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Record 2 群雄
わしらはロイの案内で東の島に渡る事にした。「疲れたから」と言って渋るGMMを強引に船に乗せて出航した。
「一番教会に近い陸地に乗りつけよう」
わしが言うとロイは首を横に振った。
「それは止めましょう。南に上陸して『雷獣の森』を通り抜けるのは如何ですか?」
「そうだな。雷獣に会えるかもしれねえもんな」
「そんな――雷獣は姿を現しませんよ。伝説の生き物で実在しないと言う人も多いですしね」
「とすると、あんたの先祖が嘘ついてるって事か?」
「いえ、私の先祖が聖エクシロンと共にこの星の平定に尽力したのは事実です。その証拠に私の家系は『ファンデザンデ』を名乗る事を許され、この大剣も時の権力者から頂いたのですから」
「ふーん、俺は雷獣いると思うがな――バスキア、どう思う?」
「何なら精霊に問いかけて森の気を変えようか。そうすればおとぎ話かどうかわかるだろう」
「だってよ。今や銀河一の弓の名手がああ言ってるが、どうする?」
「それは……私も雷獣に会ってみたいですが」
「だったら決まりだ。バスキアが一発ぶっ放してくれるぜ」
わしらは間もなく南の陸地に上陸した。
森には花が咲き乱れ、動物や鳥の鳴き声がそこかしこで聞こえた。
「何だよ、この辺りは平和なもんだな」
「口では伝説だと言いながらも、皆、雷獣を恐れているんですよ。だからこの辺では争いがない」
「ふーん、いよいよ楽しみだ――バスキア、この辺でいいんじゃねえか」
「本当に試すのですか?」
ロイが心配そうに尋ねるとGMMが答えた。
「手に負えないようであれば私とデズモンド、バスキアの力、それに貴殿の大剣があるではないか。何も心配は要らない」
「そうだぞ、ロイ。伊達や酔狂でやる訳じゃないんだ。雷獣の口から語られる歴史を知りたいんだ」
バスキアは背中の弓を構え、腰の矢筒から木でできた矢を抜き出した。
「それでは……むっ」
バスキアは番えかけていた矢を突然、地面に投げ捨てた。それだけでなく矢筒に残っていた十本近くの矢を全部地面にぶちまけ、最後には弓までも投げ出してしまった。
「どうしたってんだ、バスキア」
「デズモンド、気が付かないか。今まで持っていた弓矢も《流浪の星》のナブ山近くで採れたそれなりに力を持ったものだった。だがこの森を見てくれ。霊気に満ちた森で育まれた木々を。ここの木で弓矢を作ったらどんなにか素晴らしいか」
「かーっ、バスキア。わずかの間にどんどんスピリチュアルになってくなあ」
「なったんじゃない。これが本来の姿――」
バスキアの言葉は、突然近くに落ちた雷で遮られた。
「誰だ。さっきからうるせえなあ」
雷の落ちた場所から何かがこちらに向かって歩いてきた。
「へへへ。お出でなすったぜ。バスキア、やっぱりお前のおかげだ」
わしらの前にそいつは立った。金色に輝くたてがみ、赤く光る瞳、恐ろしい外見だったが、どこか愛嬌があった。
どすの利いた声でそいつは言った。
「せっかくいい気分で寝てりゃあ邪魔しやがって。少し前の海の騒ぎもてめえらの仕業か」
「いいじゃねえかよ。あんた、雷獣だろ。話を聞きたいんだよ」とわしは言った。
「てめえは――エクシロンに似た奴だな。ケンカが大好きだって顔してらあ」
「聖アダニアの事も聞けると嬉しいのだがな」とGMMが言った。
「――おめえも相当強いな。一体どうしたってんだ」
「雷獣殿。起こしてしまったのであれば詫びよう。だが旅の方々がどうしても話をしたいと言うのだ」
ロイがすまなそうに言った。
「おめえはリンドの末裔だな。どいつもこいつもルールをわかってねえな」
「雷獣よ。この森の木々で弓矢を作らせてはもらえないだろうか」
最後にバスキアが尋ねた。
「ははーん、てめえが騒ぎの張本人か。だが答えはノーだ。行きずりの奴なんかにやる木はねえ」
「へえ、雷獣ってのは思ったよりケツの穴が小さいんだな」
わしが言うと雷獣は全身の金色の毛を逆立てた。
「てめえ、ケンカ売ってんのか」
「まあまあ、ところで雷獣殿、今申されていた『ルール』とは何だ?」
ロイが取り成すように間に入った。
「へん、さすがリンドの末裔は礼儀を弁えてらあ。おめえら、教会に行ってねえだろ」
「教会、ニトの聖エクシロン教会か」
「そうだ。先にそこに行かねえでここに来るのはルール違反だって言うんだよ」
