4.8. Report 1 来訪

Record 2 ティオータとの出会い

 

浅草での出会い

 健人、大都親子の家に居候するようになって一月近くが経った。
 ちょうど夏休み中だったので、健人も大都も家にいて会話をする機会が多く、日々の会話で色々な事がわかった。

 まず健人とわしは同い年だった。大都に「どっちが格好いいか」を訊ねると、大都ははにかみながら「どっちもだよ」と答えた。
 大都は頭脳明晰な少年だった。わしのポータバインドに興味津々で、将来は自分も連邦民になると言って目を輝かせた。
 健人の若かりし頃の話も聞いた。大学で物理学を専攻した彼は、卒業後に理研とかいう最高峰の頭脳集団の研究所に勤める予定だったが、とある事情によりこれを思い止まったと言う。健人は理由をはっきりとは言わなかったが、友人の不始末の尻拭いに奔走する内に漠然ともっと大事なものがあるのではないかという思いに至ったらしい。
 後悔しているのではないかと尋ねると、健人は「いやあ、年下には坪井君や菊池君、和達君、それに宮地君と言った錚々たる面々がいますからね。私なんかは大成しませんでしたよ」と少し寂しそうに笑った。

 そして戦争の足音はいよいよ近付いていた。この二月にも若手将校を中心としたクーデター未遂が起こったばかりで、東京の人々は迫り来る戦争がもたらす不穏な空気を心静かに受け止めていた。
 しかも健人によればこの戦争は国対国の規模ではなく、この星全体を覆うものとなるのではないかという事だった。
 すなわち、別の地域で戦争をするA国とB国が同盟を結ぶ事によって一気に戦場が世界全体になってしまうという予想だった。

 
 こうして三人で過ごす八月は過ぎ、ある夜、健人が言った。
「デズモンドさん、明日から学校が再開します。私は日中家を空けますが、大都は隣のおシカさんに預けていきます」
「ああ、わかった。俺もそろそろ動かないといけないと思ってたんだ」
「その事ですが……ご存じの通り、市中の雰囲気は徐々に悪くなっています。特にデズモンドさんの風体は外国人、くれぐれも目立つ真似は慎んで下さい」
「外人ってだけで目立つんだから、目立つ真似もへったくれもねえだろ」
「それはそうですが特高や憲兵に目をつけられたら大変な事になります。できる限り自重して頂かないと」
「――わかった。あんたに迷惑はかけねえよ」
「いえ、勘違いしないで下さい。私は、私と大都の良き友人を窮地に陥らせたくはないのです」
「健人は優しいな」
「以前も言おうか言うまいか迷ったのですが……もしもあなたの能力や乗ってこられたシップが軍に見つかるような事態になれば、その時にはこの星を見捨てて逃げて下さい」
「どういう意味だ?」
「……私も物理学を学んだ人間です。デズモンドさんの力や使用されている機器を見れば、それがどれだけの脅威になるかわかります。戦争に使われれば勝利を決定づけるのは間違いありません」
「この国が勝つんならいいんじゃねえのか」
「いえ、あなたの能力もあなたのシップも全て、今の私たちには手に余るものです。私たちが成長して、本来の平和利用を考える余裕ができるまでは触れてはいけないものなのです。ですがこのご時世では」
「制御できねえ、身の丈に合わない技術に飛び付けば破滅するわな」
「はい」
「言いたい事はよくわかった。気を付けるよ」

 
 翌朝、学校に出かけた健人を見送ったわしは大都に言った。
「大都、お前はおシカ婆さんの所で留守番だぞ」
「えっ、デズモンド、出かけるの?」
 大都は二人きりの時にはわしを呼び捨てするようになっていた。
「ああ、この星に遊びに来た訳じゃあねえんだ。お前らから色々と情報はもらったからな、行動開始だ」
「どこに行くの?」
「まずは東だな。浅草、上野」
「何だ、やっぱり遊びに行くんじゃないか」
「そうじゃねえよ。上野には歴史的なものがたくさん置いてあるって話だ。浅草だってそうさ。俺にとっちゃ調査対象だ」
「おみやげ買ってきてほしいな――あっ、デズモンド、お金持ってないでしょ。ぼくが貸そうか?」
「健人が貸してくれたよ。本当にお前らには世話になりっぱなしだな。きっと恩返しするからよ」
「ううん、色々な事を教えてもらったり、他の星の写真を見せてもらったり、すごく楽しいよ。父さんも一緒だよ」
「大都、お前はいい奴だな。じゃあ俺は出かけるから、いい子で留守番してろよ。隣の婆さんに迷惑かけるんじゃねえぞ」
「行ってらっしゃい」
 玄関の戸を開けかけたわしはそこで振り返った。
「大都。帰ったら、俺の書いた『クロニクル』って本の話をしてやるよ」

