目次
2 避けられない悲劇
ハルナータは悲しみ、苦悩した。
《賢者の星》はかつてない危機に陥っていた。
年の離れた弟、アスタータと先代王の頃からの実力者ボイセコの確執は泥沼状態に突入していた。
きっかけは南の領土を巡ってだった。
王都イワクの周辺から北にかけてをハルナータが治め、アスタータはイワクの西、ボイセコは東の実力者だった。
イワクの南を治める領主が突如死去したが跡取りがいなかったため、ハルナータたち実力者三者で協議を行う手筈となった。
ところがボイセコは突然に南の領主との姻戚関係を主張し出し、一方的に軍を駐留させ、協議に参加する必要はない旨を通知してきた。
これに納得のいかないアスタータはすぐさま南の領土に自軍の兵を進めた。南の領土のほぼ中央を流れる大河をはさんで両軍は衝突寸前までいったが、ハルナータの懸命の説得により戦争はかろうじて回避された。
しかし両者ともに兵を南の領土に駐留させたまま睨み合いが続いた。ハルナータは忙しく双方の陣営を飛び回り治安を回復させるべく努力をしたが、事態を完全に収拾するには至らなかった。
調停に当たったハルナータが最も驚いたのは両軍ともに軍備が充実している事だった。
開闢以来千年に渡って戦というものが全くと言っていいほど起こっていない《賢者の星》に、まっとうな軍隊や兵器は発達しておらず、また連邦軍の駐留もなかった。
常々連邦に軍を供出できない事を秘かに心苦しく思っていたハルナータにとって、これはまさしく青天の霹靂であった。
彼らはいつの間にここまでの兵器や軍隊を持つようになったのか、どう考えても理解できなかった。
両陣営に家臣を派遣し、判明した点が二つあった。
一つは両者の軍事力が恐ろしく拮抗している事、例えばボイセコの持つ火砲の数が二百八十門に対してアスタータ側は三百門、兵士の数はボイセコが四千人の傭兵を含めて六千人なのに対してアスタータでは三千五百人の傭兵と二千人の正規兵だった。
このように均衡が保たれ、また他の星の傭兵を多く雇用している事から見て、両者ともに武器商人を頼っているのは明白だった。
二つ目は両者ともにほとんどの兵器は原始的な火砲であったり、戦車であったり、飛行機であったりしたのだが、実はもっと危険な兵器を隠し持っているのではないかという報告があった事だ。
あくまでも噂話の域を出なかったが、ボイセコ、アスタータ陣営共に『セレーネス』を保有しているらしかった。
『セレーネス』は連邦の軍事研究所が『ダークエナジー航法』の仕組みを解明しようと研究していた際に偶然生まれた破壊兵器だった。
その実験において発生した『死の煙』は建物や構築物には影響を与えず、生物の命だけを奪う事が報告された。その名の通り、生物が静かに死を受け入れてしまう、あっさりとその命を絶つ危険な兵器だった。
事態を重く見た連邦は直ちに『セレーネス』の研究も使用も禁止し、連邦憲章の『原始的破壊兵器の使用の禁止』という新たな一文を付け加えた。
実際の戦場での使用事例はないが、もしこの《賢者の星》で使われたならば、億を越える民衆は一瞬にして忘却の彼方に葬り去られ、後に残るのは人の住めない廃墟と化した都市だけ、つまりこの星は滅亡するはずだ。
自分の使命はこの緊張を緩和させ、死の兵器を使用させない事だ。そう考えたハルナータは、早速、銀河連邦中枢と諸星の王たちに対して実情をぶちまけ、援助を願い出た。
《鉄の星》のトーグル王、《花の星》のカーリア王からすぐに返事が返ってきた。
カーリア王からは「身内の恥をよくぞ伝えてくれた。最も近隣の星として可能な限りの援助を惜しまない」というものだった。
トーグル王は「現在銀河に起こる数々の異変について全力を挙げて解決する」旨の連絡を返してきた。
連邦議長トリチェリからは連邦軍の駐留についての是非を問い合わせてきたので、ハルナータは今一度状況を確認後、必要規模及び期間を回答すると返答した。
数日後、ハルナータの下を連邦の人間が訪れた。
「セム・デールと申します。トリチェリの使いとして《賢者の星》の実情を視察に参りました」
セムと名乗った赤ら顔の小太りの男にハルナータは恭しく挨拶を返した。
「これは素早い、さすがは連邦ですな。早速議長に礼を言わねば」
「――それは困ります。この任務自体が極めて極秘、記録に残るような行為は慎んで頂かねば」
「……なるほど。わかる気も致します。内通者がいるという意味ですな」
「今後は私が窓口となりますので何かありましたら必ず私だけにご連絡下さい。よろしいですかな?」
「わかりました。ではセム殿に調査資料をお渡ししましょう」
