4.9. Report 1 最後の航海

Record 2 《囁きの星》

 シップは《歌の星》を越え、その先の小さな星に着いた。
 さほど文明の発展していなさそうなその星の中心部の町には多くの商人らしき人間が群がっていた。
 わしは雑然とした町のあちらこちらにたむろする人々を横目に一軒の酒場に入った。
 立ち飲み形式の店らしく、人でごった返すフロアをカウンタまでスラロームし、酒を注文してから店の人間に尋ねた。

「なあ、この星は何て言うんだ?」
 忙しそうにカウンタの中で動き回っていた若者は顔を上げ、嫌な顔一つせずに答えた。
「あんたも旅から旅の商人かい。名前なんて特にないよ。皆、仕方なく《ブリキの星》って呼んでるけどな。町だって名前がないし。ここはγ(ガンマ)地区ってんだ」
「商人が多く立ち寄るのか?」
「『ウォール』だか『マグネティカ』だかのせいで、今までのコースが使えなくなったんだ。来る人間の数が急に増えたよ。でもおあいにく様だ、こっから先は一大アステロイドベルト、どう頑張ったって先には進めないよ。ここが旅の終点さ」
「なるほどな、『マグネティカ』を避けようとすればここを通るしかない。だが目の前のアステロイドベルトは越えられないか。上手くできてんなあ」

「あんた、商人にしちゃあ、腕っぷしが強そうだな。武器でも扱ってんだったらこの先に行っても仕方ないぜ」
「何でだ?」
「荒っぽい事が好きなのは《古城の星》か《泡沫の星》だが、それは方角違いだ。この先の《囁きの星》は平和を愛する星だ」
「ふーん、この先にはどうしたって行けねえのか?」
「そりゃプロのガイドを雇えばどうにかポッドで運んでくれらあ。でも予約は一杯だぜ。かなり待たされる」
「いや、俺が言ってんのは一人でアステロイドベルトを越えるって意味だよ」
「そんな物好きいないよ――詳しい事知りたけりゃ、町のはずれにオコっていう変わり者のメカニックのじいさんが住んでるから聞いてみな」
「ありがとうな」
 わしはチップ用に持っていた古いルーヴァ硬貨をテーブルに置いて外に出た。

 
 酒場の若者に言われたのは町はずれのさらにごみごみした一角で、シップや機械の残骸が無造作に積まれたスクラップヤードのような場所だった。
 窓の開け放たれた塗料のはげかかった事務所の中では仏頂面をした一人の小柄な男が団扇を動かしていた。
 わしは空いた窓の外から声をかけた。

「あんた、オコかい?」
 男は何も答えなかった。
「このアステロイドベルトを越えて行く奴なんているのか?」
 男は団扇を仰ぐ手を止め、面倒くさそうに口を開いた。
「人にはそれぞれ事情ってもんがあるんだ。どうしても越えて行かなきゃいけねえ場合があんだよ」
「なるほど、事情ねえ」
「おめえもその口か――人殺しでもしそうな顔していやがんな」
「言われてみりゃあ、たくさん殺してきたな。でもここ十五年くらいはおとなしいもんだ」
「それだけの人間なら早く逃げ出してえだろうが、残念ながら方角違いだな。《古城の星》や《泡沫の星》には《歌の星》から行くもんだぜ」

「俺の行きたいのはそんな名前の星じゃねえんだけどな」
「じゃあ《囁きの星》か。だったら生憎ガイドたちが出払っててな」
「ガイドはどうしても必要か?」
「何言ってんだ。素人がアステロイドベルトをシップで抜けられる訳がねえだろう。それとも何か、おめえはガイドなしであの星まで行こうってのか」
「ああ、そのつもりだが」
「おめえ、どういうつもりだ。《囁きの星》は止めとけよ。悪人はやってけねえぞ」
「いや、そこでもねえんだよ――もっと先の《智の星団》さ」
「……はっ、おめえ、イカレてんな。そんなのはおとぎ話だよ。デズモンド何とか言う歴史学者に任せときゃいいんだ」

