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Record 4 天に住む人々
わしらは《狩人の星》から戻る途中にある《流浪の星》の星団に接近した。
まだ不満そうな表情を見せるバスキアに話しかけた。
「なあ、バスキア。一歩前進したんだからいいじゃねえか」
「あまりにわからない事だらけです」
「そんなんじゃ歴史学者にはなれねえな。いきなり全てが解明される事なんてあった試しがねえんだぞ」
「でもデズモンドは『言葉の力』という成果を手に入れたじゃないですか。私は『根っからのソルジャー』らしいですが、結局、何もわからないまま生きていくのでしょうか?」
「だったらよ、もう一人の天才、ミネルバに聞いてみりゃいいじゃねえか。ヴィジョンでちょちょいと済むだろ」
「それが……彼女自身は研究の妨げになるからと言ってデプリントしてしまったんです。ほとんどの時間は《精霊のコロニー》に滞在しているようですから、そう簡単には連絡取れませんよ」
「へぇ、見上げたもんだな――じゃあ俺がコロニーに寄る機会でもあれば、会って聞いてみるよ。だからうじうじすんな。新しい未来が目の前には開けてんだ」
「そうですね。こうして様々な星を訪ねるなんて滅多にできない経験です。ありがとう、少し気が楽になりました」
シップは《流浪の星》の大気圏を抜けた。
「さあ、この星はニライが移り住んだとされる由緒ある星だぜ」とJBが言った。
「聖ニライは弟子の中でただ一人の女性だったが、謎の多い方だ」とGMMがわしに言った。
「アダニア、ルンビア、ウシュケー、皆それぞれに謎だらけだったけどな」
「あそこにポートがある」
JBが言い、シップはポートに着陸した。
着いたのはなかなかの都会だった。
「係官によればロアランドって町らしい。『アルト・ロ アランド』、『ミット・ロ アランド』、『ノイ・ロ アランド』って三つに分かれてるらしいや」とJBが言った。
「なあ、デズモンド」とGMMがシップを降りて言った。「ずっと知りたい事があった。何故、聖ニライは聖アダニアや聖ウシュケーのように熱心な布教に努めなかったのかな」
「いっちょまえに宗教家みてえな事言いやがる。じゃあ教会にでも行ってみるか」
わしらはアルト・ロ アランドで一番立派で古そうな教会を見つけ、そこに入った。
「誰かいるかい」と声をかけると、すぐに一人の黒い服を着た若い男性が姿を現した。
「何かご用でしょうか?」
男は誠実そうな雰囲気そのままの声を出した。
「ここは何の教会だい?」
「はて、何と申されましても……サフィ教会と名乗っておりますが」
「ニライ派って訳じゃないんだな」
「失礼ですが、どちら様でしょう」
「こりゃ悪かったな。俺は歴史学者、デズモンド・ピアナ、こいつらはシップのクルーで、中でもこの坊主のおっさんはGMMって言うプララトス派の宗教家さ」
「プララトス派……聞いた事があります。確か聖アダニアの教えを受け継ぐ……つまりはこの教会の兄弟のようなものですね――申し遅れました。私はアプカ、この教会の神父をしております」
「アプカ神父」とGMMが口を開いた。「聖ニライはこの星であまり布教に努めなかったと聞いたが、どうしてだろうな?」
「それはまたずいぶんと昔の事を尋ねられますね。少しお時間を頂けますでしょうか。先祖の残した日記に何か書いてあるかもしれません」
「あんたの先祖はニライと関係があったのかい?」
わしが尋ねるとアプカは頷いた。
「はい。先祖の名はアーノルド、聖ニライの次の代のリーダーとして移住者をまとめた人物だったようです。夕刻またお越し頂けませんか」
ロアランドで時間をつぶして夜中に再び教会を訪れた。
すぐにアプカが現れて、わしらを招き入れた。
「如何ですか。この星は。観光をされましたか?」
「いや、特には」
「そうでしょうな。このライゴット大陸は山に囲まれており観光の目玉となる物もあまりありませんから」
「何かわかったかい?」
「我が祖、アーノルドの残した古い書簡にこう書いてありました――
――あまりに突然だが、本日より私が《古の世界》からの移住者のリーダーとなった。
ニライ様はご子息、カリゥ様と一緒に『聖なる台地』に登られるとおっしゃられた。
ウェットボアの脅威は去り、ズーテマ殿も正気に戻られたのだから、町を出ていく必要はないはずなのに。それを尋ねるとニライ様は笑いながらこうおっしゃられた。
「これはサフィ様の預言通りの行動。今回は大丈夫でもまた同じような事が起これば、皆、私たちの能力を怪しく思い、心安らかではなくなるでしょう。そのような無用の心配をさせないために、私たちは聖なる台地に隠れ住むのです。それに――」
