4.8. Report 4 大戦

Record 2 戦地からの便り

 出征から二か月後、尋常小学校に上がったばかりの大都宛てに健人から手紙が届いた。
「おっ、健人からだ。読んでやろうか?」
 わしの申し出に大都は首を横に振った。
「いえ、ぼく読めます――

 

 ――大都。変わりはないか。父は大陸にいる。
 お前は小学校で勉学に運動に勤しみ、決して同居人に迷惑をかけてはいけない。
 父はお前の成長が楽しみだ。再会した時には立派な少年となっていて、父を驚かせてほしい。

 同居人の方、色々とご迷惑をおかけしている。
 実は同じ部隊に岩手出身の者がいるが、彼が非常に興味深い話を聞かせてくれた。
 詳しい事は省くが、いつぞやの約束、果たすのであれば岩手の山など如何であろうか――

 

「――といった内容です」
「うーん、俺の名前は横文字だから出せねえのはわかるが、『岩手の山』って何だろうな?」
「きっと、あれですよ。空海の」
「なるほどな。ってことは、ノカーノか空海に関する何かを聞いたに違いねえ」
「行くんですか……岩手に」
「行かねえよ。『約束』って手紙に書いてあるじゃねえか。三人で行くんだ」
「あ、そうですよね」
「ちきしょう、早く帰ってこねえかな」

 
 それからも健人からは三か月おきくらいに手紙が届いた。どうにか無事でやっているようだった。怒涛のような1939年も終わり、1940年が訪れ、大都は二年生に進級した。

 
「父さん、元気かな?」
 大都が縁側で日向ぼっこをするわしに尋ねた。わしは前日、北陸の調査から帰ったばかりだった。
「ちゃんと手紙が届いてるじゃねえか。お前の写真も送ったし大丈夫だよ」
「早く帰ってこないかな。デズモンドみたいにポータバインド持ってればいつでも話せるのになあ」
「そう言うな。手紙も風情があっていいって思えよ」
「デズモンドが悪いんだよ。便利なもの一杯見せるから――あ、そうだ。父さんの所にシップで行けばすぐだよね?」
「大陸はものすごく広いし、今は戦争中だからそいつは無理だ」
「ちぇっ」
「まあ、このまんま戦線が膠着してりゃ、どっかで停戦だ。そんなに戦い続けられる訳ねえからな。じきに戻ってくるよ」
「本当?」
「ああ――バカな事を考える奴さえいなけりゃな」

 
 六月の手紙を最後に健人からの連絡が途絶え、十一月になったある日、家に見知らぬ男が訪ねてきた。
 男は役所の者だと名乗り、事務的に用件を伝えた。
「こちらは須良健人さんのお宅ですな。去る十月二十日未明、須良健人さんは大陸にて名誉の戦死を遂げられました――」
 男は更に事務的に二言、三言続けたが、わしの形相に恐れをなしたのか、手紙を畳の上に置き、逃げるように帰っていった。

 
 わしは訳がわからずにしばらく玄関でつっ立っていたが、小さくなっていく男の背中を見ながら、ようやく事の重大さを理解した。
 裸足のまま、家の横手にある小さな庭に回った。健人が丹精を込めて手入れしていた名もなき野の花の花壇があった。戻ってくる健人のためにわしが後を引き継いで世話をしていた庭だった。
 わしは庭の真ん中に立ち、空を見上げたままで声を出さずに泣いた。
 どのくらいそうしていただろう、静かに頭を下げ、戦死公報を仏壇に供えた。
「大都に何て言えばいいんだよ、ちきしょうめ」

 
 大都が学校から帰った。わしは縁側に腰掛けて裸足の足をぶらぶらさせたまま、黙って暮れゆく空を見上げていた。
「ただいま、デズモンド」
「ああ、大都。話があるんだが」
 大都は隣にちょこんと腰を降ろした。
「何、話って?」
「いいか。落ち着いて聞けよ――健人が戦死した」
「えっ」

 
 どれくらいの沈黙が流れたろうか、大都の口から出たのは思いがけない言葉だった。
「デズモンド、お願いがあるんだ」
「ん、何だ?」
「ケイジ師範の所に連れて行って。ぼく、強くなりたい」
「……」
「戦争なんか大嫌いだ。でも、ぼくは強くならなくちゃいけないんだ」
「大都――お前みたいな少年にここまで言わせるとは情けない世の中だ。だがその考えは危険だ」
「デズモンドは強いから、いざとなれば世界中を相手にしたって戦えるけど、皆はそうじゃないんだよ」
「――わかった。地下に行こう」

 
 わしは地下のケイジの下に大都を連れていった。ほとんど会話もなく、押し黙ったままで地下に続く階段を降りた。
 広間にはティオータがいた。もう事情が伝わっていたのか、何も聞かずにわしらを迎え入れた。
「ケイジはいるかい?」
「……いたと思うぜ」
「ありがとよ――大都、ここから先はお前一人で行ってこい」

 
 大都は道場に行き、広間にはティオータとわしが残った。
「……デズモンド、どうすんだ?」
「どうするって言われてもなあ。俺がしっかりするしかねえだろう」
「いいのかよ。お前は調査で一時的にこの星に立ち寄っただけだ。大都が大人になるにはまだ時間がかかるぜ」
「しばらくはあいつの親代わりになってやるよ。そのうち戦争も終わるさ」
「で、あの子はケイジに弟子入りか」
「強くなりたいんだとよ」
「本気で連邦ソルジャーにでもなるつもりか」
「あいつならなれるかもしれねえ。それもとびっきり優秀なソルジャーにな」
「お前が学問を教えて、ケイジが剣を教えるんならそうなるかもしれねえなあ――ところでよ、いや、何でもない」

 ティオータが言い淀んだのを見てわしは体を前に乗り出した。
「何だよ、言いてえ事があんなら最後まで言えよ」
「いや、今更、言った所でどうなるもんでもねえんだが、大都の父ちゃんに赤紙が来たのは、やっぱり下河坂が裏で工作したからみてえだぜ」
「確かに今更の話だな。嘆いたって、あの下司を殴ったって、死んだ人間は戻っちゃこねえ。まあ、どっかで一発くらいはお見舞いするかもしれねえが」
 その後は会話もなく二時間後に大都が戻った。ティオータは何も言わずに、ただにこにことしていた。

 
 地上に戻ってから大都に話しかけた。
「稽古をつけてもらったか?」
「うん。初めは素振りと摺り足、それに集中、これを一日中続けられるようにしろって」
「ケイジらしいな――ところで相談があるんだが」
「何?」

 わしらは街灯の少ない夜道を並んで歩いた。大都は二メートル近くあるわしの腰くらいの高さしかなかった。
「俺はお前の親代わりになろうと思う。これは健人との約束だからな」
「えっ、でもデズモンドは調査が終われば帰っちゃうんでしょ?」
「気にしなくていい。俺が決めた事だ。俺は健人を守れなかった。何があってもお前を守る」
「――ありがとう、デズモンド」

 

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