5.3. Story 1 アレクサンダーの情熱

2 暗躍

 アレクサンダーは決意を固めた。生まれてくる世継ぎがどのような資質の子であれ、全力を持って教育を施し、もしそれで不十分であれば『クグツ』を仕立て、王を補佐させるのが最善である。
「――では確実な方法というのはない訳ですな?」
 トーグルは不満そうに言った。
「残念ながら。しかしお二方のお子であれば優秀でしょう。またブライトピア家のエスティリやノーラを見れば、一角の人物になるであろう世継ぎが現れる確率は――」
「先生、それでは困るのです。確実に『全能の王』の再来が望まれている。猶予はならないのです」
「私が全霊を傾けて仕立てた『クグツ』に補佐させるのではいけませんかな?」
「先生、あなたはわかってらっしゃらない。先日も申した通り『全能の王』の再来はこのセンテニア家から輩出されなければならないのです」
「トーグル王のお言葉とも思えませんな。たとえ出自がどうであれ、連邦のために尽力できる者が必要なのではありませんか?」
「平時であればそれも許容できますが今は連邦存続か否かの緊急時、腐りつつある連邦内部を一気に浄化できるだけの力を持つのはデルギウス・センテニアの再来以外にありません」

 
 結局、話し合いは物別れに終わった。
 アレクサンダーは自室に戻り、物思いにふけった。
「そう言えば、《賢者の星》は七聖ノカーノの子が興したという話だ。その星が滅亡した事があんなにもトーグル王を依怙地にさせている原因かもしれない。だが私の『クグツ』であれば、あの星の浮かばれない魂ですら救済できるであろうに」

 
 トーグルも自室で一人考え込んでいた。
「ネネリリの懐妊が発表されたというのに確実な方法が見つからないとは」
 トーグルは部屋に置いてある机の引き出しの一番奥に厳重に保管されている日記を取り出した。
 その日記は一年ほど前に偶然書庫で発見したものだった。表紙にはデルギウスの署名がしてあった。

 ――結局、私はノカーノに勝てなかった。だがまだあきらめてはいない。未来の子孫の代に再び『全能の王』の再来が必ずや現れる。その時こそセンテニア家の優秀さを証明するのだ。間違っても《賢者の星》、そして《青の星》に住むノカーノの子孫に負けてはいけない――

 
 トーグルには気になっている事が一つあった。
 《賢者の星》は滅び、ハルナータ王に連なる者は最早この世界に存在しない。
 だが《青の星》、あの原始的な星にデズモンド・ピアナが長期に渡って滞在していると聞く。
 デズモンドの事だ、おそらくノカーノの末裔を見つけたに違いない。

 デズモンドを後ろ盾にしたノカーノの末裔が連邦に乗り込んでくれば、到底太刀打ちできないと思った。
 その者こそが、先ほどアレクサンダーに言った『連邦内部を一気に浄化する』だけの力を持つ者なのだ。
 何とかしてその者が世に出る前に『全能の王』の再来を生み出さなければ、センテニア家は再びノカーノの前に敗れ去る事になってしまう。

 
 トーグルとアレクサンダーが激論を交わした同じ頃、《巨大な星》、サディアヴィルの近くの古びた教会に訪問者があった。
 教会の司祭マンスールは訪問者の姿に息を呑んだ。派手な色合いの羽根飾りを全身にまとったマント姿の男だった。
「こ、これは、ム・バレロ様。何のご用でしょう」
「ふん。好き勝手にやっているようではないか。それにしてもここは寒いな」
「ええ、で何のご用で――」
「ずいぶんと名声を博しているようだが、まだまだこの星を牛耳る所まではいっていないようだな」
「これだけの大きな星ですから時間はかかりますが、必ずや」
「実はな、面白い話を持ってきてやった。聞く気はあるか?」
「もちろんでございます」

