4.4. Report 1 巨人との対話

Record 2 覇王の教会

 再び広大な宇宙に飛び出した。シップの操縦をするのはJBと呼ばれる青年だった。
「JB。なかなかいい感じじゃねえか」
 わしが声をかけるとJBは面白くなさそうに答えた。
「まだまだこんなもんじゃねえよ。そのうちおれがいて良かったと感謝する時がくるぜ」
「大した自信だ。で、もう《祈りの星》に着くのか」
「ああ、そろそろ下船準備しておいてくれ」

 
 シップは山を背にした町の近くに降りた。だだっ広いポートには何隻もの大型観光シップが停まっているのが見えた。
「さすがはバルジ教の聖地だ。ずいぶんと栄えてるな」

 ポートから聖地ムシカまでの道程は幾つもの巡礼者の集団と巡礼者相手の土産物屋で賑わっていた。
 わしら五人も巡礼者の一行に混じってぞろぞろと歩くと、やがて道はムシカと書かれた看板を通り抜け、小さな町へと続いていた。
 他の巡礼者と同じように町の中心の広場で立ち止まり、広場の北側を見た。そちらには小高い丘くらいのなだらかな山々が連なっていて、山腹に点々と広がっているのがバルジ教の教えの源、九つの教会だろう。

 一軒の土産物屋に入り、そこの男に尋ねた。
「なあ、あの山の教会を回る事はできるのかい?」
「それならそこの広場で聞きな。教会までの道を教えてくれるから」
「ありがとよ」

 
 巡礼の人々に混じって山の教会を一つ一つ見て回った。それぞれの教会が異なる姿をしていたが全体を通しての統一感は失われていなかった。
 最初に姿を現すのは円形の屋根を持つ『智の教会』だ。そこから少し山道を登れば白亜の石造りの『善の教会』、さらに登ったところに同じく純白だが尖塔が美しくそびえる『聖の教会』があった。
 そこから山道を稜線に沿って歩き、隣の山の上部に位置しているのが平たい屋根の『天の教会』、そこから下って太い柱が特徴的な『王の教会』、麓にあるのが壁一面に民衆の彫刻が施された『人の教会』だった。
 三つ目の山の麓には直方体の箱のような『力の教会』、中腹に重厚な黒い石造りの『悪の教会』、上部にはねじれた尖塔が禍々しくそびえる『邪の教会』となっていた。
 失敗すれば命を取られかねないギリギリの状況の中で建築に携わったウシュケーの強固な意志と弟子たちの生への執着がせめぎ合っている様は圧巻だった。

 
「これだけ教会があるのに一個も鐘が鳴らないというのは本当か?」
 教会を回り終えたGMMがはるか昔に建てられた柱に手を触れながら言った。
「聞いた事があるな。バルジ教の目指すナインライブズによる救済が起こる時にだけ九つの教会の鐘は鳴り渡るって――真実かどうかなんて誰にもわからねえだろう」
 アンがいつの間にか教会の人間と話し込んでいた。アンはその人間を無理矢理に引っ張ってきて言った。
「デズモンド、確認したわ。あんたの言う通りみたい。鐘がその日まで鳴らないのはウシュケーの遺言なんだって」
「は、はい」
 実直そうな教会の人間はわしらの面相に少し怯えたのか、必要以上に汗をかきながら説明を始めた。

 
「ウシュケー様ご存命の頃は鐘もそのままで、朝夕には山々に鐘の音が響き渡っていたのですが、ウシュケー様がお姿を隠されるのと同時にぴたりと鳴らなくなったのだそうです」
「鳴らないように細工したんじゃねえのか?」
「いえ、それが不思議な事に何もしておりません。どれだけ修理をしても鐘は鳴りませんでしょう――もちろん私たちはウシュケー様の意志に背く修理などという真似は致しませんが」
「ふーん、この山に九つの教会の鐘が響き渡る様は荘厳だろうなあ」

「旅のお方。ナインライブズが蘇るのを良くない事とお考えではありませんか?」
「ん、そりゃどういう意味だい?」
「ウシュケー様がその目でご覧になったナインライブズは恐ろしい九つの頭を持った怪物でした。しかし善も悪も、光も闇も何もかもを受け入れ、世界を浄化するナインライブズがそのような姿のはずがないとは思われませんか?」
「いや、でもバルジ教の印自体が九つの頭の蛇じゃねえか?」

「それについてはウシュケー様もずいぶんと悩まれたそうです。《幻惑の星》に布教に赴いた際にワンガミラたちからもらった木彫りの像がいつの間にか旗印となったのです。後で聞いてみるとそれは彼らが信じる終末に現れるといわれる最強の戦士の像だったのですが、そのせいもあってバルジ教がまるで終末思想のように思われているのはご自分の不注意だ、本来は遍く人々を救済する教えなのに、という記録が残っております」
「でもよ、その勘違いのおかげで広まった部分もあるのは否定できねえ」
「……旅のお方、よく御存じですな。確かに《幻惑の星》のワンガミラのように土着の思想と結びつき広まったケースもございます。ですが誤った解釈がまた更に誤った解釈を生み、今では本来の教えからは程遠いものまでもがバルジ教と名乗るような有様」
「それでもいいんじゃねえかい。サフィはアダニアにもプララトスにもウシュケーにも自由にやらせたんだ。本来そういうもんだろ」
「旅のお方。素晴らしいですな。私はここ『人の教会』のゾイネンと申します。よろしければお名前をお聞かせ願えませんか?」
「いや、名乗るほどのもんじゃねえよ」

「実は滅多にお話する事はないのですが、この星にはもう一つ教会がございます」
「は、そりゃどういう意味だい?」
「『覇王の教会』と呼ばれていますが、これについては何の記録も残っておりません」
「当然、鐘は鳴らないんだろ?」
「鐘が鳴らないどころか中に入る事もままなりません」
「うーん、そりゃこういう意味だ。ナインライブズの浄化の後に覇王が現れるんだ。その時を待てって寸法だよ」
「ほぉ、さすが。やはりそういった解釈になりますか」
「適当に言ってるだけさ。あんたらがわからねえ事、俺にわかるはずねえだろよ」

 

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