 
 久々に町に出た。都電を乗り継いで上野まで行ったが車内はひどく混んでいた。乗客たちはちらちらと異国人を見るが、周囲から頭二つ近く抜け出ているわしからは彼らの表情はよくわからなかった。
 ようやく人混みから解放され、目的地の上野公園へと向かった。

 博物館と美術館を回ったがデルギウスとノカーノの手がかりは見つからなかった。博物館ではわざわざ学芸員を呼び付けた。二メートル近い流暢な日本語を話す外国人にいきなり質問をされた中年の丸眼鏡の男は泣きそうな顔をしながら必死で記憶の糸を辿り、震える声で答えた。
「デルギウスもノカーノも聞いた事ない名前ですね……いつ頃の話でしょうか?」
「この星の年号で言えば――おう、気にすんなよ、口癖なんだ、確か西暦800年くらいじゃねえかな」
「とすると平安時代になったばかりですね」
「こう、何か、他の場所との交流みてえな話は残ってねえのかい?」
「そうですね。遣唐使が盛んで大陸とは交渉があったようですが」
「その頃、どう見ても俺のような異国人が来た、みてえな記録はないかい?」
「……ないと思いますよ。大陸にはあなたのような西洋の方も訪れていましたから、そちらの間違いではないでしょうか。この国はご覧の通りの島国ですから、危険を冒してまで海を渡って往来するようになったのは大航海時代以降です――もっとも史実とは言えない伝説の類は残っていますけどね。ジンギスカンは大陸に渡った源義経だとか、楊貴妃は日本に逃げのびたとか。ああ、楊貴妃であれば時代も大体合いますね。女性ですけど」
「ふぅ、わかったよ。ありがとうな」
「あのぉ、あなたのお名前は?」
「ああ、デズモンド・ピアナ。歴史学者だ」
「はあ、私は存じ上げませんが、さぞや有名なお方なのでしょうね。日本史ですか、それとも――」
「銀河の歴史だな」
「えっ」

 
 口を開けたままの学芸員を残して上野を立ち去った。ため息交じりに残暑の陽射しの照りつける上野駅のロータリーまで戻ったが、どこかすっきりとしなかった。
「考えてても仕方ねえ。久しぶりの外出だし浅草まで歩くか」
 上野から浅草までは地下鉄が早いのだろうが、地下鉄はもっと混んでいるという噂だった。
 わしは前もって健人に聞いていた浅草までの道を歩いたつもりだったが道に迷ってしまった。
「こりゃ参ったな。今いる場所は入谷か――仕方ねえ」
 わしは人の通らない路地に入ってポータバインドを起動し、浅草までの道を確認した。
「何だ、近いじゃねえか――それにしても不思議だな。ポータバインドがこれだけ速いって事は、この星には他にもインプリントしている人間がたくさんいるって事か」
 路地を抜け、意気揚々と歩き出した。やがて浅草寺が右手に見えた所で立ち止まって後を振り返った。

 
 浅草寺前は人でごった返していた。戦争の足音が近付いている嫌な時代ではあったが、そんな時代だからこそ、皆、娯楽を求めるのだろう。
 わしは相変わらず周囲の人の好奇の視線にさらされながら仲見世を冷やかして歩いた。
 仲見世が終わり寺の境内に入ると、人の流れが途切れた。すると何者かが背後から声をかけた。
「旦那。ちょいといいかい?」
 わしはゆっくりと振り向いた。立っていたのはいなせな職人風の角刈りの若者だった。
「何か用かい」
「用がなきゃ声かけねえよ――まあ、ここじゃあ何だ。もちぃと静かな所に移動しようじゃねえか」
 わしらは親友のように連れ立って浅草寺の境内を抜け、人気のない別の小さな寺に入った。

