4.4. Report 3 繁栄の御世

Record 2 ム・バレロの歓待

「まったく、思わぬ所で時間を食った」
 わしが疲れた素振りで首をぐるぐる回すのを見てアンがはやし立てた。
「何よ、楽しんでたじゃないの?」
「たまには息抜きも必要だ。GMMもJBもそうじゃねえか?」
「おいおい、あんたと一緒にしないでくれよ」とJBが言い、GMMも頷いた。
「ああ、戦いが好きなのはあんただけだ。私はこれでも宗教家のはしくれだからな」
「連邦軍に入りゃ、すぐに将軍になれるのにな。勿体ねえ」
「そのセリフはそのまんま、あんたに返すよ」
「チオニが見えたぜ……でっかい都だな。どこに降りりゃあいいんだ」
 JBがリクエストを送ると西の都のポートに着陸するようにとの返信が返ってきた。

 
 シップを西の都に停め、降りるとすぐに都の人間らしき男が現れた。
「デズモンド・ピアナ殿ですな。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
「へえ、俺が来るのがわかってたんだ。油断も隙もあったもんじゃねえな」
 男は曖昧な笑みを浮かべて、すたすたと歩き出した。

 わしらは仕方なく男についていった。少しすると都の大路と呼ばれる両脇に賑やかな店が並ぶ広い道に出た。大路は数キロに渡って延々と続いているようで今いる場所から都の中心部は見えなかった。
「こりゃあすごいな。ヴァニティポリスといい勝負だ」
「ヌエヴァポルトが銀河で一番だと思っていたが、どうやら間違いだったな」

 しばらく歩くと、ようやくはるか前方に一本の樹らしきものが見えてきた。
「あれが大樹か。こっから見てあの高さって事はかなりのでかさだな」
「星の繁栄の証なんでしょ。早く近くで見たいわ」
 突然に前を行く男が振り返り、にやりと笑った。
「残念ですが、これからご案内するのは大樹のある都督庁ではございません」
 男はそう言って、また無言で歩き出し、しばらくして角を左に曲がった。

 道の左手の黒塗りの塀のある屋敷の前で男は立ち止まった。デズモンドたちが付いてきているのを確認してから屋敷の中に入った。
「おい、一体誰に会わせてくれんだい?」
 薄暗い屋敷の玄関でわしは案内の男に尋ねた。
「お部屋でお待ちですので」
 男は廊下に灯りを点して、部屋のドアをノックした。すぐに部屋の中から返事があったようで、男は頷き、こちらに向き直った。
「それではどうぞ、ごゆっくり。私はこれで」

 
 部屋に入ったわしらを不思議な感覚が襲った。辺りの空間が歪み、立っていられなかった。空間の歪みが元通りになった時には屋敷の部屋ではなく大草原の真っただ中にいた。
 風の吹き渡る大草原の一角に焚火があり、そこでは一人の男が胡坐をかいて座っていた。男は上半身裸に近い恰好で原色の羽根飾りや石のアクセサリを髪に付けていた。
「久しぶりだな。デズモンド・ピアナ」
 男に声をかけられ、わしは焚火に近付いた。
「ム・バレロか。俺が来るのがわかってた――まあ、アンドリューが待ち伏せしてたくらいだからな」
「何を言っているのかわからんな。以前約束したではないか。《享楽の星》を訪ねたら寄ってくれと。今がその時ではないのか?」
「まあいいや。で、何をしてくれんだい?」
「この星には銀河の歴史書を編纂するための調査で来たのだろう。折角だからわしが星の歴史を話してやろうと言うのだ」
「へえ、そいつはありがてえな。よろしく頼むよ」

 

【ム・バレロの語り:《享楽の星》の発展】

 ――そもそもこの星はArhatsの実験場と言われている。チオニは元々が砂漠でオアシスが所々にあるだけの貧しい町だった。
 ある日突然、町の中心に一本の樹が根付いた。町は緑に溢れ、チオニは聖なる樹の庇護の下、飛躍的に成長を遂げる事となった。
 都は樹を中心に東西南北に拡大し、必要なのは四つの都を統治する優秀な王だけだった。

 すると、やはり突然にドノスという若者が現れた。ドノスは宗教家らしい慈愛の心とその明るさで開明大司空と称えられ、チオニを銀河一の都へと発展させた。
 だが当時は混沌の覇者を求める時代だった。ドノスは否応なしに閃光覇王テオ、起源武王カムナビ、暗黒魔王との覇権争いに巻き込まれた。
 そして暗黒魔王を封じた公孫威徳の協力を得た閃光覇王の軍によってチオニは攻撃された。
 その時の閃光覇王の軍勢の凄まじさは、今でも「ツクエが来たら首隠せ」というわらべ歌が唄われている事からもわかるように都の語り草となっている
 チオニを防衛する軍は勇敢に戦い、結局は覇王、ドノス王を始め名だたる将軍は全て討ち死に、都は死人の山を築きながらも守られたという――

 

「これがおおよその歴史だ」
「ふーん、いくつか質問あんだが、いいかい?」
「構わんぞ」
「まずは全て討ち死にって事は、そこにいねえ起源武王が一番有利だったはずだ。何でその機会に攻め入らなかったんだろうな?」
「ふふふ、皆が皆死んだ訳ではないぞ。例えば公孫威徳は生き延び、《武の星》を開いたではないか。それに当時の《起源の星》はそれどころではなかったようだ」
「というと?」
「天変地異に見舞われ、星がほぼ壊滅状態に陥ったのだ。彼らは今でもこの星の援助を受けながら再生に向けて努力している。それほど酷い天変地異だったのだな」

「なるほど。それじゃあ攻め入るどころじゃねえな。次の質問だが《誘惑の星》のシロンの事だ」
「おおかた、『夜闇の回廊』に身を投げ、そこで『夜叉王』に転生したという話であろう。そのような非常識は、商人や旅人が面白おかしく脚色した物語に過ぎん。歴史学者が斯様な荒唐無稽、信じるのは如何なものかな」
「呪術師のあんたが言っても説得力はねえな。でも回廊は実在するんだろ?」
「うむ、北の都にな。だがあれは単なる次元の裂け目。人を転生させる装置などではない。もし真に『夜叉王』に転生したのであればその姿を見た者がいるはずだが、そのような話は聞いた事がない」
「何でえ、残念だな」
「チオニの他の人間にも聞いてみるがよい。『夜叉王』を見た事があるか、とな。その存在は語られるが、誰一人として見た者がいない、これはつまり噂に過ぎんという事だ」
「うーん、その通りかもしんねえな。あんたみてえな呪術師が手を下してれば話は違うんだろうけど、だとしてもチオニを恨む『夜叉王』を呼び出すなんてあり得ねえもんな」
「そもそも、わしにそんな力はない。買い被り過ぎだ」
「そうかね。あんた、かなりの使い手に見えるけど」
「学者から見れば術師は不気味に映る。お前は立派な学者なのだよ」
「けっ、互いに尻がむず痒くなるような会話だぜ――でもありがとよ。ずいぶんと参考になったぜ」
「これからどうするのだ。使用人に言い付けて都を案内させようか、それとも歓迎の食事でもどうかな?」
「そうだなあ。大分途中で時間を食ってるんでそんなにゆっくりはできねえんだ。適当に都を見て回ってから出発するよ」
「そうか。であるなら尚更の事、都の案内が必要だ。初見でこの都を効率的に回るのは至難の技。是非そうしてくれ」
「じゃあご好意に甘えるとするか。またな」
「そのまま元来た道を戻れば都に帰れる。道中気を付けてな」

 

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