「何のために?」
「まずは行って聞いてこい」
「しかしここから教会まではほぼ一本道だが、トビアスの軍勢が大挙して待ち構えている」
ロイが不安げに言った。
「へへ、またそんな争いの時代なのかよ、くだらねえ。だがてめえらなら二百や三百、あっという間に蹴散らせるさ」
「よくわかってんじゃねえか。じゃあよ、ちょっくら教会に寄ってくるからその後で話をしてくれよ、な?」とわしは言った。
「仕方ねえな。特別だぞ」
雷獣はあきれたように言ってからバスキアに向き直った。
「おめえはここに残れ。この森の木が気に入ったんだろ」
「えっ、木を頂いてもいいんですか?」
「こいつらが教会に行ってる間におめえの覚悟をじっくりと聞かせてもらうからな」
わしらはバスキアを雷獣と一緒に森に残したまま、北に続く一本道を教会に向かった。
わしが左側を歩きGMMが右側を歩いた。真ん中を少し早足でロイが周囲に注意を払いながら歩いた。
「おい、ロイ。あまり早く歩くなよ。GMMは足が悪いんだ」
わしが言うとロイは泣きそうな顔で振り返って言った。
「こんな危険な道をのんびりと歩く人間なんていませんよ」
「心配するな」
GMMが突然道の右側で止まり右手の小さな丘の陰に向かって「メテオ!」と叫ぶと、小さな隕石が降り注ぎ、丘の裏に潜んでいたと思われる四、五人がばらばら逃げ出していった。
「なっ、全部蹴散らしちまえばいいんだ――ちょっと失礼」
わしも道の左側に積んであった干し草の山にむかって突進して、そこに隠れていた四、五人をあっという間に打ち倒した。
そうやって道を進んでいき、ようやく正面にニトの町の門が見えた。
「いよいよまずいですよ。道の両脇にはトビアス軍の駐留するテントが見えます。ダッシュで門の中に逃げ込みましょう」とロイが言った。
「おい、ロイ。道の真ん中に出てきた奴らはお前の担当だからな。その背中のでっかいの抜いて準備しとけよ」
わしは道の左側のテントに突進し、GMMは道の右側のテントに向かって「メテオ」を唱えた。
トビアスの軍勢はパニック状態に陥り、散り散りに逃げ出し始めた。
「ロイ、そっちに行ったぞ」
わしとGMMが同時に言い、困った顔のロイは大剣を頭の上で振り回しながら道に逃げ出した男たちをなぎ払って倒した。
五分も経たずに道の両脇に並んだテントは完全に破壊され、倒れたトビアスの傭兵たちがいくつもの山を築いていた。
「しかし歯ごたえがない。金に目がくらんで軍に応募した奴らだな」
「はい。精鋭軍は北西の島にいると聞きました――それにしてもお二人とも強いです」
「そんな事ねえ。お前の倒した人間の数が一番多いじゃねえか。山の大きさを見てみろよ」
わしらはすっかり静寂を取り戻した景色に満足しながらニトの町の門へと向かった。
ニトの町中は外に比べて平穏だった。その理由をロイに尋ねると「自警軍がしっかりしていて、トビアスの襲撃に耐えている」との事だった。
「ふーん、じゃあ、外の奴らを一掃したぞって伝えてやった方がいいのかな?」
「いえ、話はそう単純でもありません。トビアスと敵対はしていますが私たちと友好的な訳でもないのです」
「余計な事すんなって訳か。今度はお前が変に勘ぐられるのも気の毒だしな」
「困ったものです――あ、教会が見えました」
ロイの指差す先には白い石でできた立派な教会が建っていた。
GMMが教会の扉を叩いて用件を伝えた。
「どなたかいらっしゃいませんか。私は聖サフィの流れを組む聖プララトス派の宗教家です。聖エクシロンについてのお話を伺いたいのですが」
GMMの言葉が効いたのか、すぐに扉が開かれた。応対に出た神父はわしらの凶暴そうな顔を見てぎょっとしたようで、顔には開けなければ良かったという後悔の表情がありありと浮かんでいた。
「……どうぞお入り下さい。おや、あなたは確かザンデ村の」
「はい、ロイです」
「おお、エクシロン教会設立の功労者のファンデザンデさんを無下に扱う訳にも参りません。どうぞ、どうぞ」
神父の機嫌はロイの顔を見た途端に直ったようだった。わしはロイに耳打ちをした。
「何だ、お前、顔役じゃねえか」
「いえ、そんな――リンドが偉大だっただけですよ」
わしらは集会所に案内された。一番奥には巨大なエクシロンの彫像が飾られていた。
「さて、何をお話しすればいいのでしょうか。何分にも昔の事ですので」と神父が切り出した。
「そうだなあ。当時の話は雷獣に聞くからいいとして――」
