4.2. Report 1 歴史学者

Record 2 報告

 ――わしはバーの扉を勢いよく開けて店に入って、まっすぐに奥の席に向かって大股で歩いた。おおよそ店の雰囲気にそぐわない真っ赤な厚手のシャツに迷彩模様のごわっとしたパンツを履き、頭には派手な模様のバンダナを巻いていたが、何よりもその容貌が店の雰囲気にそぐわなかったのは事実だ。身長は二メートル近く、赤銅色に日焼けした肌、鋭い視線、無精ひげを生やした姿は漁師か、はたまた山賊の首魁にしか見えないと言われていた。

 わしは無言でテーブルの奥のノータの隣の席に当り前のように腰をかけた。
「何だ、先生、来てたのか――ん、隣は?」
「彼は《鉄の星》の王、トーグル・センテニアだよ」
「デルギウスの末裔か。デズモンド・ピアナだ。よろしく頼むぜ」
「こちらこそよろしくお願いします。デズモンド様は何をされている方ですか?」
「止せやい。『様』なんて。デズモンドって呼び捨てでいいぜ。俺は――」
「デズモンドは」とソントンが補足した。「正確には歴史学者という事になるかな。実は私の『リーバルンとナラシャナ』もデズモンドの聞いた話を元に書いたものなんだよ」
「えっ、本当ですか?」
 トーグルが驚いて聞き返した。

「本当だよ。俺は《オアシスの星》の生まれなんだがな、隣の《沼の星》に行った時にブッソンっていう《古の世界》のくたばりぞこないのでかい魚に会って、リーバルンとナラシャナの話を聞かされた――その時に俺は思ったんだ。俺たちはこの銀河について何も知っちゃいない。”Pax Galaxia”なんて浮かれてるが、歴史に学ばなければそのうち痛い目に遭うってな。だから俺は歴史学者になろうと思い立った」
「……」
「この星に来てノータっていう素晴らしい相棒と出会えた。ノータはよ、一度聞いた事は決して忘れない、完璧な書記だ」
「それでお二人で様々な場所を旅されている?」
「ところが話はそう上手くはいかない。遠い星に長い間かけて行くには、それなりのもの、つまり金が必要だ。だから俺はまだ一度もいわゆる大航海ってやつに出掛けてない。これが現実さ」
「パトロンの意味がやっとわかった。でも見つかったようで良かったですね」
「まあな、正直言うとセンテニア家みてえな名門のバックアップが欲しかったが、こればっかりは仕方ないや」
「宗教団体だとノータが言っていたが」とソントンが尋ねた。
「おお、詳しい事は言えないけどな。明日、挨拶に行くつもりなんだ――先生よ、何でもっと早くトーグルを連れて来てくれなかったんだよ」

 
「ちょっと待って」
 わしとソントンの会話にトーグルがいきなり割り込んだ。
「私の考えを申し上げよう。私自身、現在の風潮には危機感を抱いている。我が祖、デルギウスが成し遂げた『銀河の叡智』を検証する事もできず、デズモンドが言うように過去から学ぼうともしていない。ただただ、ぬるま湯に浸かっているだけではないか。私はデズモンドの冒険、いえ、大航海をサポートしたいと思う」
「さすが《鉄の星》の王だな。しっかりしてらあ。あんたがそう言ってくれるんなら喜んでそれに甘えるぜ」
「その代わり、頼みが一つだけある。デズモンドの研究成果は全て連邦の『ORPHAN』に登録してほしい。ううん、デズモンドだけじゃない、ソントン先生もユサクリス様も皆の作品は誰もがいつでも閲覧できるようにしてほしいんだ」
「俺は構わないぜ」
 わしは入口近くでエテルと談笑しているユサクリスに声をかけた。
「おい、ユサクリス。お前も晴れて連邦お抱えの芸術家だぞ」

