫。命を取られる事はありませんから。すでに緊急のヴィジョンも送っております」
そう言ってから船長は船内を見回し、エリザベートとオーロイの間の席で眠い目をこする幼子に目を止めた。
「ホットマン」と船長が声をかけた。「あの子以外に子供はいないようだ。人攫いという可能性もある。あの子を後方の脱出用シップ置き場に連れて行ってくれないか」
「わかりました」
ホットマンはエリザベートの下に駆け寄り、事情を説明した。母親に言われ怪訝そうな顔のニナがホットマンに手を引かれ、客席の後方に去っていった。
前方のハッチを乱暴に叩く音がして、男たちがシップに乗り込んできだ。銃やナイフで武装した十人近くの荒くれ者が通路の前方から後方まで距離を置いて立った。
客席の後方にいた船長が一歩前に出た。
「あなた方は……我々をどうするおつもりですか?」
「安心しろ。殺しゃあしない」
最後にハッチをくぐった男が言った。
「金目のもんさえ出してくれりゃあ、滅多な事はしない。すぐに出ていくよ」
通路に立った男たちは武器をちらつかせながら、乗客たちの恐る恐る差し出す金品を次々と袋に収めていった。
最後に来た男は部下の仕事の様子を見て回っていたが、エリザベートのいる座席のあたりで足を止めた。
「ほぉ、これは」
男は傍らに立つ部下に何事かを囁いた。部下がエリザベートに向かって言った。
「おい、お前、名は何てえんだ?」
地味な服を着て、黒い帽子をかぶっていてもエリザベートの美しさは隠せなかった。エリザベートは半ば怒ったように答えた。
「セクル・コンスタンツェ」
「ふん、喜べ。船長がお前を連れてくそうだぞ」
これを聞いたシップの船長が、海賊側の船長と呼ばれた嫌らしい笑いを顔中に浮かべる男の前に立った。
「危害は加えない約束ではなかったですか?」
「約束しちゃいませんよ」と海賊の親玉は答えた。「滅多な事はしないとだけ申し上げたはずだ」
「こんな事をすれば銀河のお尋ね者になって、生きていく事などできないぞ」
「お生憎様でしたね。我が海賊団は今回の襲撃をもって解散します。連邦と帝国の争いとなれば、海賊は生きていけませんからねえ――ですから連邦だろうと帝国だろうと我々を捕まえられないのです」
「お前ら、喜べよ。クアレスマ海賊団の最後の獲物になった事をよ――」
「黙れ、ニッカス。名を名乗るんじゃない」
「いいじゃねえかよ。全員、殺しちまえば」
「これから堅気になろうというのにまだ血を見たいのか。お前にはあきれる」
シップの船長が声を荒げた。
「あなた方の名前は聞きましたよ。これでどこまでいってもお尋ね者――」
シップの中に銃声が響いた。白い制服の胸のあたりが朱に染まり、船長は力なく床に崩れ落ちた。
後方の脱出用小型シップの格納庫にニナを連れて行ったホットマンは銃声を聞いた。
「お嬢ちゃん、ここにいなさいね」
ホットマンは足音を立てないようにして客席のエリアに近づき、扉の陰から様子を覗おうとしたが、扉は固く閉ざされていた。
「くそっ、何が起こったんだ」
床に倒れた船長を前にしてクアレスマがニッカスに言った。
「全く、殺すなんてな」
「いいじゃねえか。これで最後だ。何ならこいつら皆殺しにしたっていいんだ」
客席から悲鳴が上がるのを聞いてクアレスマはにやにや笑った。
「ほら、皆さん、恐がっているじゃないか。もっと紳士になれ――さあ、救助が来る前に早く帰るぞ」
クアレスマは男たちを促し、外に出て行こうとしたが、慌てて立ち止まった。
「おっと、大事な物を忘れる所でしたよ」
クアレスマは座っているエリザベートの手を取って、強引に立ち上がらせた。
「止めて下さい」
「ふん、美しく生まれたのを恨むんだな。一緒に行くのを拒めば、乗客たちを殺す、それでも構わんのかね?」
「おい、いい加減にしろ」
怒りに震えるオーロイが隣の席で立ちあがり、クアレスマに詰め寄った。
「旦那か。こんな奴がいるから未練を残す――おい、ニッカス」
クアレスマに言われたニッカスが戻ってきて、オーロイに向けて銃を三発発射した。
オーロイは駒のように二、三回転してから後ろの座席に倒れ込み、動かなくなった。
「オーロイ!」
エリザベートが声を上げたのと同時に客席から一斉に悲鳴が起こった。
「さて、他のお客さんもこうさせたくなかったら言う事を聞くんだな」
