5.7. Story 1 大帝の誕生

2 良心との会見

 大都たちはアンフィテアトルのやや北東にある街道に向かった。
「こちらです」
 一本道の山道の途中で突然、蘭丸が立ち止まり、言った。
「これは――昔、デズモンドと一緒に遠野の山で見たのと同じだ。結界ですね」
「さすがです。この結界を即座に見破るとは。これより中にご案内しますので」

 
 結界が解かれた後には細い道が続き、その先には大きな木戸があり二人の見張りが立っていた。
 蘭丸は見張りに目で合図をして木戸を開けさせ、大都を中へと案内した。
 まるで時代劇のセットのような平屋の町並みがまっすぐ続いていて一番奥に立派な屋敷が見えた。
「これはまるで……江戸時代のような」
「おや、ダイトさんはこの景色を見ても驚かれないご様子ですな」
 蘭丸が不思議そうに言った。
「何故でしょう?」
「驚くも何も私の星でも数百年前まではこれと似た暮らしぶりでした」
「ほぉ、そうでしたか。すると『自然』を使う方も多くいらっしゃるのでしょうか?」
「『自然』、それは何でしょう。先ほどのように気配を消すのが『自然』でしたら、私の師匠は達人でした」
「ふむ……」

 
 大都が屋敷に通されると、どこからかかすかに音楽が聞こえた。
 心を解きほぐされるような懐かしい響きの弦の調べに大都は思わず歩を緩めた。
「蘭丸殿、この調べは?」
「十八弦と呼ばれる楽器のようですよ。この音の主がこれからお会いになる方です」
 蘭丸は大都より先に廊下を歩き、突き当りの部屋の前に立った。
 要件を伝えようと跪くと音楽が止み、声がした。
「お入りよ。思ったより早かったね」

 
 外で待機する蘭丸に促され、大都は部屋に入った。
 畳張りの部屋の中央には大きな籐椅子が置いてあり、そこには褐色の肌をした体格の良い老女が半分寝そべるような姿勢で座っていた。傍らには十二本の弦がギターのようにネックに張られ、更に六本の弦が丸いボディに張られた大きな楽器が立てかけてあった。
「あたしゃ、アバーグロンビー。皆、マザーって呼ぶからそう呼んどくれ」
「何故、私の名をご存じなのですか?」
「わかるんだよ。あんたがデズモンドと暮らしていた事やマックスウェルに助けられてここに来た事もね」
「えっ、デズモンドを知っておられるのですか。今どこにいるのでしょう。行方知れずと聞きましたが」
「安心おしよ。元気みたいだよ」
「わかりました。それで私をここに呼ばれた目的は?」

「話が早いね。あたしはね、あんたに上手くやってもらいたいんだよ」
「どういう意味でしょう?」
「あたしは大昔からあんたたちを見続けてきた。時には危なっかしい振る舞いをする者もいたけど、銀河の危機と呼べるような大規模なものじゃなかったさ。でもこれからは違う。一歩間違えばこの銀河は終わりを告げてしまう。これからのあんたの行いはそんな危険性をはらんでいるんだ」
「では私を止めようと」
「折角の創造主の計画を邪魔しようなんて思ってないよ。どうやらチエラドンナはあんたを気に入ったみたいだしねえ」
 マザーの言葉に大都は思わず頬を赤らめた。言葉が見つからないでいる大都にマザーは助け舟を出すように言った。

「あんたには一刻も早く王になってほしいんだよ。とっとと銀河を統一しちまいなよ」
「銀河の統一……そんな大それた事を」
「仕方ないだろ。あんたは選ばれた一人なんだから」

「――その件で質問があります。私以外にもシニスターの滴を浴びた者はいるのでしょうか?」
「いるよ。誰とは言えないけどね。二人は気にしなくていい。まだ自覚がないから当分は動かないよ。問題はあと一人、こいつが食わせ者さ。あたしがこうして慌ててあんたを呼んだのも、そいつがあんたに接近しようとしているからだよ」
「一戦交えるつもりでしょうか?」
「逆さ。あんたに巧みに取り入って分け前をせしめ、最後にはあんたを陥れようとしている。美味しい所だけ頂こうっていうケチな男さ」
「それを忠告して下さるためにわざわざ」
「まあ、他にもあるけどね。そいつには注意しておくれ」
「わかりました。しかし四人も滴を浴びていたとは――銀河はどうなってしまうのだろう」
「だから泥仕合にならないようにあんたに急いで力を付けてほしいんだよ」
「しかし私のような宿無しがすぐに何かを起こせるでしょうか?」
「心配しなさんな。あんたの力を信じる事さね。腕も立つし、頭もいい――欠点は優し過ぎる所かねえ」
「具体的にどう動けば?」
「まずは今夜にでもあんたを訪ねてくるそいつを上手くあしらいな。この星で起こった宗教紛争を収めたくらいだから、それなりに力を持ってる。できる限り利用するこった。それが終わったらこの男たちを訪ねるがいいよ」