 びっくりした顔のユサクリスを無視して、わしは再び席に座った。
「ってことは、明日の挨拶は断りを入れる事になっちまうか」
「いや、断る事はない。そちらの申し出も受けておいた方がいい」
 ソントンが諭すように言った。
「うん、まあな。世話になってる人だし、断る訳にもいかねえ――そうだ、トーグル、あんた明日一緒に挨拶に行かねえか。会っといて損になる人じゃねえ」
「わかった」
「よし、乾杯しようや。喉が渇いちまった」

 
 “Le Reve”の奥の席でノータ、ソントン、トーグル、わしの四人でポリートを飲みながら談笑を続けているとソントンが尋ねた。
「なあ、デズモンド。最近姿を見なかったがどこかに出かけていたのか?」
「ああ、大航海ならぬ小航海にな。実はこれからその航海のパトロンに報告をしなきゃなんねえんだ」
「お前、酒など飲んでていいのか」
「いいんだよ。ここで会うんだし――おっ、来たかな?」

 
 扉が開いた瞬間のトーグルの顔ったらなかったな。まるで朝露を浴びた大輪の花が咲いたように、その一角だけがきらきら輝いて見えたとか抜かしていやがった。
 その新しい客は入口近くでユサクリスやエテルと何事かを話していた。
「あら、ユサクリス、それにエテルも。あっちで一緒にどう?」
「いや、あちらには珍しい客人もいるようだし遠慮しておくよ」
 ユサクリスが答えると新しい客は小首を傾げた。エテルは顔を真っ赤にしたまま俯いていた。
「まあ、誰かしら。それじゃあ、また後で」

 
 その新しい客はこちらの席に向かって歩いてきた。均整の取れたプロポーションに淡い黄色のワンピースを着ていた。髪は金髪で目はブルー、少し悲しそうな表情に見えるがそれが彼女の魅力を一層引き立てていた。
「こんばんは。皆さん」
「やあ、エリザベート。今日は公演日ではなかったかい?」
 ソントンの問いかけにエリザベートは大げさに肩をすくめた。
「本番前だけど抜け出してきたの。デズが色々話してくれるって事だから――あら、そちらの方は?」
「ああ、もう何度目の紹介かわからんな。名札でも付けておけば良かったよ。この青年は《鉄の星》の若き王、トーグル・センテニア君だ」
「まあ、『全能の王』の末裔ですね。あたくしはエリザベート・フォルストと申します」
「エリザベート……もしかすると『リーバルンとナラシャナ』の?」
「そのもしかすると、ですわ。お会いできて光栄です」
「いや、こちらこそ」

「エリザベート。忙しい所、呼び出して悪かったな」
 わしが言うとエリザベートは首を横に振った。
「いいえ。だってあたくしにはデズの報告を聞く義務がありますもの――何て言うのかしら。そう、パトロンですから」
「何だ、デズモンド。エリザベート相手に商売をしてたのか?」
 ソントンが非難するように言い、わしは慌てて「違う、違う」と手を横に振った。
「エリザベートから金を取る訳ねえだろう――俺は美人には甘いんだ」
「あら、あたくし、お金だったら払うつもりだったのに。それより早く話して下さらない。あまり時間がないの」
「ああ、そうだな――

 

 ――俺とノータは《賢者の星》の王都、イワクに着いた。整然とした美しい街だったが人の顔は晴れやかには見えなかった。
 ポートには王宮の人間が迎えに来てくれた。言われた通り、あんたの本名を出したら、すぐに王に謁見できる手筈になった。
 ハルナータ王は噂に違わぬ立派な方だった。彼の目下の悩みは弟君と星の実力者の反目についてだった。
 このまま対立が深まれば星を二分するような大きな戦いが起こる。何とかしてそれを阻止するために、星が生んだ最高のスター、エリザベートにも是非協力してもらいたいって言ってた――

 

