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Record 3 魅惑の女王
わしらは夕方近くになって《魅惑の星》行の観光シップに乗り込んだ。
乗船してすぐにノータの疲れ切った表情に気付いた。
「おい、ノータ。大丈夫か。アンに振り回されてご苦労なこった」
「――何言ってるのよ。楽しかったわよね、ノータ?」
「あ、ああ」
「まあいいや。シップでゆっくり寝てきゃあいいぜ。目が覚めれば《魅惑の星》だ」
数時間後、ムスク・ヴィーゴに到着したとの船内アナウンスが入った。
シップを降りるとポートから町の全景が見下せた。歴史を感じさせる華やかな都会だった。
「早速だがムスクーリ家に行くぜ」とわしが言うとノータが目を丸くした。
「いきなりで入れるかな。今でもムスクーリの人たちが住んでるんでしょ?」
「行ってみねえとわかんねえだろ」
市街地行きの車両を待つ間に押し問答をしていると、一台の車両がわしらの目の前で止まり、イサが降り立った。
「ん、イサじゃねえか」
「ムスクーリだろ。話はつけてあるから早く乗りな」
わしらは車両に乗って市街に向かった。
「イサ、おめえ、仕事はいいのかよ?」
「何、ポン引きは趣味みてえなもんだからいいんだよ。言ったろ、正しい歴史を書いてほしいって」
「そうか。助かるぜ」
車両は市街地の一番奥にあるムスクーリ家の屋敷に到着した。
そこは屋敷と言うよりは城塞に近かった。鉄の門の奥にいくつも建屋が建っており、一番奥にムスクーリ家の住居があった。
「さあ、女王がお待ちだ。とっとと行こうぜ」
イサに促され奥の住居に歩いていき、広い部屋で待っていると一人の若い女性が現れた。
「連邦の歴史学者の方だそうね――私はミラ・ムスクーリ」
挨拶をしたのは大輪のバラの花のように美しい女性だった。
「こりゃどうも。俺はデズモンド・ピアナ、こいつらはシップのクルー、ノータ・プニョリ、アン・ハザウィー、GMM、JBだ」
「歴史学者が来ると聞いた時にはどんなおじいちゃんかと思っていたら、まるで海賊の親玉ね」
「そういうあんたも女王って雰囲気じゃねえよ」
「あら、何かしら」
「女優って感じだな」
「まあ、お上手ね。でも美しさだけで言えば姪のヴィーナスには敵わないわ。まだ子供だけど将来が楽しみ――で、ご用の向きはシロンですって?」
「ああ、だがまずは覇王について聞きてえ」
「いいわよ――
【ミラ・ムスクーリの語り:『菫のシロン』】
――閃光覇王ことテオ・ムスクーリは元々《魅惑の星》の戦士だった。幼馴染のドロテミス、ツクエとともに仕官し、当時の王、チキ・ムスクーリの娘、ヴィオラを見初め婿となった。
初めて閃光覇王を名乗ったのはこの星の部族間の争いを諌めた時、それ以来、《幻惑の星》、《誘惑の星》と立て続けに戦に勝利し名声を高めた。
シロンが部隊に加わったのは《幻惑の星》での戦いに勝利した後だった――
「すると、あんたは覇王とヴィオラさんの子孫か?」
「そうなるわね」
「銀河の名家ムスクーリ家は美貌も兼ね備えてるって訳か」
「話を続けるわ――
――シロンは女性である事を隠し、故郷の《誘惑の星》からシップに密航して覇王の軍に志願した。
それほど熱望したにも関わらず、与えられた最初の仕事は覇王の乗り物、耳熊のドードの世話係だった。
しかしシロンは力を見せた。獰猛と言われたドードと心を通い合わせ、覇王の歓心を買い、軍への同行を許されるようになった。
同時に才能を見抜いたドロテミス、ツクエに厳しく鍛えられ、《蠱惑の星》進攻に兵士として参加する事を認められた。
その戦いにおいて覇王軍を窮地から救い出し、勝利へと導く活躍を見せた。
帰りに立ち寄った故郷の《誘惑の星》で邪神ヴェリクを退治した事が星の平定につながったので、シロンはわずかな期間にして名誉ある『閃光剣士隊』の一員となった。
その時の栄誉を称え、ヴィオラは菫色の鎧兜をシロンに授けた。
「戦場にあっても女性である事を忘れてはいけない」との意味を込めて――
わしが尋ねる前にアンが口を開いた。
「シロンが女性だったって事は、皆、知っていたんですか?」
「隠しおおせていると思っていたのは本人だけだったようよ。いくら『ぼく』という男言葉でしゃべってもわかるものでしょう――でも目に浮かぶわ。まるで少年のような華奢なシロンが、大の男に馬鹿にされまいと必死になって肩肘張って戦場を駆け回る姿が」
「あたしにもわかります」
「そうね。あなたも男だけの戦場にいるんだもの――話を続けるわよ
――晴れて覇王の剣士隊となったシロンだったが、重大な問題が持ち上がった。
それは《魔王の星》の暗黒魔王だった。非道の限りを尽くし、周囲の星の文明をことごとく滅ぼした残虐な男だった。
このまま魔王を止めなければ被害は全銀河に及ぶ、という《念の星》の公孫威徳の訴えにより、閃光覇王、《起源の星》の起源武王ことカムナビ、《享楽の星》の開明大司空ことドノスがユグドラジルの大樹の下で一同に会し、魔王対策を練った。その時に《念の星》の代表団にいたのが拳士スフィアンだった。
結局、シロンやスフィアンは協力して魔王を封印したのだけれども、威徳が真の脅威と考えていたのは大司空ドノスだった――
「覇者を目指す者が一堂に集まったって訳か」とわしは口を挟んだ。
「ええ、その日がムスクーリ家の最盛期だったのかも」とミラは少し寂しそうに笑った。
「そいつは一体どういう意味だい?」
ミラは話を続けた。
――実は覇王テオ・ムスクーリは以前から病を抱えていた。治る見込みのない病、銀河の覇権を握るには致命傷だった。
覇王は全力を尽くしたが、牙を向いた《享楽の星》ドノスが起源武王を拉致し、それを奪還すべく《念の星》と《魅惑の星》の連合軍が《享楽の星》に攻め入る寸前に帰らぬ人となった。
覇王の弔い合戦ともなった《享楽の星》進攻、この戦いで多くの人間が死んだ。
シロンとスフィアンもその中にいた。
一説によればシロンは死の際に北の都にある『夜闇の回廊』に、スフィアン、ドードと共に身を投げ、夜叉王となってドノスへの復讐を誓ったと言われている――
「以上がおおよその話ですわね」
「ふーん。何だか最後がすっきりしねえなあ。結局シロンはドノスを討ち取ったのかい?」
わしの質問にミラは小さく首を横に振った。
「わからないわ。私の先祖ヴィオラが、戦地から戻ったドロテミスに確認したそうだけど、こんな風に要領を得ない話だったそうよ」
「いよいよ俺の出番だな。事実を明らかにするつもりだが構わないよな」
「もちろん。シロンの名誉、そして死んでいった多くの人のためにも真実を明らかにしてもらいたいわ」
「任せろよ。で、次はどこに行くのがいいんだろうな?」
「シロンの故郷の《誘惑の星》はどうかしら。後は……《蠱惑の星》、その星にシロン、そしてツクエとドロテミスの遺物が眠ると言われているわ」