「というものです。別の日にはこういう記述もありました――
――ニライ様が久々に山を降りてこられた。話では聖なる台地は天候穏やかにして、花が咲き乱れる、夢のような場所らしい。
戯れにニライ様に「私も連れて行ってほしい」と告げたが、ニライ様は複雑なお顔をされてこうおっしゃられた。
「ごめんなさい。聖なる台地は隠遁の地。誰もが暮らせる場所にするつもりはないのです。でもその理由を伝える事はできません」
私はこれを聞いて、ニライ様は能力者のための特別な場所を作ろうとしているのではないかと考えた。
だがそれを知るのは、ミュアが山に登って子供ができてからになるだろう――
「ミュアってのは?」
「この地の出身の女性でカリゥ様と結婚された方です。そしてまた別の日の記述です――
――カリゥ様、ミュア来訪。マナは連れておらずジラルドのみ。
カリゥ様より突然の申し出――やはり私の推測に間違いはなかった。
聖なる台地は能力者が住む地、ジラルド様はそこから降りられるという事だ――
「ん、どういう意味だ?」
「ジラルドには能力がないか、能力の発現が弱かったため、ロアランドで一般市民として暮らしたそうです。この後もミュアの娘のマナが山を降り、ロアランドの青年を一人、聖なる台地に連れて行ったという記述があります。そして数年後にその青年が一人の女の子を連れて山を降りてくるのです」
「能力がないから山を降りたのか?」
「おそらく。しかしこれが現在に至るまで綿々と続いているかはわかりません。肝心のアーノルドがしばらくしてこの世を去っていますし」
「こりゃあ、どうしたって行ってみるしかねえな」
わしが言うとアプカは意味ありげに微笑んだ。
「そうおっしゃると思っておりました」
アプカは静かに微笑んだ。
「現地に向かいましょう」
「ああ、だがどうして笑ってんだ?」
「それは――誰も辿り着けないからなのです。シップで空から近付こうとしても結界に阻まれます。徒歩で『断罪の崖』と呼ばれる絶壁を登ろうとしても、いつの間にか元の場所に戻ってしまいます」
「そりゃ面白いな。能力がない場合、一旦山から降りると二度と帰れない訳だな?」
「そう言われればその通りだ……子供たちは可哀そうですね」
「そうまでして優秀な人間だけを残しておきたい何かがあるんだろうな。だが狭い世界で婚姻を繰り返しちゃ、血が濃くはならねえか?」
「……その事について、アーノルドの代から大分経ってですが、当時の指導者がこう記しておりました――
――長らく途絶えていた『台地の民』との交流が再開された。懸念された血の問題はすでに解決されたとの事。となると、どこの住民たちと交流をしたのだろうか――
「デズモンド、もしかするとこれは」
バスキアが口を開いた。
「ああ、俺もそれを考えた。あのおばさんは誰かに依頼されて移住したって言ってたよな――だがそうじゃねえ可能性もある」
「申し訳ありませんが、私には何の事か」
アプカがすまなそうに頭を下げた。
「ああ、アプカさん、気にしねえでくれよ」
「実はもう一つだけ台地の民に関して気になる記述がありました。『銀河の叡智』が始まった頃の指導者の記述ですが――
――切り札はすでに手に入れた模様。後はその者の出現を待つばかりか――
「うーん、これはわかんねえなあ」
「そうですか」
「それより聖なる台地に行こうぜ」
「シップを使われますか?」
「いや、どうせなら崖を登ってみたい」
わしらは教会の使用人の運転する路面車両でロアランドから東に向かった。出発した時の空は晴れ渡っていたが、東に行くにつれ天候が怪しくなった。
一つ目の大きな山脈を越えると深い渓谷があり、その先はまた山脈が続いていた。
「先ほどの山脈がババナ山地、この渓谷はモラコマ渓谷と呼ばれています。その先がライゴ山地で目指す聖なる台地はその一番奥です」とアプカが説明をした。
「かなりの物好きじゃねえ限り、来ようとは思わねえよなあ」
「聖サフィの教えを広めようともせず、このような山奥に隠れ住むのは宗教家のはしくれとしてはあまり感心しないな」
GMMが半ば怒ったような口調で言った。
「まあ、そう言うなよ。サフィの弟子たちにはそれぞれ特徴があって楽しいじゃねえか。アダニアは自分にも他人にも厳しく、プララトスは好きなようにやる、ウシュケーはナインライブズを信じて救済を待つ、ルンビアは誰にも負けない都市を造る。ニライのこういった暮らしだって、未来にこの銀河を救う人間を送り出すための壮大な準備かもしれねえぜ」