 
 マザーが大都に二つ折りの紙を手渡した。開けてみるとそこには二人の人物の名前が書いてあった。
「ルイ・オサーリオ、ラカ・ジョンストン……誰ですか?」
「二人とも息子みたいなもんさ。オサーリオは連邦の将軍、こいつにあんたの力を認めさせてから、もう一人の将軍、ウェイン・ホルクロフトも従わせる事ができればあんたは連邦の戦力の三分の一を手に入れたも同然。ラカ・ジョンストンはこの星の防衛の長、こいつもあんたの力を見抜くだろうよ」
「全く話がわかりません」
「そりゃそうだね。いいかい、連邦軍には連邦府ダレンのある《商人の星》のトポノフ将軍、《武の星》、《将の星》の公孫転地将軍、附馬明風将軍、そして《巨大な星》のホルクロフト、オサーリオといういずれ劣らぬ実力者が君臨している。だからホルクロフトとオサーリオを押さえれば三分の一なのさ」
「何故、オサーリオ将軍が先なのですか?」
「それはね、オサーリオもラカ・ジョンストンもプララトス派だからさ。朝一番で二人にはあたしからの伝言として、あんたの力を見極めるように伝えてある。でもホルクロフトはアダニア派だから管轄違いでね」
「ふーむ、色々と勉強する事が多いようです」
「まあ、いいさ。あたしは最初のレールを敷くけど後はあんたの才覚でやり切るんだね」
「わかりました。色々とありがとうございます」

 
「大事な事を言い忘れてたよ。あんたの口調は丁寧過ぎるね。特に夜に会うシニスターの一人には付け込まれないよう、高圧的に接する事だね。何しろ、王になるんだから口調も大事だよ」
「気が付きませんでした。ところでマザー、あなたに参謀になって頂く事はできませんか?」
「ふふん、いやなこったね。あたしは面倒くさいのが嫌で表舞台から姿を消してるんだ。引っ張り出さないでおくれよ」
「そのようですね。しかしマザーほどのお方であれば私をここに呼び出さずとも会話する方法があるでしょうに」
「その通り。王になる人間の顔を見ときたかっただけさ。許しとくれ――でも二人の将軍以外にもあんたの力になってくれる人はまだいるから、その時には又、手を回すよ」

「――しかし連邦の絆はそんなに脆いものですか?」
「残念ながらね。デルギウスが興したこの連邦も千年以上続いたけど、銀河の統一には至らず、その命を終わらせようとしている。賢い者はいち早く気付いているさ」
「しかし私の知り合いのエテルという建築家は連邦に絶大な信頼を置いているようでしたが」
「エテル……天才だけど根っからの芸術家だね。その純粋な信頼はその内裏切られてしまうよ」
「……私の事故が悪い方向に働くような気がします」
「賢いあんたはわかってるね。まあ、その話はいいよ。とにかくあんたは今夜の会合に備えるこった」
「わかりました――マザー、あなたは何者ですか?」

 
「――この銀河の外の人間が銀河を創造したのは大体わかっただろ。この世界から見れば『上の世界』になる訳だね。創造主もマックスウェルもあたしもそんな上の一員さ」
「銀河の外の宇宙ですね?」
「まあね。でも次元の概念があるから単純に外とは言えないよ。ものすごく距離があるともすぐそばにあるとも言えるね。時間の経過も全然違うし」
「うーむ。しかし創造主の住む宇宙が外にあるという事は――」
「そうさ。上の世界の住人だって『さらに上の世界』の創造主によって造られた存在に過ぎないのさ。こんなものはきりがないんだよ」
「確かなのは私たちの住む銀河は最下層という事ですね?」
「そうとも言い切れないよ。あんたたちだって箱庭の宇宙を造れれば創造主になるのは可能さ」
「なるほど。空間や時間の意味がわかるような気がします。私たちにとっては一瞬でも、箱庭の中では何十年、何百年という時かもしれないですね。私たちはその空間に簡単に干渉できるが、箱庭の中から外に出るにはとてつもない距離が必要だ」
「大体そんな理解だね」

「『銀河の叡智』だと言って大騒ぎしていても、それも創造主の裁量に過ぎなかったのですか?」
「さあ、それを言っちまうと元も子もない。一つだけ確実なのは創造主にだって結末を予想できない事はたくさんあるのさ。その予想外のパワーこそがこの銀河の存在意義、それだけは忘れちゃいけないよ。創造主は当たり前の結果なんて必要としてないからね」
「……まるで実験材料ですね」

