5.3. Story 2 カザハナ計画

2 全能の創出

 それから数か月後、『輝きの宮』は数日後に迫ったネネリリ王女の出産に向けて、どこか浮足立っていた。
 前回の会議の時と同じくエスティリとノーラはアレクサンダーに学問を習いに来ていたが、肝心のアレクサンダーがどこに行ったのか不在だった。
 仕方なくエスティリとノーラは王宮内をぶらぶらと歩いていたが、そこにカザハナの姿を見つけた。

 
 エスティリは走り寄って声をかけた。
「カザハナ」
「……ああ、あなたたち。今日もお勉強?でも残念ね。皆さん、バタバタしているみたいだから自習でしょ」
「……あの」
「どうしたの?」
「ううん、カザハナ、この前と様子が違うなって」
「……一つお願いしてもいいかしら。あなたたちだけは私の事を覚えていてほしいの」
「えっ、何でそんな事言うの?」
「いいから。たとえカザハナという精霊は消えたとしても、あなたたち心の中にその名が刻まれていればいい。できるかしら?」
「カザハナは消えないし、ぼくたちも忘れない。だからそんな事言わないでよ」
「そうね、せっかくお世継ぎが生まれるっていうおめでたい時に言う事じゃなかったわね」
 カザハナは去っていった。

 
 ネネリリの出産は使われていない地下倉庫で行われた。
 ジュヒョウがまるで実験器具のような様々な機材を部屋に搬入し、アレクサンダーも含め多くの人間は立ち入り禁止となった。
 部屋の様子は異様だった、ベッドが二つ置かれ、部屋の真ん中にあるカーテンで仕切られ、互いのベッドを見る事ができないようになっていた。
 ベッドの脇にはジュヒョウが持ち込んだ機材が置かれたが、その機材のどれにも文字とも絵ともつかない怪しげな文様が描かれていた。

 
 初めにカザハナが部屋に入った。
 カーテンで仕切られた奥のベッドに横たわり、ジュヒョウが慣れた手つきで全身に電極のような物を取り付けていった。
 続いてトーグルと乳母、それに助産婦に付き添われた不安そうな面持ちのネネリリが入った。
 ネネリリは手前のベッドに横たわり、助産婦が出産の準備を終えるのを見届けて、ジュヒョウが同じようにネネリリの全身に電極を取り付けた。
 最後に部屋に入ったのはナジールとスハネイヴァだった。
 スハネイヴァは黒い毛布を手にして震えていた。

 
 ネネリリの陣痛が始まった。
 助産婦のネネリリを励ます声に呼応するように、ジュヒョウは機材の電圧を上げていき、地の底から響く唸り声のような音が大きくなった。
 赤ん坊の頭が見えようという瞬間に、突然機材の電圧が低下したのか、唸り声がぴたりと止み、赤ん坊を取り上げようとしていた助産婦が悲鳴を上げた。
「どうした?」
 トーグルが助産婦の下に駆け寄った。
「申し訳ありません。お子の頭が急に二つになったように見えたもので……双子だったのですね」
「ああ、お前には申していなかったな」とトーグルは言ってからジュヒョウに向き直った。「ストウパ殿。どうかお続け下さい」

 
 ジュヒョウは再び電圧を上げた。
 それから三十分後、無事に双子の赤ん坊が生まれると、音も静かに止んだ。
 助産婦が二人の尻を叩くと赤ん坊たちは火の付いたように泣き出した。
「おお、生まれたな」とトーグルが言った。
「はい、ご立派な双子の男の子でございます」
 助産婦が言い終わらない内にスハネイヴァがつかつかと近寄った。
「ストウパ様……どちらがどちらでございますか?」
 さすがに疲れたのか機材の前で放心していたジュヒョウは我に返った。
「うむ――そちらから見て左手の子がブライトピアの子ですな。どれ、私は」
 ジュヒョウはそれだけ言って、カーテンの奥に引っ込んだ。

 スハネイヴァは急いで左手の赤ん坊を手にした黒い毛布で包み、あっけに取られる助産婦を残してナジールと共に部屋を出て行こうとした。
「さあ、トーグル王。お世継ぎの誕生の発表をなさって――」

 スハネイヴァの言葉は途中で、カーテンの向こうのジュヒョウの奇妙な叫び声によってかき消された。
「おお、何という事だ。これこそが奇蹟」
 カーテンの向こうの尋常でない様子を心配したトーグルがカーテンを開けようとするとジュヒョウの声がした。

「来てはならぬ。それよりもするべき事があるでしょう――ああ、そうそう。その助産婦と乳母にはきつく言っておいた方がよろしいですぞ。生まれたのは『全能の王』の再来、決して双子などではないと」
「わ、わかりました」とトーグルは答えて、乳母と助産婦に向かって言った。「お前たち、聞いての通りだ。本日の件は他言無用。家族にさえも打ち明けてはならぬ。もしも外に漏れるような事態となれば、お前たちをきつく罰せねばならん」
 平身低頭する乳母と助産婦にネネリリの世話をするように言い残して、トーグルは残った赤ん坊を白い毛布に包み、ナジールたちと部屋を出ていった。

 
 乳母と助産婦がネネリリの世話をしていると突然にカーテンが開かれ、ジュヒョウが顔だけを出した。
「お前たち、ネネリリ様がお部屋でお休み頂けるように人を呼んでくるのだ。私はここの片づけがあるので、さあ、早く」
 助産婦と乳母は追い立てられるように部屋の外に出された。ネネリリをベッドのまま運ぶために屈強な男たちを呼び、再び倉庫に戻ると、そこにはジュヒョウの姿どころか、ジュヒョウが運び込んだ機材も全てがすっかり消え去り、ネネリリの眠るベッドだけががらんとした倉庫に残されていた。

 
 トーグルは部屋を出るとすぐにナジールと黒い毛布を抱いたスハネイヴァと別れ、白い毛布にくるまれた赤子を抱いたまま、広間に向かって廊下を歩いた。
 途中で赤ん坊が泣き出し、その声を聞いた王宮には安堵のため息が漏れ、歓声が沸き起こった。
 広間に着き、すぐに《鉄の星》、《銀の星》の全住民に対してヴィジョンを発信した。
 トーグルは毛布に包まれ、激しく泣き叫ぶ赤ん坊を高く抱え上げた。
「《鉄の星》、センテニア家の第一子、リチャードと名付ける」

 

別ウインドウが開きます

 Story 3 リチャードとロック

先頭に戻る