5.2. Story 2 王制の最期

2 犠牲

 ダイスボロとガレイミーが話をした次の夜、ペイシャンスの本拠に伝令が駆け込んだ。
 伝令は水をぐいと飲むと一気にまくし立てた。
「スカンダロフの本隊がテンペランスに移動を開始しております」
「理由は?」とダイスボロが尋ねた。
「はっきりした事はわかっておりません」
「ダイスボロ、これは罠だ」とガレイミーが言った。
「ああ、恐らくね。まんまと先手を打たれた――だがその誘いに乗ってみようじゃないか」
「ダイスボロ、無茶だ。テンペランスはここから距離がある。ジェネロシティとカインドネス両側面から攻められれば一たまりもないぞ」

「ところで君」とダイスボロは伝令の男に尋ねた。「フェイスの守りはどうなっている?」
「至って手薄な状況です」
「であれば決まりだ――ねえ、ガレイミー。考えてもごらん。このまま周辺の丘を平定していっても、兵站が延びるばかりだ。ここは一つ中心部を押さえさせてもらおうじゃないか」
「そこまで言うなら仕方ない。だがどうやって兵を進める?」
「ガレイミー、各丘の兵力は?」
「こちらはモデスティとペイシャンスにそれぞれ三千ずつ。あっちはフェイスに一万、後のジェネロシティ、カインドネス、テンペランスに五千ずつだ」
「単純計算で、六千対二万五千、四倍の差か――で、フェイスは動いたんだな?」
「はい、約半数がテンペランスに移動を開始したと思われます」
「よし、では私が三千を率いてフェイスの五千に当たろう。ガレイミーは残り三千でジェネロシティに向かってくれ」
「おい、カインドネスから攻められたら一たまりもないぞ」
「実はある情報を掴んでいる。カインドネスはスカンダロフに懐疑的、様子見を決め込むのではないかとね。それに賭けよう」
「ジェネロシティを落すのは可能かもしれないが、テンペランスまでは届かない。もちろんカインドネスが様子見だけでなく、こちらに付いて上手く動いてくれればという条件付きだが――あまりにも危険な賭けだ」
「カインドネスには他の丘よりも信心深い人間が多いと聞いている。聖ルンビアの奇蹟でも起こせればいいのだがな」
「そんな夢見事はたくさんだが、せめてカインドネスが動かない事を祈ろう。で、決行は?」
「深夜に開始する。それまでにジェネロシティに攻め入れるように準備しておいてくれ」

 
 ガレイミーはモデスティに入り、将兵を集めて作戦を伝えた。
「今夜半、ジェネロシティに攻め入る」
 雄叫びのような歓声を上げる将兵たちをガレイミーは静かに遮った。
「だが本来の目的地はその先のテンペランスだ」
 黙り込んだ兵士たちに不安の表情が広がった。
「ペイシャンスからはダイスボロがフェイスに攻め入る手筈になっている」
「という事は……」
 一人の兵士が意気込んで尋ねた。
「その通りだ。カインドネスを除く五つの丘を今回の一戦で全て解放する。スカンダロフを駆逐するのだ!」
 再び地鳴りのような歓声が沸き上がった。
「必要なのは臨機応変さだ。特にカインドネスの動きに注意してくれ。カインドネスが動くようであればジェネロシティ攻略を中断して、すぐにフェイスの救援に駆けつける。動かなければジェネロシティを落し、そのまま休まずにテンペランスまで駆け抜けろ」

 
 同じ頃、ダイスボロもペイシャンスの旧文化地区とゴシック地区の間に設けられた公園に兵士たちを集めた。
「あくまでも狙いはスカンダロフ。フェイスを落すのに時間はかけられないぞ。幸いにしてスカンダロフの将兵たちはカインドネスを筆頭に士気が低下していると聞く。投降し、仲間になる者を吸収しながらテンペランスまで進むぞ」
「カインドネスが動けば?」
「様々な情報に基づけば彼らは動かない。おそらく様子見だ。こちらがフェイスでもジェネロシティでも陥落させれば、こちらの味方になり、共にテンペランスを攻めてくれると信じている」
「ではこのペイシャンスには?」
「一兵も残さず出撃する」

 
 深夜を迎えると同時にペイシャンスにいた全兵士が音も立てずに出兵した。
 ポリスと呼ばれる最先端の建造物が並ぶ地域に入ったダイスボロはすぐに違和感に気付き、命令を出した。
「襲ってくる気配がない。全軍、目抜き通りを展開しながら投降希望者を吸収しつつ、中心部を目指せ」
 ダイスボロの言葉に従い、全速力でヌーヴォー、ゴシックの各地区を通過し、旧文化と呼ばれる最古の地区に近付くと様子がおかしかった。
「大変です。火が――」
 ダイスボロが見ると、はるか昔にルンビアとドミナフが建てた由緒ある旧文化地区が火の手に包まれようとしていた。
「スカンダロフめ。火を放ったか――皆、急ぎ消火に当たれ」
 ダイスボロは兵士たちと先に旧文化地区に走らせ、一人唇を噛んだ。

「くそっ、外道め――聖ルンビアよ。今こそ奇蹟を我が手に」
 ダイスボロはゴシックと旧文化地区をつなぐエリアにある公園で跪き、祈りを捧げた。
 すると空が突然に音を立て始め、滅多に雨の降らない《虚栄の星》に大量の雨が降り注いだ。雨は炎に包まれようとしていた旧文化の建物にも落ち、ちろちろと赤い舌を出していた火は瞬く間にその姿を失った。
「ルンビア様、奇蹟を感謝致します――スカンダロフを許す訳にはいかない。これよりテンペランスに攻め込むぞ。手の空いている者は付いてこい!」
 ダイスボロはテンペランスに向かって進軍を開始した。

