5.7. Story 1 大帝の誕生

3 からみつく邪

 その夜遅く、大都は一人でアンフィテアトルに戻った。
 家に戻る前に昨日から行ってみたいと思っていた場所に出かけた。

 
 “Le Reve”と書かれた看板のドアを開けて店の中に入ると、マスターらしき男がカウンターの中からちらりと視線を投げかけ、ややあって驚いたような顔つきになった。
「いらっしゃい。お客さん、確かエテルさんの所の……人だよね?」
「ええ、やはりこんなに傷だらけだと印象に残るものですね」
「具合はどうです。噂じゃ記憶が全くないとか」
「実は記憶が戻りました。私はデズモンド・ピアナに育てられたんです」
「――デズモンドだって。こいつは驚いたな。ご存じかどうかはわからないけどデズモンドは毎日のようにあそこの奥のテーブルに陣取っていたんですよ。懐かしいなあ」
「あそこに――私もあの席に座っていいですか?」
「もちろんですとも。どうせ今夜はお客もいないし、ご自由に――何か飲まれますか?」
「それでしたらデズモンドが好きだったものを」
「わかりました。席で待ってて下さいよ」

 
 大都は磨き抜かれた円形の大きなテーブルの中央に腰掛けた。
 デズモンドもこうしてここに座り、毎晩夢を語っていたのだ。
 デズモンド、とうとう来たよ――大都は自分がデズモンドとの約束の実現に近付いたのを初めて実感した。
 ここにはデズモンドを知る人が多くいる、手が空いたらマスターに話を聞いてみよう。

 だが当面はマザーに言われた通り、会見を無事に終わらせる事だ。
 良くない気配の持ち主がこの店に向かってくるのが瞬時にわかるほどに急速に能力が回復していた。もう一人の師、ケイジから仕込まれた気配を察知する力だ。
 ドアが開き、深緑色のローブで顔を隠すようにして一人の男がやってきた。マスターが胡散臭そうに男を見たが、男は何も言わず大都のいる奥のテーブルに向かってゆっくりと向かった。

 
「ダイト殿ですな?」
「あなたは?」
「私の名はマンスールと申します。訳あってこのように顔を隠すのをご容赦願いたい」
 男は客が他に誰もいないにも関わらず声をひそめた。
「――その名は聞いた事があるな」
 大都はマザーの忠告通り、できる限り高圧的な口調で話そうと努めた。
「確か宗教家ではなかったか?」
「これは光栄です」
「宗教家が私に何の用だ?」
「実は私めも昨日あなたと同じ経験をしたのです」
「何の事だ?」
「おとぼけになるのであればそれも構いません。私めはあなたの補佐をするように仰せつかりました」
「続けろ」
「あ、はい。あなたが連邦を倒し、銀河の覇王となる手助けをしたいと思い、このようにして伺った次第です」
「意味がわからんな。そもそもお前は宗教家なのにずいぶんと物騒な事を考えている。『仰せつかった』と言うが誰から命令された?」
「それは、その……我が王にございます」
「我が王?」

 大都は内心「おや」と思った。この男もチエラドンナの記憶は消されているようだ。だから我が王などと言うのだろうか。
「我が王とは《享楽の星》のドノス王にございます。私めはドノス王の銀河平定のための先兵としてこの星にやって参りました」
「ほぉ、ずいぶんと生臭い宗教家だな。さしずめこの星の宗教紛争もお前のマッチポンプか」
「それは……手っ取り早く信頼を勝ち得るためには自分の最も得意とする分野でずば抜けた業績を残す事が重要です。今のあなたも同じ状況に置かれているのではありませんか?」
「余計なお世話だ。ドノス王と私、二人の王に仕えようと言うのか?」
「いえ、私めはドノス王の臣下。あくまでもあなたを補佐したいと申し上げたいのです。それはつまりドノス王もあなたの後ろ盾になるという事に他なりません」
「……俄かには信じ難いな」
「あなたのその時空を越えて生き抜いた精神力を持ってすれば、あなたが王として起つのは十分に可能な事です」

「一つ忠告しておこう。私がなろうとしているのは王ではない――大帝だ」
「大帝?」
「帝国の大帝だ」
「大帝。素晴らしい呼び名ですな。名前は何であれ、大帝、あなたは腐敗した銀河連邦を倒すために立ち上がられる。そのお手伝いができれば十分です」
「お前を味方に付ければ重宝するのかもしれない。だがこういった場合、当然、見返りを求めるものではないか」

「ますますもって、さすがですな」
 ローブで隠れて表情はわからないがマンスールの声のトーンが上がった。
「大帝となろうお方ですから、当然『星間統治論』はご存じですな」
「何だそれは?」
「では私が拙い知識ですがご披露致しましょう。そもそもこの『星間統治論』というのは――
「お前の付け焼刃の講釈を聞く耳は持たん。結論だけを手短に言え」

「これは失礼――そうですな。すぐに大帝はこの星だけではなく、他の星々も手中に収める事になるでしょう。ですがそのお体は一つ、範囲が広がれば広がるほど移動に時間がかかってしまう。果たしてこれで統治していると言えるのでしょうか、というのが『星間統治論』の根幹です」

 何だ、そんな事か、そんなものは転移装置があれば解決する、大都は心の中でそう呟いたが、この目の前の男に伝えても仕方がないと思い、黙っていた。

「例えばここから遠く離れた銀河位置の経済力を誇る《虚栄の星》のような発展した星を手に入れた暁には、ここ《巨大な星》の統治までお一人で行うという訳にはまいりません。そこで私めにこの星の管理を任せて頂ければ、それだけで十分でございます」

「この星の管理か。支配の間違いではないのか……だが考えておこう――さあ、話が終わったら帰れ。やる事がある」
「大帝。予想よりも骨のある方で安心しました。ではまたすぐにお会い致しましょう」
 マンスールはローブで顔を隠したまま、来た時と同じように何も言わずに店を出ていった。

 
 マンスールが去った後、マスターが怪訝な顔をして飲み物をテーブルに運んできた。
「何だい、今の男は」
「さあ、何だったんでしょうね」
「色々と変な奴がいるもんだ――さあ、デズモンドが毎晩飲んでいたポリートだ。飲んでくれ」
「どうせならマスターも一緒に如何ですか。こう言っては悪いですけど今夜はお客さんも来ないみたいだし」
「ああ、何だか今日は皆疲れてるみたいなんだよな。昨日、何かあった訳でもないのにな」
「……そうですね。せっかくだからデズモンドの話をたくさん聞かせて下さいよ」
「そうだな。今夜は看板降ろして、いっちょ昔話にでも花を咲かせるか?」
「そうこなくちゃ」

 

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 Story 2 帝国建国

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