目次
3 開かぬ大門
ジャンルカを連れて煌きの宮から戻ったリチャードは様子が違って見えた。
何故、自分にはこの事が知らされていなかったのか、これは何としても父に聞いてみないといけないと考えた。
その機会はすぐに訪れた。食堂での一家揃っての食事が終わり、リチャードは父トーグルに尋ねた。
「父上。ロックをご存知ですよね?」
問われたトーグルは思わず手にしていたグラスを落しそうになった。母ネネリリは聞いてはいけない名を聞いたように大きく頭を振った。
「……お前、何故それを。そうか、あちらの誰かが話したな」
トーグルはできるだけ冷静を装いながら答えた。
「本人に会いました」
「それは本当か!」
トーグルは物凄い剣幕で立ち上がった。ネネリリは顔を押さえながら食堂を出ていった。幼いジャンルカだけがぽかんとして成行きを見ていた。
「本当でございます。あのような小部屋に幽閉されるのはさぞや辛いでしょう。互いに紹介を行い、しばらく話をし、私たちはとてもよく似ている事がわかりました」
「……顔を見たか?」
問いかけるトーグルの声はがさがさにしわがれていた。
「いえ、銀の仮面をかぶっていたので顔までは」
「――よいか。お前の言う通り、あの子は可哀そうな子だ。だがそれはブライトピア家の問題、お前が心を痛める筋合いではない」
「……はい」
その夜、トーグルは秘かにアレクサンダーと会った。
「――という訳です。顔を見ていないのがせめてもの救いだったのですが」
トーグルの話を聞いたアレクサンダーは考え込んだ。
「エスティリの仕業だな。あいつはまっすぐな男、憤っているのはわかっていたが――あいつを責めてはいけませんぞ」
「もちろんです。いつまでも隠し通しておく事などできません。いずれ明らかになるとは覚悟しておりましたがこんなに早いとは」
「こうなったらリチャードのためにも色々な事をすっきりさせてあげた方がいいのかもしれませんな」
「……と言いますと?」
「リチャード自身、自分にかかる過度な期待を理解し始めているようです。この上はリチャードが『全能の王』の再来たる者か否かを詳らかに致しましょう」
「大門ですか?」
「うむ。大門がリチャードを認めればよし、たとえ認めなくてもリチャードが優秀な事に変わりはありません。きっと素晴らしい王になるでしょう」
「しかし『全能の王』の資質を示せないと……」
「安心なさい。内密に事を進めます」
「リチャードが『全能の王』でない場合、ここまでの非道に何の意味があったのでしょうか。ロックをどう扱えば」
「それは私の口からは何とも言えません」
「そうですね。先生は元々反対のお立場だったのですから――わかりました。それについては私が」
トーグルと別れたアレクサンダーは自室に戻った。
何かがおかしい、物事が誤った方向に進んでいる。あのマンスールという司祭、一体何を企んでいるのだ――
翌日のまだ朝早く、アレクサンダーはリチャードを誘い出して『プラの大門』に向かった。
「リチャード、今日からしばらくの間、ここに来る事になる。申している意味はわかるな?」
「はい。『大門の試練』ですね。我が祖デルギウスは八歳の時に大門を開けたと言いますから、私も来年には――」
「いきなり『大門を開けよ』とは言わん。まずは大門と会話をするのだ。お前が『全能の王』であれば、必ずや大門はお前の呼びかけに応じるであろう」
「わかりました」
リチャードは大門に近付き、そっと両手を触れた。
ひんやりとした鉄の感触が伝わった。
そのまま五分くらいじっとしていただろうか、リチャードは手を離してアレクサンダーの方を振り返った。
「どうであった?」
リチャードは肩をすくめ、笑って答えた。
「鉄は鉄です。冷たくて気持ちが良かったです」
「ほぉ、そうか。では又明日にしようか」
大門の訓練は数日続いたが成果は上がらなかった。
夜、再びトーグルとアレクサンダーが話をした。
「そうですか。このままでは大門はリチャードを『全能の王』として認めない可能性が高いですね」
トーグルは残念そうに肩を落とした。
「この先、何が起こるかはわかりませんが現時点ではそのようです。だが自動装甲の能力はある」
「ドグロッシ王、デルギウス王に次いで三人目ですな。だとするとまだ望みはあるか――」
