5.6. Story 1 時は流れて

4 漠然とした不安

 数か月前の事だった。

 静江は買い物から戻る途中でリンを見かけた。
 
 そこはごみ集積場を行き交う大型のトラックが猛スピードで走る片側二車線の広い通りで、静江のいるちょうど反対車線側、およそ五十メートル先の歩道だった。
 まるでランドセルが動いているようにしか見えなかったが、リンの後姿だと思った。

 あら、あんな所歩いて危ないわ。
 下校路じゃないし、お友達の家にでも行くのかしら。
 でもあの先にはごみ集積場しかないはず……

 
 胸騒ぎを覚えた静江はここから大声を出してリンを呼び止めようか、いや、どこかで歩道橋を渡ってリンを追いかけないと、と考えながら視線をリンからはずした。
 もう少しこの距離から静観、そう決断した静江がリンの歩いていた場所付近に視線を戻すとそこにリンの姿はなかった。

 そんなバカな。
 子供の足でそんなに速く移動できるはずがない。
 それともあれは見間違いだったのかしら。

 仕方なく静江は帰宅した。

 
 静江が帰宅して二時間後くらいにリンも帰ってきた。

「ただいま」
「お帰り。リンちゃん、どこか寄ってたの?」
「うん、友達のところ」

 そう言って店内に入ってきたリンとすれ違う瞬間を静江は逃さなかった。

 ごみ集積場で遊んだならば、臭いが残るはず。

 リンがそばを通り過ぎる時に、静江は思い切り鼻腔を膨らませ、嗅覚を最大限に研ぎ澄ました。

 
 臭いがしない?
 あのトラックが行き交う大通りを歩いていたのであれば、せめて排気ガスや埃の臭いが残っていてもいいはずなのに、それすらもなかった。

「えっ?」
「どうしたの?」
「何でもないわ。リンちゃん、夕ご飯までに宿題済ませちゃいなさいね」

 
 やはり見間違いだったのかしら。
 気が付けば、血の繋がっていないリンと親子になれるかをいつも考えている。
 きっとその強い想いが見せた錯覚だったのだろう。

 
 とは思ったものの気になった静江はリンの行動を観察する事にした。
 帰宅が遅くなるのは決まって月、水、金、週に三回だった。

 ある週の金曜日に静江は下校時のリンの後を付けた。
 校門の脇で隠れるように待っていると体に似合わない大きさのランドセルを背負ったリンが一人で出てきた。

 お友達の所って言ってたけど、本当はこの子はいつも一人で友達いないんじゃないかしら。 

 距離を取ってリンの後を付け始めると、以前と同じく帰路とは違う方向のごみ集積場に向かっていった。

 この間、リンを見かけたと思った場所を更に進むと、いよいよ民家の数は少なくなり、埋立地らしい殺風景な景色が広がる。

 
 静江は妙な事に気付いた。

 リンと自分の間を歩く一人の女性がいた。
 ただの通行人かと思っていたが、この辺りの景色にはおよそ不似合いのベージュのワンピースに白いハイヒールを履き、つばの広い帽子にサングラスをかけた芸能人かと見紛う若い女性だった。
 この女性も自分と同じくリンの後を追跡しているのではないか、漠然とした不安に襲われた静江は思わず小走りになり、女性の前に出てリンとの距離が一気に縮まった。

 
 すると前方のリンがぴたりと歩くのを止めた。

 どうしたのかしら。

 静江も足を止め、何気なく振り返ってリンを付けていた女性の方を振り返った。
 すると女性の姿も既にどこかに消え失せていた。

 えっ?

 慌てた静江はもう一度リンの方に向き直った。
 リンもいなかった。

 
 まるでキツネにつままれたような気分で静江は帰宅し、リンの帰りを待った。
 
 きっとリンを問い質しても無駄だ。
 だって自分自身で整理ができないんだもの。
 この件は源蔵にも言わないでおく。

 いつかリンと本当の親子になれた時に、あの時のからくりはこうだったんだよ、と笑って話せるようになる日を信じて暮らしていこう――

 

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