4.4. Report 3 繁栄の御世

Record 3 夜叉王現る

 《享楽の星》の西の都にあるポートにわしらは戻った。
「さて、デズモンド。次は《起源の星》だな」
 JBが質問したが、わしは考え事をしていた。
「……そうだなあ」
「何だよ。まだ何かあんのか」
「ム・バレロの話だけどよ、あれが真実だと思うか?」
「いきなり言われてもな。おい、GMM、どう思った?」
「これまでの《享楽の星》の歴史、そして今の繁栄から見れば真実ではないかな?」
「おめえはそう思ったか、ふーん」
「だがな、これまでに様々な星でシロンの話を聞いた。死んでも尚、皆に慕われるシロン、もしそちらが真実ならば、ム・バレロの話は嘘っぱちという事になるな」
「そうだよな。どっちかが真っ赤な嘘って話だよな。ただどうやってそれを判断すりゃいいんだ?」とJBが言った。

「そんなの簡単じゃない」
 アンが唐突に話に首を突っ込んだ。
「ん、アン、どう簡単なんだ?」
「直接シロンに聞いてみればいい。夜闇の回廊に行くのよ。ム・バレロが用意してくれたガイドは何だかんだ理由を付けて回廊には連れてってくれなかったでしょ。やっぱり怪しいわよ」
「しかし『夜叉王』は伝説に過ぎないだろう」
「あら、そうかしら――あのね、あたしはね、役者の立場で物を言ってるの。シロンを演じるのであれば、やっぱり本人と会話をしておきたいわ」
「何だ、墓参りか」
「そう言っちゃうと身も蓋もないわ。うまく説明できないけど、あたしね、今回の冒険で自分なりのシロンのイメージを膨らませていて、大分シロンその人に近付いていると思うの。でもシロン本人に確認した訳じゃないのよね」
「アン、言いたい事はわかりますよ」とノータが口を挟んだ。「アンはシロンになり切ろうとしている、だからシロンが乗り移ったというか、引き合う何かが生まれたというか――」
「そうなのよ、ノータ。シロンが回廊であたしを待っててくれてる、そんな気がしてならないの」
「わかったような、わからねえようなだけど、こういう事だな。墓参りは必要だ。俺もそう思うわ。じゃあ回廊とやらに行ってみようぜ」
「デズモンド、でも注意しなきゃならねえぞ。どうせム・バレロが見張ってるに決まってらあ」
 JBの言葉にわしは再び考え込んだ。
「こうしよう。一旦ここは帰る振りをする。で、途中まで行ってからそっと北の都に戻ってこようぜ」

 
 ポートへのシップの出入りが途切れた時間を狙って、JBは北の都近くの平地に静かにシップを滑り込ませた。
「着いたぜ。あんまり目立った行動をすんなよ。おれはここで待ってっから」
「私も待とう。大人数で目立ってもまずいしな」とGMMが言い、続いてノータも言った。
「ぼくも待ってます。大将とアンだけで行ってきて下さいよ」

 
 アンとわしは真夜中の北の都の大路に入ってそのまま北を目指した。やがて大きな墓地の鉄柵の前に出て、そこで辺りの様子を覗ってから、柵を乗り越え中に入った。
 しんと静まり返った墓地を歩くわしらの前にそこだけ異質な闇が顔を覗かせた。
「回廊だ」
「そうね、この中にシロンが――お願い、シロン、出てきてあたしと話をして」

 
 アンが回廊と呼ばれる次元の裂け目の前で跪き、祈りを捧げた。わしは傍で突っ立っていたが、突然にあるものに気付き、思わず唸り声を上げた。
「何よ、デズモンド。邪魔しないでよ」
「おい、見ろよ」
 わしは北の空を指差した。そこには二つの月が見えた。月が少し翳ると、その下にもやもやとはっきりしないシルエットが浮かんでいた。
「何よ、あれ」
「決まってんだろ。『夜叉王』が来たんだ」
 確かにシルエットは、腕が四本ある人間に見えた。シルエットは二本あるうちの一本の右腕を上げ、掌を上に向けた。掌の上にははっきりと一人の少女が乗っているのがわかった。甲冑から軍足に至るまで全身菫色に包まれた可愛らしい少女だった。

