4.3. Report 3 精霊の誓い

Record 4 龍の幻

「色々あったがここが最後の目的地、《火山の星》だ」
「全く……あの空を翔る者たちは何であんなに野蛮なんだ」
 ソントンが肩を回しながら答えた。
「そう言うなよ、ソントン。お前、もし『リーバルンとナラシャナ』の作者だってばれてたら、ただじゃあ済まなかったぞ」
「ああ、彼らがあんなにリーバルンを嫌っているとは思わなかった」
「俺からすりゃ、リーバルンは人間くさくていい奴なんだがな」
「サフィのように人々を導く役目を期待していたんだろう。それは水に棲む者も地に潜る者も一緒、そうやって考えるとサフィはすごい事をやってのけた訳だ」
「マックスウェル大公とやらの助けはあったけどな――なあ、ノータ、マックスウェルってのは何者だ?」
「わからないよ。情報が少なすぎて」
「ブッソンがくれた石版に『幻の城のマックスウェル大公』って名前が出てくるだけだからな。どんな風体だったのかもわかりゃしねえ」
「まだまだわからない事だらけさ」
「そうだな。そいつらを一つ一つ解明していかなきゃならねえ――これから向かう《火山の星》だって龍の伝説があるらしいぜ」

「龍か……謎の種族じゃな」
 ノータとわしは突然に背後から声をかけられて飛び上がった。声をかけたのは《鳥の星》で引き取った老人だった。
「――何だ、じいさんか。シップに乗り込んだ瞬間から寝こけちまったから死んだかと思ってたぜ」
「すまん、すまん。礼も言っとらんかったなあ」
「そう言えばじいさんの名前も聞いてなかった」
「そうじゃな――王(わん)とでも呼んどくれ」
「そうかい、このシップは《火山の星》に向かってるんだが」
「大いに結構じゃ」
「何だ、そこの出身か」
「いや」
「おいおい、それじゃあだめだろう。家はどこなんだい?」
「さあ」
「困ったな、いつまでも連れて歩く訳にもいかねえし」

「デズモンド、ちょっと」
 操縦席にアンと並んで立っていた転地が声をかけた。
「そのご老人だが――《武の星》に連れて帰ろう」
「でぇーっ、こんなぼけたじいさん、見捨てる訳にもいかねえが、連れ帰ってどうすんだい」
「ほっほっほ、さすがは公孫威徳の末裔、名家の血筋は人を見る目があるわい」
「ほら、デズモンド、ぼけているんではないんだよ。大体ぼけていて、あの《鳥の星》の岩山を登れるはずがない。むしろただ者ではない何かを感じるけどね」
「そこまで転地に褒められてはお返しをせねばならんな。ではマックスウェルの話でもしてやろうかの」
「お、おい」
「まあ、黙って聞くがよい――

 

 ――マックスウェルとは『異世界の大公』またの名を『死者の国』の王、この銀河ではない別の宇宙の存在。Arhatsに並ぶ力の持ち主ながら彼らとは一線を画し、通称『死者の国』と呼ばれる場所の上で暮らす。
 退屈を嫌い、この銀河に異変のある時はちょっかいを出してくる。例えばサフィに対してシップを作れと告げた時――

 

「あなたは一体」と転地が言葉を詰まらせた。「王先生とお呼びしてもよろしいですか?」
「王先生か、そりゃいいや。で、先生よ。マックスウェルは今でも生きていて、どこかに顔を出してるんかい?」
「さあなあ、今は平和な時代じゃ。そんなものには興味がないじゃろう」
「ふーん。しかしこんな話ができる先生もマックスウェルに負けず劣らず長生きって事だよな」
「まあ、わしの事はいい。それよりもこれから行く《火山の星》じゃが」
「何だよ、まだ何かあんのかよ」
「龍はまだ目覚めておらんじゃろうなあ」
「先生は龍を見た事があるのかい?」
「ほっほっほ、どうじゃろうな」

