目次
Record 5 ルゴスキー神父
結局シロンの生家には寄らず、ミースラフロッホに戻った。緑と湖に囲まれた《誘惑の星》ではカジノが名物となっているらしかった。
誰もシロンの事を覚えてはいないし、誰もシロンの事を語らなかった。
少し物悲しい気分になり、待っていたGMMたちと合流した。
「どうだった……その顔じゃあ、多くは期待できなさそうだな」とGMMが声をかけたので、わしは「まあな」とだけ答えた。
「こっちでも何人かに聞いてみたが、芳しい答えは帰ってこなかったな」
「シロンは可哀そうにな」
わしらは観光シップの最後の目的地、《蠱惑の星》に向かった。一番大きな大陸になだらかな山がそびえていて、その頂上を中心に市街地が開けていた。大きな大陸の周りには小さな島がいくつもあり、そこにも小規模な集落が点在していた。
ポートに着くとすぐに正装した中年男性が走ってきて声をかけた。
「連邦の方々でいらっしゃいますな。どうぞこちらに」
「おいおい、俺たちゃ何も頼んじゃいねえぜ」
「いえ、我が主人のモサン・バンブロスが皆様を屋敷にご招待したいと申しておりまして」
「ふーん……じゃあ案内してもらうか」
屋敷に向かう間に色々と尋ねてみるとダダマスというのが街の名だった。ダダマスの一番の名士がこれから会うモサン・バンブロスという男らしかった。
円形をしているダダマスの街はずれの一段高くなっている所に中世風の城があり、そこがバンブロスの屋敷だった。
「こりゃまたずいぶんと豪華だ。いい暮らししてんじゃねえか」
屋敷に通され、食堂を兼ねた広間で待っているとバンブロスが登場した。
「これは遠い所をようこそおいで下さいました。モサン・バンブロスです」
挨拶を述べたのは、禿げ上がった頭に意志の強そうな眼差しをした精力的な中年男だった。
「俺たちが来るのを何で知ってたんだい?」
開口一番、気になっている事を尋ねた。
「《魅惑の星》のムスクーリ女王とお会いになられたという情報が入ってきましてね。こちらに寄られるのが、いつになるかと首を長くして待っていたのですよ」
「へえ、スパイでも送り込んでるみてえだな」
「ええ、まあ、それは色々とありますよ」
バンブロスは悪びれた様子も見せずに言った。
「あんたは何をしてる人なんだ?」
「ご存じのように、《大歓楽星団》は人々に娯楽を提供しております。《幻惑の星》は大遊園地、《魅惑の星》は最先端の美食とファッション、《誘惑の星》は大人の娯楽、カジノ、そしてこの星ではそのものずばり、『性』を取り扱っております」
「娼館の元締って訳かい」
「ですが私はそれだけでは満足しておりません。このダダマスをヴァニティポリスやチオニに負けない大都会にしたいのです。私は元々ここの鉱山で一山当てたのですが、それだけでは足りない、そこで新しい事業を始めました」
「ははーん、その売り込みで俺たちを呼んだな」
「そう取ってもらって構いません。皆様が武官であれ文官であれ、話を聞いて頂くつもりでした――お見受けする限りは武官の方々のようなので好都合ですが」
「学術肌を捕まえて武官とはな――まあ、いいや。何を売り込みたいんだい。シップかい?」
「いえ、今更シップなど。ピエニオス商会とケミラ工房がシェアのほとんどを占めていますし、革新的な技術もございません。私どもが開発しているのは今までにないものでございます」
「そんな言い方されると気になるじゃねえかよ――」
「ちょっとデズモンド、目的が違うでしょ」とアンが言葉を遮った。
「いいじゃねえか。そっちも聞くから――で、バンブロスさん、その技術ってのは?」
「おお、見て頂けますか」
バンブロスは嬉しそうに言い、立ち上がった。
連れて行かれただだっ広い道場のような場所に全身を金属の鎧で覆った人間が現れた。
「これです」
「こりゃ鎧兜か?」
「いえ、アームド・スーツです。金属と金属の間に人間の能力を最大限に引き出すための工夫が張り巡らされているのです」
「重くて動けやしねえだろ」
「ところがこの山の奥の鉱床で採掘された金属は軽い上に強固、決して動きを邪魔する素材ではなく、しかも頑丈といい事づくめなのです――おい、ちょっと動いてみろ」