「すみません」と神父がわしの言葉を途中で遮った。「今、何とおっしゃられました?」
「ああ、ここに来る途中で雷獣に会ったんだよ。そしたら『ルールを守れ』って怒られちまってよ。こっちに先に来るのが決まりなんだそうだ。どういう意味だい?」
神父は再びとんでもない人間を相手にしてしまった後悔の表情を顔に浮かべ、ロイに助けを求めた。
「神父、本当なんだ。雷獣は伝説の存在ではなく実在した。雷獣に『こちらに先に寄るように』と言われたのも本当だ」
「俄かには信じ難いですが、ここで否定してしまうとこの教会に伝わる聖エクシロンの伝説をも否定する事になります。ここは気持ちを切り替えて――とうとう勇者が現れる時なのでしょうか」
「芝居がかったおっさんだなあ」
わしは笑いそうになり、GMMに脇腹を小突かれた。
「神父、聖エクシロンの伝説とは?」
「聖エクシロンは最後までこの星の平和を願っておりました。いつか自分の思いを引き継いでくれる人間が現れた時のために二つの試練を課したのです。その一つ目があれです」
神父がそう言って指差したのは巨大なエクシロンの彫像だった。
「あの彫像の右手に掲げる剣、あれこそが聖エクシロンのお使いになられた『エクシロン・ブレード』です。エクシロンの意志を継ごうとする者は、まずあの剣を彫像の手から抜き取らねばなりません」
「すぐに取れそうだけどな」
巨大な彫像が掲げている様は小剣に見えたが、実際には通常の剣ほどの大きさがあるのだろう。
「恥ずかしながら私も若い頃に戯れで抜こうと試みた事があったのです。ところが何かの力で強力に接着されており、とうとうあきらめました。その後に先代たちの記録を読み、あの剣が雷獣と英雄リンド・ファンデザンデにより奉納された事がわかったのです」
「ふーん、ここでも雷獣か」
「旅のお方よ。あなた方であればあの剣を抜き取り、この星を平和に導く事ができるかもしれません」
神父は頬を紅潮させて言った。
「残念ながら俺たちは本当に行きずりの学者なんだよ。むしろその資質があんのは――」
わしが言うとGMMも神父もロイを見つめた。
「いえ、私にはそんな。無理です。いくら先祖が英雄だっとは言え、私は小さな村の世話役に過ぎません」
「そうですか」と言って神父は落胆したような表情になった。「雷獣に会ったと言われたので、もしやと思ったのですが」
「で、ここで話を聞いて雷獣に会って、最後に剣を引き抜く、それが正しい手順な訳だな?」
「はい。そのように記録が伝わっております」
「まあ、がっかりすんなよ」
わしは落胆する神父を慰めた。
「近い内には誰かがあの剣を抜くよ」
「そうはおっしゃいますが、野心ある者は皆、あの剣を抜いて『我こそはエクシロンの再来なり』と高らかに宣言する機会を伺っているのです」と言って神父は唇をぎゅっと噛んだ。
「野心ある者、例のトビアス卿かい?」
「トビアス卿だけではありません。北東の縁の島のユゴディーン、南ポイロンのウーヴォ、北ポイロンのオコロスキ、それ以外にまだ世に出ていない者もいるでしょう。現在は剣が抜けなかった時の評判を恐れて、皆牽制し合っているだけなのです。もし旅の方が言われるように、トビアス卿があの剣を抜いてしまったならこの星はどうなるのでしょうか」
「ああ、深く考えねえで物言っちまって悪かったな。トビアスもユゴディーンっていうのもダメなのかい?」
「聖エクシロンのように本当にこの星の事だけを考え、自らの命を捧げるような高潔な人格者ではありません」
「こりゃまた厳しいね。だが剣が抜けたとしても雷獣が認めなけりゃ仕方ねえさ。さっきの様子じゃあ、かなりの頑固者だぜ」
「……それを聞いて少し安心いたしました。テグスターを退治するほどの生き物ですから邪心など持っていないとは信じておりましたが、実際にお会いになられた方がそうおっしゃるのですから間違いないでしょう」
「さて、じゃあ俺たちはこれから雷獣の所に戻るけど何か言伝はあるかい?」
「め、滅相もありません。私はこの剣を守り続けているとだけお伝え下さい――しかしロイ、あなたが立ち上がってくれれば心強いのだが」
「神父」とロイは低い声で答えた。「実は私もこの方たちと出会ってから考えが変わりつつある。私にも何かできるんじゃないかとね――必ずまた寄るから、その時は相談に乗って欲しい」
「へえ、バスキアだけじゃなくてロイも目覚めたか。こりゃ面白い」
わしの脇腹をまたGMMが小突いた。