目次
Record 2 出会いと再会
シップは《牧童の星》を目指して航行した。ほぼ一日かけてザンクシアスのポートが見え、そこにシップを着陸させた。
わしは緑の丘に動物がゆったりと遊ぶこの星の景色を一目で気に入った。のんびりと歩いている農夫に声をかけた。
「ちょいと尋ねたいんだが、アンタゴニスの記念館みてえなのはあるのかい?」
「……そんなもんはねえよ。ねえけど、その子孫のアレクサンダー先生が今でも同じ場所で暮らしてるくれえかなあ」
「そいつは尚更、結構だ。その先生の家はどこにあるんだい?」
「丘を三つほど越えるとぽつんと建ってる小屋があっからそこさ」
「ありがとよ。いい日を」
わしは鼻歌交じりで丘を越えた。農夫の言葉通り、木でできた小さな小屋が見えた。
ドアをノックすると間もなく中年に差しかかろうかという年の頃合の男が顔を出した。
「どなたですか?」
「アレクサンダー先生かい。俺はデズモンド・ピアナって者だが、あんたのご先祖のアンタゴニスの話を聞きたくて来たんだよ」
「――デズモンド・ピアナ。あの『クロニクル』の?」
「光栄だね。読んでくれたのかい?」
「もちろんです。それこそすり減るほど読みました。こんな狭い家では何ですが、どうぞ中へお入り下さい」
「いや、感激です」
アレクサンダーは茶を出してから自分もテーブルに座った。
「『クロニクル』の編纂者と直接話ができるとは。お聞きしたい事が山のようにあったのです」
「おいおい、話を聞きに来たのはこっちだぜ。まあ、いいか。熱烈な読者は神様だ。何でも答えるぜ」
「本当ですか――ではお言葉に甘えて。まずデズモンドさんはArhatsの存在を信じておられますか?」
「ふふん、いきなりそう来たかい。ああ、信じてる」
「実際に会われましたか?」
「いや、全部伝え聞きだ。例えば《古の世界》が滅びた直接の理由はアーナトスリの破壊のせいだってな具合にな」
「何故、自分たちがお作りになった世界を破壊するような真似をなさるのでしょう?」
「破壊ばかりじゃねえぞ。例えば『菫のシロン』を救ったのはArhatワンデライだ。破壊もするが救済もする。一見気まぐれにしか思えん、まあ、確かに気まぐれだけどな、実はArhatsの一連の行為は全てある一つの事象の発現を目指して行われてるみてえなんだ」
「事象?」
「ああ、『ナインライブズの発現』、そのためさ」
「ナインライブズ――それはすでに《古の世界》崩壊時にこの世に現れたのでは?」
「嘘っぱちだよ。サフィもバルジ教を興したウシュケーもあれが本物じゃないのをわかってた。ナインライブズはまだ現れてないんだよ」
「ナインライブズとは一体?」
「さあな、俺にもわからねえよ。他に聞きたい事はあるかい?」
「サフィの最後はどうなったのでしょう?」
(注:初版の『クロニクル』では、サフィの旅は《享楽の星》で終わっている)
わしはアレクサンダーの問いかけににやりと笑った。
「それだよな……俺にとって最後に残された場所、そこに行ってみねえとわからねえんだよ。いつになるかなあ」
「そうですか。今は何をされておられるのですか?」
わしがアレクサンダーに《青の星》での調査の話をするとアレクサンダーの表情はみるみる曇った。
「そんな有様ですか。この星にも《歌の星》を経て来られた方、星に戻られた方が多くおり、他人事とは思えませんな」
「だよな。俺もこの星の出身だっていう人物に散々世話になってるんだ」
「……何かできる事はないでしょうか?」
「てめえの星の事はてめえでどうにかするしかないんじゃねえか。他所者がどうこう言うっても仕方ねえだろう」
「しかし連邦の力を持ってすれば……」
「《青の星》は連邦に加盟しちゃいない。そんな星にちょっかい出せると思うか?」
アレクサンダーは口を閉ざしたが、明らかにその表情は不満そうだった。わしは話題を変え、その後も話し続けた。
「さて、もういいか。少し休ませてくれよ」
「これは失礼致しました。ザンクシアスの町に食事に行きましょう。田舎ですので料理がお口に合うかわかりませんが」
「ああ、俺は酒さえあれば大丈夫だ。行こうぜ――ところでありゃ何だい?」
わしが指差した先には、金属製の子供ほどの大きさの人形が床に足を伸ばしてくたっと座っていた。
「あれですか。私が心血を注いでいる『クグツ』です」
