目次
2 四人の生徒
ダーランの海に突き出した移民局の隣にある観光客向けポートの入口でコメッティーノが待っていると三人の男が姿を現した。コメッティーノは子供のように大きく手を振り、彼らを出迎えた。
「わざわざ出迎えに来なくてもポータバインドで場所を探して行ったものを」と長い金髪の男が言った。
「へっ、お前らみたいな田舎者じゃ迷子になっちまうといけねえから来てやったんだ」
「本当は淋しかったのではないか」と短い金髪の男が言った。
「冗談じゃねえ。誰がお前らみてえなむさくるしい男に会いたいなんて思うかよ」
「でも元気そうで良かった」と黒髪を前で切り揃えた鋭い目つきの男が冷静な口調で言った。
「ああ、元気すぎて困ってらあ。じゃあとっととモータータウンに向かうぜ」
モータータウンに着いた四人はホテルで旅支度を解くとすぐに張先生の待つ道場に向かった。
「先生、いるかい?」
コメッティーノが三人に目で靴を脱ぐように指示し、真っ先に道場に駆け上がった。そのまま二階への急な梯子段を登ると床張りの部屋の真ん中で張先生が瞑想していた。
「そんな大声を出さなくとも、お主らが来たのはとうにわかっておったわ」
「さすが、先生だ。で、どうだい?」
「お主が『驚かす』と言ったのも無理はない。よりによってすごい人間たちを連れて来たもんじゃ」
先生が目を開け、こちらに向き直ったのを合図にコメッティーノが三人を紹介した。
「だろ。紹介するぜ。おれの隣の長髪の二枚目、こいつはあの有名なリチャード・センテニアだ」
「リチャード・センテニアにございます」
張先生はリチャードをちらっと見て小さくため息をついた。
「『全能の王』の再来であったか。道理で強烈な気配を発している」
「先生よ、次だ。この短髪のたくましい奴がゼクト・ファンデザンデ。トポノフ将軍の所の養子だ」
「ゼクトです」
「ふむ、ゼクトとやら。養子という事は実のご両親がおられるのかな?」
「はい、自分は《戦の星》の生まれ。母は早くして亡くなり、父もダレンに来てすぐに亡くなりました。以後、トポノフ将軍の下で剣士の修行に励んでおります」
「思い出したくない事を聞いてすまなかったな」
「いえ」
「リチャードもゼクトも連邦大学の仲間さ。もっともおれは飛び級で一足早く卒業しちまったし、リチャードも来年には《鉄の星》に戻っちまう。最後の夏休みって訳だ――それからもう一人、この黒髪の男は下の学年だが、多分飛び級で卒業する。《武の星》の公孫転地の息子、水牙だ」
「張先生、お会いしとうございました。公孫水牙と申します」
「お父上にお会いした事はないがご健勝か?」
「はい。元気でございます。失礼ですが、先生のご出身はどちらでございますか?」
「さあ、ずいぶんと昔の事じゃからよく覚えておらんのお。確かこの星に来たのはデルギウス王が逝去されてから、しばらく経った頃じゃったかな」
「えっ、先生。千年も生きてんのかよ」
コメッティーノが素っ頓狂な声を上げた。
「――おお、思い出したわ。わしは《念の星》から来たんじゃ」
「やはりそうでしたか」
水牙が感動した口調で言った。
「わしの生まれた頃じゃが、曾兆明がルミトリナという者に命じて星の武術体系を整理させたのじゃ。そこでわしの学んでいた極指拳が選ばれたそうじゃ。宗家はなかなか進んだ考えの持ち主だったらしくての、わしが師範になるとすぐに他の星に極指拳を広めるように命を下した」
「では拳は様々な星に?」
「ところがそんな簡単な話ではないんじゃ。元々、極指拳は会得するのが困難な拳、限られた人間しか学んでおらんかったのじゃ。まして師範になれる人間など滅多に育つものでもない。結局、そんな訳でわし以外に他の星に行った者はおらんのじゃなかろうかの。風の噂では《念の星》にも伝える者はおらんと聞く」
「では先生が宗家という事でしょうか?」
「さあ、気にした事はない」
張先生は興味なさそうに言ってからコメッティーノに尋ねた。
「で、この三人も修行をしたいのか?」
「ああ、夏休みの期間だけな。先生、かまわねえだろ?」
「わしは構わんよ。教え甲斐がありそうだしな」
「そうこなくちゃ」
その日から、コメッティーノに三人の仲間が加わり、稽古が始まった。