バンブロスに命令され、アームド・スーツの男が動きを見せた。言葉通り、金属の重さを全く感じさせず、ステップを踏み、シャドウのパンチを放ち、高いジャンプをしてみせた。
「如何でしょうか?」とバンブロスが得意げに言った。
「まるでブギー・アンドリューだな」
「それはどういう……」
「気にしねえでくれ。独り言だ――で、あんたはこれを大々的に売り込みたい訳だな?」
「左様です。彼は研究所の所員で、特にソルジャー適性訓練を受けた訳ではありませんが、あのように動く事ができるのです」
「確かに悪くねえ動きだが、実戦で使えんのかどうか――いっちょ、相手してやろうか」
「ちょっとデズモンド、いい加減にしときなさいよ」とアンがたしなめた。
「そうは言うけどよ、バンブロスさんもそれをお望みだぜ」
「相手になろうか」と言った時に、バンブロスが小さく微笑んだのをわしは見逃さなかった。
「いや、隠し事はできませんな。では別の相手を用意いたしますので」
デモンストレーションをした研究所員が引っ込み、代わりに別のアームド・スーツに身を包んだ男が現れた。
「よぉ、バンブロスさん。本気出しちまってもいいのかな?」
わしは道場の真ん中でアームド・スーツの男と向かい合いながら言った。
「もちろんですとも。手加減無用で願います」
わしはアームド・スーツの動きを観察する事にした。
パンチが飛んできた。確かに通常の人間のよりは格段に速いが、わしにとっては蝿が止まるようなもんだった。
次に蹴り、そして体当たり、一通りをかわした所で、ある事に気付いた。手の部分を補強しているごつい爪に掴まれた場合は骨を砕かれる、早めに決着をつける必要があった。
「じゃあ、こっちからも行くぜ」
わしは動きを止めて腰を落とした。アームド・スーツの正面に立って、胸の中心部目がけて拳を繰り出した。
アームド・スーツの男は後方に勢いよく吹っ飛び仰向けに倒れたが、すぐに立ち上がった。
「もうちょい、本気で打っても大丈夫か」
飛び込んでパンチを振るうアームド・スーツをかわして、もう一度、さっきよりも強い拳を打ちこんだ。
機械のきしむような嫌な音がして、アームド・スーツの男は倒れたまま動かなくなった。
急いで男に駆け寄りスーツをはずそうとしたが、衝撃で回路が破壊されたせいか、体に張り付いたままびくともしなかった。
「おい、バンブロスさん」とわしは叫んだ。「でっかい鋏みてえなもんでこいつを切ってやってくれよ。早くしねえと中の奴が死んじまうぜ」
薄ら笑いを浮かべて見ていたバンブロスはわしの言葉に我に返った。
「お、おお、そうですな。おい、スーツを切ってやれ」
わしは道場の真ん中に立ってスーツの中の男が救い出されるのを見届けた。
担架で運び出される時に男の姿が一瞬だけ見えた。
「……コウモリ?」
気を取り直して道場の一段高い場所でふんぞり返って見物していたバンブロスに感想を伝えた。
「バンブロスさん、まあ実戦に使えるだろうが、こういうのも想定しとかねえとな」
「いや、全くです。あなたのようにお強い方はそうそういないでしょうが、検討に値します。もっと金属部分の強度を高めないといけませんな」
「あやうく人殺しになる所だったぜ――もっともそこにいる俺の仲間とやってたら、手加減なしで確実に死んでたろうけどな」
「そ、そんなにお強いのですか?」
「まあ、はっきり言っとくよ。戦争こそが文明を発展させるとか考えてんだろうけど、そいつは思い上がりだぜ。人殺しは人殺しだ」
「……おっしゃられる通りですな。肝に命じたく存じます」
「ところでよ、ここまで協力してやったんだ。一つ質問に答えてくれねえかい?」
「何なりと」
「この星にシロンたちの遺物が眠ってる場所があるって聞いたんだけどよ」
「さあ、存じませんな。少なくともこのダダマスでは聞いた事がありません」
「そうかい、ありがとよ」
わしらは豪華な食事をご馳走になり、バンブロスの屋敷を後にした。
夜空には不思議な形の月がいくつも出ていた。
「ねえ、あれ見て。四角い月よ」とアンが言った。
「ええ、それも五つも」とノータも言った。
「さて、どうやって遺物の場所を探すかな」と言いながら、夜道をダダマスの街に向かって歩いていると背後から声をかけられた。
「あの」