「何だい、そりゃ?」
「自動機械、オートマタのようなものですが、もっと知性を持った存在になる予定です」
「何のために――いや、人の趣味をとやかく言っちゃいけねえな」
「趣味ではありません。例えばこの『クグツ』があれば、今デズモンドさんのいる《青の星》の無意味な戦争で人が死ぬのも避けられるではありませんか」
「『クグツ』に戦わせるっていうのかい。何だかなあ。武器や兵器の代わりだろ?」
「違います。申し上げたように『クグツ』は知性を持っています。知性があるからこそ、愚かな戦いを自ずから回避するのです」
「俺にはよく理解できねえなあ。さあ、飯に行こうぜ」
わしらは青い月の下、丘を越えて歩いた。ふと遠くを見やるとポートの方から誰かがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「はあ、はあ、デズモンド・ピアナさんですな」
ポートの係員が息を切らしながら言葉を絞り出した。
「ああ、どうしたんだい。そんなに慌てて」
「ポートに公孫転地様がお着きになりました」
「――ん、何だって?」
「今日が視察の日だったのです。転地様は名簿をご覧になって、『すぐにデズモンドさんにお会いしたい』と申されました」
「そいつはご苦労だったな。俺たちは今から町まで飯食いに行こうと思ってんだ。転地もそこに来ればいい。アレクサンダー、問題ないよな?」
「もちろんです。《武の星》の最高責任者にお会いする機会などそうそうありませんからな」
「ははは、また質問攻めにするのか――アレクサンダー、待ち合わせ場所を言ってくれ。転地に連絡してもらうから」
アレクサンダーとわしが小さなザンクシアスの町で一番の賑わいを見せる酒場で歓談をしていると公孫転地が現れた。
「デズモンド、水臭いじゃないか。近くまで来たなら何故、連絡してくれんのだ」
転地はすっかり立派になっていた。少年ぽさを残してはいたが、髪を後ろに撫で付け、髭もうっすら生えていた。
わしは黙ったまま酒のグラスを高く上げ、挨拶を返した。
「おや、連れがいたか。邪魔だったかな」
「気にすんな。この人はアンタゴニスの末裔、アレクサンダー先生だ」
「そんな、先生などと――アレクサンダーと申します。初めまして」
「ああ、視察の度によく名前は伺っておりました。公孫転地です」
「転地さん、どうぞご一緒に」
「それではお言葉に甘えて」
「しかしデズモンド。まだ冒険を続けていたんだな。『クロニクル』も刊行したし、どこかで所帯でも持ったかと思っていたよ」
「冗談じゃねえ。まだ初版だぜ。わからねえ事がたくさん残ってるから、こうして出かけて来てるんだ。それよりお前はどうした?」
「なかなか忙しくて家庭も持てないが、まあ、そのうちな」
「へへん、そいつは何よりだ」
「で、今は何を調べている?」
わしは転地に《青の星》でノカーノの調査をしている旨を告げた。
「むぅ、色々と良くない話を耳にするが大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえなあ。あと何年かすると星を真っ二つに分ける戦争が起こるんじゃねえか」
「……トーグルには相談したか?」
「ん、さっきもアレクサンダーに言ったんだがな。相手は連邦に加盟してねえ星だ。自分たちの星以外に人が住んでるなんて聞かされたらとんでもねえ事になる。それに自分の星の事は自分でどうにかするもんだ」
「確かにその通りだ」
「でもトーグルを呼んでみるか。ちょうどアレクサンダーを紹介しようと思ってたんだ」
わしはヴィジョンでトーグルの名を告げた。しばらくするとトーグルの顔が空間に現れた。
「やあ、デズモンド。久しぶり。どうしたんだい?」
「いやな、今、《牧童の星》で転地に久々に会ってて、懐かしくなってお前を呼んだんだよ」
「何だ。転地もそこにいるのか――もうお一方いるようではないか」
「こいつはな、聞いて驚くなよ。アンタゴニスの末裔、アレクサンダー先生だ」
「……それは真か。確かにデルギウスの師、アンタゴニス先生は《牧童の星》の生まれ。アレクサンダー先生、失礼ですが今、何をなさっておられるのですか?」
「これはどうも。トーグル王。アレクサンダーにございます。私はしがない牧童、日がな家畜を追い立て、夜は『クロニクル』を読む毎日でございます」