「先日、わしの下を一人の男が訪ねてきた。名も名乗らず、話した後でかき消すようにいなくなった事からArhatかそれに近い『上の世界』の者だろう。その男が妙な事を言っておった。《鉄の星》を訪ねてみろとな」
「……トーグル王ですか?」
「うむ。その男が『トーグル王は魔に魅入られようとしている。禁断の領域に踏み込むのは時間の問題だ』と言いおった。嬉しくなるような話ではないか」
「それで?」
「早速行ってきた。間もなくトーグル王の所に世継ぎが生まれよう。その生まれてくる世継ぎだが『全能の王』の再来でなくてはいかんというのだから笑ってしまうではないか」
「何故、そのような」
「さあな、このまま朽ち果てていく銀河連邦を救うには救世主にすがるしかないのだろう。末期症状だな」

「私にできる事があるのでしょうか?」
「わしやジュヒョウには勝算があるが、デズモンド・ピアナのせいでとんだ悪者にされており、表には出ていきにくい。だからお前に《鉄の星》に赴いてもらいたいのだ」
「何故、私が?」
「鈍い奴だな。お前なら《巨大な星》の宗教対立を納めた英雄として名が知れ渡っているではないか。お前が行って、トーグルを説得してここに連れてこい。そうすれば後はわしとジュヒョウで上手くやる」
「お言葉ですがム・バレロ様。私も色々と忙しい身でして――」
「ほぉ、言うようになったな。面白い。何もただの使い走りをさせようという訳ではないぞ。お前にも十分見返りがある。二十年後にその果実を手に入れるのはお前だ」
「二十年後?」
「まあ、いい。ジュヒョウを外に待たせてある。計画の詳細は奴に聞け」

 
 翌日、マンスールは教会の留守をヅィーンマンに頼み、《鉄の星》に向かった。
「くそっ、ム・バレロめ。いいようにこき使いおって。だが覚えてろよ。《巨大な星》を支配して私の王国を造り上げたなら、その時には土下座させてやる」
 呪いの言葉をまき散らしながらマンスールはプラの広場を歩いた。
 途中で出会う人が握手を求めてくると相好を崩してそれに応じ、人が行ってしまうと聞くに堪えない罵詈雑言を呟きながら王宮に向かった。

 
 名前を言うと広間に通され、トーグル王が現れた。
「これは、《巨大な星》を救った聖人マンスール殿。一度お目にかかりたいと思っておりました」
「光栄ですな」
「わざわざプラまでお越し下さるとは。会議か何かでいらっしゃいますか?」
「まあ、そんな所と言いたいのですが、本日は魂の叫びに応えるためにやってまいりました」
「魂の叫び、ですか?」
「左様。私もこちらに来て以来、大いに心を痛めている事があります。それがあなたの叫びと同調して、私に届いたのでしょうな」
「と言いますと、私の?」
「トーグル王、あなたは今大変に悩んでらっしゃる。それはお世継ぎの件。違いますかな?」
「その通りです。何故それをご存じでいらっしゃいますか?」
「言ったでしょう。あなたの悩みはそのまま私の苦しみです。この状況を打開するために求められているのは『全能の王』の再来。私も全く同じ考えですよ」
「おお、何という事だ。やはりマンスール様は聖人でいらっしゃる」
「実はですな。私は確実に『全能の王』を輩出する方法を知っているのです」
「えっ、今のは私の聞き間違いでしょうか」
「冗談など申し上げておりませんよ――どうです、一度、私の教会で詳しい話を聞きませんか?」
「ええ、是非。私もネネリリも行かせて頂きます――だがもう一人お連れする訳にはまいりませんか?」

「ほぉ」とマンスールは言った。
 いよいよ話は核心に近付いた。今回の計画が成功するかは、これからトーグルが口にするであろう名の男をやり込めるか否かにかかっているとム・バレロは言った。
「どなたですかな?」
「世継ぎの家庭教師になられるアレクサンダー先生です」
「なるほど。アンタゴニス様の末裔ですな。まあ、後でもよろしいではないですか。こちらに帰ってから仔細を説明すればいいでしょう」
「――わかりました。では早速旅の準備を致しますので、マンスール様はホテル・シャコウスキーにお泊り下さい」

 

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 Story 2 カザハナ計画

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