目次
Record 3 尋問
わしらは《地底の星》を出発した。
「デズ。次の目的地は?」
「皆、喜べよ。ようやく帰り道だ。《鳥の星》、《火山の星》、それでおしまいだ」
「長かったわね。すぐに女優になるつもりだったのにとんだ体験をしちゃったわよ」
「悪かったな。アンフィテアトルに戻ったらオーロイがお前のために素敵な役を用意してくれてるはずだ」
「本当?……でもソントンがここにいるって事は新作じゃないわよね?」
「細かい事は気にすんな。とりあえず旧作のキャストでもラッキーじゃねえか。それとも次の大航海にも参加するか?」
「……考えとくわ」
「ふふん、素直じゃねえな――ところで転地よ。お前はこのまま《武の星》に寄ってお別れでも構わないぜ」
「デズモンド、ここまで一緒にいて水臭いな。最後まで旅を続けさせてくれ」
「ははは、どいつもこいつも冒険好きだ。故郷が近くなって憂鬱な顔してんのはソントンだけだな」
「それはそうだ。帰ったら、また『新作を書け』の催促の嵐だからな。憂鬱にもなるさ」
「今回の冒険でぴんとくるネタはあったか――ジュヒョウの話なんてどうだ?」
「デズ、それではミステリーだ」
「そうかい。ロマンチックな話にはなりそうもねえか」
「さすがにな――あのカザハナとかいう名の精霊だけは気になったけれどね」
「まあ、そのうちいい題材にお目にかかれるだろうよ。あせらねえ事だ」
「そうであってほしいね」
《鳥の星》は弱い陽射しの中で霞がかかったように煙っていた。大陸の中央部に一際高い台形の山があったのでその中腹にシップを停めた。
「俺たちは頂上に登ってみる。ソントンとノータはここで待っててくれ」
転地、アンとわしの三人は岸壁をよじ登り、頂上の台地にたどり着いた。
「……やばい雰囲気の場所に来ちまったか」
「デズモンドもそう思いますか。どうも見張られているようですね」
転地の言葉が終わらないうちに空から五、六人の男たちが降りてきた。どの男も背中に黒い翼が生えていた。空中にはさらに十人程度が待機していた。
「貴様ら、何をしに来た?」と一人の黒い翼の男が尋ねた。
「俺は歴史学者だ。銀河の歴史を調査している」
「ははぁん、貴様らか。海賊だか何だかを退治していい気になっているというのは」
「情報が早いじゃねえか。だがいい気になってるっていうのは間違いだ。もう少し優秀な奴から情報を仕入れるこったな」
「……貴様、自分の置かれた状況がわかっているのか」
黒い翼の男は槍を構えて目の前でちらつかせ、後ろの男に向かって何かを合図した。すると上空に新しい黒い翼の男たちが現れたが、彼らはソントンとノータを羽交い絞めにしていた。
「てめえら」
「あの二人をあそこから落としたっていいんだぜ」
「どうすりゃいいんだよ」
「無駄に抵抗するなって事だ」
黒い翼の男の槍の先端がわしの頬に軽く触れた。
「おい、ポロキス、何をしている?」
黒い翼の男は槍を引っ込め、「ちっ」と舌打ちした。
「ようやく話のわかりそうな奴が来たか」
翼の男たちをかき分けて前に進み出たのは、これも黒い翼の男だった。
「……持たざる者よ。何をしに来た?」
「あんたは誰だい?」
「失礼した。おれはイスドロスキス。この星の『空を翔る者』をまとめている」
「俺はデズモンド・ピアナ。こいつらはシップのクルーだ」
「この場所は我らの聖地、勝手に入って良い場所ではないぞ」
「そいつは悪かったな。謝るぜ。まずはあの二人を降ろしちゃくれねえかい」
イスドロスキスは空中の黒い翼の男たちに降りてくるように命じた。地上に降りたソントンたちは黒い翼の男を振り払うようにこちらに走り寄った。
「荒っぽい真似については詫びよう。で、お主らの目的は?」
「俺は歴史学者だ。俺たちゃ、銀河の歴史を明らかにするためにここに来たんだよ」
「ふむ、銀河の歴史か。だがそれはお主らの側から見た歴史だろう」
「どういう意味だ?」
「お主ら持たざる者が銀河の支配者となり、我が世の春を謳歌している話をどうこうするのに、おれたちに何かを聞いても無駄だろう」
「――あんたたちはリーバルンの時代の事実が世に出るのを望んじゃいないのかい?」
「ふん、リーバルンか。そもそもはあ奴が腰抜けだったばかりに今のような不遇の時を過ごしているのだ。お主らにすれば胸のすくような話だろうがな」
「俺はよ、わかり合うのは難しいと思ってる。でもわかり合えないのを理解した上で共に生きてくのすら難しいのか」
「きれい事を言うな。わかり合えないのであれば協力する必要はないだろう。現にデルギウスは持たざる者だけのための秩序を作ったではないか」
「……どうやら話は無理みてえだな。だが《地底の星》みてえに門前払い食らわなかっただけ良しとするか」
「デズモンドとやら。一つだけ忠告しておこう。おれたちはこのまま黙っているつもりはない。それは『水に棲む者』も地に潜る者も同じだ。いつの日か、おれたちの逆襲が始まるからそのつもりでいろ」
「わかったよ。それが聞けただけでも十分だ。邪魔したな」
「おい、お主ら」
ソントンとノータを介抱しながら去ろうとしたわしらにイスドロスキスが声をかけた。
「まだ何かあんのかよ」
「もう一人連れていってくれんか――おい」
イスドロスキスは一人の男に命じ、しばらくすると男は小さな老人を連れて戻った。男は乱暴に老人をこちらに追い立て、老人はよろよろとわしの腕の中に倒れ込んだ。
「じいさん、大丈夫かい?」
「ったく。老人は労わるもんじゃ」
「おい、こんなじいさんが何かしたのかよ」
「お主らと一緒よ。聖地に無断で入り込んだ」
「へぇ、じいさん、やるなあ。ここまで登ってくるのは並大抵じゃねえぞ」
言われた老人は黙ってにこにこしていた。
「このじいさんを引き取ればいいんだな」
「うむ。食事をとる訳でもなく眠る訳でもない、その不気味なじじいを連れていってくれ」
「お、おう」
わしらはシップに向かって丘を降りた。見送るイスドロスキスにポロキスが声をかけた。
「いいのかよ。行かせちまって」
「あのデズモンドという男はあれでもずいぶん良くできた方だ。あいつを殺してもこちらの得にはならん」
「けっ、おれから見りゃ、持たざる者なんてどいつも同じだ」
「そう言うな。わかり合えないからと言って、はなから努力を放棄したのではおれたちもデルギウスと同じだ」