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Record 3 サフィを追って
わしはオコに言われた通りの航路を進んだ。イーターに齧られたシップの調子も問題ないようだった。
やがて左手前方に美しい薄い青色のリングを持った深い緑色の星が見えた。
「あれが《囁きの星》だな」
深い緑に見えたのは鬱蒼と茂った針葉樹の森だった。ごつごつと奇妙な形をした岩山のあちらこちらに尖塔のような建物が見え隠れしていた。気温から考えても、この星の人々は半分地底で暮らしているのだろう。
ヴィジョンをつなぎ、ポートを呼び出した。すぐに応答があり、指示通りの場所にシップを停めると防寒服を着た係員らしき男が走ってやってきた。
「セーレンセンにようこそ。これは……商人以外の方が来られるとは珍しいですね」
「ああ、《オアシスの星》って言ってもわかんねえだろうな」
「確か《巨大な星》の近くですな――ん、そうなると妙ですよ。『ウォール』のせいであちらからは来られないではありませんか?」
「小惑星地帯を抜けたんだよ」
「えっ、まさか。このシップでですか?」
「ああ」
「そんなはずはありません。何かの間違いでしょう――どうも怪しいですな。失礼ですがお名前をお聞かせ願えますか。一応、照会をかけますので」
「わかった。デズモンド・ピアナだ」
「……はて、どこかで聞いた事のある名前ですね」
「『クロニクル』っていうつまんねえ本書いてるよ」
「えっ、あの有名なデズモンド・ピアナ、その方ですか?」
「ああ、その方だよ」
「これは失礼しました。早速王宮においで頂けるよう手配致します。ナイローダ王も喜ばれると思います」
「いや、別に普通の待遇でいいんだけどな。町の酒場で飲んだくれてえんだが」
「そんな訳には参りません。どうぞこちらへ」
わしは急いで駆け付けた文官に案内されて地下道を通って王宮に向かった。
王の間には人が居並び、玉座に着いていたのはまだ若い色白の学者風の男だった。
「デズモンド・ピアナ殿であられるか。余はナイローダ。この《囁きの星》を治めております」
ナイローダと名乗った男は良く通る声で跪くわしに声をかけた。
「そのように名前を呼んで頂き、光栄の至りです」
「当然でしょう。デズモンド・ピアナと言えば銀河の歴史を紐解こうとする者。斯様に興奮した事はありません」
「ナイローダ王、生意気言うようですが、この辺鄙な場所に居られながらこれだけの文明レベルをお持ちになっておられる。連邦の中枢に入って頂きたいお方だね」
「いや、余ごときは田舎の領主。立ち寄る商人たちから見聞きし、かろうじて連邦に近い文明を保っておるが、所詮は真似事。自らの手で何かを生み出すなどとてもとても」
「そんな事はないさ。《戦の星》だって《青の星》だってそれを感じる事ができる人間がいないから『銀河の叡智』の恩恵に預かれなかったが、あんたはそれを感じたからこそ、自ら叡智を掴み取った」
「ふむ、叡智は与えられるものではないという事ですな」
「そういう事だね」
「ところでデズモンド殿。どうやってここまで来られたのか。最近では『ウォール』や『マグネティカ』のために商人の立ち寄りですら減ったというのに」
「小惑星を抜けたんだよ」
「おお、それは大変な道のりであったろう。商人たちもポッドやディスクでは速度が出ないと不満たらたらのよう――」
「いや、普通の流線型の連邦シップだよ」
「何と。とうとうあの小惑星地帯をシップで抜ける人物が現れたか。しかもそれがあのデズモンド・ピアナとは――あなたこそはこの時代に生まれた英雄かもしれません」
「そんな事はねえよ。俺が英雄だったら銀河はこんなに混沌としねえ。それに俺は小さな星の戦争一つ止めるどころか、親友一人の命も救えねえんだ」
