目次
5 尽きぬ後悔
――大阪府警からかかってきた電話の受話器を置いた静江はしばらくの間、思考が停止していた。
源蔵さんがいなくなった。
あの人に限って他人から恨みを買うような事はない。
おそらく推測でしかないけれどリンちゃんの危機を救うために自らが犠牲になったのだ。
こうしちゃいられない。
今のリンちゃんを救えるのは自分だけだ。
急いで大阪に行かなくては。
――心にトゲが刺さったようにチクっと感じていた不安が現実のものとなった。
あの時に漠然と感じた不安、そこで行動を起こしていれば――
再びホテルの喫茶室、ブルーのワンピースに身を包んだ女は頼んだレモンスカッシュに手も付けずに男を待っていた。
「どういう風の吹き回しだ。そちらから連絡してくるなんて」
遅れてやってきた男が席に座るや否や、女は口を開いた。
「約束を破ったわね。どういうつもりなの?」
「約束を……一体何が起こったんだ?」
「とぼけるつもりね。いいわ、教えてあげる。万博にリンと一緒に行った文月源蔵が大阪で行方不明になったのよ」
「……それは驚いたな。だが私や蜃を疑うのは筋違いだぞ。文月の父を誘拐する事に何の意味がある?」
「……あたしとした事が冷静さを欠いてたわ。確かにそうね、蜃の狙いはリンだったから父親をどうこうなんて遠回りするはずないわ。でもあなたには十分動機があるんじゃなくて」
「ははは、ありえないね。この間のあんたの話の通りだとしたら、そんな真似をした私は最早あの方に顔向けができなくなる。そのような危険を冒す訳がないだろう」
「だとしたら何が起こったというのかしら?」
「もう少し具体的な状況を教えてくれないか?」
「それがはっきりとした事がわからないのよ。文月親子が万博を見物に行って、そこで文月源蔵がいなくなった。それだけ」
「警察は?」
「この間あなたが言った通り、人一人の生き死に、ましてや行方不明なんかに関わっていられないようよ。流行りの『蒸発』で片付けるみたい」
「リンは一人になるのか?」
「ううん。元々親子の世話を焼いていたご婦人がいるからその人が面倒を見るんじゃない。一度見かけたけど優しそうな人だったから安心よ」
「ふふふ」
「何がおかしいのよ」
「いや、須良大都といい文月源蔵といい、あの怪物に関わった人間は次々と消えていく。これはどういう事だろうな」
「さあ、そんなの今は関係ないでしょ」
「いや、あんたの傑作がやがて成長し、この銀河の救世主となる。それはすなわち覇王とも言える。一方あの男は生まれてくる覇王をこの星での最終決戦で倒し、新たな覇王となるのが究極の目標で、今は力を蓄える時期なのだと言っていた。もしもあの男がすでにリンの存在に気付き、自分の障害になりそうな人間を消しているのだとしたらおちおち眠れないじゃないか」
「まさか……でも念には念を入れないと。今までは距離を置いていたけど思い切ってあの男の懐に飛び込んでみるわ」
「こんな面白いものには滅多にお目にかかれないからな。私も協力させてもらうよ」
「リンを潰させてなるものですか」
「その意気だな」
男は席から立ち上がり、レシートを掴むと出口に向かって歩き出した。
「勘定書きは似合わないぞ、優羅」
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