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Record 3 ニーダムの変身
ニーダムは訳がわからなかった。
何故、自分はあのような主張をしたのだろう。
元々は貧富の差を憤り、自治府に異を唱える運動を始め、活動家たちのリーダーとなったのだ。
ある日、家の古い倉を整理している時に見慣れない絵が汚れた布にくるまれているのを発見した。
それは粗末な額縁にまるで憎悪を叩きつけたようなタッチで描かれた悪魔の絵だった。
「原初の破壊神、ルルカだ」、直感でそう感じたニーダムはその絵を元通り倉にしまおうとしたが、できなかった。何故かその絵に描かれたルルカに心奪われた自分がいたのだ。
絵の中のルルカは黒ヤギのような姿でニーダムを見つめていた。
ニーダムはその絵を部屋の壁に飾った。
それ以来、ルルカの事が頭から追い出せなくなり、とうとう今日のデモでは『ルルカは蘇る』と書いたプラカードを用意するまでになった。
当然、仲間の活動家が「それは何だ?」と尋ねた。
我に返ったニーダムは恥ずかしくなり、デモもそこそこに急いで家に帰った。
一体、私はどうしてしまったのだろう――
ドアがノックされ、返事もしない内に一人の男が部屋に入ってきた。司祭の服を着た気味の悪い男だった。
「どうもしていませんよ。あなたがルルカの復活を望んでいるだけです」
「……あんた、どうしてそれを」
「あなたの魂は解放されなければなりません。さあ、私と一緒に参りましょう」
ム・バレロが待つジャウビター山を見渡せる小高い丘にマンスールがニーダムを連れて戻った。
「ム・バレロ様、どうですか?」
「不完全な封印なら完成しようとしているわ――この男がニーダムか?」
ム・バレロは興味無さそうにニーダムをじろりと見た。
「左様です。彼は原初の破壊神、ルルカの復活を心より願っております。ここは一つ私がその願いを叶えてあげようと思いましてな」
「えっ、ルルカが甦るのですか?」
訳がわからず連れて来られ、不安そうな表情だったニーダムは歓喜の声を上げた。
「左様。ただ蘇るのではないぞ。お前の体を借りて蘇るのだ」
「それは?」
「瘴気が消えぬうちに速やかに事を運ばんとな」
「ち、ちょっと――」
ニーダムが自分の置かれている状況に気付いた時には、すでにマンスールが呪文を唱え始めていた。
「さあ、原初の破壊神よ。この男の体を借りて蘇るがよい」
長い呪文の最後にマンスールがそう叫ぶとニーダムの姿は崩れて、代わりに黒い毛並のヤギがおぞましい姿を現した。
ヤギは生まれたての子ヤギのように地面を這いずっていたが、しばらくするとしっかりと立ち上がった。
「ふふふ、ム・バレロ様、どうです。私の力は」
「なかなかのものだな。ドノス王の“ Mutation ”は人を化け物に変身させるが、お前のは伝説の化け物を人に乗り移らせる術か」
「お褒め頂いて光栄です――ルルカよ、ジャウビターの山頂に瘴気を消そうとする不届き者がおる。そ奴らを退治して参れ」
「指図は受けん。だが久々に暴れるか」
ルルカは空中に舞い上がり、山に向かって飛んでいった。
「さて、あのルルカが本物の破壊神か、それともただの張りぼてか、じっくりと見せてもらおう」
「ム・バレロ様、必ずやご期待に添えると思っております」
「首尾よく行った暁には、わしからドノス王に言っておこう。『マンスールはどこに出しても恥ずかしくない呪術師です』とな」
「ありがたき幸せ」
わしらは陸音の封印を見守った。
「あと何枚だい?」
「もうすぐ終わるが……その前にもう一つやってもらわねばならん事がある」
「何だよ――ははーん、まだ何か来やがるな。任せとけ。GMM、アン、今度のは空から来るぞ」
「空か――であれば、アンも私も遠慮なくぶっ放していいな?」
「ああ、構わないぜ。ここに来る前に粉々にしちまえよ」
上空に黒い点が見えた。点が大きくなってこちらに接近するのを見てGMMがアンに声をかけた。
「目一杯でいくぞ、グランドマスターメテオ!」
「『火の鳥』!」
アンの銃から放たれた怪鳥は火の粉をまき散らしながら、空を飛ぶ何かの喉元に食らいついた。怯んだ隙に後方の空に巨大な赤褐色の隕石が浮かび上がり、そいつを目がけて突き進み、巨大な火の玉のような隕石がその何かを跡形もなく消し去った。
「本気を出せばこんなものだ」
GMMはちらっとだけ空を見上げて言った。
「やはりこけおどしだったか」
山を見渡せる場所にいたム・バレロは普段と変わらない声で、隣で俯くマンスールに言った。
「くっ、相手の力が予想以上でした」
「気にするな。瘴気を利用する術としては面白い。今回は貧弱な人間を使ったのが間違いだ。より優秀な者に乗り移らせる事ができれば、或いは――」
「精進いたします」
「ドノス王には『面白かった』とだけ伝えておこう――さて、もうここに用はない。《獣の星》に行かねばならんのだ」
「お供させて頂きます」