「では我がセンテニア家に私の跡継ぎが生まれた後、教えを乞う事は可能ですな」
「へえ、トーグル。もう子供ができるのか?」
転地とわしが同時に声を上げ、空間に映ったトーグルは苦笑いしながら首を横に振った。
「転地、互いに忙し過ぎて相手を見つける暇もないなと話したばかりじゃないか。あれからすぐでいい人ができる訳がないだろう」
「そう言えばそのような話をしたな。私は来る日も来る日も海賊退治、お前は次々と降ってくる連邦の諸問題に追われている」
「その通りだ――という訳です。アレクサンダー先生、今すぐにという事ではございませんが、その時が来ましたら是非とも我が《鉄の星》にいらして下さい」
「ありがたいお話です。実は私もそろそろ連邦大学にでも職を求めようかと思っていたのですよ」
「それは好都合です。紹介状を書きますのでアンフィテアトル校においで下さい。私の跡継ぎに対する家庭教師は兼務でも構わんでしょう」
「何から何までありがたい。これも今日デズモンドさんにお会いできたおかげですな」
「へへへ。そういうこった。トーグル、詳細は別途、話してくれ。じゃあな」
わしはヴィジョンを切り、転地に向かって口を開いた。
「ところで転地、相変わらず海賊は多いか?」
「うむ。結局は連邦の管轄外地域で活動をするしかないのだろう。《虚栄の星》との間はアンドリューがいなくなったと思えば、又次の奴がやってきて、そいつを駆逐すれば、又、次……キリがないさ」
「公孫転地が強すぎるから、悪い奴らは外に逃げ出すんだ」
「アンドリューを二度までも叩きつぶしたデズモンドに言われたくはないな。だが私だけではない。《将の星》の附馬明風、これが又、強い。集団戦をやらせたら右に出る者はいないな」
「それだけ強者がいるのに海賊が減らねえか。よくわかんねえ世の中だな」
「奴らも賢くなっていてな。《戦の星》近くに根城を構えられては、おいそれとは捕まえに行けんだろう……いや、待てよ」
「何だよ、急ににやっと笑いやがって」
「デズモンド、この後の予定はどうなっている?」
「ん、アレクサンダー先生ともう何日か話をしようと思ってるが、その後は《青の星》に戻るだけだ」
「だったら一緒に海賊退治に行ってはくれないか。明風にも連絡をしておく。奴ら、大船団だと警戒するだろうが、シップ一隻であれば油断するに違いない。こちらの用事が済んだら開都まで来てくれ」
「おいおい、何、勝手に決めてんだよ。俺は行くとは言ってないぞ」
「つれない事を言うな。《戦の星》の知り合いにも会いたいだろう?」
「バスキアにロイか。あいつら、心配なんだよな」
「よし、決まった。アンドリュー以来の海賊大征伐になるぞ。じゃあ私は帰るが、必ず開都に来てくれよ」
転地はそそくさと店を出ていった。
「何だ、あいつ。あんなにせっかちだったかな」
わしがぼやくとアレクサンダーが慰めるように言葉をかけた。
「デズモンドさん、時代がそうさせるのでしょうな。先ほどのトーグル王といい今の転地様といい、連邦の偉い方々はどこか焦ってらっしゃる――おそらくその理由は」
「『銀河の叡智』が終わるって事かい?」
「皆さん、そうお感じでしょう。前回の叡智、『ポリオーラル』を生み出した叡智が最後なのではないかと」
「良くねえな」
「同感ですが、焦ってどうなるものでもありません」
「あんたもこれからは表舞台に立つんだ。他人事じゃないぜ」
「私なら大丈夫です」
「ならいいけどよ」
それから二日、アレクサンダーの下に滞在した。出発の日、アレクサンダーがポートまで見送りについてきた。
「デズモンドさん、最後にもう一つだけお聞きしたい事が」
「何だ。言ってみなよ」
「この先、銀河はどうなるのでしょう?」
「俺は預言者じゃねえからな。だがArhatsはこれからもナインライブズを発現させようと躍起になる。最悪の場合、《古の世界》みてえになっちまうかもしれねえ」
「……」
「安心しろ。Arhatsに『人間は面白い』って思わせてる限りは大丈夫だ。あいつらだっていきなり銀河を破滅させるような真似はしねえさ」
「私たちの努力次第という事ですね」
「その通りだ。俺みたいにちょこまか動き回ってるのをArhatsは好意的に見てるかもしれねえし、あんたの、何だっけ、『クグツ』を面白いって思うかもしれねえ。努力するに越した事はねえはずだよ」