再び客席の方から銃声が聞こえた。ホットマンは恐らく船長によって扉が客席側から施錠されている事に気付いて、頭を抱えた。
脱出用シップのエリアではニナが今の銃声を聞きつけたのだろう。微かな声を漏らした。
「……ママ、ママ……?」
ホットマンはどうする事もできずに立ち尽くした。
「……わかりました。一緒に行くから他の乗客の方を助けてちょうだい」
クアレスマは嫌らしく笑うと、エリザベートの手を恭しく取った。
「最初から素直にそう言えば良かったのですよ。さて、行きましょうか」
クアレスマに手を引かれながら、前方のハッチに向かってエリザベートは歩き、一瞬だけ振り返った。
「ニナ、ごめんなさいね。あなたを一人ぼっちにしてしまう」
クアレスマたちと共にエリザベートはシップの外に出た。シップのすぐ上方に海賊たちのシップが停泊していた。
「さあ、こちらですよ」
「あなた方、金や暴力では手に入らないものがあるのよ」
エリザベートは観光シップのハッチが閉まったのを確認するとシップ同士をつないでいた梯子の途中で立ち止まった。
右手に護身用のナイフを構え、そのナイフで一気に自分の喉を突いた。エリザベートの体は、まるで舞姫が舞を踊るようにゆっくりと広大な宇宙空間に消えていった。
「――ちっ、惜しい事をした」
エリザベートが宇宙空間に消えたのを見たクアレスマは舌打ちした。
「まあ、いい。これだけ金品があればどうにかなる。早い所、《古城の星》に逃げ込んで新たな人生をスタートさせねばな――おい、ニッカス。そっちはどうだ?」
クアレスマは観光シップの外壁にへばりつくニッカスに声をかけた。
「もうすぐ終わるぜ。名前を知られちまったんじゃあ、死んでもらうしかねえしな」
観光シップの中では、海賊が行ったのでひとまず安堵の空気が流れていた。
クルーたちは亡くなった船長とオーロイの亡骸を運び出し、前方の階段を昇って乗員エリアに戻っていった。
先ほどから客室の後部の扉が激しくノックされていたが、恐ろしさのあまり誰もその音が聞こえない振りをしていた。
再びシップが《祈りの星》に向かって動き出す――と思われた瞬間、シップの外壁に仕掛けられた爆弾が爆発した。
爆発音がした時、客室の扉を叩いていたホットマンは立っているのがやっとだった。
「何だ、何が起こった」
動き出そうとしたはずのシップは再び停止していた。ホットマンは嫌な予感に捕われ、脱出用シップのエリアに走って戻った。
「お嬢ちゃん」
ホットマンは泣き出しそうな顔をして立っているニナに声をかけた。
「急いでそこのシップに乗りなさい」
「ママ……」
「大丈夫だ――さあ、早く」
ホットマンは半ば強引にニナをシップに押し込むように乗せ、自分も操縦席に腰掛けた。
「頼む、間に合ってくれ」
ホットマンがシップを宇宙空間に飛び立たせてすぐに観光シップは大爆発を起こした。
さっきまであれほど泣き叫んでいたニナは泣き疲れて眠ったようだった。
ホットマンは一瞬で木端微塵になった観光シップに想いを馳せた。後数十秒遅かったら自分たちも宇宙の塵となっていただろう。
いずれにせよあの爆発では生存者はいない――憎むべきは海賊たちだった。
やがて脱出用の小型のシップは信号を受けて急行した連邦のシップに救助された。
ホットマンたちは《巨大な星》のダーラン近くの連邦軍の施設に連れて行かれ、様々な質問を受けた。
「シップを襲ったのは何者ですか?」
ホットマンは軍の人間に尋ねた。
「海賊団としかわかりません……あの有様では。あなた方以外に生存者がいませんし――ひどい事をする奴らがいたものだ」
「そうですか。会話の記録も何も残っていないのですね」
「乗客と乗員の皆様にはお気の毒でしたが……ところでもう一人生き残られたお嬢さんですが」
「ニナの事ですか」
「ニナと言う名でしたか。ショックが強かったせいか外界に対する反応が弱くなっていますが、成長につれ和らぐでしょう」
「……可哀そうに。彼女はどうなってしまうのでしょう?」
「ヴィジョンを流しますので、お身内の方がいらっしゃれば引取に来て頂きますが――」
「両親もご一緒でしたから、望み薄だと思いますが――もし誰も現れないようでしたら、私に彼女を引き取らせてもらえないでしょうか?」
「……何かの縁という訳ですな。わかりました」