「そればかりは何とも――今後、あなたがあくまでも王として振る舞うか、父親としてリチャードの将来を考えてあげるか、それはあなたが決める事です」
「先生、承知しております。息子が『全能の王』の再来である可能性がないのであれば、今のような不自然な生活をさせる必要はありません――とりあえず私は明日、《巨大な星》に行ってまいります」
「うむ、それがいいでしょう。今ならまだ間に合うかもしれない」
翌日、トーグルが一人でサディアヴィルの近くにあるマンスールの教会を訪れると、すぐにマンスールが姿を現した。
「これはトーグル王。どうされましたか?」
「はい。真に申し上げにくいのですが」
「ここでは話もできますまい。告解室で伺いましょう」
告解室でマンスールはトーグルから一通りの話を聞いた。
「なるほど。リチャード皇子は『全能の王』の再来にはなれないかもしれない。一方で呪われた子、ロックの脅威は日に日に大きくなっている。かくなる上は今一度、リチャード皇子とロックの人格を一つにしてリチャード皇子に普通の人生を歩ませたい、こういう訳ですな?」
「はい。勝手な申し出なのは承知しておりますが、あの時の私はどうかしていたのです」
「しかしまだリチャード皇子が『全能の王』の再来である可能性も残っているでしょう?」
「そうですが――私は大それた間違いを犯したようです。たとえリチャードがこの先、資質を示せたとしても、それで銀河が救われるとは思えないのです。であればリチャードには平凡でいい、普通の人生を送らせてあげたい、今は愚かな親心が勝っているのですよ」
「ふむ。お気持ちはわかります。ですが残念ながら手遅れですな」
「何故ですか。ストウパ様ほどの技術を持ってすれば、分かれた人格を一つに戻すのも容易いのではありませんか?」
「落ち着いて下さい。トーグル王よ。私もそうあってほしいと思いますが、ストウパは行方知れずになってしまったのです」
「……そんな。見つけ出す訳には参りませんか?」
「まず無理ですな。元々どこの生まれかもわからぬ男、精霊医術の研究と称して名も知らぬ星の名も知らぬ山の中にでも籠っていれば、見つけ出すのは大砂漠で米粒を探すようなものでございましょう」
「ではどうすれば?」
「このままリチャード皇子の可能性に賭けてみるしかありませんな。元々それが王の望んだ道、今更親心を出すなど、らしくありませんな。大体、どれだけの犠牲が払われているとお思いですか。触媒とされた精霊、呪われた子を引き取って育てているブライトピア家の方々、王は自分勝手な親心やらで、そういったもの全てを踏みにじられるおつもりか?」
「ごもっともでございます。私が間違っておりました」
トーグルは肩を落として教会を出ていった。
外まで見送ったマンスールは教会の中に戻ると大きな笑い声を上げた。
「愚か者め。リチャードがぼんくらであっても一向に構わん。私はロックさえ消えてしまわなければそれで満足なのだ」
プラの王宮に戻ったトーグルはアレクサンダーと話し合った。
「――やはりそうでしたか。踏み込んではいけない領域に足を踏み入れた場合、元に戻すのは至難の技です。だが心配なさるな。リチャードには今まで通り『全能の王』となるための教育も続けさせますが、同時に市井の者たちとも付き合わせ、普通の人間としての生活も学ばせましょう」
「それはどうやって?」
「近衛兵にリチャードと同い年の息子がいる者がおります。この子、ゲボルグをリチャードの遊び相手とし、男同士の友情を育ませます。さらにもう一つ、王の不在の間にエスティリに会いましたが、すっかりおとなしくなって『これからはリチャードの面倒を見てもよい』と申しておりました」
「私は親として失格なのだろうが、せめてリチャードだけにはまっすぐに育ってほしい」
「その通りですな」
「ロックはどうすれば?」
「リチャードに『会うな』と言っても逆効果です。今は二人がどのような交流を図るか見守るしかありませんな」
リチャードの大門の訓練はその後も続いたが、九歳になる頃にはその回数もめっきり減った。
「おい、リチャード。明日も早起きして大門とお話するのか?」
ホテル・シャコウスキーの前で一緒に遊んでいたゲボルグがリチャードに話しかけた。
