4.9. Report 1 最後の航海

 ジウランと美夜の日記 (12)

Record 1 能太郎との別れ

 庭で南天の木が小さな赤い実をつけていた。
 冬がきたな、ティオータは庭に降りて東京の灰色の空を見上げた。
 1960年が終わろうとしている。
 指で南天の実に触れながらティオータは不思議な気分に浸っていた。

 
 この空の下の東京は、震災と大空襲で二度までも壊滅した。だが三度、奇跡の復活を遂げようとしている。
 復興の象徴とも言える東京タワーは空を切り裂くようにそそり立ち、川を埋め立てた無粋な首都高速道路とやらが四年後のオリンピックに備えて建造真っ盛りだ。
 オリンピック……元々は二十年前に開かれるはずだったが、あの狂った戦争のせいで今にずれ込んだ。
 いや、狂っていたのは国を動かしていた一握りの奴らだけ、のうのうと生き残ったそんな亡霊は地中から這い出して、二十年前の栄華再びとばかりにオリンピックや博覧会を行おうとしている。庶民にとっては復興とは名ばかりの気味の悪い怪談話なのだ。

 それがどうした――所詮他所者の自分には関係のない事だ。
 だが他所者の目には、世界の一等国として認められるために無理な背伸びをして虚勢を張っていたあの頃よりも、とにかく復興を成し遂げるという一念で歯を食いしばる今の姿の方が好ましく映るのも皮肉だった。

 
 オリンピック――デズモンドがこの星にやってきたのは戦前最後のオリンピックの年だった。
 あれから二十四年も経った。あの頃は自分も血の気が多かったからデズモンドとはよくぶつかった。
 今頃、どの星の空の下にいるのか、あいつの事だから相変わらず暴れ回っているだろう。
 それに比べて自分はどうだ。愛した女を失ってすっかり腑抜けになった。故郷のロディッヒ王も「戻って来い」とは言わなくなった。
 このままこの星で年老いて死んでいくのだろうが、それも又いい。

 
 ティオータは軽く咳き込んでから家の中に戻った。誰かが玄関の戸を叩いていた。
 そして戸を開けて声を失った――

 
 わしは満面の笑みを湛えてティオータの顔を見つめた。
「おっ……うっ……な、何で」
 面食らったティオータはわしが連れている小さな男の子に気付いた。
「……その子は――ああ、何が何だかわかんねえ」
「こいつか。息子の能太郎だ。ほれ、能太郎。あいさつは?」
「こんにちは」
「あ、ああ、こんにちは――っていうか、おめえ、ここで何してんだ?」
「さっき遠野から出てきたんだよ」
「この星を離れたんじゃなかったのか。ほら、あん時よ、高野山に寄るって言ってそれっきりじゃねえか」
「ああ、それな。色々あってよ。空海さんの指示に従って遠野に舞い戻った訳だ。で、詳しい事は言えねえが、能太郎っていう息子ができた」
「こんなに長い間か?」
「言ったろ。詳しい事は言えねえんだ」
「まあ、いいか。それよりも色んな事が起こってんだぞ。まず《賢者の星》がとうとう滅びた。《巨大な星》も不安定らしい。いよいよ連邦は死に体だともっぱらの噂さ」
「知ってるよ。それよりもこの星の、いや日本の変わり様はどうしたってんだ?」
「そりゃあ……『奇跡の復興』って奴さ。そうそう、大都は無事東大を卒業して学者への道まっしぐらみてえだぞ」

「奴なら当然だ。あいつのためにも俺はこうしちゃいられねえんだ。宇宙のどこかで再会しようって約束したんだからな。俺は最後の航海に出なきゃならねえ」
「一体どこだ?」
「何回、同じ事言わせんだよ。《智の星団》さ」
「その子を連れて……か?」
「馬鹿言うな。能太郎にはまだ無理だ。俺一人で行くんだ」
「じゃあ、この子は?」
「お前に預かってもらいてえ。何、時間はかからねえ。数か月で戻ってこれるはずだ」
「いや、だったら《巨大な星》にでも行けば、いくらでも預かってくれる人がいるだろ?」
「わかってねえな。『ウォール』や『マグネティカ』に邪魔されずに《智の星団》に向かうには、ここから行くのが一番近いんだよ」
「――仕方ねえな。有楽斎先生も亡くなって後を継いだ紬斎はまだ若い。ここはおいらが一肌脱ぐべきかもな」
「ありがてえ」
「で、いつ出発だ?」
「明日にでも」
「わかったよ。おいら以外には誰にも会うつもりもねえって事だな。本当に半年くらいで帰ってこれるか?」
「間違いねえよ。半年後には口笛吹きながら帰ってくるよ」

 

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