 男はあらためてわしを頭から足の先まで見回した。
「おめえ、何者だ?」
「おいおい、この星じゃあ礼儀ってもんを習わねえのかい。尋ねた方が名乗るのが筋だろう」
「『語るに落ちる』たあ、この事だな。自分でこの星の人間じゃねえって言っちまった」
「それを聞いて驚かないって事はおめえもこの星の者じゃねえんだろ?」
「鋭いな。おいらは《歌の星》のティオータ、この星じゃ藤太って名乗ってらあ」
「俺は《巨大な星》のデズモンド・ピアナだ。助かったぜ。まだ一月前にこの星に来たばっかりなんで、色々と教えて欲しい事があんだよ」
「デズモンド――どっかで聞いた名前だな。だが往来で堂々とポータバインド使うような奴に教える事なんかねえぞ」
「やっぱりお前か。あの路地を出た後から視線を感じてたんだが」
「へへへ、旦那、だいぶ強そうだがおいらも負けちゃあいねえぜ」

 
 ティオータが構えを取った。
「おいらはこれでもクシャーナとリリアに連なる者だ――まあ遠縁だがな」
「面白いじゃねえか」と言ってわしも半袖のシャツをさらにまくり上げた。「俺の『死人起こしの拳』、見せてやろう」
「何だそりゃ」
「へっへっへ。今考えた」
「ふざけた野郎だな。いくぜ」
 ティオータの右足の蹴りがわしの腹を直撃した。わしはぽりぽりと腹を手でかきながら言った。
「いい蹴りだ。んじゃ俺の番だな」
 わしの左の拳がティオータの顔面を捉えた。ティオータは後ろに吹っ飛び、ごろごろと地面を二回転してからぴょんと立ち上がった。
「――まともに食らってたら危なかったぜ」

 
 再び距離を取って向かい合った。拳と足が交差しようとする寸前に、わしらの目の前を冷たい光が一瞬だけよぎったような気がした。
 ティオータもわしもその気に圧倒され、次の瞬間、互いの拳と足を引っ込めて防御姿勢を取った。

「おい、今の光は何だ?」
 ティオータはひきつった笑いを浮かべながら誰もいない空間に向かって話しかけた。
「――わかった、わかったよ。時間厳守ってやつだろ。先生には謝っとくよ。でも面白い奴に会っちまったんだ。仕方ねえだろ」
「お、おい、ティオータ。お前、どこに向かって話してんだ。そこに誰かいんのか?」
 再度のわしの質問をティオータは目で制して続けた。
「さっき、殴られて思い出した。こいつはよ、あの『クロニクル』を書いた連邦のデズモンド・ピアナだ」
「おい」
「旦那、いや、デズモンド。おいらにもその相手がここにいるのか、そっちにいるのかわからねえんだ。もう行っちまったかもしんねえ。さっきの光はその人の刀が発したもんだ」
「言ってる意味がわからねえよ」
「まあまあ、あんたを思い出したんだ。勘弁してくれよ。で、『クロニクル』の作者がこの星に何の用だい?」
「ようやく本題に戻れる訳かい。まあ、話せば長いんだ。どっかのカフェでも行かねえか」
「カフェねえ。おいら、実はこれから集会に出なきゃなんねえ。どうだい、あんたも一緒に」
「仕方ねえな。こちとら頼る者がいない身だ。どこでも行くぜ」
「じゃあ付いてきな」

 

地下に広がる光景

 わしらは夕暮れ迫る中を地下鉄の駅まで歩いた。駅の階段を降りるかと思いきや、ティオータはそのまま素通りして古びたビルディングに入った。わしが付いていくとティオータは地下に続く階段を降りた。
 地下に降り、ティオータが壁に隠れていたボタンのようなものを押すと床板が開き、ぽっかりと穴が開いた。
「あんたには狭いかもしれねえけど、さあ、ここを降りてくんな」
 ティオータはさっさと降りていき、わしも後を付いていった。