「いや、明日は母上の出産予定日だ。朝から王宮にいなけりゃならない」
「ああ、そうか。今度は弟かな、妹かな。楽しみだな」
「弟でも妹でもどちらでもいい。家族が増えるのはいいことさ――そうだ、ゲボルグも明日は王宮に来ればいい」
「ああん、俺はいいよ。外で遊んでる方が楽しいし」
「エスティリやノーラも来るぞ」
「えっ、エスティリあんちゃんも来るなら行ってもいいかなあ」
「嘘つけ。お前、ノーラに会いたいんだろ」
「馬鹿言え。そんなんじゃねえや」
翌日、生まれたのは女の子でサラと名付けられた。
成長するにつれサラは不思議な力を見せるようになった。
たまに夢を見ると、その夢の通りの現実が起こる、いわゆる予知夢の持ち主だった。
サラは王宮内で失せ物があったりすると、その場所をピタリと言い当てる事ができた。
一度だけリチャードはサラに自分の未来について尋ねた事があった。
尋ねられたサラは「うふふ」と笑ってこう答えた。
「お兄様にとってはすごく重要でしょうけれどサラにとってはそうは思えないの。本当に大切な事だったら必ず夢を見るから、その時に教えてあげる」
サラの存在はセンテニア家とブライトピア家に明るさを取り戻した。
エスティリはリチャードの面倒をよく見るようになり、いつしかロックを除く両家の五人は、星の人々の希望となっていった。
勇猛なるエスティリ、心優しきノーラ、全能のリチャード、明晰なるジャンルカ、遍く照らすサラ――たとえリチャードが『全能の王』の再来でなくても、五人が力を合わせれば困難は克服されるのではないかという希望が生まれようとしていた。
リチャードは定期的にロックが幽閉される小部屋を訪れた。
そこでどんな会話が行われたのかは当人同士にしかわからないが、一度だけこんな会話があったのを通りがかった乳母が聞いたそうだ。
「ロック。前から思っていたのだが、君の力を持ってすればこんな鉄の鎖をはずすのは容易いんじゃないか?」
何気ないリチャードの問いかけにロックは俯いて笑った。
「ああ、その通りだがやらない――どうしてかわかるか。いつの日かおれを必要とする人間がここに迎えに来る。おれはその時を待ってるんだ」
「……君を必要とする人か。悪い奴じゃないだろうね?」
「悪い奴さ。だがその悪い奴がおれの縛めを解いた時、おれが真っ先に何をすると思う?」
「……」
「ブライトピアとセンテニア、まとめて全部殺してやるのさ――だからお前に忠告してやるよ。お前、最近、この星を離れて連邦大学に進むべきか悩んでんだろう。行くがいいさ。そうなりゃ、お前がこの星を離れている間に『その時』が来たとしても、おれは行動を起こさない。どうしてかって?皆殺しにならねえからさ」
ロックは仮面をつけたまま大笑いを続けた。
結局、大門は一度もリチャードに話しかける事はなかったが、それでもリチャードは優秀だった。
学問の師、アレクサンダーは《鉄の星》での家庭教師の他に連邦大学ダレン校とアンフィテアトル校でも教鞭を執っていたが、アレクサンダーの薦めもありリチャードはダレン校への進学を決めた。
連邦府に旅立つ前にリチャードは再びロックの下を訪れた。
「ロック。君の薦めもあり、私はダレンに旅立つ事にしたよ」
壁に両手両足をつながれたロックは興味なさそうに答えた。
「ふーん、寿命が伸びて良かったな」
「君の言っていた待ち人とは一体誰なんだい。もしかすると最近世間を騒がせる大帝ではないだろうね?」
「大帝……誰だ、そりゃ。まあ、気にすんな。お前はお前のやるべき事をやりゃあいいんだよ。そしてこの星に戻っておれに殺される。なかなかの人生じゃねえか」
「ロック。一つ聞きたい事がある。君は、その、こうして壁につながれたままでいて外部とは隔絶されている。どうやって世間を知るんだ?」
下を向いていた仮面のロックが顔を上げ、リチャードをまっすぐに見つめた。
「お前がいるじゃねえか」
「……私とこうやって会う事で世間を感じ取っているという意味か。君はすごい感性の持ち主だな」
「つくづくおめでたい奴だな、お前は。まあ、お前らしいか。じゃあ行ってこいよ――『全能の王様』」
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