5.1. Story 1 創造主の気まぐれ

5 Make It Big

 《巨大な星》から《念の星》に向かう途中に小さな星団があり、その中に生物が生息できそうな大気組成を持った小さな星があった。
 その星は《神秘の星》と呼ばれ、かつて七聖の一人、メドゥキが盗んだ財宝を隠していた場所である。
 今までに何人もの先達がこの星を発展させようと努力したが、人口が五十万人を越えた辺りから星が手狭に感じられるようになる。百万に近付くとそろそろ物理的に限界であった。すると不思議な事が起こる。一夜のうちに人口が数万人単位で減っていくのだった。減る理由は原因不明の集団自殺だった。夜が明けると海におびただしい数の人が物言わぬ死体となってぷかぷかと浮かぶ事が連日続く。そうして人口が七十万前後で落ち着くまでこの死の行進は終わらなかった。
 学者たちが原因を探って集団自殺を食い止めようとしたが上手くいかなかった。レミングが海に飛び込むのと同じで個体の適正数を越えると本能的に発生するのだろうという結論であった。

 
 現在の支配者、エミリオ総司令もこの問題に頭を悩ませていた。
 エミリオは父の代に星に渡ってきて、集団自殺に数回遭遇した。
 最初の時、まだ幼かったエミリオは恐怖に打ち震えた。いつの間にか自分も夜中に海に向かう人の群れに加わっているのではないか、それを思い、頑張って眠らないようにした。
 幸いにしてエミリオも彼の両親も無事だったが、集落の半数近くの人間は姿を消し、二度と戻って来る事はなかった。
 その時、エミリオの胸中に去来したのは悲しみや淋しさの感情ではなく、「自分は選ばれたのだ」という優越感だった。
 その後も数回起こった現象をエミリオは幸運にも逃げ延び、星の最高権威にまで登り詰めた。

 だが今また星の人口は八十万人に届こうとしている。早急に対策を講じなければならなかった。
 エミリオは最高会議を終え、王宮から眼下に広がる砂漠とその先の青い海を見下して、ため息をついた。
 この星最高の頭脳の持ち主たちを持ってしても効果的な策は出なかった。原因が不明であれば対策の施しようなど浮かばないのは自明の理だった。
 いっそ銀河連邦に助けを求めた方が良いのか、だがそれは指導者としてのプライドが許さなかった。

 
 バルコニーから外を眺めていて、いつの間にか背後に三人の人物が立ったのに全く気が付かなかった。
「エミリオさんだね?」
 いきなり背後から声をかけられてエミリオは飛び上がるほど驚いた。
「――あ、あなた達は……どうやって王宮に入ったのですか?」
 エミリオは三人の人物の風体を怪しみ、詰問するように尋ねた。
「そんなのはどうでもいいでしょう。ずいぶんとお悩みのご様子ですな?」
 三人の中では一番まともそうな青年が礼儀正しく質問した。後の二人は双子だろうか、小太りで一人は赤い帽子、もう一人は青い帽子をかぶり薄ら笑いを浮かべていて、とてもまともには見えなかった。

 エミリオは青年の態度に少し安心して、恐る恐る会話を切り出した。
「ええ、今も最高会議があったのですが何も解決策が見つからなくて」
「ほぉ、その解決策とやらを教えて差し上げると言ったらお聞きになりますか?」
「まさか。最高の知性が一堂に会しても何も出なかったのですよ」
「今のあなたの心の中を当ててみましょうか。『こんな怪しげな奴らにすがるくらいなら、銀河連邦に頼んだ方がまだましだ』――どうです、図星でしょう?」
「何故それを――いいです。わかりました。『溺れる者は藁をも掴む』と言います。何卒あなた方の言われる解決策とやらをお聞かせ願いたい」

「『藁』扱いとはずいぶんだ。まあ、いいでしょう。何、簡単な話です。この星の人間が全てサイズダウンすればいいのです。それだけで集団自殺の問題は解決します」
「期待した私が愚かでした。どうやら頭のいかれた方たちだ。今すぐに衛兵を呼ぶので――」
「エミリオさん、嘘をついちゃいけないな。あんた、話を聞いた瞬間にピンとひらめくもんがあったはずだ。だがそんな事は無理、すぐにそう考え直したからおれたちを狂人扱いしてる、そうだろ?」
「確かにその通りです。だってそうでしょう。どこの世界に『人間のサイズを変えましょう』、『はい、そうですね』という会話が成立しますか」
「では人間のサイズを変えるなど不可能と言いたい訳か」
「これまでにも幾つも奇抜な案が出されました。胃の大きさを半分にしてしまえとか、食欲を喪失させる薬の服用を義務付けるべきとか……ですがあなたの案ほど現実味に乏しいものではありませんでした。一体どうすれば人間を小さくできるのですか」
「あんたには口で言っても無駄なようだ。実際にどういうものかお見せするしかないな」

 
 青年は懐から鶏の卵を一回り大きくしたくらいの真っ赤な石を取り出した。
「この石には銀河を創ったArhatsの力が封じ込められている。” Make It Big ”、又の名を『火焔石』。こうして人前に現れるのは初めての事、お前は最初の目撃者となる訳だ」
「……そんなこけおどしには騙されません。早く証拠を見せて下さい」
「ふん、生真面目も考えものだ――いいか、よく見ろよ。これからお前の体に起こる変化を」