声をかけた男の姿にぎょっとした。灰色の翼を背中にまとった、まるでコウモリだった。
「――ああ、さっき俺の相手をさせられた奴か。大丈夫だったかい?」
「はい。おかげ様で。加減してくれたおかげで死なずにすみました」
「ふふん。やっぱりそうか。バンブロスはあんたを実験材料にするつもりだったんだな」
「はい。これも実証データのためという事でした――ただ、いい金をもらえるので」
「おいおい、穏やかじゃねえな。金のために命を差し出すなんてよ。事情は色々あんだろうけど」
「私たちは『空を翔る者』でも最下層に位置する一族です。《鳥の星》にいても浮かび上がれない、そう思ってこの星に出てきましたが……」
「根が深そうな話だな」
「でも私たちはまだいい方です。バンブロスの所有するダダマスの鉱山で働かされている『地に潜る者』に比べれば」
「あんた、何か用があってここにいるんだろ。ただ礼を言いに来ただけじゃあるめえ」
「そうでした。あなた方、シロンの遺物をお探しと聞いたのですが」
「ん、知ってんのか?」
「はい。この大陸ではありませんが、ここから南に下った小さな島に名もない村があります。そこの教会の神父、ルゴスキーという方が遺物を保管していると聞きました」
「へぇ、何でそんな事知ってんだ?」
「出所は勘弁して下さい。この星の解放を願う人間からの情報とだけ言っておきます」
「ふーん、わかった。じゃあ早速行ってみるよ。空を飛んできゃ、そんなに時間はかかんねえだろ?」
「あなた方、空も飛べるのですか?」
「ああ、まあ、こっちのオヤジと眼鏡二人は置いてくけどな。俺と姉ちゃんだけで行くよ」
「でしたら、私と仲間たちが皆様をそこまでお連れします」
男の案内でダダマスの街を出て下りの山道を歩いていると、途中で一人の男が空から降りてきた。
「おい、ティール。そいつらは何だ?」
男たちは皆、コウモリのような翼を背中につけていた。
「この方はな、私の命を救って下さった恩人だ。これからルゴスキー神父の下に行くのだが、力を貸してくれんか?」
「お前、気は確かか。こいつらも『持たざる者』ではないか」
「いや、この方たちは違う。シロンの歴史を調べに来られたんだ」
「学者がどうしてお前の命を救った?」
「込み入った話になるが、うまい具合にアームド・スーツの実験に潜り込めた。これでバンブロスの研究がどこまで進んでいるか確かめられると喜んでいたら、奴の方が一枚上手だった。私を実験台にしてデータを取ろうとしたんだ。この方と立ち合ったのだが、手加減してくれなかったら私は間違いなく死んでいた」
「――お前、赤の他人の前でぺらぺらと」
「わかってくれ。この人たちは信用できる。だからシロンの遺物の場所に案内したいのだ」
「お前が命を張って潜入したのは認めよう。そのお前が言うのであれば信じるしかないな。だが五人は運べないぞ」
「大丈夫だ。こちらのデズモンドさんと女性の方は空を飛べる。もう一人だけ呼んできてくれれば――」
「私なら空を飛べるぞ」とGMMが話に割って入った。「この眼鏡二人だけ運んでくれればいいのではないかな」
「お、おお、心得た――ったく、お人好しめ」
わしらは南の島に着いた。空を翔る者の二人は教会の前で待っていると言った。
「あんたら、ここに来た事あんだよな?」と尋ねたが、ティールは何も答えなかった。
「まあ、いいや。シロンの遺物を叛乱の旗印にでもしようと思ったって所だな」
灯りの消えた教会の扉を開けて中に入った。
すぐに奥からランプを携えた男が小走りにやってきた。
「どなたですか?」
「ルゴスキー神父さんかい。俺たちゃ、シロンの歴史を調べてる歴史学者だ」
「何ですって」
ルゴスキーは慌てて燭台の灯を点け、教会の中はぼんやりとした明るさに変わった。
「よくこの場所がおわかりになりましたね」
「まあね。世の中、持ちつ持たれつ、ってやつだよ」
「なるほど。で、シロンの歴史をお調べという事ですが」
「ここに遺物が眠ってるって聞いてね。話も聞きたいし、遺物も見たい」
「ずいぶん昔の事ですので、正しい話をお伝えできるかどうか――
――ある日、この教会を二人の剣士が訪れたそうです。名はツクエとドロテミス、有名な閃光覇王の剣士隊の一員でした。
二人はこの場所で誰かを待っている風でした。