 
 それは不思議な風景だった。柔らかな光に包まれた地下道がどこまでも続いていた。
「おい、ティオータ。こりゃあ何だ?」
「何だって、地下だよ」
「そういう意味じゃねえよ。どこに行こうとしてるんだ」
「うーん、そうだな。本部だな」
「本部、何の?」
「なあ、デズモンド。考えてもみろよ。この星で他所の星の人間が生きていくのは大変だ――あんただって、そう、例えばパスポートなしだったらどうするつもりだ。連邦員IDなんか何の意味も持たないんだぜ。この星じゃあ、まだ、この星の周りを回ってる惑星にだって行った人間はいねえ。自分たち以外に人間が住む星があるなんて想像もしちゃいねえんだ」
「ああ、その通りだ。しかも馬鹿げた戦争を始めようとしている」
「悪い時に来ちまったよな。でも一月の間、よくも捕まらなかったな。もしおいらが特高や憲兵だったらあんたみたいな怪しい外国人は真っ先に尋問してらあ」
「ふふん、親切な人間がいてな。俺を居候させてくれてんだ」
「ええ、まさかポータバインドも見せたのか?」
「もちろんだ。そうでもしなけりゃ信用してもらえねえだろ」
「そりゃあそうだが――さすが『クロニクル』書くだけはあるな。大胆な男だわ」
「なんだ、間違ってたか」
「いや、あんたらしくていいんじゃねえか。先生もあんたみてえな有名人に会えりゃきっと喜ぶ。さ、もうすぐ着くぜ」

 
 薄明りの中に立派な石造りの二階建ての建物が連なっているのが見えた。
「なるほどな。これだけの規模の町があればポータバインドが速く動くって理屈か――何人くらいいるんだい?」
「おいらみてえに普段は地上で暮らしているのも含めると千人近く。地上には出れねえような風体の奴もいるしな……あっちも含めるとこの東京市の地下には二千人って所じゃねえか」
「『あっち』って何だ?」
「何だ、あんた、そんなのも知らねえでこの星に来たのか――まあ、詳しい話は先生に聞いてくれ。さあ、この建物だ」

 自動ドアを開けて建物の中に入った。
「おい、ティオータ。ここは地上で言うとどの辺だ?」
「気になるかい。この辺は深川の真下あたりだな。木場から降りるとすぐにここに出るさ」
「俺が暮らす麹町からはだいぶ離れてるんだろ?」
「ああ、麹町はあっちとの境だからな」
 ティオータは二階に上がって、そこにいた人間と二言三言話をしてからわしに言った。
「先生は急患で一旦、戻られたらしいや。おいらが来たら呼んでくれって事だから、今からちょいと芝まで迎えに行ってくらあ。デズモンド、適当にその辺ぶらぶらしていてくれ」

 
 残されたわしは建物の中を見て回った。
 建物同士が内部の廊下で結合している連邦の星でよく見た景色に少し安心して、鼻歌交じりに廊下を歩いた。
「地上は貧しい家並みのにここは連邦の星と変わらねえ、何だか不思議だよなあ」
 いくつかの部屋を冷やかし、そこの人と挨拶を交わし、世間話をした。

 
 わしは一つの部屋に入った。薄暗い部屋の中には蝋燭が一本だけ点っており、誰もいないようだった。
 その部屋を出ようとして思い直し、部屋の奥を凝視した。
「――誰かいるな」
「ほお、先刻とは違って気配がわかるか」
「やっぱりそうか。浅草で斬りつけたのはあんただな――にしてもこの部屋は暗くてかなわねえや。明るくしてもらえねえか」
「目や感覚が慣れれば見えてくる」
 言葉に従ってしばらくそのままでいると、部屋の奥の住人の姿がぼんやりと浮かび上がった。
「……ワンガミラ?」
「ほお、なかなか目を慣らすのが早いな」
「《幻惑の星》か?」
「たまに言われるが、《幻惑の星》に行った事もなければ、ワンガミラに会った事もない――いや、会っているのかもしれないが記憶がないのだ。大震災が起こり、目覚めた。それ以前の記憶は一切ない」
「そいつはまた奇妙な話だな。あんたの名前は?」
「ケイジ。名前だけは覚えていた」
「ふーん、ケイジか。どっかで聞いた名だな。俺の名前は浅草で聞いてりゃ知ってるだろうがデズモンド・ピアナだ。よろしくな」