 石を見つめる目の前の青年の表情が一瞬にして変わったかと思うと、どんどんそれが大きくなった。エミリオは巨大化する青年の姿を呆気に取られて見ていたが、やがて青年が巨大化したのではなく、自分が縮んでいっている事に気付いた。
「さあ、どうだ。ちょうど六分の一の大きさだ。これなら人口爆発にも耐えられるだろう」
 青年の声が上から響き渡った。エミリオは恐ろしさで震える膝頭を押さえ、勇気を振り絞り叫び返した。
「こんなバカな。きっと催眠術か何かの類に違いない」
 エミリオのか細い声が聞こえたらしく、青年の声が上から返ってきた。
「どこまでも疑り深い男だな。お前を騙した所で何の得にもならん。この星とお前のためにやっているのがまだわからんか」
「――わかりました。わかりましたからどうか元に戻して下さい」

 小さく笑った青年が石に何事かを話しかけると、視界がぐんぐん高くなって、やがて元通りの大きさに戻った。
 青息吐息で立っているのがやっとのエミリオに青年が話しかけた。
「どうだ。この石の力を上手に使えばこの星の問題は解決する」
「……はい、しかし」

 尚もためらっているエミリオの姿に青年がふんと鼻を鳴らした。
「なるほど。三度お前の考えている事を当てて見せよう。この星の住民を小さくしたならば、すぐに他の星に征服されるのではないか、それを恐れているな?」
「その通りです」
「それも手を打ってある。これからおれたちは近くの星まで出向いてそこに『ウォール』を仕掛ける」
「それは?」
「この石とはまた別のArhatの石、” Distortion ”、又の名を『魚鱗石』と呼ばれる銀色の石だ。その石の力が発動すれば、この辺りは他の銀河の星々とは隔絶される。銀河に文字通りの壁ができるのだ。そうなれば、たとえ近くの《巨大な星》からであろうと、ここにはおいそれとは来る事ができなくなる」
「銀河円盤の形を歪めるのですか?」
「言ったろう。見えない壁を作り、迂回しないと行き来できなくするだけだ」
「しかし《神秘の星》のためだけにそのような壁を作っては、商人や旅行者が困るのでは?」
「さあな、すでに《密林の星》の先には『マグネティカ』を発動させた。お前が心配しなくとも銀河はすでにずたずただ」
「あなた方は一体?」
「半日だけ猶予をやろう。おれたちが戻るまでに決心を固めておけ」

 
 《神秘の星》から大分離れた所にある岩だらけの無人の星で『ウォール』を発動させてからグモが独り言を言った。
「あの男、どうするかな?」
 双子の片割れ、青い帽子のウムノイが答えた。
「だめでもやってもらうしかねえんだろ。それについちゃ、ウムナイがいい手段持ってるみたいだぜ」

「ウムナイ。それは?」
 グモに問われたウムナイは懐から透明の瓶を取り出した。瓶の中には緑色の液体のようなどろっとしたものが蠢いていた。
「何だ、これは?」
「人間の成れの果てさ。暗黒魔王に滅ぼされた《明晰の星》ってあっただろ。そこの生き残りだよ」
「とても生物には見えないが」
「浅ましいもんだ。こんな姿になってまで生きる事に執着してる、いや、ある意味一番生きやすい姿だからこうして生き残ってるのかもな」
「これをどうするんだ?」
「エミリオの野郎がぐだぐだ言うようなら、こいつをエミリオにぶっかける」
「するとどうなる?」
「こいつには人間だった頃の記憶がある。肉体を欲してるのさ。だからエミリオの体にひっついたならそれを侵食し、支配しようとする。神経細胞の奥深くに入り込んでエミリオを操作してくれるさ」
「気色が悪いな。それに物騒じゃないか」
「大丈夫だ。こっちに逆らうような馬鹿じゃない。支配できるかそうでないかは弁えてるよ」
「とっとと終わらせようぜ。長い間、『下の世界』で下等生物と付き合ってて、調子が悪くなってきたよ」
 ウムノイが生あくびをしながら言い、グモもそれに答えた。
「そうだな。しかし彼女は偉いな。この世界で何千年も生きているんだから。先生もこっちに住むって教えたら喜ぶだろうな」
「ああ、先生も何考えてんだか――」

 
 三人のArhatsが《神秘の星》の王宮に音もなく忍び込むとエミリオは居室で頭を抱えていた。
「エミリオ、決心はついたか?こっちの準備は完了したぞ」
「……その件ですが、もしもあなた方が私の想像する通りArhatsなのであれば、違った解決策を下さらないでしょうか?」
「断るという訳か」
「銀河を歪めてまでなど、私には恐れ多いです」
「そう言うと思ってたよ――ウムナイ、仕方ないな」

 ウムナイは素早く瓶の蓋を開け、中の緑の液体をエミリオにかけた。外に飛び出した緑の液体はスライムのように一塊りになってエミリオの首筋に付着した。
「――こ、これは」
「すぐに楽になるさ。もう色々思い悩む事もなくなる。おれたちの言う通りにやってりゃ間違いない」
「な」
 エミリオはうつ伏せに倒れ、その首筋には大きな緑の染みが広がった。
「後三十分もすりゃあ、エミリオの精神は完全に乗っ取られるだろうよ」
「最初から言う事聞いてれば良かったのにな」

 目を覚ましたエミリオの前には三人のArhatsが立っていた。
「エミリオ、気分はどうだ?」
「……私はどうしたのでしょうか」
「これから”Make It Big”の使い方を言うからな、よく聞いておけよ」
「――はい」

 

別ウインドウが開きます

 Story 2 宗教対立

先頭に戻る