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Record 2 フロストヒーブ
シップは《精霊のコロニー》と呼ばれる星団に突入した。
「おい、転地。教えてくれよ。どの星に着陸すればいいんだ」
わしの問いかけに転地は星団の星の大気と地表の様子を調べた。
「うーん、難しいですね。温度が高い星、湿気の多い星、風が吹き荒れる星……やはり精霊の暮らす場所は違いますね」
「それぞれに適した精霊が暮らしてんだろうなあ」
「あ、ここはどうでしょう。岩山が多いですが――どうやら宮殿らしき建物もありますよ」
「決まりだな。そこに着陸しよう――なあ、転地、ついでに教えてもらいてえ事があるんだが」
「何ですか。改まって」
「《武の星》では『五元』を重んじてるじゃねえか。例えばお前は土の属性、親父さんは火の属性だ。同じように水や風もいるんだろうが、金の属性なんて現れるものかい?」
「歴史上唯一人、《将の星》の最初の指導者、附馬金槍がその名の通り、金の属性だったそうです。彼は公孫雪花と結婚しましたが、その後はどちらの星にも金の属性は現れていませんね」
「ふーん、精霊も同じかな?」
「さあ、『五元』と精霊界が同じなのか、私は不勉強で」
「まだまだ知らねえ事は多いもんだ。まあ、歴史学者の俺には関係ないし、よしとするか」
シップは岩だらけの星に着陸した。シップから降りて宮殿らしき建物に向かって歩くと一人の人物がやってきた。
その人物は恐る恐る話しかけた。
「何かご用でしょうか?」
「ああ、驚かせたならすまなかったな。実は『開拓候』、フロストヒーブに会いたいんだよ」
「あなた方は人間ですよね?」
「そうだよ。歴史を研究しているデズモンド・ピアナってもんだ」
「学者――ミネルバさんのご同僚ですか?」
「ミネルバ……誰だい、そりゃ――」
「横から失礼」と言ってソントンが会話に口を挟んだ。「ミネルバというのはミネルバ・サックルローズですかな?」
「やはりご同僚の方でしたか。ようこそ『土のコロニー』へ」
「ミネルバはこんな遠くまで来ていたのか――」
「外は物騒なようですが、ここではフロストヒーブ様がお守りしていますから」と精霊が答えた。
「ん、どういう意味だい?」
「詳しくはは本人に聞いて下さい。フロストヒーブの下に案内致します」
宮殿に向かう道すがら、わしはソントンに「ミネルバとは誰か」と尋ねた。
「ああ、連邦大学の同僚さ。まだ若い女性なんだが――しかし不思議だな。私たちが苦労してやっとここまでたどり着いたというのに彼女はすでにここを訪れていたなんて。どうやってここまで来たのだろう」
「さあな、そのねえちゃんは次元を越える能力でも持ってんじゃねえのか。何を研究してるんだ?」
「言語学だ。銀河の言語体系をまとめているという話だったな」
「ほっとしたぜ。同じ歴史学者だったとしたらそんな能力者には勝てないからな」
「デズモンドらしくない殊勝さだな。まあ、私に言わせれば、統一された言語体系よりもそれぞれの星の固有の美しい言葉で綴られた文学にこそ価値があると思うがね」
「銀河レベルのベストセラー作家が何言ってんだ」
「そうやってプレッシャーをかけんでくれよ。『リーバルンとナラシャナ』だって君の話がなければ書けなかったんだ。今だってホアンや色んな人間に新作を書けと急かされているのに何もアイデアが浮かんでこない。私には才能がないのかもしれない」
「まあまあ、そのうちびっくりするようなネタが降ってくるって。慌てんなよ」
土を固めて作られた宮殿に入ると一人の男が待っていた。わしらは挨拶を交わしたが、どこか違和感を覚えた。
「……フロストヒーブさん、言いにくい事なんだけどよ」
「何でしょう。ははあ、あなた方、ここに来られる前に『錬金候』に会いましたね――左様、ジュヒョウは私の双子の弟です」
「道理で似てる訳だ。でもあんたは精霊のために尽くしている。弟はネクロマンシーに身を捧げている。色々あるもんだな」
「弟の所業については私も胸を痛めています。いつか取り返しのつかない事をしでかすのではないかと心配で」
「心配すんなよ。邪法は栄えやしないってのが歴史の教訓だ」
「それならいいですが。最近では《享楽の星》と交流を深めているらしいので」
「そりゃ大いに問題だな。それよりソントン。お前の友達の事を聞くんだろ?」
「あ、ああ」
話を振られたソントンが口を開いた。
「ミネルバ・サックルローズとはどういうご関係で?」
「彼女は素晴らしい女性です。私は彼女と将来を誓い合っています」
「ふむ、それは素晴らしい。しかし精霊と人間が結ばれるというのは、おとぎ話の世界でしか聞いた事がありませんな」
「かあーっ、ソントンは頭が固いね。そんな事言ってっから、銀河は一つにならねえんだ」
「ご指摘の通りです。この世界は『リーバルンとナラシャナ』の頃とあまり変わっていませんよ」
「だよな。実は俺はある人物から『万国誌』っていう本をもらったんだ。それには銀河のあらゆる種族が記されている。だけど俺が思ったのは、そいつらが種族の垣根を越えて結び付けば、そのハーフが生まれていって、種族の数は膨大なものになるはずなのに、実際はそうはなってねえ――ちょっと話が脱線しちまったかな」
「デズモンド殿の言われる通りです。古い言葉で恐縮ですが、今の銀河は『持たざる者』のための世界、他の種族は片隅に縮こまってひっそりと生きているような状態です」
「ところで、その」とソントンが顔を赤らめて尋ねた。「子供ができた場合はどうなるのかね?」
「その事ですか。精霊が男性であっても女性であっても子供は女性の腹から出てくるのではないかと思っています。私たちのように大自然から発生するという精霊の法則は当てはまらなくなるようです」
「そうでしたか。ではミネルバも?」
「ええ、彼女の研究は片が付いていませんから、まだ先の事でしょうけれども」
「いつまでもそんな事をしていると、あっという間にしわくちゃのお婆さんになってしまうのにな」
ソントンの言葉にフロストヒーブは小首を傾げた。
「ソントン殿。ご存知ありませんでしたか。彼女自身が特殊な、極めて長命な種族の出身だというのを?」
「確か《狩人の星》の生まれだと言っていたかな」
「そうです。その星の中でも『アラリア』と呼ばれる民族の生き残りで、今ではミネルバを含めて数人しかいないそうです」
「ほぉ」
「もしも《狩人の星》を訪れる機会があれば、バスキア・ローンという青年に是非会って欲しいとミネルバが言っておりました。私は雑事に追われて行く機会がないのですが、代わりにお願いしてもよろしいでしょうか?」
「キャプテンに聞いてみないと――おい、デズ。行く予定はあるか?」
「……今回は無理だな。でもフロストヒーブさん、俺も機会があれば、そのアラリアとかの存在を銀河に知らせるよ」
「おお、そうして下さいますか。彼女も喜ぶはずです」