「その言葉を聞いて勇気が湧きました。デズモンドさん、あなたにお会いできて本当に良かった。どうかご無事で」
「ああ、又、遊びに来るよ」
シップはすぐに《武の星》の都、開都に着き、直ちに『五元楼』を仰ぎ見る都督室に連れていかれた。
「デズモンド、約束を守ってくれて感謝する。こちらが附馬明風だ」
紹介された附馬明風は、転地に劣らず、顎鬚を蓄えた偉丈夫だった。
「デズモンド殿。ご高名は兼ねてより伺っておりました。アンドリューを素手で倒した豪傑が助太刀して下さるのでしたら安心です」
「持ち上げねえでくれよ。それよりどのくらいの日数がかかるんだ。もう何やかやで、《青の星》を出てから二月も経ってるんだ」
「安心しろ、デズモンド。私たちも多忙な身だ。数日でケリをつける」
「ならいいけどな。念のため俺のシップも使うぜ」
「ああ、各自一隻ずつで行こう。では早速参ろうか」
わしらのシップ三隻は静かに宇宙空間に出た。
「おい、行先はそっちでいいのかよ」
見当違いの方向に飛び出したとしか思えない転地と明風のシップに声をかけた。
「言ったろう。最近では海賊のアジトは《灼熱の星》、いやもっと遠くの《戦の星》周辺なんだ。今日は直接アジトを叩こうと思っている」
「わかったよ」
《灼熱の星》のずっと下方を目指して進み、幾つもの星団を通り過ぎて、やがてシップは一つの星団に接近した。
「調査ではここのどこかの星に一大アジトがあるらしい。まさかたったの三隻で来るとは思っていないだろうから奇襲をかけるぞ」
時折、シップが出入りする星があった。わしらのシップは音も立てずにその星に向かった。
「おい、おめえら。ここは立ち入り禁止だぞ」
大気圏の外に漂っていた見張りのシップが警告を発した。
次の瞬間、明風のシップに備わっている火砲が火を噴き、見張りのシップは驚いて星に向かって逃げていった。
「明風、わざとはずしたな」
「うむ、威嚇だ。さあ、星に乗り込もうじゃないか」
三隻のシップは星に乗り込み、大いに暴れた。転地とわしが地上に降り、明風はシップから攻撃を仕掛け、瞬く間に一つ目のアジトを壊滅させた。
「おい、こいつは?」
ぐったりしている頭目らしき男の顔を転地に見せながら尋ねた。
「小者だな。次に行こう」
わしらは次々に海賊のアジトを落した。途中からは連絡が回ったのだろう、戦闘もせずに次々とシップが星から逃げ出したが、逃げたシップもほとんど明風の餌食となった。
「よし、転地。もうちょいで全滅だぜ」
「うむ――明風、そちらはどうだ。何隻か取り逃がした?大丈夫だ。逃げ場所も把握してある」
およそ全てのアジトを破壊した後で三隻は宇宙空間に集合した。
「デズモンド、もう少しだけ付き合ってくれ。推力全開で追撃態勢に入る」
三隻が常人離れした推力でシップを走らせると、すぐに逃走中の一団が見えた。
「私に任せてくれ」
明風が答えるよりも早く火砲をぶっ放し、目の前のシップの一団は宇宙の藻屑と消えていった。
「これで終わりかい。歯ごたえがねえな」
「デズモンド、鬼神のような三人の前では大抵の者は小動物のように狩られるのを待つだけだ」
「ふーん、少しは平和になるといいがな」
「これで当分は海賊も出没しなくなるだろ。感謝するぞ」
「いいってことよ――ところでここはどのへんだ?」
「そういえばずいぶんと遠くまで来たな。《戦の星》に大分近いぞ」
「なるほど。じゃあ俺はちょっくら立ち寄ってくらあ。またな」
「ああ、達者でな」
「デズモンド、いずれまた共に戦いましょうぞ」
わしはあくびをしながら《戦の星》に向かった。相変わらずポートが設営されていないのでザンデ村の近くの海上にシップを停め、村に入った。
ロイの家にずかずかと入っていくと二人の青年が険しい顔をしてテーブルを挟んでいた。
いきなりの闖入者に驚いた男たちは信じられない物を見たような顔付きになった。
「……デズモンドじゃないか」
「……何故ここに?」
「いや、たまたま近くまで来たもんだからよ」
「それは――」
ロイは言葉を途中で止め、バスキアと顔を見合わせてにやりと笑った。
「それは好都合だ」
「実はデズモンドに頼みがある」
「へへん、言ってみろよ――どうやら長い滞在になりそうだぜ」
別ウインドウが開きます |