身よりのなかったニナはホットマンに引き取られた。ホットマンは《商人の星》、ダレンにある実家にニナを連れて帰った。
事情を聞いていた妻のメロチが家で出迎えた。
「あんた、大変だったね」とメロチは言い、ホットマンに手を引かれたニナの頭を撫でた。「あんたがニナかい。これからはあたしを母ちゃんだと思っていいんだよ」
「メロチ、シップの乗員の仕事を辞めたいんだ。退職金で小さい店を始めるがいいかな?」
「いいよ、ニナちゃんも小さいから手がかかるしね――この子は子供のいないあたしたちに神様が下さった宝物と思って大事に育てなきゃ、ご両親に顔向けができないよ」
こうしてニナはホットマンとメロチの下で大切に育てられた。
事件から五年ほど経ったある夜、仕事を終えたホットマンがメロチに話しかけた。
「メロチ、とうとうわかったぞ」
「あんた、とうとうって何よ?」
「商売を始めれば、様々な星を渡り歩く人から話を聞けると踏んでいたが、五年もかかった」
「だから何の事よ?」
「私とニナのシップを襲った海賊の名前だよ」
「えーっ、本当かい。誰だったんだい?」
「クアレスマ海賊団という名だ。どうして今までわからなかったかと言うと、あの事件を最後に海賊稼業から足を洗ったからだった」
「へえ、それなのによくわかったね」
「知り合いが《古城の星》の場末の酒場でごろつきが話していたのを小耳に挟んだんだそうだ」
「ねえ、あんた。連邦に知らせといた方がいいんじゃないかい?」
「うむ、だが今どこで何をしているのかわからないと罰しようがないからなあ」
「憎むべき犯人だけど、ニナをあたしたちに引き合わせてくれたって考えると、複雑な気持ちねえ」
「そんな事を言うものじゃない。ところでニナはどうした?」
「『父さんが帰ってくるまで頑張る』って言ってたけど、もう寝てますよ」
「……たまに夜に目覚めて泣く事があるだろう。一体どんな夢を見たのだろうな」
「でもすごく明るくて聡明な子です。あの子はきっと連邦大学に行くわ」
メロチの言葉通り、ニナは成長して連邦大学に入学した。
ニナが入学するとすぐにメロチはこの世を去り、卒業間近にはホットマンも病の床に着いた。
大学から戻ったニナがホットマンの枕元にやってきた。
「父さん、無事卒業できそうよ」
「……ああ、ニナか。首席で挨拶をするんだろう。見たいな」
「大丈夫よ。ロゼッタに記録するから後で見て」
「……ニナ、お前に話しておかなければならない事がある」
「何、あらたまって」
「……お前は私とメロチの実の娘でないのはわかるな?」
「ええ、だって私だけ『コンスタンツェ』って名字だから」
「お前の本当の母さんはエリザベート・フォルスト、『銀河の名華』と呼ばれた女優……」
「キャンパスで何度か言われた事があったので調べたわ。本名がセクル・コンスタンツェ、私の名字はそこから来ているんでしょ――でももう亡くなったって聞くけど」
ホットマンは一息ついてから、ニナがホットマンの下に来る事になった理由、観光シップの事件のいきさつを話した。
「――そう、そんなひどい事があったの。それで、そのクアレスマっていう男は捕まったのかしら?」
「……いや、その事件を境に堅気になったらしく足取りが掴めていない」
「父さん、事件を調べるために仕事を変えたの?」
「……それが全てという訳ではないが、悪い事をした人間が罰も受けずにのうのうと暮らしているのは間違っていると思ったのは事実だ」
「確かにそうだわ」
「だが時間切れのようだ。お前にはあの事件で亡くなられた人たちの分まで幸せになって欲しい。犯人探しは私でおしまいだ」
「そんなの不公平だわ」
「ニナよ。約束しておくれ。事件をほじくり返して時を無駄に費やさないと」
「――わかったわ。約束する。だから父さん、ゆっくり休んで」
ホットマンはニナの卒業を待たずに帰らぬ人となった。
一人残されたニナは、内定していた銀河連邦軍の事務職の仕事を辞退した。
そして半年後にようやく仇の行方を見つけ出した。
完成したばかりの人工都市、そこの市長、クアレスマが秘書を募集している――ニナはためらう事なく《エテルの都》に向かった。
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