 この時ノータがそばにいれば、すぐにケイジという名が《起源の星》、ヤスミのモデストングの日記に載っていた名と同じだった事に気付いただろうが、わしはあまり物事を記憶しない性質だった。
「『クロニクル』編者か。しかし大変な時に来たものだ」
「退屈はしなさそうだけどな」
「お前の腕なら心配はない。学者にしておくのは勿体ない」
「そいつはどうも。あんたとやり合う気はねえけどな」
「相手の強さも知っているなら、ますます安心だ」
「けっ、あんたの力を持ってすりゃ戦争を止める事だって、いや、この星を支配する事だって簡単だろう?」
「――どうやら、まだ知っておくべき事を知らないようだな。先生に会って聞くがいい」
 ケイジの謎の言葉に首を傾げていると人が呼びにきた。

 

偽造パスポート

 連れて行かれた広間のような部屋ではティオータが小柄な老人と一緒にソファに腰掛けて待っていた。
「デズモンド、待たせちまったな。こちらが先生だ」
 先生と呼ばれた老人は座ったままでぴょこんと頭を下げた。
「まあ、座って下さいよ。私は天野有楽斎、芝で『天野醫院』という町医者をやっております。出身は《牧童の星》です」
「ふーん、俺の事はティオータから聞いて知ってると思うが、《歌の星》や《牧童の星》からずいぶんとこの星に来てるんだな?」
「《巨大な星》とは違って近いですからな。それにどちらの星にも元々この星の住民で奴隷として売られた者の末裔が数多くいます。かく言う私もその口で、いわば里帰りですよ」
「奴隷って――」
「デルギウス王、アンタゴニス卿、クシャーナ王が奴隷を解放して下さったのですよ――あははは、あなた、目が輝いてらっしゃる。ご自分の心配をするのが先決でしょうに、根っからの学者ですな」
「ああ、すまねえなあ」

「いやいや、大事な事ですから順を追ってお話致しましょう。奴隷だった民は、ある者は《歌の星》に残り、ある者は《牧童の星》に移り住んだのですが、やはり性なのでしょうね。先祖から聞いた美しい故郷の事が忘れられずにこうして戻ってきた。この星の人たちと寄り添うように静かに暮らしていこう、それがこの地下の『パンクス』の成り立ちなのです」
「パンクスっていうのかい」
「しかし中には屈折した思いを持つ者もいるのです。この星で虐げられていたから奴隷に身を落したのだ、ならば今度はこの星で力を得て支配層になろうとね。それがもう一つの地下組織、『アンビス』です」
「ティオータが言ってたあっちって奴だな」
「デズモンドさんはラッキーでした。あなたのいらっしゃる麹町区のあの辺りはパンクスの管轄ですが、もう少し西に行けばアンビスの地域ですから、どちらに転んでもおかしくなかった」
「お城を挟んで西と東って訳かい?」
「左様です。その間には聖域と呼ばれるどちらにも属さない地帯がありますが、そういう事になります」
「別に俺がアンビスに出会ったって同じだろ?」
「いやいや、あなたはアンビスとは考えが合わない。彼らはあなたを戦争に利用しようとするはずです」
「ちょっと話がわかんねえなあ。アンビスとパンクスは意見を異にしてるのかい?」
「アンビスは世界中の支部を挙げてこの戦争を裏から操ろうとしています。自分たちは高みの見物としゃれこんで戦後の政治、経済の支配を狙っています。だが私たちパンクスは戦争には反対の立場です」
「アンビスとパンクスの間で争いになっちまうんじゃねえのかい?」
「あははは、どちらもそれほど愚かではありません。少なくとも表面上は互いに協力し合ってこの地下で生きています。それは世界中どこの支部、ニューヨーク、ベルリン、ロンドンでも同じです」
「でも戦後はわからねえじゃねえか。いつかはパンクスの存在が邪魔になる」

