5.5. Story 2 悪魔が囁く時

2 報告会

 三人の研究は順調だった。十月には計画の主導者たちを招いての中間報告会が開催された。
 びしっとしたスーツを着こなした五人ほどの男女が研究所の前で黒塗りのハイヤーを降り、舎監の案内で各ラボを見て回った。
 最初に糸瀬が地下のミニチュア模型を使って計画の全体像を説明した。
 続いて、源蔵が自らのラボで太陽光をほぼ当てずに生育させた食物を見せ、そのメカニズムを話した。
 最後が大都のラボだった。

 大都はオーディエンスの到着を待ちながら、デズモンドとの会話を思い返した――

 

【大都の回想:叡智の私的利用】

 まだ戦争が始まったばかりの頃の夏のある日の夕方だった。
 縁側に腰掛けながら、大都はデズモンドの話に聞き入っていた。
「……という訳でダークエナジー航法の仕組みはまだ解明されちゃあいない――今日はここまでにしとくか」
 そう言って立ち上がろうとしたデズモンドを大都が引き止めた。

「ねえ、デズモンド」
「何だよ」
「ダークエナジー航法の元となってるユニットがあるんでしょ?」
「ああ、言った通り、中身は解明できてねえが存在する。大体これくらいの大きさのメインユニットだったかな」
 デズモンドはそう言って、両手を三十センチくらいに拡げて示した。
「実物を見てみたいなあ」
「そんな事か。お安いご用だ」
 デズモンドは腕のポータバインドに向かって「カタログ、ダークエナジー・メインユニット」と声をかけた。
 すると目の前の空間に光の筒が浮かび上がり、その中に黒っぽい部品が鎮座していた。
「ありゃ、思ったより小さかったな。これがメインユニットだ」
「これ、本物。触れるの?」
「そいつは無理だ。これはホログラム映像だからな――実物が見たいのか?」
「うん」
「このまんま発注するか」
「えっ、そんな事できるの?」
「当たり前だ。カタログを見てんだからそのまんま注文できる。だがこの星は連邦に加盟しておらず、マーチャントシップが立ち寄る事だって滅多にない。いつ商品が到着するかまではわからんな」
「それでもいいよ」
「じゃあ届け先はパンクスでいいな。よし、これで注文確定――」
「あっ、デズモンド。ちょっと待って」
「何だよ。金なら心配すんな。お前へのプレゼントだ」
「あのね、二基欲しいんだけど」
「――ふーん、よくわかんねえがいいぜ。あらよっと――ああ、やっぱり納品日は未定だな。まあ、適当な時に地下に行きゃあ、届いてんだろ」

 
 結局、それが現実となったのは、それから二十年近く経ち、大都が大学生の時だった。
 ある日、ティオータがふらっと大都の下宿を訪ねてきた。
「あ、ティオータさん。ご無沙汰してます」
「元気そうじゃねえか」
「何かあったんですか?」
「それが妙な話でよ。荷物が届いたんだがな。デズモンドが発注したもんなんだ」
「……きっと私がデズモンドに頼んで注文してもらったものです。本当に届くんだ」
「そりゃあ注文したもんは届くに決まってらあ。だが肝心のデズモンドは行方不明って事は、かなり前に注文してる訳だ。この星もようやく状況が落ち着いたし、そんな時間がかかるものってあるか?」
「中身のせいですか?」
「おめえ、一体何を頼んだんだ――まあ、いいや。ちょいとパンクスまで足運んでくれよ」

 
 パンクスに到着するとケイジがいた。
「大都。頑張っているようだな」
「はい。すっかりご無沙汰して」
「用がなければこんな場所は来る所ではない。それでいいのだ――だが自らの力に目覚めたようだな」
「自然ではなく、重力制御でした」
「先手さえ取れれば無敵だな。力を発現させるのにどのくらいかかる?」
「今はまだ、五分近くかかります」
「実戦……と言ってもそんな機会もないだろうが、より研鑽を積む事だな」
「はい」
「しかし重力制御か。あの男の技と同じような系統か」
「あの男?」
「気にするな。昔、デズモンドと共に出会った人間の事だ」
「この日本にまだそんな人がいるのですか?」
「現在、生きているかどうかも知らん。お前にはやるべき事があるはずだ。そちらに集中しろ」

