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Record 3 バーウーゴル
わしらは《祈りの星》を後にした。
「さあ、次はお待ちかね――」
「ちょっと待ってよ」とアンが言葉を遮った。「この近くにもう一つ文明の存在する星があるってゾイネンさんが言ってたわよ」
「本当か」
「《長老の星》っていうんだって」
「……聞いた事あるな。巨人の末裔が住んでるんだろ?」
「どうやら遺跡があるらしいのよ」
操縦席のJBが「遺跡?」と尋ねた。
「ああ、《巨大な星》にもあるだろ。俺は行った事がないが」
「ヌエヴァポルトの東の島の事か」
JBの言葉にわしは頷いた。
「そこだけじゃねえ。銀河には全部で九つの遺跡があるらしいんだ。で、その九つの場所を明らかにする事ができれば、大変な秘密を教えてくれるって、ある奴と約束をしたんだ」
「へえ、大変な秘密ねえ。勿体付けるね」
「いや、そいつは嘘つくような奴じゃねえ。掛け値なしに大変な情報だと思うぜ」
「ふむ、そんな事をしてサフィの意志に背かないか心配だが」とGMMはそう言ってから居住いを正した。「幾つまで発見した?」
「《巨大な星》、《オアシスの星》、《不毛の星》、そして《長老の星》にあれば四つだ」
「何だ。まだあと五つもあるじゃないか」
「まあ、そう言うなよ。とっととその星に行ってみようぜ」
《長老の星》の大陸には大平原が広がっていた。はるか先には熱帯雨林だろうか、緑の帯が霞んで見えた。
ポートがないため適当な場所でシップを停め、わしらはだだっ広い平原を歩き出した。
「おい、一体どこまで歩かせるつもりだ?」
足が不自由なGMMは歩き出して間もなく文句を言い始めた。
「ああ、そうか。GMMとJBはシップに残ってて構わないぜ。俺とアンとノータで行ってくるよ」
「そうしてくれるとありがたいな」
アン、ノータ、わしの三人は平原をひたすら歩き、やがて緑の木々の生い茂る森の入口に到着した。
森を抜けた所に巨大な建造物を発見した。
「これこれ。間違いなく遺跡よ」
アンが歓喜の声を上げて立ち並ぶ石の柱の一つに駆け寄った。
「ああ、これで四つ目だな」
「ねえ、大将。見てよ。これは足の形を表した彫刻だよ」
ノータが柱に囲まれた中央の石に掘られた彫刻を見て叫んだ。
「《不毛の星》のは目玉で今度は足かよ。《オアシスの星》のもちゃんと見とくんだったな」
夢中になって遺跡を調べていたわしらの背後が突然に翳った。何気なく振り返ったノータは驚きのあまり腰を抜かし、隣で背を向けていたわしのシャツを引っ張った。
「大将、大将」
「何だよ、うるせえなあ」
「後、後」
「後がどうしたってんだよ」
わしは仕方なく振り返り、口笛を一つ吹いた。
「ひゅぅ、こいつは思わぬお出迎えだ」
見上げた先には険しい表情でこちらを見下すように覗き込む巨人たちの姿があった。
「ここで何をしておる?」
地の底から響き渡るような声が聞こえた。
「いや、遺跡の調査をな――あんたらの暮らす星を無断で荒らしたのは謝るよ。だが俺たちは盗賊の類じゃねえ。歴史学者だ」
「歴史学者……『弱き者』の世界のための歴史書を作るのか。ずいぶんと思い上がったものだな」
「あんたらのように忘れ去られた存在になるかもしれねえのに、って意味かい?」
「……それほど無知という訳でもなさそうだ。わしの名はバーウーゴル、この《長老の星》の文字通りの長老だ。名は何と言う?」
バーウーゴルは他の巨人たちを帰らせて一人だけ遺跡のそばに立った。
身長はおよそ三メートル、背の高いわしが見上げて話をするのは久々だった。
「デズモンド・ピアナだ。俺は俺なりに勉強してんだよ」
ノータに目配せをすると、ノータは背中のバッグから一冊の本を取り出し、わしに手渡した。
「この本は『万物誌』って言ってよ、ある人がくれたんだが、初めはちんぷんかんぷんで何が書いてあんのか、ちっともわからなかった。でもちょいと目に力を込めてたら、文字の方から勝手に話しかけてくるようになったんだよな」
「……面白い。お前は文字の力を引き出す事ができる人間のようだな。話を続けてくれ」
「そしたらこの本には、ちぃとばかし面白い事が書いてあったのがわかった。これはよ、Arhatsが今までに造り出した被創造物の百科事典なんだ」
「ふむ」
「あんた、どうせ俺が『今』だけを言ってると思ってるだろ。ちゃんとわかってるよ。これは『最初の世界』から『九回目の世界』までの全ての記録さ」
「ほぉ」
「ちょっとびっくりしたろ。弱き者にそんな事言われたのは初めてだって顔してらあ」
「早く本論に入ったらどうだ?」
「おお、悪い悪い。じゃあ読むぜ――
【デズモンドの解釈:繰り返される世界】
『最初の世界』
創造主は自らに似せた生き物を造り出した。だが彼らに一切の知性を与えなかった。当然この愚かな人形は何の進歩も起こせない。
創造主は彼らの暦で三日待ったが、早々とこの世界をあきらめ、廃止した。