「へへへ、いいじゃねえか――で、話を戻すが、一人で行くのは無理って訳じゃねえんだろ?」
「ガイドも出払ってて、しばらくは戻ってこねえし、操縦に自信があるんなら止めはしねえけどな」
「それなら心配ねえよ。俺のシップは高性能だ」
「……シップだと。おめえが言ってんのは連邦でよく使われるストリームラインの奴か?」
「あ、ああ。流線型だ」
「じゃあ無理だ。乗り越えられねえ。『ポッド』や『ディスク』って呼ばれる角のない円形の乗り物の外壁に反発材を貼ったもんじゃねえと、あっという間に宇宙の藻屑だ」
「なあるほど。アダムスキー型とか葉巻型とか、この辺の産って訳か」
「何だそりゃ」
「気にすんな。とにかく俺は《智の星団》まで行かなきゃならねえんだ」
「……おめえ、正気か。何で向こうに行かなきゃならねえ?」
「そりゃあな、俺がデズモンド何とかいう歴史学者だからだよ」

 
 オコはわしのドミニオン型のシップを見て首を横に振った。
「デズモンドの旦那、これじゃあ無理だな。小惑星が何発か衝突したらそれでお陀仏だ」
 オコは流線型のシップの先端の細くくびれた部分を指で弾いた。
「そう言うけどなあ。『ポッド』や『ディスク』じゃあ推力がないんだろ。それじゃあ遠くまで行けねえ」
「その通りだ。安全第一、亀みてえなスピードでのろのろ動いて、小惑星がぶつかったら、その力を吸収したり弾き飛ばしたりして、軌道をはずれないようにゆっくり進む。当然推力なんて関係ねえのさ」
「どうにかこのシップで乗り越えねえとなあ」
「おれは長い間メカニックやってるがこのタイプでアステロイドベルト乗り越えたって話は聞いた事がねえ。けどよ、だったらあんたが最初の人間になりゃいいだけじゃねえか」
「へへへ、俺の事わかってるねえ」
「できる限りはさせてもらわあ。弱い部分には反発材を貼らなきゃならねえが、あんまりべたべた貼ると推力が出なくなる。ぎりぎりの所で調整しなきゃあな」
「俺の操縦技術も関係あるんだろ?」
「もちろんだ。邪魔にならねえギリギリの補強をしてやるよ」

 
 オコとわしは酒場で酒を酌み交わした。
「――しかし旦那が学者とはなあ。あの操縦技術と推力を見せられちゃ、ソルジャーにしか思えねえや。腕っぷしもさぞ強いんだろう」
「まあな。俺より強い奴には今までに一人しか出会った事がねえな」
「旦那には話しといた方がいいかもしんねえな。実はよ、アステロイドベルトには魔物が住んでる」
「ん、どういう意味だ?」
「小惑星に擬態した生き物、イーターって呼ばれてる、が襲ってくるんだ。こいつらに見つかったら最後、金属だろうと人だろうとバリバリ食い尽くす」
「そんな生き物、聞いた事ねえなあ」
「銀河も端っこの方だと色んなもんが生きてんだよ。大方別の宇宙から来たんだろうよ」
「ふーん、退治できねえのか」
「無理だな。生態も繁殖場所もわかっちゃいない。小惑星の中におかしな動きをしてるのがあったら、おとなしくして相手にしないのが一番だ」
「面倒くせえな。目の前の石っころ、全部ぶっ壊して進めばいいんじゃねえのか?」
「ははは、やれるもんならやってみるんだな。アステロイドベルトがどれだけの距離続いてると思ってんだ?」
「なるようにしかならねえか。じゃあ明日の出発に備えてもう一度乾杯といこうや」

 
 翌日、オコのファクトリーの面々に送られてわしは出発した。
「旦那、航路はシップに張っておいた。何かあったらすぐにプライヴェート・ネットワークに入ってポータバインドで知らせてくれよ。《囁きの星》ならどうにか通じるだろう」
「ありがとよ、オコ。いい知らせを期待しといてくれ」

 
 しばらく進むと目の前に小惑星地帯が現れた。大小の惑星が見渡す限り空間に広がり、ここを抜ける以外に前に進む道はないようだった。
 わしは慎重にシップの細い機首を小惑星の密集する空間に向け、前方に進んだ。
 推力を最小限に絞り、惑星同士の空間をスラロームですり抜けると、すぐに次の小惑星が迫った。
「こいつは気が抜けねえなあ」
 操縦席の海図を確認してオコにヴィジョンを入れた。
「おい、オコ。俺の今いる場所は合ってるか?」
「……OKだ。旦那は(15、2、18)って呼ばれる座標にいる。次は(15、3、17)の方に行ってもらえれば安全だ」
「ありがとよ」