ハルナータは家臣に言い付けてアスタータ、ボイセコ両陣営の詳細な軍事力、軍の配置等の資料を手渡した。セムはそれをぱらぱらとめくりながら驚きの声を上げた。
「ほぉ、これは大変な状況だ――だがご安心を。この資料を議長、そしてトポノフ将軍に届ければ、すぐに連邦軍が治安回復のためにやってきます」
「事態は急を要しております。よろしく取り計らい下さい」
セムは王の間を立ち去る時に振り返り、意味ありげに笑いながら言った。
「よいですか。ここに私が来た事、資料の事、全て口外してはなりませんぞ。万が一そのような事態に陥った場合、ハルナータ王の身に危険が及ぶ恐れが大いにあります」
「やはり裏で大きな陰謀が働いているのでしょうか。例えば闇の武器商人ですとか?」
「……私どもが秘かに掴んだ情報ではかなり危険な相手です。くれぐれもご慎重に」
玉座に座り、ため息をつくハルナータの下をセムは辞去した。
イワクから連邦府ダレンに戻ったセムは議長のいる庁舎ではなく、環状都市のはずれにある豪華な屋敷に向かった。
環状都市の他の建物に見られるエテルの合理性とは正反対の豪華な装飾の付いた門扉にセムが手をかけると途端に中から屈強な男たちが走ってきた。
男たちはセムの顔を見て警戒を解いたが、門を開けようとはせず、門の脇に付いている網膜認証システムを、黙ったまま顎をしゃくって差し示した。
仰々しい警護に追い立てられるようにして鉄門から屋敷に連なる南国の珍しい樹木や等身大の偉人の彫像が両脇に並び立つスロープを歩きながらセムは毒づいた。
「ふん、成り上がりの貧乏武器屋のくせしやがって」
やがて三階建の屋敷が見えると、再びセムは警護の男に背後から止められた。
警護の男が屋敷の前の庭木の中に入り込み、そこでがさごそとしてから戻って言った。
「警護システムをオフにした。早く中に入れ」
三階の部屋に通され、しばらく待っているとダッハが現れた。お世辞にも似合っているとは言えない真っ赤なスモックのような服を着て、ちょび髭を生やしていた。
「おや、連邦のセムさんじゃないですか。今日は何のご用で。私が代金を踏み倒したなんて事はないですよねえ。最近はかなりの額を連邦に寄付してますしねえ」
「……嫌味ったらしい挨拶だな」
「そりゃそうだ。昔、あんたのせいでおれは業務停止喰らってんだ。あん時は餓死するかと思ったぜ」
「今ではこんなにいいご身分だ。いい金づるを掴んだんだろ?」
「あんたにゃ関係ないね」
「ところが大有りだ。わしが今までどこに行っていたと思う。《賢者の星》さ」
「……ほぉ」
「苦労してある極秘資料を手に入れた。ハルナータが調査したボイセコ、アスタータ双方の軍備に関するものさ。この資料が連邦のトリチェリの手に渡ったらどうなると思う?」
「……さあ、どうなるんだ?」
「直ちにトポノフ率いる連邦軍が駐留する、それと同時に裏で糸を引く奴は厳しく罰せられるって寸法だ」
「……なあ、セムさん。その資料って奴、ちょいと見せちゃくんねえかい?」
「おっと、そんな事したらお前の思う壺だ。すでに安全な場所に預けてあるし、わしに何かあれば即座に連邦に届けられる手筈になっている。つまりお前は観念してわしの言う事を聞かねばならんのだ」
「何が望みだ?」
「わしは金には執着しておらんが、権力となれば話は別だ。お前の財力を使ってわしを連邦の中枢まで登り詰めさせて欲しいのだ。お前にとっても連邦とのパイプが太くなるのは願ったり叶ったりだろう。連邦の庇護の下で危ない商売を続けられるのだからな」
「そんな事言っても連邦議長の職は金じゃ買えねえよ」
「お前、最近ではダレン治安維持隊長のロリアンに取り入って親密だそうじゃないか。ダレンのロリアン、連邦府のわし、そして商人のお前、三人が組めば楽しい未来が待ってるとは思わんか?」
「……わかったよ。その代わり《賢者の星》の件は見逃してくれるんだろうな」
「約束は守る。ではよろしく頼むぞ」
セムが意気揚々と帰ると、ダッハは急いでプロトアクチアにヴィジョンを入れた。
「どうした。連絡を取るなと言ってあったろう」
ダッハは今起こった出来事を説明したが、プロトアクチアは表情を変えなかった。
「さあ、俺には関係ないな。第一、あの星での商売は『セレーネス』を売りつけた時点で終了だ。俺は連邦員ではないし、お前が勝手に処理をしろ――こちらは別の商売で忙しい。もう二度と連絡してくるな」
プロトアクチアはヴィジョンを一方的に切り、その後ダッハが連絡を取ろうとしてももう繋がらなかった。
「くそっ――まあ、いい。これで、財宝はおれが独り占めだ。こうなったら『セレーネス』が発射される前にお宝を回収しておいた方がいいな」