4.4. Report 3 繁栄の御世

Record 4 沈んだ町

 わしらのシップは《起源の星》のヤスミ上空に着いた。
「予想と違ったな」
「ん、何の事だ?」と言うGMMの問いかけにわしは首を横に振った。
「いや、俺の想像ではヤスミってのはでっかい城があって活気ある街だったんだがなあ」
「ム・バレロが言っていただろう。この星では数千年前に天変地異で文明が崩壊したらしい。だから今の彼らは再生の途中なのだ」
「……城はその時になくなったんだな」
「とにかく降りてみよう」

 
 シップを降り、木でできた平べったい民家が続く街中に入った。
「何だかぱっとしねえなあ――ああ、あそこのでかそうな家に行ってみるか」
 わしらは通りの突き当りにある黒板の塀と立派な門構えの屋敷を目指した。
 行き交う人々は皆、合わせの布のような服を着ていたが、わしらの姿を認めると、驚いたように目を丸くし道を空けた。男性は頭の中央部を剃り上げ両脇に残った毛をたてがみのように結んだ不思議な髪型をしていて、女性は頭を丸く結い上げていた。

 屋敷の門を勢い良く拳で叩いた。四回叩いた所で家人らしき人間が慌てて門を開けた。
「……何用でしょう?」
「この家のご主人かい?」
「いえ、使用人です」
「ふーん、主人に話が聞きてえんだけどな。俺は《オアシスの星》のデズモンドって者だ」
「チオニのお方ではないのですね。しばしお待ち下さい」
 男が屋敷の中に引っ込んでから、わしはGMMに尋ねた。
「チオニって言ってたな?」
「ああ、ム・バレロの言葉通り、この星の援助をしているのだろう」
「なるほどな。裏に回るとかなり怪しいが、表向きはこの辺りの星の中心的存在って訳か」

 
 ようやく屋敷の主人らしき男が現れた。豊かな黒髪を後ろに撫で付けた体格の良い中年男だった。
「この屋敷の主、モーヴァラズにございます。どうやら遠方からの客人のようですな」
「俺たちは銀河の歴史を調べてるんだ。起源武王について聞きたいんだけどな」
「……私の先祖、モデストングは武王にお仕えしておりましたが、何分にも天変地異で全てが失われてしまい、記録が残っておりません」
「俺の知ってる限りじゃ、立派な城があるはずなんだが」
「それも失われたと聞きます。未だに場所すら特定できないような有様です」
「調査より日々の生活が先だもんな」
「はい。復興は《享楽の星》の意向でもありますし、私たちも援助を受けている以上わがままを申す訳には参りません」
「ふーん、あっちはへたに調査されると困る事でもあるんじゃねえか」
「そ、それは一体?」
「起源武王を滅ぼしたのは《享楽の星》だって事実をさ」
「そのように憶測で物を言われましても困ります」
「憶測じゃねえよ。俺たちはここに来る前に《魅惑の星》にも《蠱惑の星》にも寄ってるんだ。確実な筋からの情報だよ」
「しかし証拠が……」
「まあそうだな。あんたのご先祖の日記でもありゃいいんだが」
「ですから全てが失われたと……いや、ちょっとお待ち下さい。皆様、どうぞお屋敷の中に」

 
 屋敷の中の板張りの客間に通された。待っているとモーヴァラズが家人たちに大きな何かを担がせて戻ってきた。
「お待たせ致しました。数か月前、領民のための井戸をと思い庭の地面を掘った所、これが出て参ったのです」
 モーヴァラズは家人たちに命じて運んで来た物を床に置いた。全長が五メートルはあるだろうか、巨大な金属製の魚だった
「何だいこりゃ?」
「色々と調べましたがどうにもわからないのです。様々な星を巡ってこられた皆様であれば、この魚の意味がおわかりになるのではないかと」
「これに似た物を《巨大な星》のダーランで見た事があるぞ。口から水を噴いていた。確か井戸の……いや、あれは龍だったかな」
 GMMの言葉に、魚を調べていたわしは首を横に振った。
「こいつには水が通る口もねえし、井戸の飾りじゃねえみたいだな。だいいちでかすぎらあ」

「魔除けじゃねえのか」とJBが言った。
「魔除け?」
「ああ、ヌエヴァポルトの古いビルの屋上によく飾ってある。あっちは翼の生えた化けもん、こっちは魚だが、威嚇するような恐ろしい表情といい、雰囲気は似てるぜ」
「屋上の魔除けか。だがこれだけ大きいとなると――」