「多少、綺麗事を言い過ぎましたかな。あなた、もう師範には会われましたかな?」
「師範――ケイジの事かい?」
「お会いになっているのでしたら話は早い。震災の後の混乱の中でアンビスの若者たちがパンクスの娘を乱暴して死に至らしめる事件が起こったのです。アンビスの若者の父親がこの国の表の実力者だった事もあり、事件はうやむやに幕引きが行われようとしました」
「そりゃひどいね」
「だがパンクスに身を寄せたばかりのケイジにはそれが許せなかった。彼は新宿にあるアンビスの本部に乗り込み、犯人の若者たち、彼らを守るために雇われたやくざ者たち十五人の首を一瞬で刎ねました」
「あの人の腕なら納得がいくなあ。気配がしねえんだもんな。本当に記憶がないのかね?」

「それについてはおいらが」とティオータが口を開いた。「震災で起こった火事が収まらない中でおいらはケイジに会ったんだ。もちろん向こうは気配を消してたけど、おいらに声をかけてきた。おいらはすぐに地下に連れてって色々と聞いたんだが、名前以外は全く記憶がなかった。ただアンビスの話になった時、『危険な人物がいる』って言ってたから、何かあったのかもしれねえな」
「ケイジは新宿で言ったそうです。『パンクスに手を出せば、たとえ世界のどこにいても殲滅させる』と。そんな事もあってか、アンビスはパンクスにはちょっかいを出してきません。それどころか協力的ですらあります。特高や憲兵、軍にも影響力を持つ彼らですが、何かとお目こぼしをしてくれるのです。純粋にケイジを恐れているのか、それとも他に狙いがあるのかわかりませんが」
「ふーん、まあ仲がいいのは良い事だけどな」
「大体状況はご理解頂けましたかな。ではデズモンドさん、あなた個人のお話に移りましょう」

 
「今は麹町区の民間人の家に居候されているとティオータから聞きました。つまりは、未だに身分を証明する手立てをお持ちではないと言う事ですよね?」
「その通りだ」
「先生、こいつは大胆過ぎるんだよ。おいらたちみてえに顔形がよく似ている国を選ぶんならともかく、まるっきり外国人なのに平気な顔してるんだから」
「仕方ねえだろう。ポルトガルに行ったって調査はできねえんだから」
「まあ、調査の件は後でお伺いするとして、まずはそちらを片付けましょう。デズモンドさん、ポルトガル人でよろしいのですな?」
「よろしいも何も他の国の名前もわからねえしな」
「……ちょうどいいでしょう。ポルトガルはこの国から見れば米英のように敵国ではなく、また独伊ほど近しくなく、ファシズムだが中立の立場ですからな」
「ふーん、よくわかんねえけどな」
「ではポルトガルを呼びますので」

 
 有楽斎はポータバインドで一人の男を呼び出し、会話を始めた。
「やあ、ミゲル。パスポートとビザを一通用意してほしいんだ」
「そっちも大変そうだね。こっちも物騒だけど――で、名前は?」
「デズモンド・ピアナ、生まれはリスボンでいいだろう。生年は1900年――」
「おい、有楽斎。この名前は『クロニクル』の編者と同じだぞ」
「ああ、まさにその人だ」
「ええっ」
 ヴィジョンの向こうのにやけた優男は素っ頓狂な声を出し、わしの姿を探した。
「ああ、これはデズモンドさんですか。ポルトガルを選んで頂き、光栄です。一週間くらいでそちらにお届けしますんで、どうかよろしく。何かありましたら大使館が全力で保護しますから。落ち着いたらこっちにも寄って下さいよ」
「ありがとよ」

 
 ヴィジョンが消え、有楽斎は満足そうに微笑んだ。
「有名人ですから早く済みましたな。さて、それではデズモンドさんの来訪の目的ですな。私たちでお力になれる事があればいいのですが」
「何から何まですまねえなあ」
「いえ、これこそが連邦民の務め――私たちは正式な連邦民ではないですがデルギウス王に受けた恩は忘れていません」
「じゃあ好意に甘えるか――今、話のあったデルギウスだが《歌の星》に行く前にこの星に立ち寄った可能性はねえかな?」
「考えた事がありませんでしたな。ただ寄ったとすれば西暦800年前後の事、この国ではなく隣の大陸にあった大帝国ではないでしょうか?」
「健人もさっき会った博物館のおっちゃんもそう言ってた。で、それから何十年か後に七聖、ノカーノがこの国を訪れた――これについてはどうだい?」
「さあ、それも聞いた事がありませんな。何か根拠がおありなのでしょうか?」
「うーん、難しいんだがな。ノカーノがデルギウスと再会して、その息子が《賢者の星》の最初の王になったんだが、その名前はアカボシって言う、それだけなんだ」
「アカボシ……『明星』と書いてそう読みます。確かに日本語の響きですな。ティオータ、お前、何か心当たりはないか?」