やって来たのは、どこといって特徴のない若者だったそうです。
若者と二人の剣士はしばらく話し込んで、やがて若者だけが去っていきました。
再び残った二人の剣士は、ここの教会の神父に「自分たちの剣を納めたい」と申し出ました。
神父は快諾し、二人は三振りの剣を差し出しました。
何故三振りか尋ねると、ドロテミスという大男の剣士が「これはシロンの遺品だ」と答えたそうです――
「その遺品は今でもここにあるかい?」と尋ねると神父は頷いた。
「これからお見せいたしますが、一つだけ問題があります――まずはこちらへ」
神父は燭台を手に教会の奥へと消えていった。わしらも急いで神父を追いかけ、地下に続く階段を降りた。
「この先の部屋に置いてあります」
神父は厳重すぎるほど何重にも施された鍵を一つ一つ開錠して、扉を開けた。
わしらの前には二振りの剣が安置されていた。
「大剣はドロテミスの『グラヴィティスウォード』、小剣がシロンの『スパイダーサーベル』です」と神父が説明した。
「ツクエの剣がねえじゃねえか?」
「それが問題でして。ツクエの得物の『鬼哭刀』は呪われているのです。初めは他の二振りと一緒に置いていたのですが、刀によって負傷する人間が後を絶たなかった。そこでお祓いをしてもらう事になりましたが、祈祷師が『この刀は血を吸い過ぎている。手には負えない』と言って匙を投げました。そのような訳で鬼哭だけはそこの別の箱に厳重に保管してあります」
「ふーん、ぞくぞくすんな。ちょっとだけでも見ちゃだめかい?」
「さすがにそういう訳には――」
ルゴスキーが途中まで言いかけると突然に地の底から響くような声が聞こえた。
(別にこのままでも構わん。儂と話をしたいのならばこのまま話をしてやろうではないか)
「あ、あわわわ」
腰を抜かさんばかりに驚くルゴスキーを放っておいて、わしは鬼哭刀に話しかけた。
「耳熊の次は刀と話すとは思わなかったぜ。何であんた、意志を持ってんだい?」
(人を千人も斬れば、刀もただの道具ではなくなる。儂は意志を持ち、自らの意志で人を斬れるようになったのだ)
「へえ、《武の星》の『精神同化』みてえなもんだ。じゃあツクエは千人も人を斬った訳かい?」
(うむ。チオニの戦いだけで八百人近くを斬り捨てているからな――どうじゃ。お主、儂を連れて歩かんか)
「あっはっは、悪いが、俺もそうだし、ここにいる奴らは皆、剣は得物じゃねえんだよ。剣豪が来るまで待つんだな」
(ふ、戦乱の世が再び訪れるのはそう遠い事ではない。もうしばらくの辛抱か)
「その通りだ――ところでシロンについて聞きたいんだが」
(シロンか。可哀そうな少女だったな。ドノスに見初められたがために命を落としたようなものだ)
「ん、どういうこった?」
(知らんのか。シロンはドノスの最愛の人、ハンナに瓜二つだった。だがそんなハンナもドノスに殺されておる)
「ドノスってのは快楽殺人者か?」
(さあ、所詮は羅漢の気まぐれにより産み落とされた存在。儂と同じく何かが憑りついているのだろう。一方ではあの大樹のような善の象徴も造り出しているのにな)
「ドノスはArhatsが直接造ったのか?」
(うむ。あのような狂った存在を造り出した一方で、別の羅漢はシロンの浮かばれぬ魂を拾い上げ、夜叉王へと転生させた。何事も一貫性がないのが羅漢の所業よ)
「何だい、そりゃ。俺たちはArhatsにもてあそばれてるだけって事か」
(一つだけ忠告しておこう。まだバランスが保たれているうちは良い。だが次の戦乱の世ではそのようなバランスさえ崩れ去るかもしれないぞ)
「銀河の滅亡って意味か?」
(さあ、それを考えるのはお主らだ。儂は待ち人が来るのを待つだけだ――)
それきり声は聞こえなくなった。
「デズモンドさん、今のは本当でしょうか?」とルゴスキーが恐る恐る尋ねた。
「よくわかんねえ。だけど刀はふさわしい相手が来るまではおとなしくしてるらしいぜ。良かったじゃねえか」
「どうすればいいでしょうか?」
「簡単だろう。その時になりゃ、誰かが来る。そいつが遺物を任せるにふさわしいと思えば、渡しゃあいいんだよ」
「私にできるでしょうか?」
「確かに責任重大だけどな。まあ、深刻に考えないこった」
別ウインドウが開きます |