「まあ、プララトス派の私には偉そうな事は言えないな」
「だろ、目の前にいる人を救うか、未来の世界を救済するか、どっちが偉いなんて決められねえよ」
「やはり色々な星で検分を広めている皆様は違いますね。私など目の前の人の事を考えるのに汲々としていて、世界の救世主でも現れた日にはどうしていいかわかりません」
「アプカさんができる事をやるんでいいんじゃねえか」
「そうですね――そろそろ断罪の崖が見えてきますよ」
空模様はいよいよ怪しくなり、濃い灰色の雲が低く垂れ込めた。
わしらは崖の前に立った。
目の前には垂直にそそり立つ岩が一面に広がって、その高さは地上からはわからなかった。
「これを登れって訳か」
わしが車から降りて言うとアプカが大きく頷いた。
「申し上げましたように張り巡らされた結界のせいで空からは辿り着けません。途中まで飛んでいこうとしても同じ結果です。地上から地道に登る場合は結界の影響を受けませんが、やはり途中で戻されます」
「アプカさん、あんた、試した事あるんだな?」
「……はい」
「じゃあ登ってみるか――バスキア、一緒に来いよ」
わしとバスキアは崖に近付いて登攀ルートを検討した。
じっくりと崖の凹凸を見ているとバスキアが唐突に叫んだ。
「デズモンド、あれ」
バスキアが指差す先にはまるで「登って下さい」と言わんばかりの岩でできた階(きざはし)が上に続いていた。
「――なるほど。俺たちを歓迎してくれてるみたいだな。お言葉に甘えようぜ」
わしらは崖に取り付くようにして、ぽつりぽつりと岩から出ている階を慎重に登った。
そうして百メートルほど登ったろうか、突然に踊り場のような平らな場所に出た。
「デズモンド、地上から見上げた時にこんな平らな場所は見当たらなかった」
「怪しいな。そろそろ振り出しに戻されるかもしれねえなあ」
踊り場で立ち止まっていると一人の少年が現れた。白いローブを羽織った少年はくりくりの金髪を指で弄りながら言った。
「ようこそ、聖なる台地へ。こりゃまたすごい人たちが来たもんだ」
「おお、少年。もしかして迎えに来てくれたんか?」
「残念ながらそうじゃないよ。せっかく登ったのに悪いけど帰ってもらいに来たのさ」
「何でそうまでして秘密を守ろうとするんだ?」
「それはね――って、それを言ったらおしまいさ。教えられないよ」
「ちっ、引っかからねえか」
「あの岩の階が難なく見えるし、その気になれば結界だって破壊しかねない人たちだって上の皆が驚いてたよ。だからいきなり帰らせるんじゃなくて、こうして降りてきたんだ。その力に敬意を払って、今の質問以外に一つだけ質問してもいいよ」
「少年、名前は――俺はデズモンド・ピアナ、《オアシスの星》の歴史学者だ。こっちはバスキア・ローン、《狩人の星》のアラリアの生き残りだ」
「……なるほどね。おいらはデプイ。今のが質問って事でいいかな?」
「ああ、いいぜ。その時が来れば何もかもわかるんだ――ところでその時は近いのか?」
「そんなに遠い先の事じゃないってさ――あ、もう一つ答えちゃった。ずるいぞ」
「固い事言うなよ。俺みてえな者に話した所で大した事じゃねえだろう」
「又おいらをだまそうとしてるね。あんたも隣の人も凄い力を持ってるから気を付けなきゃ」
「そいつはどうも――俺が『言葉の力』を身に付けたのがわかるとは大したもんだ。で、バスキアの力も何だかわかってんだよな?」
「弓の名手。その矢に異世界の言葉の息吹を乗せて放てば、空は切り裂かれ、海は二つに割れる」
「はーん、そうかい」と言ってわしはバスキアにウインクした。「バスキア、聞いての通りだ。お前はハンターみてえだぞ」
「知りませんでした。異世界の言葉というのはアラリアの言葉でしょうね。早速やってみますよ」
「えーっ」とデプイは口を尖らせた。「又、だましたな」
「そう言うなよ。お前も結構楽しそうじゃねえかよ」
「そうなんだよね。いつも怒られるんだ」
「別の世界に興味津々なんだな。だからこういう機会があると、ついつい話し込んじまう」
「うん。それは当たってるかもしれない」
「デプイ、お前、いい奴だな」
「何だよ、急に――でもありがとう」
「さて、あんまりぺらぺらしゃべってると上の人に怒られるんだろ。俺たちゃ帰るぜ」
「えっ――うん、わかった」
「下の世界もいいもんだ。たまには遊びに来るといいや」
「……」
「じゃあな」
わしらは踊り場から勢いよく飛び降りた。降りたのは元いた場所でアプカたちがきょとんとした顔をしていた。
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