「――ご自分をお責めにならないで下さい。あなたが成し遂げた『クロニクル』を纏めるという偉業、これは誰にも真似のできない事」
「そう言ってもらえると嬉しいけどな」
「しかし『クロニクル』を刊行されたのにまだ旅を続けられているとは思いませんでした」
その夜の食事の席でナイローダ王が尋ねた。
「あれはまだ初版さ。色々とはっきりしてねえ事だらけなんだ。例えばな――」
わしは夢中になって銀河の歴史を語った。
「すると聖サフィの真実を知るため、最後の目的地として《智の星団》を目指されている訳ですか?」
「ああ、この旅が終わったら、《青の星》に残してきた息子とどっかの星でゆっくり暮らす」
「それは素晴らしいお話ですが……果たして《智の星団》に行けるでしょうか?」
「そこなんだよ。あんたが知っているどんな小さな事でも構わない、情報を教えちゃくれないかい?」
「さて、代々この星に暮らしておりますが、《智の星団》というのは未だおとぎ話の上での存在。何故ならばそこに行って戻った者がいないからです」
「あんたたちの丸っこい船じゃなければ行けるんじゃないか?」
「或いは――おとぎ話で良ければ話を続けますが」
わしは無言で促し、若きナイローダ王は話を始めた。
――星団には五つの星があると言われ、順序正しく訪ねないと最も奥にある《叡智の星》にはたどり着けないとされる。
初めの星は《蟻塚の星》、その名の通りこの星は蟻によって支配される。
次の星は《凶鳥(まがとり)の星》、この星の支配者は鳥だそうだ。
そして、《迷路の星》、《機械の星》、この星については何もわかっていない。
最後が《叡智の星》、ここにたどり着いた者のみが全てを知ると言う――
「子供の頃に乳母から聞かされた話なのでこのように散文的ですが」
「いや、ずいぶんと参考になったぜ。順番通りに訪ねろってのは、つまり次元の裂け目を正しく辿っていけって意味だろう。『迷路』に『機械』ってのはどうも危険な臭いがぷんぷんするな。おそらく過去の冒険者たちはそこらで命を落としてんだろう」
「『蟻塚』や『凶鳥』も危険ではありませんか?」
「まあな。どの星も一筋縄じゃあいきそうもねえや。楽しくなってきたよ」
「デズモンド殿は根っからの冒険者ですな。あなたであれば、もしかすると《智の星団》を実在のものにして下さるかもしれません」
「もしかするとじゃなくって絶対に、だよ――ところでこの星は近くの星とは交流がないのかい?」
「近くの星と申されましても《古城の星》や《泡沫の星》はならず者の巣窟。積極的な交流は行っておりませんな。《霧の星》や《起源の星》は『マグネティカ』の出現で行き来もままならない状態です」
「ふーん、この辺りで唯一良心的な星って訳か」
「自分から言う事ではありませんが」
「そいつはもっともだ」
――そしてわしは今、冒険の最後の目的地、《叡智の星》に立っている。ここに来るまでの四つの星、《蟻塚の星》、《凶鳥の星》、《迷路の星》、《機械の星》で見たものは決して忘れないだろう。
しかし今はそれよりももっと差し迫った事態が発生している。イーターに襲われた部分が今頃になって故障したのか、シップがうんともすんとも言わなくなってしまったのだ。
この星を誰かが通りかかる事はまずない。戻るにしても近隣の四つの星はいずれも自分を暖かく迎え入れてはくれなさそうだ。
ここで野垂れ死にか――目の前にあるのは、彷徨っていて偶然発見した地面の穴、そこからは妙に暖かい光が漏れている。あそこに入っていけばいいのだろうか。
自分の長年の冒険家としての勘が警告を発した。あの穴に入ったら二度と戻る事はできないような気がする。
だがこうしていても仕方ない、わしは意を決すると光のこぼれる穴へと身を躍らせた。
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