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Record 3 婚約発表
『シロンとスフィアン』の初演は大成功のうちに幕を閉じた。『リーバルンとナラシャナ』に肩を並べる人気作品ができた事に劇場支配人のホアンは大喜びだった。
ある日、ホアンの下を演出家のオーロイとエリザベートが訪ねた。
「おや、どうしました。二人揃って――そうだ、次の上演ですが『リーバルンとナラシャナ』の再演、来月からでいいですかね?」
ホアンの問いかけにオーロイもエリザベートも困ったような微笑を浮かべた。
「ホアン、実は伝えなきゃいけない事があるんだ」とオーロイが言った。
「何だい、改まって。『シロンとスフィアン』の特別ボーナスなら、もうちょっと待っててくれよ」
「いや、そんなんじゃない。エリザベートと私の事なんだ」
「……えっ、まさか引き抜きじゃないだろうね」
「違うよ。君にはよくしてもらってる。実はね、エリザベートと私は結婚する事にした」
「何だ、そんな事か――、――って、えっ?」
「ホアン、驚かせてごめんなさい」とエリザベートが口を開いた。「ちょうどいいタイミングだと思ったの」
「そりゃ確かにそうだが……まさか引退するんじゃないよね?」
「引退はしないわ。でもこれからはエリザベート・フォルストの生活だけじゃなくてセクル・フォルスト、ううん、セクル・コンスタンツェの生活も必要なの。今までよりも仕事をセーブする事になると思う」
「――ここは心からお祝い申し上げよう。本当におめでとう。早速発表するのかい?」
「いえ、私の事なんて誰も気にしていないわよ。それに――」
言い淀んだエリザベートに代わってオーロイが後を引き継いだ。
「彼女の故郷の《賢者の星》の現状を考えると大々的な発表はしたくないんだ」
「わかった。誰かに聞かれた場合には正直に答えるが、こちらからは特に何もしない。アンにはもう言ったかい?」
「ええ、『シロンとスフィアン』の楽日に。自分の事のように喜んで泣いていたわ」
「サロンの連中には?」
「ソントン以外には特に言うつもりはないけど、どうして?」
「ん、いや。がっかりする奴が一人いるだろうなあと思ってね――彼には私から伝えておくよ」
“Le Reve”の店内にはエテル一人しかいなかった。たった今まで隣にいたホアンの言葉を心の中で何度も反芻していた。
とうとうエリザベートはオーロイのものとなってしまう。
でもそれでいいのだ。自分はそっと遠くから見ている事しかできなかった。
そんな自分に幸運の女神がほほ笑むはずがない。
天才建築家エテルよ、お前にはまだ成し遂げなければならない大仕事があるではないか。
究極の交通とも言える『転移装置』の実現が。
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