「……シロンなの?」
 アンが問いかけると頭の中に声が響いてきた。
(あなたはアン、ぼくを演じてくれる人だね。そしてデズモンド・ピアナ。銀河の歴史を紡ぐ人)
「ああ、やっぱりシロン」
(色々と聞きたいんだろ。あまり時間がないから手短に話すよ。まずはデズモンド。あの時にチオニで起こった事を話そう)
 シロンの声がチオニの戦いの一部始終を伝えた。わしは黙って頷き、アンの顔は蒼ざめた。
(……という訳で、ぼくは『夜叉王』に転生した。その時を待つために)
「驚いた。この星には普通にArhatsが出没してたんだな。それにまだ生きてる奴がいるとは」
(慎重なドノスは表に姿を現す事はなくなった。幾つもの次元を越え、何重もの錬金の封印で守られた奥で息をしているのさ。あいつが封印の外に出た時、『夜叉王』も世に現れるんだ)
「ねえ、シロン。それが終われば『死者の国』に旅立ってしまうんでしょ?」
(そう、だってそれが普通じゃないか。スフィアンもドードもいるから平気さ)
「そんなに長い間、生き続けるってどんな気持ちなのかな?」
(生きるって言っても普通とは違うから。あまり時の流れは意味がないね。今みたいに君たちと話をしている時だけ時間が感じられる。こうしている間にも戻らなくちゃいけない刻限が迫ってきてる)

「じゃあ最後の質問にしよう。アン、質問しろや」
「うん――あたし、あなたを上手に演じられるかな?」
(ははは、そんなの心配してるのかい。大丈夫だよ。君ならできる。自信を持って――ああ、そうだ。デズモンド。作者の人に是非伝えて欲しいんだ。ドノスがしでかしてきた、そして今も続けている悪行については、芝居の中で明示しないでほしい。そんな事するとますますあいつは外に出てこなくなるから)
「あ、ああ、わかった」
(大丈夫。君たちのようにぼくに会いに来てくれる人がいるって事は、その日はそんなに遠い先じゃない)
「あんたの想いが成就するのを心から願ってるぜ」
「さようなら、シロン」
(さようなら――)

 シルエットが薄くなっていき、残るのは月と夜空だけだった。
 わしはいつまでも祈りを捧げるアンを促してシップへと戻った。

 
 それからしばらくしてチオニから遠く離れた草原の一角で二人の男が話していた。一人は色鮮やかな飾りを付けたム・バレロ、もう一人は僧衣をまとった青白い顔の男だった。
「ム・バレロ様、連邦のちんぴら共はもう行ったのですか?」
「うむ、昨日の夕方には西の都のポートから出発したと報告があった」
「ほぉ、真でしょうか?」
「どういう意味だ」
「昨夜遅く北の都に不審なシップが停泊していたとの連絡を受けましたもので」
「本当か、マンスール?」

「はい」と言ってマンスールと呼ばれた男は唇を軽く舐めた。「どうやら回廊に向かったのではないかと思われます」
「油断のならない奴らだ。だが行ったとて何が起こる訳でもない」
「果たしてそうでしょうか。私たちだから何も起こらないだけで別の人間であれば違った反応があるかもしれません。万が一、『夜叉王』の言葉を聞く事でもあればこの星の血塗られた歴史が銀河に広まってしまいます」
「面倒くさい事をしてくれるわ」
「お灸をすえねばなりますまい。奴らは今どこに?」
「《起源の星》に行き、それから《魔王の星》に行くと言っていたな――ちょうどいい。わしはこれから《獣の星》に向かわなくてはならない。《魔王の星》で待っていれば向こうからやって来る」
「私もご一緒してもよろしいですか?」
「マンスール、そうやってわしにまとわりついて何をしたい。わしの力でも盗もうというつもりか」
「滅相もございません。《獣の星》に行く目的は?」
「過度の知りたがりは身を滅ぼすが、まあ、いい。クラモントという男がわしに助力を求めてきたのでな。手を貸してやるつもりだ」
「なるほど。では参りましょう」

 

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