「ヤスミの城だな。そこの屋根の魔除けだ」
 わしの言葉に皆、驚愕の表情を浮かべる中、モーヴァラズが口を開いた。
「デズモンド殿、記録によればヤスミの城は天変地異で崩壊したとの事。となればこの屋上の魔除けだけが崩壊を免れて残ったのでしょうか?」
「いや、本当に崩壊したのかね。この魚が出てきた場所、もっと深く掘ってみたかい?」
「いえ、このような物が出たのですぐに埋め戻しましたが……デズモンド殿は何をお考えですか?」
「この屋敷の下に城が埋まってるんじゃねえかって思っただけさ」
「しかしこの街のしきたりとして『ヤスミでの無断での掘削、開発を禁じる』という一文がございますので、むやみに掘り返す訳にもいきません。今回、池を掘った後ですぐに埋め戻したのも、『このような魚が出てきて、どんな禍があるかもしれん。やはり古から伝わる文書の決まりを破ってはいけない』と思ったからです」
「ふーん、何か臭うな。あんたは先祖の事実に触れたくないかい?」
「知りたいに決まっております」
「これだけ広い屋敷だ。隠れて掘り進むくらいは訳ねえだろ。何もなけりゃ埋め戻しときゃいいじゃねえか」
「……デズモンド殿のおっしゃる通りです。私も起源武王時代の正しい歴史を知りたいのです」
「よっしゃ。俺たちも手伝うが、信用できる人手を集めてくれよ。早速取りかかろうぜ」
「この街の人々は皆信頼できます。すぐにお触れを出します」

 
「デズモンド殿」
 数日後、モーヴァラズが息せき切ってわしらが逗留する屋敷内の部屋に駆け込んだ。
「どうしたい、出たのか?」
「はい、それが……とにかく来て下さい」

 
 屋敷の庭に張り巡らされた暗幕の中に通された。そこでは掘削に携わったヤスミの男たちが複雑な表情をして立っていた。
 わしは呆然と立ち尽くす人々を押しのけるようにして地下に向かう梯子に飛び付いた。
 梯子を何度か乗り継いで地下深くに降りると突然目の前に広大な空間が広がった。
「こりゃあ――」
 暗闇に目が慣れたわしが見たのはヤスミの城だった。いや、城だけではなくヤスミの街がそのまま地下空間に存在していた。
「デズモンド殿のおっしゃる通りでした。あそこにあのように城が建っております。おそらくこの間は魚が乗っていた屋根まで掘り進んだのでしょうな」
 蝋燭の灯りを手にしたモーヴァラズが追いついてきて言った。
「ん、ああ……でも市街地もそのまま残っていたとはな。モーヴァラズさんよ、街や城の中には入っていけるのかい?」
「はい、空気穴を確保してから、街の至る所に灯りを配置すればどうにか行動できると思います」
「そうしてくれよ。俺たちは耐性があるから大丈夫だが、あんたたちが入っていけねえんじゃ意味がない」

 
 大発見から二日後、再びモーヴァラズがやってきて言った。
「デズモンド殿、準備ができました」
「おお、じゃあ行こうか。灯りを準備する間に何か発見はあったかい?」
「いや、特に報告は受けておりませんが、どの家もきれいなまま残っていると」
「きれいなまま?ふーん」
 薄明りの中をヤスミの城に入った。意外にも城内は整然としており、混乱の様子が見られなかった。
「天変地異が起こったにしちゃあ、きれいなもんだな」
「そのようですな。私たちの先祖はサムライと呼ばれていたと聞きます。如何なる時にも慌てなかったのでしょう」
「ともかく上に登ってみるか」

 
 天守に登った。城が地上にあった時には降り注ぐ日の下にヤスミの市街が見渡せたのだろうが、今は所々に置かれた灯りだけがぼんやりと見えていた。
「ここが武王の夢の始まりの場所だったんだな」
「こうして見ると街全部が見渡せます。領民の生活が手に取る様にわかったのでしょう」
「そういうこった――ところであっちに見えるのは何だ。山みてえだが」
 わしが指差したのは地下に広がった街の東のはずれにうっすらと見えるさほど高くない山だった。
「さあ、天変地異により土が積もっただけではありませんか」
「モーヴァラズ、まだ天変地異なんて言葉、真に受けてんのかよ」
「……どういう意味でしょうか?」
「まあいいや。城内のどっかに当時の記録が残ってるに違いねえ。それを探そうぜ」