「言いたくないけどね。この銀河の存在する目的はただ一つ、ナインライブズを発現させる事さ」
「ナインライブズ?」
「ああ、誰もその発現のさせ方をわかっちゃいない。予想外の強大な力が必要だって事以外にはね。だからあの手この手でこの世界に刺激を与えようと干渉してくる。あんたが滴を浴びたのもその一つさ」
「私はチエラドンナの予想を上回る何かを見せないといけないのですね。ナインライブズのために」
「……せいぜい頑張っとくれよ」
「ようやく進む道が見えたような気がします。マザー、ありがとうございます――ところでこの地は?」

 
「ああ、この場所かい。最近あたしの命を狙う物騒な輩が多くてね、ここに隠れてんだよ――ってそんな事を聞きたい訳じゃないだろう」
「そうですね。この地はどこか私の郷愁を誘うのです」
「あんたの星の風景と似てるかもしれないね」
「それだけでなく蘭丸殿の使う技も――うまく言えませんが、広い銀河には偶然というのか、それを共時性と呼ぶのか……」
「興味があるなら教えてあげようか。この地は『草の者』の『隠れ里』、その成立の由来を聞けばあんたは腰を抜かすよ。でもあんたはデズモンドじゃないからそれを知った所でどうにもできないさね」
「そうですね。あまりにも色々な事が起こり過ぎて消化できそうにありません」
「でもその始まりくらいは知っててもいいかもね」
 マザーはそう言ってから外に控える蘭丸を呼び寄せた。
「何でございましょう」
「この子がこの里に興味を持ったんだとさ。あんたたちはどこから来たかくらい話しておやりよ」
「はっ」

 
 蘭丸が大都に向き直り、正座をした。
「私共は《起源の星》から逃げ延びた者の末裔にございます」
「《起源の星》?」
「はい。起源武王という名をご存じでしょうか?」
「ああ、それならデズモンドが話してくれた事があります」
「武王は《享楽の星》のドノスの奸計により命を落としました。ドノスはそれだけでは飽き足らず、《起源の星》を滅亡させようとしましたが、その際に私共の先祖が逃げ延びたのが事の始まりにございます」
「初めからこの地を目指されたのですか?」
「いえ、『草』は諜報集団、需要がない所では輝けません。この腕を買ってくれる雇い主を探しながら、様々な星を転々と致しました。この星に流れ着いたのはおよそ三百年前、以来ここを定住の地として里を開いた次第にございます」
「この星で腕を買ってくれる人が現れたという訳ですね。それは?」
「ここにおらせられますマザーにございます」
「えっ」と大都は驚きの声を上げた。「マザーがですか?」
「そうだよ。全てはこれから起こる事のため。無理言ってここに住みついてもらったんだよ」
「そうおっしゃいますが、私共がこの地を踏んだ時に真っ先に声をかけて下さったのはマザーだったそうです。この結界を張るのも色々と助けて頂きました。奥義書を残して下さった――」

 
 突然、マザーが蘭丸の言葉を遮った。
「もういいだろ。あたしの事を言われるのは何だか体がむずかゆくなるよ」
 マザーは大都に向かって言った。
「あんたももう十分だろう?」
「は、はい」
「そんな事より蘭丸」とマザーは再び蘭丸に向かって言った。「葵をここに連れて来てくれやしないかい」
「はっ、娘をですか――しばしお待ちを」

 
 蘭丸が眠っている幼子を抱いて戻った。
「葵はいくつになったんだい?」とマザーが尋ねた。
「先日、一歳の誕生日を迎えました」
 蘭丸はマザーに葵をそっと渡した。黒髪の幼子はすやすやと寝息を立てていた。
「あんたんところの娘と同じくらいの年頃だねえ」
 何気ないマザーの言葉に大都は故郷に残してきたまだ見ぬ我が子に想いを馳せた。
「……私は記憶が戻ったと言うのに婚約者の顔が思い出せなくなっているのです。もちろん自分の娘には会った事がありませんし、名前も知りません」
「やはりご苦労されているのですね。これは失礼な真似をしでかしました」
 蘭丸が慌てて詫びた。
「いや、いいんですよ」
「もしも娘が恋しくなったら、ここに来て葵の顔を見ていけばいいんじゃないかい?」とマザーが言った。
「いや、必要ありません。いつの日か、自分の力で娘には会います。蘭丸殿、葵殿を大切に育てて下さい」
「ありがとうございます」
「葵殿を悲しませてはいけませんよ」
「今のお言葉、心に刻み込みます」
「ふふん、葵は肝が据わってるね。起きやしない――さて、話は終わりだよ」

 大都は礼を言って部屋を出て行こうとして立ち止まった。
「マザー、最後に一つだけ――私が成功するか、失敗するか、その将来が見えてらっしゃるのですか?」
「ふふふ、言ったろう。上の世界の者だって絶対じゃない。わからない事はわからないさ。もしわかっていたとしても失敗するとわかっている者にアドバイスはしないよ」
「ありがとうございます。ではまたいつかどこかで」

 

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