 わしはオコの指示に従い、いつにない慎重さでシップを操縦した。
「おい、オコ。(4、15、10)に来たが、様子が違うぜ」
「……何だって。そんなはずはねえ。ちゃんとその先の(4、16、9)に道が開けてるだろう?」
「いや、見渡す限りの石の群れだな。あれじゃあさすがの俺も通過できねえよ」
「ちょっと待て、旦那。動いちゃいけねえ……そいつら、きっとイーターだ」
「うへっ、やっとお出ましかよ。現れねえんじゃねえかと心配してたぜ」
「旦那、冗談言ってる場合じゃない。ここは一旦戻って、遠回りになるが別のルートを進もう」
「冗談言ってんのはそっちだ。折角の獲物を前にして尻尾を巻いて逃げ出せる訳ねえだろ」
「あんた、わかってねえんだよ。イーターが群れ成して襲った後にはシップなんぞは跡形もなくなっちまうんだ」
「でも襲ってくる気配はねえぜ」
「イーターは極めて近距離の動く物にしか反応しないんだよ。だから気付かれないうちに逃げてほしいんだ」
「そいつはいい事聞いたぜ――ならば俺がここでシップを降りて、奴らに気付かれる前に逆に襲っちまえばいいんだな?」
「あんた、正気か。イーターは何匹いるかわからねえんだぞ」
「至って正気だ」
「……わかった。もう止めねえが一つだけ言っておくよ。イーターは小惑星に擬態してるが微妙に色合いが違う。それを狙ってやっつければいい」
「ありがとよ」
「やれやれだ。あんたなら何があっても死にそうもねえだろうが無事でいてくれよ」

 
 わしはシップを降り、はるか先の小惑星の群れに静かに近付いた。
「よしよし、イーターだろうが惑星だろうがぶっ飛ばしてやるからな」
 拳を振り上げ、目の前の直径二メートルほどの岩かイーターか定かではないものに振り下すと、叩かれた岩はその場で砕け散った。
「ちっ、違ったか――だがこれで気付いてくれんだろ」
 しばらくすると幾つかの小惑星がじりじりと不自然な動きを始め、わしに近寄ってきた。
「よーし、まとめて吹っ飛ばしてやるぜ」

 
 およそ三十分後、爪を噛んでいらいらして待っているだろうオコにヴィジョンを入れた。
「オコか?」
「おお、旦那。無事だったんだな――で、イーターは?」
「もう動いてるもんはいねえよ」
「本当かよ。じゃあ前に進めんだな」
「ばっちりだ。大きな穴が開いたみてえに目の前がぽっかりと広がってらあ」
「そうかい、(4,16,9)を抜けりゃ、もう一息だ」
「生き残りが来ねえうちにとっとと行くとするか」

 
 わしはシップを始動させ、悠々と空間を進んだ。
「このまま、上にまっすぐでいいんだな――ん?」
 わしの耳にも、ヴィジョンを開いているオコの耳にも「ガリガリ」という引っ掻くような音が飛び込んできた。
「旦那、どうした?」
「ちきしょう、まだ残ってやがった。シップに食らいついたみてえだ」
「もう相手にしねえで振り切っちまった方がいい。推力上げて突っ走ってくれ」
「わかった。方向だけ指示してくれ」

 わしは操縦席に立ち、推力を放出した。シップはぐんぐんと速度を上げ、小惑星の間を巧みにすり抜けていった。
 十分後、景色が突然に変わった。小惑星がきれいに消え去り、真っ黒な宇宙空間がどこまでも広がっていた。
「おい、オコ?」
「旦那、おめでとうよ。シップで突破した最初の人間だ――まだ音が続いてるか?」
「いや、そう言えばいつの間にか振り落したみてえだな。大した飯にはありつけなかったらしいぜ」
「まあ、シップは《囁きの星》で修理してもらってくれ。おれの役目はここまでだ。じゃあ良い旅をな」
「オコ。ありがとな。帰ったら礼するぜ」
「要らねえよ。これからシップで小惑星地帯を突破した最初の大馬鹿野郎に乾杯するんだ。じゃあな」

 

先頭に戻る