 
 大都がケイジと別れ、広間に入ると、ティオータが荷物を両手に戻ってきた。
「ほらよ。で、大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫とは?」
「デズモンドが注文したからその辺は心得ていただろうが、この星に『叡智』に関するものを持ちこんじゃいけねえんだ」
「それはつまり?」
「この星の人間のお前には言いにくいが『叡智』を手にした所でそれを使いこなせない。それどころか――」
「手に余るものを制御できず、星を滅ぼす原因となる?」
「ああ、その通りだ。この中身が何か聞いてもいいか?」
「ええ。中にはダークエナジーユニットが二基入っているはずです」
「……やっぱりな。だったら渡す訳にはいかねえな」
「どうしてですか?」
「言ったろ。これを使ってシップを造る。そのシップを持った国はこの星の覇権を握るべく、また戦争を起こす。もうこりごりだ」
「……ティオータさん。確かに私が行おうとしているのはとんでもない事かもしれません。でもシップを造ろうなんて思ってませんよ」
「あん、そりゃどういう意味だ?」
「現在の連邦にもない技術、それを作り上げようと考えているんですよ――だってそのくらいの事をしないとデズモンドに自慢できないし」
「……何だかよくわからねえが、お前が嘘つく人間じゃねえのはよくわかってる。釉斎先生が間もなく来られるから、そこでお前のやりたい事を話しちゃもらえねえか?――

 

 そう、今このラボに二基鎮座する転移装置の中にはダークエナジーユニットの一部が仕込んである。
 連邦の技術をもってしても実現できていない物質転移、自分はそれを成し遂げようとしている。
 当然、最も大事な部分の説明はできないが、この星の知識レベルであればそれ以外の部分についてもちんぷんかんぷんだろうから心配はなかった。
 だがあの舎監、あいつだけはもしかすると……

 
 大都のプレゼンテーションの評価は高かった。
 理論の説明を最小限に控え、動物実験を見せたのが成功の要因だったようだ。

 三人の報告を聞き終えた男女が総括を行い、半年後にもう一度報告会を行う事を決定し、プロジェクトは継続となった。

 
 報告会も終わり、大都がラボの掃除をしていると、先ほど報告を聞いていた五人のうちの唯一の女性がラボに入ってきた。
 大都と大して年が違わない、いや、化粧を変えれば年下かもしれない、華やかな美しい女性だった。
「須良大都さん、やっぱりやるわね」
「……どうもありがとうございます」
「シメノの相手は貴方がいいと思っていたけどねえ」
 女性はおかしくてたまらないと言う感じで口を押えて笑った。
「えっ、今、何て言われました。その名前、確かどこかで――」
「気にしないで。まあ、せいぜい事故とかには気を付けなさいね」
「あの」
 女性は背中を向けて去っていった。

 
 その晩、食堂で三人だけのささやかな祝勝会が開かれた。
 輝かしい未来の話で盛り上がる中、大都は気になっていた事を二人に尋ねた。

「なあ、今日の五人の中にいた女性なんだが、糸瀬や源蔵は何か話しかけられたか?」
「いや」
 初めに口を開いたのは糸瀬だった。
「何もないぞ。どえらい美人だったから名前くらいは聞いておいても良かったのかな」
「そうか。何も言われてないのか――

「私は妙な事を訊かれた」
 源蔵が突然に言い、大都は動きを止めた。
「妙な事って?」
「まず、出身を訊かれたので『岩手の遠野』だと答えた。そうしたらいきなり私に顔を近付けてきてこう言った。『あなた、千年の命運を担ってるんだからしっかりね』だと」
「研究に対する評価にしちゃ妙だな。大都も何か言われたのか?」と糸瀬が尋ねた。
「いや、私の方も妙だったよ。『シメノの相手は貴方が良かった』と言われた」
「何だそれ。万葉集か。『茜さす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る』」
「恋の歌だね」
「おい、源蔵。からかわないでくれ。詩的表現過ぎて意味不明だ」

 
 その晩、大都は床に入って考えた。

 源蔵が『遠野』と言った瞬間に思い出した。
 シメノというのはあの山にいた若い方の娘の名だ。
 何故、視察に来た女性がその名を出したのか。
 源蔵にも妙な言葉を伝えたという事は、源蔵は何か重大な役目を担っているのか。
 そして最後に言った『事故』とは何だ? 

 

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