5.6. Story 2 赤いドレスの女

4 出来心

 いつまでも終わる事がないのではないかと思われた《巨大な星》の一部を覆っていた赤い雲は薄くなり、ようやく普通の夜空に戻ろうとしていた。
 たった今四つ目のシニスターの滴を配り終わったチエラドンナは小さくため息をついた。

 それにしても最後に会ったマンスールという男は実に不愉快だった。媚びるような目をして、しきりにおべっかを並べ立てた。本来はあんな小者に滴を与えるべきではなかったのかもしれないが、他に目ぼしい者もいなかったのだから仕方ない。
 マンスールには分をわきまえるように因果を含めておいた。

 
「あなたはどう考えても人の上に立つ器ではないわ。でも一つだけ力を手に入れる方法がある」
「そ、それは何でございましょうか」
「近々、この星に王が誕生するわ。その王に今から取り入って、手柄を立てた暁にこの星の支配を任せてもらうように約束でもしておきなさいな」
「その方のお名前は?」
「ダイト、そう、大帝の名前よ」

 
 腹の虫が収まらなかった。ダイトという逸材を発見して上機嫌のまま、上に戻れると思っていたのに。
 ダイトに比べれば、アレクサンダーもエテルも年を取り過ぎていたし、マンスールは論外だった。デズモンドがあんな手の届かない場所にさえいなければデズモンドを選んだものを。そうすればダイトとデズモンドの再会という素敵なアクシデントも期待できたのだ。

 ダイトだけが期待に応えてくれそうだった。若くて美しく、そして思慮深い、あの男が銀河の覇王となるのだったらあたしは――

 チエラドンナはそこまで考えて、慌てて首を横に振った。

 そんな、あたしが『下の世界』の者に心奪われるなんて。所詮、ダイトはナインライブズを発現させるための捨て駒に過ぎないではないか。

 チエラドンナはしばし立ち止まっていたが、やがて意を決したように歩き出した。

 
 向かった先は大都が借りているアンフィテアトルの下宿屋の前だった。
 チエラドンナは音もなく大都の部屋の中に移動した。
 さすがに疲れたのか大都はベッドで熟睡していた。
 チエラドンナは月に照らされる大都の寝顔をまじまじと見た。

「ダイト、Arhatは気まぐれ。だからあたしはあなたを捨て駒にはさせない」
 月が翳り、眠る大都のシルエットにチエラドンナのシルエットがゆっくりと重なり合った。

 

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 ジウランと美夜の日記 (14)

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