『二回目の世界』
次に創造主は非常に単純な細胞からなる生き物を造り出した。
(まあ、これがいわゆるまっとうな進化って奴だ)
だが創造主はその単調さにすぐに飽きた。同じような実験は他の箱庭で既に行われていたし、今更何の発見もない。彼らの時間で一週間待って、この世界を廃止した。
(実験とか箱庭とかは俺にはよくわからねえが、とにかく面白くねえって事だな――ちなみに『最初の世界』と『二回目の世界』については一切図版が残ってねえ。まあ、当然だ。面白くねえんだから)
『三回目の世界』
今度は、創造主は自らが思い描く空想の生き物を多く造り出した。龍、精霊、聖獣、こういった生き物はこの時に造られた存在である。
この世界は楽しく、創造主も被創造物の優秀さに満足した。
だが一人のArhatが「これは何のための実験だ?」という根本的な疑問を投げかけた事により終了する。
その際に被創造物の優秀さを惜しいと思った一人のArhatが『回収』作業を初めて行う。
『四回目の世界』
創造主は、前の世界で優秀だった龍と精霊だけの世界を造り上げる。龍の持つ完璧な階級制と精霊の持つ完璧な網羅性により、世界は非の打ち所のないものとなる。
だがまた一人のArhatが「面白くない」とけちをつけたために、この世界も終了する。
『五回目の世界』
ここで原点に立ち返ろうという動議提出。だが『最初の世界』での教訓を生かし、知能はあるが、どこか欠けている者たちを造り出す。この時生まれたのが『胸穿族』やら『大足』やら足が前後逆に付いた者やら。
(なかなかこの世界の図版は興味深いぜ)
だがもはや難癖をつけているとしか思えない一人のArhatの「何かが違う」という一言により終了。
『六回目の世界』
前の世界が不十分だったのは『弱き者』だけの世界だったためと判断し、前の世界の住人に加えて『強き者』を造る事とする。ここにワンガミラと呼ばれる『沼地に住む人』も誕生する。
だがこれは惨劇を生み出した。『強き者』は一方的に『弱き者』を殺戮し、一人のArhatが「見るに堪えない」と言った事により終了。
『七回目の世界』
大体の方向性は見えた。『弱き者』と『強き者』の対立の構図に『守る者』の存在を加える。ここに初めて巨人が造り出される。
この世界は適度の緊張と平和のバランスに取れたものとなるが、Arhatsはとうとう「本当に見たいのは弱い者が自らの力で何かを成し遂げる事ではないか」という結論に達し、終了。
『八回目の世界』
再度状況を整理。『弱き者』は創造主に似せた姿の『持たざる者』となる。彼らは知能を持ち、火を使い、道具を使う事によって外敵に対応する事が可能となった。
『強き者』、『守る者』は継続して世界に参加。
これが最善の形態と思われたが――(以下、判読不可能)
『九回目の世界』
全ては振り出し。『持たざる者』を支配する『空を翔る者』、『水に棲む者』、『地に潜る者』が造られる。世界を支配する鍵は龍と精霊。龍と精霊が誰を守護するか、それにより世界は如何様にも転がる。
現時点での最善。世界を支配するために争う際の不確実性こそが――(以下、判読不可能)
「――これが本の内容だ。あんたたち巨人は『七回目の世界』で世に出て、ここまで生き抜いた。だが――」
「何を言いたい。何故、今の世界で巨人が守護者ではなくなったのかを聞きたいのか?」
「あ、ああ。言い難けりゃ言わねえでもいいけどな」
「お前、それを読んで不自然だとは思わなかったか。何故、『八回目の世界』が終わったのか、今の世界に期待するものは何か、の部分が読めなくなっているのを」
「ああ」
「それは今のお前ではまだ早いから読めないのだ――だがその能力、なかなかのものだ」
バーウーゴルは大地を震わせ、大声で笑った。
「ちっ、俺はまだ力不足って事か」
「いや、別に隠す必要もない。その読めない部分を少しだけ教えてやろう――
【バーウーゴルの補足:創造主の発見】
――『八回目の世界』が終わった理由は、そこで暮らす生き物に問題があった訳でも、Arhatsの気まぐれという訳でもない。
ある大きな発見があったためだ。
『最初の世界』から『八回目の世界』の創造と破壊に至る過程で膨大なエネルギーがこの銀河、彼らの言う箱庭だな、に滓のように蓄積しているのにArhatsは気付いたのだ。
彼らは狂喜乱舞した。これこそが他の箱庭とは異なる成果、どうにかしてそのエネルギーの発現を見届けたいと熱望するようになった。
そして彼らが取った手段が――『八回目の世界』の破壊だった。
これにより彼らは更なるエネルギーが銀河に蓄積されたのを確認した。
そしてArhatsは次の世界の創造に着手したが、その際に被創造物の各代表に覚悟のほどを確認した。『エネルギーを発現させるために身を挺す覚悟がありやなしや』とな。
どうやらその時に我ら巨人の代表は明確な意志を示さなかったらしい。考えてもみるがいい、目の前で『八回目の世界』が破壊された記憶が生々しく残る状態でどうして前向きになる事ができようか。
