3.9. Story 3 《賢者の星》

2 アカボシの即位

 ノカーノはその日の晩餐でデルギウスから結婚をするつもりである事を伝えられた。ノカーノは少し複雑な気分になった。デルギウスは懐の深さを見せてくれたが、急に結婚話を持ち出すとは、存外ショックを受けているのかもしれなかった。
「デルギウス、新しい星に赴く件だが」
「何、それほど急ぐ必要はない。私の婚姻を見届けてからでも十分だ」
「それはいつだ?」
「そうだな、五日もあれば手筈が整う。兆明、クシャーナやリリアは無理だろうが、近くにいるメドゥキ、ファンボデレン、そして君には是非参列してもらいたい」
「わかった。君の新しい旅立ちを見届けよう」
「ははは。君がいけないのだぞ。そんな可愛らしい子を私に見せるから、私も色々と感じ入ってしまった」
 アカボシは大人たちの会話には加わらず、夢中で食事をぱくついていた。ノカーノはそれを見ながら、デルギウスもそろそろ自分自身の幸福を考える時期だと思い、変なわだかまりは捨てようと心に誓った。

 
 五日後、《鉄の星》に急遽呼びつけられた者たちは驚きの色を隠せなかった。
 真っ先に到着したのは弟のディーティウスだった。ディーティウスはすでに結婚をし、王妃の腹には間もなく生まれてくる子供の命が宿っていた。
 ディーティウスは婚礼の正装に身を包んだ新郎の下に向かった。
「兄上、驚きましたよ。以前から『私は結婚をせずに聖サフィや聖ルンビアと同じ生き方をする』と言っていたのに。どういう風の吹き回しですか?」
「気が変わった。お前のブライトピア家と同じようにセンテニア家を守り、発展させねばならない。今更ながらその事に気付いた」
「まあ、何はともあれめでたいですが、新婦はあのキャナリスさんの一人娘ですよね?」
「ああ、ピオーナだ。お前の義姉となる。よろしく頼むぞ」
「……こちらこそ」

 ディーティウスはかすかなもやもやを感じながら部屋を後にし、婚礼が行われる王の間へと向かった。そこで参列者にノカーノの姿を認め大声を上げた。
「ノカーノじゃないか。いつ戻ってきたんだ?」
「五日前さ」
「やあ、無事で良かったよ――おや、その子は。ははーん、兄上は君の子供に刺激を受けたんだな。で、奥方は?」
「『死者の国』だ」
「……それは無神経な事を聞いて悪かった。少年、名前は何と言う?」
「はい。アカボシです」
「アカボシか。背中に背負っている剣はお父様の物かい?」
「いえ、これはサワラビが父様に上げたのですが、父様は私に下さいました」
「サワラビっていうのは《青の星》で世話になった人なんだよ」
「ふーん、立派な剣だなあ」
「はい。『鎮山の剣』です」
 そこにメドゥキとファンボデレン、それにケミラが合流した。近隣の星の王たちや連邦の将軍たちが居並ぶ中、デルギウスの婚礼がつつがなく行われた。

 
 婚礼が無事に終わると約束通り、ノカーノとアカボシは《鉄の星》を後にした。ファンボデレンが自分の大型シップで送ってやると言い、メドゥキも同乗して目的地に向かった。
「しかし兄貴は急にどうしたんだろうな。あれほど所帯は持たないって言ってたのに」
「誰だって考えが変わるさ」
 ファンボデレンがシップを巧みに操縦しながら言った。
「そういうメドゥキこそ、いい女たちと浮名を流してると評判だぞ」
「バカ、あれは違うんだ。おいらが何もしてないのに向こうから寄ってくるだけだ――そういうお前こそどうなんだ?」
「俺か。俺はもう夢が叶ってるからな。これ以上は何も望まんよ」
「へっ、かっこつけやがって――ところでノカーノ。お前が行く星なんだが、まだ名前も付いてねえんだよ。着いたら真っ先にいい名前を付けてやってくれよな」
「ああ、わかった……だが最終決定をするのは王であるアカボシだ」
「何だって。お前じゃなくてこの小僧が王になんのかよ」
「私は後見人だ」
「はあーん、後見人ってのは別に一人とは限らねえだろ。だったらおいらもなってやるよ」
「俺もできる限りの支援はするぞ」
「ありがとう。良い星になるように努力するよ」

 その後、ノカーノたちの星は《賢者の星》と名付けられ、少年王アカボシの下で発展を遂げた。

 
 《巨大な星》、ホーリィプレイスのマザーの家を奇妙な客人が訪れた。その男は全身黒ずくめの服装に身を包み、髪の毛も黒く、物憂げな瞳をしていた。
「出不精のあんたがこっちに来るなんて珍しいもんだね」
「あまりに退屈なので話相手を求めただけですよ」
「……どうせデルギウスの心変わりの件だろ?」
「なかなか思惑通りには進まないものですな」
「あの坊やがそのままサフィやルンビアと同じ道に入ってくれれば『意識のネットワーク』の完成は目の前だったのに、いきなり結婚するとか言い出したからさ。それだけで千年は遅れちまうよ」
「裏を返せば千年後が楽しみという訳ですな」
「あんたは気楽でいいね。あのArhatsたちがいつ気を変えるかわからないじゃないか。早く銀河を落ち着かせたいと思うのは当然だろ」

「……なるほど、やはりあなたはこの世界を愛してらっしゃる。ならば異分子が紛れ込んでいるのもご存じでしょう」
「何を言いたいんだい?」
「デルギウスの心変わりも元はと言えば、この異分子が起こした死人返しに端を発するもの」
「あんた、『死者の国』を仕切ってるんだろ。どうしてそんな外法を許したんだい?」
「マザーは勘違いなさっている。私は『死者の国』の上に住んでいるだけです。しかも今回の『死人返し』は直接Arhatが手を下したようです」
「ワンデライ……いや、そんなはずはないからジュカだね。それでようやく話が繋がったよ。《享楽の星》にいたヤーマスッド、遡ればヤッカームがジュカと組んで騒ぎを起こしたっていう訳だね」
「今回はヤバパーズ、ヤパラムと名乗っていたようですがね。七聖ノカーノは物の見事に策に嵌ったようですよ。もっともノカーノはすぐ後にヤパラムを消滅寸前まで追い込んだようですが」

「ノカーノ……あの坊やは謎だね」
「記憶が全くないようですな」
「――どうやら、あたしはとんだ計算違いをしてたみたいだよ。デルギウスは『全能の王』として優れてたけど、所詮はこの世界限定。ノカーノは同じ土俵に立つ人間じゃなかったって事だね」
「左様。ノカーノの存在がデルギウスの自尊心を大いに傷付けたのでしょうな。唐突にセンテニア家を発展させると言い出した」
「間違いがあるとすれば女がらみだとは思っていたけど、こんな形とは予想できなかったよ……まあ、結局ヤパラムにやられたって訳だ。侮れないね」
「しかしこの先千年は復活できますまい」
「マックスウェル、あんた、傍観者を気取ってる割には何でそんな話をあたしにするんだい?」
「これから千年続く退屈に入る前に一度お話をしておきたかったのと――」
「ノカーノに興味があるんだね?」
「正確にはノカーノの子、アカボシとユウヅツ、そこから連なる子孫にですが」
「ふん。好きにするがいいさ。あたしゃ、この『銀河の叡智』が続いてくれさえすればそれでいい――デルギウスの件はつくづく残念だよ」

 

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