「ねえなあ。でもよ、《歌の星》では、ご先祖が専横貴族、モクンバ、ロシュトン、ヤバパーズを退治した時に人売りノームバックも追放したって歴史が伝わってる。つまりノームバックはこの星に人攫いに来てたんだろ、何か名前が残ってんじゃねえかい?」
 ティオータが答えると有楽斎が険しい表情になった。
「ノームバックから攻めるか。しかし、どうやって。隣の大陸は今それどころではないぞ」
「そうだよなあ、戦時下だもんな」
「デズモンドさん、お調べになりたい事はわかりましたが、何分にも千年前、それに加えてこのご時勢です。できる限りの助力はいたしますが満足頂けるかどうか」
「有楽斎さんよ、もう十分過ぎるくらい世話になってらあ。こっから先は俺がどうにかするよ。何、今までだってどうにかなってんだ」
「そうですか。で、お住まいはどうされますか。こちらに来られた方が安全だと思いますが」
「今のまんまでいいよ。健人も大都も大好きなんだ」
「わかりました。くれぐれもご注意なさいますよう。状況は日に日に悪化しておりますから。ティオータを連絡係にしますので何かあったらすぐに連絡して下さい」
「気を付けるよ」

 
 わしはその後、地下で《巨大な星》にヴィジョンを入れた。
「よぉ、ソントン」
「ああ、デズじゃないか。大丈夫なのか。バインドを使っても」
「安心しな。ようやく落ち着ける場所を見つけた。で、そっちの様子はどうだ?」
「まるで火が消えたようだよ」
「そうか、そうか。やっぱり俺がいないとそうなるよな」
「いや、それもそうだが色々とな。エリザベートは半分引退状態だし、ユサクリスも体調を考えて仕事をセーブしている。エテルは売れっ子過ぎてサロンに寄る間もない。最近では郊外にオフィスを設けたようだ。元気なのは劇場の花形アンくらいのもんだ――かく言う私も後2,3年したら退官して田舎に引っ込もうと考えてる」
「えっ、だったら《青の星》に来ないか?」

「止めとくよ。あまり良い噂を聞かない」
「まあ、そうだな。間もなく戦争が始まろうとしてんだよ」
「となるとそこを去るのか?」
「……どうすっかな。何も成果がねえんだよ」
「身の安全には変えられないさ。それともいつものあれで、一緒にドンパチやらかすつもりか」
「おいおい、人を野蛮人みたいに言うなよ。さすがに星の運命を左右するような戦争に参加はせんだろ」
「ふーん、ずいぶんと殊勝だな。ま、きっと大事な人でもできたんだろう」

「けっ、余計なお世話だ。『田舎に引っ込む』ってどこに行くつもりだよ?」
「実は《森の星》辺りに移住しようと思っている」
「なるほどな。何もない所だ。ベアトリーチェも一緒か?」
「もちろんそのつもりだが」
「年頃の娘の住む場所じゃあねえな。お散歩してても出会うのはいい男じゃなくてソーベアーだ。こいつはもめるぞ」
「面白半分に言わんでくれ。娘には娘の人生がある。そこでの暮らしが嫌になったら出ていけばいい」
「やっぱ一生遊んで暮らせるほど稼いだ人は違うな。達観してらあ」

「デズ。その言葉はそっくり君に返すよ。もうGCU稼ぎは必要ないんだから身を固めてもいいんじゃないか」
「調査が終わったら考えるって」
「小うるさいじいさんだと思っているだろうが、君の事を心配しているんだぞ。これからもこうして定期的に連絡を取り合おう」
「ああ、じゃあな」

 

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 Report 2 異界の人々

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