結局、何も知らない空、水、地、そして常々その優秀さを評価されていた龍と精霊は主役となる事を許された。持たざる者は意志すら確認されなかったそうだ――
これが今の世界で我らが単なる飾り物になっている理由なのだ
「……何て言えばいいんだかな」
「同情ならば無用だ。この世界とて間もなく危機に瀕する。Arhatsはそれほど気が長くない」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。さっきからあんたが言ってる膨大なエネルギーってのは――」
「左様。ナインライブズじゃ。Arhatsから見れば今のこの世界はナインライブズを発現させるためだけに存在している」
「身も蓋もねえな。だがナインライブズってのは《古の世界》が滅びた時にすでに発現したって言う奴もいるぜ」
「そんなものはまやかしだ。あれはArhatアーナトスリが腹立ちまぎれに《古の世界》を破壊し、その際に炎が九つの頭を持つ蛇のように見えたというだけの話だ。真のナインライブズは未だ現れていない」
「ウシュケーはその炎を見てバルジ教を興したんだろ?」
「隣の星か。一度あの男もここに来た事があったな。あの男は心の眼を持っていた。だからあの炎がナインライブズではないのを理解していた。やがて起こる本当のナインライブズに救いを求めた、それだけの話だ」
「じゃあ、いつナインライブズが発現するんだよ?」
「これは歴史学者とも思えんな。わしらもお前と同様、過去に起こった事実は深く理解しているが、未来を見通す力はない。そのような力があれば今頃はこの世界で大きな役割を果たしているはず」
「いつまでもナインライブズが発現しねえとArhatsがやけを起こす訳だろ?」
「安心しろ。『万物誌』にも記してある。お前らの不確実性こそが今の世界を存続させている理由。気まぐれなArhatsは完璧に秩序だったもの、予定通りにしか行動しないものは好まないが、予想のつかない事は大好きらしい」
「予想のつかない事?」
「例えばお前自身だ。理論よりも手が先に出る学者、Arhatsから見ればお前は想定外の存在のはずだぞ」
「何でえ。誉めてんのか、けなしてんのか、どっちだよ――でもよ、そのうちArhatsはこの銀河にちょっかい出してくるだろ?」
「わははは」
さっきよりも大地が大きく震えた。
「デズモンド、やはりまだまだ青いな。『そのうち』ではない。もうすでに干渉しているではないか?」
「アーナトスリか」
「それだけではない。砂漠とオアシスしかなかった《享楽の星》に、ある日突然、大樹が出現したのをどう思う。あれは善の心がナインライブズを発現させるかどうかの実験だったとしたら。あるいは『銀河の叡智』をどう見る。褒美を与える事によってナインライブズが生まれるかの実験かもしれないぞ」
「待ってくれ。俺の頭ではもう理解できねえ。この先、どうなるかだけ教えてくれねえか?」
「恐らく褒美の次は邪悪な世界だ。邪悪な存在がエネルギーを解放させうるか――近い内にこの世界は混乱の時代を迎える。Pax Galaxiaとやらの終焉だな」
「そいつは俺もうすうす感じてたんだ。だからこそ平和な内にできる限り銀河の歴史を明らかにしてえって思ってる」
「それでいい。お前が気に病もうが病むまいが混乱は訪れる。出来る事をやるしかない」
「なあ、バーウーゴルさん」
「何だ?」
「あんた、頭いいな」
「わははは。わしは弱き者が嫌いだが、お前は特別だ。久々に楽しませてもらった。気をつけて旅を続けるがよい」
「あ、ちょっと待って」
長い会話の間中、ずっと目を白黒させていたアンが我に返ったかのように口を開いた。
「何だ?」
「この遺跡だけど」
「さっきも言ったろう。我らには未来を見通す力はないと。推測はできるがそれをうかつにしゃべる訳にはいかん」
「じゃあ、これだけ教えて。これまでに《不毛の星》、《オアシスの星》、《巨大な星》、そしてここ、四か所の遺跡があるのがわかったの。あと五か所の場所はどこか教えてくれない?」
「……九か所あると踏んでいる訳か。三か所まではヒントを上げよう。一つ目は深き緑の地、二つ目は忘れられた民の地、三つ目は龍の山のある地だ」
「あーん、それじゃあわかんないよ」
「自分で探してこそ価値があるものではないか?」
「それにあと二か所も」
「こればかりは我らにもわからん。もしかすると誰にもわからんのではないか」
「わかったわ。ありがとう――とってもいい情報も聞いちゃったしね。あなた確か『未来を見通す』って言ったじゃない。あたしたち、この遺跡はずーっと古代の何かの名残だと思ってたの。でもあなたの言葉に従えば未来に何かを起こすためのものって事よね?」
「わははは。これほど愉快な日はそうはないな」
バーウーゴルは笑い続けながら去っていった。
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