 
 さらに二日後、屋敷の使用人がわしを呼びに駆け込んできた。
「デズモンド殿、大至急、城内に来て頂きたい」
「何か出たんだな。すぐに行くぜ」
 ノータとわしが城内に駆け付けるとモーヴァラズが待っていた。
「デズモンド殿。あれから城内をくまなく調べましたが特にめぼしいものは見つかりませんでした。ところが本日偶然にも隠し部屋を発見したのです。こちらです」
 天守の下の階の一角にぽっかりと穴が開いており、下への階段が続いていた。階段を降りるとそこは十畳ほどの部屋で机と書棚、照明のための行燈が置いてあった。
「なるほど。こいつは宝の山だ――ノータ、ちゃっちゃっと見てくれよ。誰が何を書いたかはすぐにわかるだろう」
「デズモンド殿」
 モーヴァラズが資料の詰まった書棚を前にして疑わしい声を出した。
「これだけ資料があると短時間という訳には参りますまい」
「いや、ノータは天才さ。俺は言葉に力を込める天才だが、ノータは言葉を瞬時に整理し記憶できる。まあ、見てなよ」
 ノータは小さく笑ってから、おもむろに書棚の二、三冊の紐綴じの文書を取り出し、ぱらぱらと紙をめくり出した。
「どうだ、ノータ、読める文字か?」
「問題ない。ちゃんと読めるよ」
 同様の動きを二、三度繰り返してからノータはこちらを向いた。
「わかったよ。これはモーヴァラズさんのご先祖、モデストングさんの日記だ。書かれている内容は――」
「おい、ノータ、どうしたんだ?」
「あまりにも奇想天外でさすがに上手く説明できる自信がない。もうちょっとだけ時間をくれるかな?」
「おお、もちろんですとも。我が祖モデストングの日記というのがわかっただけでも収穫です。どうぞ好きなだけ時間をおかけ下さい」
「ただでさえ長逗留になってるから、そんなに時間はかけられねえけどな。じゃあ明日またここに集合って事でいいかい」
「わかりました。ところで他の客人の方々は?」
「奴らは好き勝手に地下を散策してるよ。そっちからも面白い発見があるかもしれねえぞ」

 
 翌日、城内の隠し部屋にノータ、モーヴァラズ、GMM、JB、アン、そしてわしが集まった。
「いかがでした?」
 モーヴァラズが徹夜明けで眠たそうにしているノータに尋ねた。
「そうですね。一言で言えば驚愕の内容、詳しくは日記を読んでいただくのが良いと思いますので大まかな中身だけをお伝えしますね――

 

【ノータの報告:バノコの街隠し】
 ――起源武王が行方不明になられた後、この星は混乱に陥りました。武王を支えていた将軍ツォラとケイジの行方までもが知れなくなり、いつ星が滅びてもおかしくない状況となったのです。  そんな中、閃光覇王の捨身の攻撃を受けて開明大司空を失った《享楽の星》が攻めてくるとの噂が広まりました。  一人、星に残った大臣モデストングは苦悩しました。今のままでは一たまりもなく征服されてしまう、如何にすれば領民を守れるだろう。途方に暮れたモデストングはある日、城で不思議な男に出会いました。  その男は言いました。 「《享楽の星》は起源武王が死んだとは思っていない。結局死体を見つけられず、実は《起源の星》に逃げ延びたのではないかと考えている。彼らは武王の姿を求めてヤスミを徹底的に捜索し、きっとこの星を滅ぼす」  モデストングは不思議な男に興味を持ち、どうすればそれを防げるかを尋ねました。  男は快活に笑いながらこのように言ったのだそうです。 「向こうがやって来る前にヤスミの街を地下深くに沈めてしまえばよい。天変地異があったと言えば彼らはあきらめるだろう」  モデストングは失望し、男の下を去ろうとしました。すると男がまた呼び止めます。 「人の話は最後まで聞くものだ。私がこの街を地下深くに沈めてあげよう。その代わり、『封印の山』も一緒に沈めるがよいかな?」  モデストングは居住いを正し、そんな事が可能であれば是非お願いしたい、だが山まで一緒に沈める理由は何なのかと質問しました。  男は軽やかに笑ってから「世の中には知らずにいた方が幸せという事がある。だが君がその孫子の代までこの銀河の秘密の守護者となるのであれば特別に話をしてあげよう」と言いました。  モデストングは悩み、そしてこう答えます。 「偉大なる銀河の歴史に微かにでも名を残せるのであれば、喜んでその秘密とやらの守護者となりましょう」  男はその答えに満足そうに頷きました。 「わかった。それは全てが終わった時に話そう。まずはこの街を地下深く沈める」  こうしてヤスミの街は城もろとも地下に沈みました。あくまでも表向きは天変地異で全てが失われた事にして《享楽の星》の追求を免れたばかりか、援助まで受ける事となったのです。  全てが消え去った地上でモデストングは再び男に会いました。 「あの時はどうすればこの星を救えるのかに夢中で気が付きませんでしたが、何故、彼らはそれほどまでにして武王の安否に執着するのでしょうか?この星には何もないと言うのに」 「ははは、武王が奸計に落ち、チオニに連行された時にドノス王の秘密を知ったからだよ。ドノスの息の根を止めるほどの重大な秘密を」 「……お言葉を聞いておりますと、まるでドノス王が今でも健在のような」 「そんな事はどうでもいいさ」 「封印の山もその秘密に関係があるのですか?」 「あんな小者のためにここまでやらないさ。封印の山にはもっと違う秘密がある。それは――