「あたくしで良ければいくらでも協力しますわ」
「ハルナータ王も喜ぶだろうよ」
「次の休演日に早速にでも――ところでトーグル様、思い出した事がありますの」
「何でしょうか?」
「《七聖の座》の劇場はここの古い劇場を真似て建てられたらしいのですけれど、そのこけら落としの演目がデルギウス王のお書きになった『異国の姫』という作品だったという話、聞いた事がございませんか?」
「……そんな話は聞いた事がありませんね。確かに演劇鑑賞が趣味だったようですが」
「一回しか上演されなかったらしくて、脚本も残っていないので、どのような内容かわからないらしいのですが――オーロイに聞いてみようかしら」
「オーロイならば知ってるかもしれねえなあ」
 わしがあくびをしながら答えるのとほぼ同時に今度は二人の男が店の扉を開けて入ってきた。

 
「噂をすれば何とやら。オーロイが来たぜ。ホアンも一緒じゃねえか」
 長身の細身の男と痩せた小柄な男がテーブルに近付いた。
「おっ、何だ。皆、揃っているなら私も呼んでくれれば良かったのに」
 長身の男がよく通るバリトンの声で言うとエリザベートが答えた。
「ごめんなさい、オーロイ。忙しそうだったから――こちらは《鉄の星》のデルギウス王の末裔、トーグル様よ」
 オーロイと呼ばれた男は柔らかな表情でトーグルを見た。
「お目にかかれて光栄です。私は舞台演出家のオーロイ・コンスタンツェです」
「こちらこそ。『リーバルンとナラシャナ』の評判は聞いてますよ」
「でしたら今夜の舞台を観にいらっしゃいませんか。席は用意しますから」
「よろしいんですか」
「もちろんですよ。《鉄の星》の王に観て頂けるなんてこれ以上はない栄誉です」
「よぉし、じゃあ俺たちも久々に観に行ってやらあ。なあ、ソントン?」
「何だ、デズモンド、また、ただ見か。なあ、ホアン、四人分用意できるかな?」
 ホアンと呼ばれた小柄な男は汗を拭きながら答えた。
「問題ありませんが、それよりもそろそろ――」

「ああ、そうそう」とエリザベートがホアンの言葉を遮った。「オーロイ、『異国の姫』の内容を知っていらっしゃる?」
「……『異国の姫』……ああ、デルギウス王の……確か、主人公が立ち寄った星の姫に恋をするが、その恋は実らず、再度訪問した時にはすでに姫は死んでいた、そんな話ではなかったかな」
「まあ、デルギウス王がそんなロマンチックな。実話かしら?」
「うーん、脚本も残っていないし詳細はわからないな」
「あたくし、その作品演じてみたいですわ。ねえ、ソントン、『異国の姫』、脚本をお書きになってくれません?」
「ああ。考えておこう――」
「あのぉ」
 心配そうな表情のホアンが会話を止めた。
「そろそろ劇場に戻って頂かないと。開演まで時間がありません」
「そうだったね。エリザベート、戻ろう。じゃあ皆さん、劇場でお会いしましょう」
 オーロイはまるで舞台俳優のようにエリザベートの手を取って外に出ていった。

 
「しっかしホアンの奴はせっかちだな」
 わしの言葉にソントンが「仕方ないだろう。劇場の支配人ってのは我がままな人種に振り回される運命にあるんだよ」と答えた。
「ソントン、そういうお前だってホアンにいつでも迷惑かけてるじゃないか」
「そうだったかな」
「そうだったかなじゃねえよ。お前がいつまでたっても新作を書かないからホアンは泣きそうな顔してら」
「おい、デズモンド。君にも責任があるんだぞ。君が面白い話を持ってこないから私は作品を書けないんだ」
「まあまあ、お二人とも」とトーグルが会話に割り込んだ。「もうすぐ冒険に出るんだから、いくらだってネタに巡り会えますよ」
 ソントンとわしは思いもよらぬトーグルの発言に一瞬言葉を失った。
「おい、トーグル。大分馴染んだじゃねえかよ。その調子だぜ」
 わしは親指を立て、ソントンもトーグルも笑い出した。

 

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 Report 2 古の聖女

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