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Record 3 転地の同行
シップは《武の星》の開都の上空に到着した。ポートの使用許可をもらいシップを停泊させ、下船した。
「変わった都だが賑わっているな」
ソントンの言葉をアンが即座に否定した。
「もう、もっと素直に言いなさいよ。きれいだって」
開都の大路は濃いピンクの花に一面覆われていた。道の両脇と中央部に植えられた木が枝を広げ、道の上にピンクの絨毯を敷き詰めていた。
「この道の突き当りが都督庁だな。まあ、花を愛でながらゆっくりと歩いて行こうぜ」
一本道の大路の端に都督庁の建物があった。わしは入口に立つ兵士にトーグルの名を告げた。兵士はすぐに奥に引っ込み、また戻ってきて、わしらは中に通された。
建物の二階にある部屋で待たされていると二人の男が入ってきた。
よく日焼けした顔に意志の強そうな目をした坊主頭の男と、その息子だろう、辮髪の若者だった。
「これはお待たせした。都督の公孫炎達でござる。こちらは倅の転地と申します」
「どうも」と言ってわしは全員を紹介した。
「デズモンド殿たちは連邦支配地の外に出て行こうとされておるのか――正直、危険ですぞ。連邦軍に追いやられた海賊たちがひしめき合っていますからな。それに拝見する限り、デズモンド殿以外にご自分の身を守る事ができるお方はいなさそうですし」
「急遽、このアンっていうガナーを見つけたんだけど、まだ心もとない。でもどうにかなるでしょうよ」
「いや、それはいけない。パトロンであるマザー・アバーグロンビーにも迷惑がかかる。それに一度悪い評判が立てば、二度とパトロンになろうと言う人間は現れませんぞ」
「そんなもんかね」
「――転地。お主、デズモンド殿に随行せよ。いい機会だ、世界をその目で見ておくのだ」
「うひょぉ、息子さんが一緒に行ってくれるのなら心強いや。転地さん、よろしく頼むぜ」
「転地で結構です。若輩者ですがよろしくお願いします」
「転地は幾つだい?」
「十九です。五元楼での修行を終え、連邦大学に進むべきか、進路を考えておりました」
「得物は?」
「剣を少々」
「大学よりも実践の方が色々と身に付く事は多いや――おい、アン、嬉しそうじゃねえか」
「ええ、あたしより年下の子が入ってきたからこき使われなくて済むわ。それにおじさんたちの相手もしてもらえるし」
「馬鹿野郎、俺はこう見えても三十になったばかりだぞ。ソントンと一緒にするんじゃねえ」
「えっ、そうだったの。こんなふてぶてしい三十歳なんて見た事ないわ」
「ははは、良い仲間ですな。転地、お言葉に甘えて鍛えてもらえ」
「はい。ところで次の目的地はどこでしょうか?」
「ああ、《海の星》だが」
「その前に行ってみたい場所があるのですが」
「ふぅん、そりゃどこだい?」
「この星の近くに《不毛の星》と呼ばれる無人の星があります。そこには古代遺跡があると言われています」
「おっ、転地、わかってるなあ。俺はそういうのに目がないんだよ。早速、行こうじゃねえか。じゃあ炎達さん、息子を借りてくぜ」
小さな星の上にわしと転地が降り立った。
「アン、シップで留守番しててくれ。ソントンとノータの警護を頼む」
「わかったわ」
わしらは砂嵐の吹き荒れる無人の砂漠を進んだ。
「今日はどうやら邪蛇は出てこないようですが、砂嵐がいつもよりもひどいですね」
「ん、邪蛇、何だそりゃ?」
「この星の遺跡を守護すると言われる巨大な蛇です」
「へえ、恐れをなして出てこねえか。ちょっと残念だな」
「好都合です。先を急ぎましょう」
やがてすり鉢状の大地の底の部分に到達した。石の柱が円形に立ち並んでいる中に入ると、そこにはマンホールの蓋を何十倍にも大きくしたような円形の石が置いてあった。石の上には目だろうか、不思議な彫刻が施されていた。
「おい、転地。これは何だ?」
「さあ、私にもわかりません」
「……これに似たもんをどっかで見た覚えがあんだよな――おっ、そうだ。《オアシスの星》にも同じような石の柱が立ってる遺跡があった。こんなにきれいに彫刻は残ってねえけどな」
「何か関係あるのでしょうか?」
「さあ、何とも言えねえなあ。二人じゃこの石の蓋をどかす事もできないだろうしな。今日の所は戻ろうや。いつか誰かが解明してくれんだろ」
「そうですね。では《海の星》に行きましょう」
わしらは帰り道を急いだ。シップが見えるのとほぼ同時に異様なものが視界に入った。巨大な蛇のシルエットがシップを覗き込んでいた。
「あ、あれは……邪蛇」
転地の言葉に反応したのか、シルエットはこちらを向いた。
(何をしにきた。お前の来る場所ではないぞ)
「……こいつは、この蛇が話しかけてんのか」
(立ち去れ。所詮お前には関係のない場所)
「そんな事もねえだろう。《オアシスの星》にだって同じような遺跡があんだぜ。他の星にももっとあるんじゃねえか?」
(なかなかの勘をしているな――ではこうしよう。残りの遺跡を全て見つけてこい。その時にはお前に遺跡の秘密を話してやろう。もっとも全ての遺跡を見つけられるなら、話す事など何もないがな)
「面白い。だけど全部で何か所あるかくらいは教えてくれよ。そんくれえはいいだろう」
(……それはお前が心に思い描いている通りの数でいい)
「何だよ、そりゃ」
(この遺跡がナインライブズに関係すると考えているのであれば、その数でいいと言っているのだ)
「けっ、こっちの考えはお見通しかよ。じゃあ、後七か所見つけてから来るぜ」
その時、シップの中からアンの大声が響いた。
「六ヶ所よ。《巨大な星》にもあるから」
「はははぁ、こいつは思ったより早く見つかるかもしれないや」
(……無理をせずに旅の途中で偶然見つける事だ。こんな事を旅の目的にしてはいかん)
「その気にさせといて何だよ――わかったよ。じゃあ適当にやらあ」
(そうしておけ。お前の為すべきはもっと違う事だ)
それきりシルエットは消えた。