 

「日記はここまでです」
 ノータが静かに話を終えた。
「ちきしょう。俺の予想をはるかに上回ってたぜ。どうやらそこに出てきた謎の男ってのは――Arhatだな」
 わしの言葉にGMMが頷いた。
「うむ、大地を造ったバノコ、その方なら街を一つ沈める事など造作もないはず。だが何故Arhatが登場したのだ?」
「『夜闇の回廊』を思い出してみろよ。シロンを救ったのもArhatワンデライだったっていうじゃねえか。どうもこの辺りの星にはArhatがよく出没してたらしいぜ」
「山があるから?」とアンが尋ねた。
「かもしれねえな。バノコにとってはヤスミを救うより、その山を人目の付かない地下に沈める方が大事だったのかもしれねえ」
「封印の山……デズモンド、行ってみるの?」
「いや、止めておこう。今のところArhatに盾突くつもりはねえんでな――モーヴァラズ、という訳だ。何か質問は?」

 
「ノータ殿。確かにご先祖の日記によりヤスミが地に潜った理由はわかりました。ですがこれからどうすればいいのでしょうか?」
「それですが、実は別の日記があったんです。でもその表紙には『我が子孫以外、読む事まかりならず』って赤字で大きく書かれていたんでそのままにしています。モーヴァラズさんがそれを読めば答えが見つかるかもしれないですよ」
「わかりました――デズモンド殿、皆様。おかげで長年胸につかえていたものが取れ、すっきりといたしました。できればもう数日この星に逗留して頂けないでしょうか?」
「そうしたいんだけどな。こっから先の秘密を俺たちは知っちゃいけねえような気がする。何しろArhatが隠したがるくれえだしな。悪いがあんた一人、いやこの星の皆で解決した方がいいんじゃねえか」
「もっともでございます。おそらくモデストングはヤスミの街を再び地上に戻す方法も銀河の秘密についても書き記しているでしょう。私はそれに触れ、私の一族がこの銀河の歴史の中で負った役目を全うするつもりです」
「それがいいや。うらやましいなあ。あんたは銀河の歴史に名を残すんだぜ。俺なんて、これだけ色んな星を回ってるっていうのにArhatは話しかけてもくれねえ。一体何をさせたいんだって怒鳴りてえよ」
「デズモンド殿。そんな事をおっしゃらずに。おそらくArhatはあなたがこの星の呪縛を解き放つ役割だと知っていて、ここに来させたのですよ」
「へへへ、冗談だよ。実は俺もそう思ってる――じゃあ行くぜ。また会う機会があるかはわからんが、その時は銀河の秘密が明らかになる時だな」
「私の代か、孫子の代かはわかりませんが」
「いや、きっとあんたの代だよ。これから何十年かの間にその時が来るよ」

 
 シップはヤスミを離れた。
「デズモンド、銀河の秘密を知りたくはなかったのか?」
 JBが運転席から話しかけた。
「正直な話、Arhatが出しゃばってくるとやる気がなくなるんだよ。地道な調査に何の意味があるんだって感じだな」
「半分おとぎ話のようなものだからな。地を這う人間が地道に積み上げた歴史とは――」

「あー!」
 アンが突然叫び声を上げ、会話が途切れた。
「どうした、アン、忘れ物か?」
「ううん、そうじゃないの。遺跡よ、遺跡。きっと封印の山は九つの遺跡の一つよ」
「ああ、遺跡か」とわしは気の無い返事を返した。「かもしれねえな。今は考えが上手くまとまらねえんだ。その件はまたゆっくりと考えようや」

 

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 Report 4 魔王の祠

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