三人とも『極指拳』の使い手ではなかったが、他の生徒たちは到底歯が立たなかった。
二週間ほど経ったある日、張先生が四人を集めて話した。
「さて、元々、お主ら三名がここに来た理由は極指拳を学ぶためではないのはわかっておる」
リチャードたちは申し訳なさそうに俯いた。
「まあ、よい。お主たちが知りたいのは武人としてのこれからの生きる道――漠然とした言い方じゃがこれで合っておるな?」
コメッティーノを除く三人は揃って頷いた。
「わしもそんな所じゃろうと思い、お主たちを観察しておった。今日はその見立てを伝えようかの」
三人の目がきらきらと輝いた。
「かなり抽象的な事を言うと思うが気にせず聞いてほしい――まずはリチャード、お主の拳は一言で言うならば『陰』じゃな。コメッティーノの拳を『陽』と例えるならばその対極じゃ」
「先生よ」とコメッティーノが口を開いた。「そりゃおかしくねえか。こいつは『全能の王』の再来だぜ。何で、そんなじっとり、じめじめとした雰囲気になるんだよ」
「言い方が少し悪かったかもしれんな。リチャードの拳の本質は暗殺者のものによく似ておる。その手を血で汚せば汚すほど強くなる、いやむしろ血を流し続けないと生きてはいけぬ、そんな類じゃな」
「何だよ、そりゃ――じゃあよ、ゼクトはどうなんだ?」
「ふむ、ゼクトの拳か。一見すると『剛』のイメージがあり、実際に得物も大剣あたりを使うのじゃろうが、お主の本質は『風の様に軽やかに舞う』、違うかな?」
「おい、先生よ」とコメッティーノがまた口を尖らせて言った。「大剣が得物ってのは確かに慧眼だけどよ、こいつの技は『真空剣』って言って、周りのもんを皆、なぎ倒しちまう豪快な一撃で軽やかとは程遠いぜ」
「仕方ないじゃろ。そう感じたのじゃから――最後に水牙、お主こそが『剛』だ。お主の中に眠るは凍れる虎、よほど精神を強く持たんとその虎に飲み込まれてしまうわ」
「先生」
コメッティーノが言う前に水牙が口を開いた。
「某の剣は守りの剣、人を生かし、人を守るための剣だと心がけ、今日まで修行して参りました。それは本質ではないと?」
「さあ、わからんな。リチャードにせよ、ゼクトにせよ、水牙にせよ、才能に溢れておる。本質と違う道を進むとしても、生半可な相手には負けはせん――だが」
張先生が途中で言葉を飲み込んだのを見てコメッティーノがたまらず尋ねた。
「よお、先生。途中で止めるのはなしだぜ。最後まで言ってくんなきゃよ」
張先生は再び話し出したが、いつになく低い調子の声だった。
「ここから先はわしの妄想だと聞き流して欲しい――わしはあまりにも長い間生きてきたが、千年の間、わしの眼鏡に叶うような人物は全く現れなかった。ところが不思議な事にここ数十年の間に心の底から恐ろしいと感じる人間が大量に出てきておる――」
「先生、それは具体的に誰だよ」とコメッティーノが尋ねた。
「一人目は生徒のヴィジョンで見かけただけじゃがデズモンド・ピアナという男」
「ああ、『クロニクル』の。でもあの人は学者だろ?」
「二人目は、これも会った事はないが、東のヌエヴァポルトに住むGMMという男、そして三人目はこの星の支配者、大帝と呼ばれる男、そして――お主たち四人じゃ。これほどの猛者が同時にこの世界に出現した、つまりはこれから何かが始まる、いや、もうすでに始まっているに違いないと思う次第じゃな」
「そうするとよ。もしも例えば水牙がデズモンド・ピアナと戦うような事になった場合は分が悪いぞっていう意味かい?」
「まあ、そんな所じゃな」
「でもよ、そんな事は起こらねえさ。リチャードはやがて《鉄の星》の王に即位するし、ゼクトだって連邦将軍だ。水牙だって《武の星》に帰って連邦の将軍になるんだ。盤石の体制だ」
「そしてお主は連邦議長か」
張先生は笑ってから再び真顔になった。
「お主の言う通りに平和な世界であって欲しいものじゃな」
こうして張先生による四人の若者の見立ては微妙な雰囲気のまま終わった。
四人がこの時の先生の言葉の真意に気付くのはまだ先の事だった。
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