5.6. Story 1 時は流れて

2 文月家の日常

 月曜日朝の『都鳥』、小学校に入学したばかりのリンを送り出した静江は、カウンタで新聞に目を通しながらのんびりとコーヒーを啜る源蔵に声をかけた。
「源蔵さん、今日はお休みなの?」
「あ、いえ、学生たちが就職説明会を受けるとかで、講師陣は午前中は来ないでよいと総務課から連絡がありまして」
「こんな時期から就職の準備なの。大変ね」
「景気がよくて売り手市場で、文系、理系問わず学生は引く手あまたなんですからがっつかなくてもいいと思うんですけどね」

「ふーん、そう言えば来年はいよいよ万博よねえ。世界中から人が来て賑やかなんでしょうね」
「ああ、万博で思い出しましたが、真由美さんの事は驚きました」
「――あたしも後になって知らされたの。近親者だけで葬儀は行ったんですって。水臭いわ、小学校からの親友だったのに」
「では告別式も?」
「最期のお別れもしてないわ。あんまり悔しかったんで中原さんに手紙で文句言ったの。ところで源蔵さんは誰から聞いたの?」

「実はですね。ひょんな事から糸瀬と再会して、それ以来たまに連絡を取り合うんですが、今万博に出展するある展示館の総合演出を任されていて寝る暇もないくらい忙しいらしいです。彼に言わせれば真由美さんの件も忙しかっただけで悪気があった訳ではないという事でした」
「そんなの言い訳よ。あの家の事は中原さんが全部執り仕切っているはずだもの。きっと糸瀬さんが中原さんに大っぴらにしないように釘を差したんだわ。意地悪な人」
「……そうかもしれません。確かあの家にはリンと同じ年頃の娘さんがいるという事ですが」
「沙耶香ちゃんね。あたしも一度しか会った事ないんだけど……」
「静江さん、どうしました?」
「何でもないわ。ただ沙耶香ちゃんが不憫で」

 
「でもすごいわね。糸瀬さん、万博のパビリオンの……」
「総合演出、プロデューサーですから現場の長みたいなものですね」
「はしたない話、チケットなんてどうにでもなるんじゃないの?」
「どうにでもとは?」

「今やチケットは高嶺の花だけど、融通してもらえるんじゃないかしら」
「なるほど。考えてもみなかった。今度糸瀬に会った時に三人分回せるかどうか尋ねてみますよ」

「あら、あたしの分はいいわよ。源蔵さんとリンちゃんで行ってらっしゃい」
「えっ、どうしてですか?」
「だってあなたたち、ここに来て以来、二人でどこかに出かける機会なんてないでしょ。少しは家族サービスしないとリンちゃんに嫌われるわよ」
「はあ、ではそうします」
「あたしはリンちゃんの笑顔が見られればそれでいい……ってのは綺麗事で、本当は真由美を不幸にした糸瀬さんの世話にはなりたくないの。バカよね、意地張って」
「……わかります、その気持ち」

 

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