 
 ジェネロシティをもう少しで陥落させようとしていたガレイミーに「フェイス陥落」の一報がもたらされた。
「これでカインドネスの動きも決まるな。で、ダイスボロはいつテンペランスに攻め込むつもりだ?」
 ガレイミーが伝令に尋ねると男は困ったような顔になった。
「それが――すでに身の回りの数人を率いてテンペランスに向かわれました」
「何だと。何故、カインドネスや我らの行動を待たずに動いた。死にに行くようなものだ」
「はっ、スカンダロフが建物に火を放ったのをご覧になられて、大分お怒りになられていたようです」
「理由を聞いても仕方ない。こうなれば応援に向かうしかない――こちらも手の空く者はすぐにテンペランスを目指して駆けるのだ!」

 ガレイミーが兵をかき集めてテンペランスの旧文化地区に到着した時にはダイスボロの軍が戦いを優勢に進めていた。
 カインドネスの一軍がテンペランスに攻め入ったため、不意を突かれたスカンダロフの軍は各地で総崩れになりつつあった。
 ガレイミーは兵士たちに突撃命令を出し、自身はダイスボロを探した。

 
 ようやく旧文化地区の古い教会で数人の兵士に囲まれ、傷つき、横たわるダイスボロの姿を発見した。
「ダイスボロ。しっかりしろ」
 付き添っていた兵士の一人がガレイミーを見て悲しそうに首を振った。
「テンペランスの旧文化地区まで来た時に待ち伏せしていた部隊の襲撃に遭いました。必死で血路を切り開いたのですが、この教会の前まで来るとダイスボロ様がお倒れになって――」
「何故、無謀な突撃をした。援軍を待たなかった?」
 ガレイミーが揺り起こすと横たわったダイスボロが弱々しく目を開けた。
「……ガレイミー……か。ジェネロシティは?」
「今頃は我が軍の手に落ちている。テンペランスも間もなくだ。カインドネスもこちらに付いてくれた。これでヴァニティポリスは平定されるぞ」
「……良かった……これで思い残す事はない」
「何を言うんだ。これからではないか?」
 ダイスボロは小さく微笑みながら言った。

「……なあ、ガレイミー。聖ルンビアの言葉を知りたいか?」
「あ、ああ。だが何でそんな事を言い出すんだ」
「あの時、聖ルンビアはこう言われた。『いつか君の呼びかけに応じて奇蹟を一度だけ起こそう。だけどそれは命と引き換えの奇蹟』……さっきフェイスに降らせた雨がそうだったのさ」
「……ダイスボロ。わかった、もうしゃべるな。今は休め」
「……ガレイミー……頼みがある」
「何だ?」
「今から君がダイスボロだ。私が死んだ事を隠して君が軍を指揮してくれ」
「馬鹿を言うな」
「……時間がない……ここでスカンダロフを倒さないと……未来が来ない」
「……わかった。待ってくれ」

 ガレイミーは立ち上がり、自分の腰からナイフを取り出すと、そのまま刃を顎に押し当てて髭を剃り始めた。
 すっかり髭を剃り終えたガレイミーはダイスボロの所で跪き、自分の顔を見せた。
「……ああ、ばっちりだ。これならダイスボロと見間違える」
「おれの方がずっと二枚目だぞ」
「……」
「ダイスボロ……」
 ガレイミーはダイスボロの目をそっと閉じてあげてから、静かに立ち上がった。
「今からおれがダイスボロだ。スカンダロフを打倒するぞ!」

 
 夜が明けるまでに大勢は決した。
 ダイスボロの軍は六つの丘を平定し、フェイスで戦後処理が開始された。
 カインドネスの責任者が口を開いた。
「ダイスボロ殿。この度はおめでとうございます」
「いや、まだスカンダロフの行方がわかっておりません」
 ガレイミーはダイスボロになり切って答えた。
「東の開拓地に逃げ込んだという噂も入っていますが」
「おそらく奴はシップで逃走を図るはずです。各丘のポート、それから巡回のシップの数を増やし、通常のマーチャントシップも念入りに調べましょう」
「さすがはダイスボロ殿。お若いのにしっかりしてらっしゃいますな」

 
 そして一週間後、マーチャントシップに隠れて脱出しようとしていたスカンダロフが捕えられ、フェイスに護送された。
 旧文化地区のドミナフの居城の広間に引き立てられたスカンダロフは散々呪いの言葉を吐き散らした挙句、ガレイミーの顔を見てこう言った。
「貴様、ダイスボロではないな」
「――ダイスボロは特定の人物ではない。お前の悪政を憎む心、それこそがダイスボロだ」

 スカンダロフは処刑され、ガレイミーは一年の準備期間の後に民主制の下での指導者を決める選挙を宣言した。

 
 ある日、《虚栄の星》の周りを回る小惑星の一つ、ドミナフに顔をすっぽりとマフラーで隠した男が降り立った。
 男は管理をするドミナフ王朝の末裔に面会した。
「どうすれば小惑星に名前を付ける事ができましょうか?」とマフラーの男が尋ねた。
「それは、やはり、それなりの偉業を成し遂げた方でないと無理でしょうな」
「では今の指導者ダイスボロであれば?」
「おお、あの方であれば問題ない。誰も異論はないでしょう」
 マフラーの男はその足でまだ名の付いていない小惑星に向かった。
 そこでマフラーを取り、はらはらと涙を流しながら言った。
「良かったな。ダイスボロ。君の名はこの地に永遠に刻まれるぞ」

 

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 Chapter 3 カザハナ

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