 
 やがて《火山の星》が見えた。大陸の中心部に大きな火口が口を広げ、噴煙を上げていた。麓の方には一つだけぽつんと町があるのがわかった。
「しかしこんな星に住んでるとはすげえな。町の近くに降りてみようや」
 わしらは麓の町に入っていった。外を歩いていた男を捕まえて尋ねた。
「なあ、ここの一番偉い人のお屋敷はどこなんだい?」
「ああ、『火山候』ね。あの」と言って男は火山を指差した。「ヴラセンのとば口にいらっしゃるよ」
「わかった。ありがとうな」

 
 再びシップに乗り込み、火山の火口付近まで上がった。確かに火口のとば口に城が建っていた。
 ようやく降りられる場所を見つけシップを降りると王先生が言った。
「お主たち、わしはちょっと龍の様子を見て来るから、また後でな」
 王先生は噴煙で視界が効かない岩だらけの火口の周りをぴょんぴょんと飛ぶように走って行ってしまった。
「あのじじいは化け物か――まあ、いいや。城に入ろう」

 
「連邦の方がこんな星に来られるとは」
 顔に深い皺が刻まれた哲学者のような風貌の男が挨拶をし、わしらも挨拶を返した。
「『火山候』、何だってこんな危険な場所に住んでるんだい?」
「私たちはこのヴラセン火山と共に生きています。もしもヴラセンが大噴火すれば多くの犠牲者が出るでしょう。誰かが火山を見張っていなければならない。私が犠牲になる事で多くの人が救われるのであれば、私は喜んでこの身を差し出しましょう」
「へえ、あんたといい、フロストヒーブといい、ファイアストームといい、精霊は皆偉いなあ――ジュヒョウは違ったけどな」
「ほぉ、世に言う『四大候』全てに会われましたか。なかなかジュヒョウには会えませんから」
「何が理由なんだい?」
「他の二人がどう考えているか知りませんが、私は《古の世界》を見捨てる結果を招いた祖先と同じ真似はしたくないと考えているのです」
「そりゃあどういう意味だ?」
「私たちの祖先は星がどうにもならないのを悟るとその姿を隠してしまったそうです。ところが龍族は違った、彼らは最後まで《古の世界》のために戦い、その命を落としたと言われています。私はあの時の龍族のようにこの身を捧げたい、それが生まれた証だと信じています」
「ふーん、大したもんだな。そう言えば、この星には龍の伝説があるって話だが」
「ええ、私も一度だけ噴煙の中に浮かぶシルエットを見ました。あれが煙のいたずらか、本物の龍かまではわかりませんでしたけれども」
「じゃあ王先生も無駄足って訳か」
「何ですって。誰か火口に行ったのですか。足場も悪く、いつ火山弾が飛んでくるかもわからない危険な場所です。すぐに止めないと」
「あのじいさんなら平気じゃねえかな。普通の人間とは違うみてえだから」

 
 そこに王先生がひょっこりと顔を出した。
「邪魔するぞ」
「よぉ、先生。龍には会えたかい?」
「いや、まだその時にあらず。気配はしたが会えんかったわ」
「もしかするとあなたは――」
 火山候が王先生におずおずと話しかけた。
「ふふん、ボルケーノ。おしゃべりは好かれんぞ」
「はあ」

 
 火山候の城にしばらく滞在した後、再びシップで出発した。
「さて、これにて第一回大航海は終了だ。転地、《武の星》まで送ってくぜ」
「デズモンド、本当に何と礼を言えばいいのか」
「いいって事よ。こっちこそ腕の立つ奴がいてくれて助かったぜ」
「ヴァジュラは家宝にするよ」
「使いこなせる奴が現れたら使わせるんだな。飾っといても仕方ねえ――王先生、転地の言う事をよく聞くんだぜ」
「ほっほっほ、わかっとるわい。あんたも達者でな。それはそうとお願いがあるんじゃが」
「言ってみろよ」
「この先の冒険で龍族に出会ったら、わしの名前を出して欲しいんじゃよ」
「わかったよ。龍族の偉いじじいが探してる、とでも言えばいいのか」
「余計な事は言わんでよい」
「ははは、あんたにゃもっと昔の話を聞きたかったな。《巨大な星》にも遊びに来てくれよ」
「ああ、飽きたら遊びに行くわい」

 

別ウインドウが開きます

 File 4 第二回大航海

先頭に戻る