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2 山の掟
ローチェが姿を消して五日後、ノカーノはサワラビに呼び出された。空海も傍らに座っていた。
「ノカーノ、さぞ気を落しているだろうね」
「いえ、砦の皆さんがよくして下さいます」
「実は言い難い事なんだけどねえ――まずはこの山の掟を話そうか。ここには女しかいないだろう。でも年寄りだけじゃなくて、若い子も小さな子もいる。女たちは年頃になると山を降りて、目ぼしい男と契るんだよ。そして山に戻って子を産む。生まれて来た子が女だったらそのまま山に残る。男だったらその子が五歳になった時に父親に子供を返すか、山を降りなければならない」
「では私は?」
「最初に言っただろう。特例だって。そもそも男は山で暮らす事を許されちゃいないんだが、おんしは返してしまうにはあまりにも惜しい男だったからねえ」
「サワラビよ。ローチェとの事はお前の企み通りに進んだのだろう?」
空海が挑みかかる様な口調で言った。
「まあね、わしは後を継いでこの山を守ってくれる者を探しておった。ローチェとノカーノがそうなってくれて、ユウヅツが生まれたのは喜ばしい――正直に認めるよ」
「ユウヅツに山を継がせるつもりか。ノカーノとアカボシはどうなる?」
「山の掟に従って、五歳になったアカボシは山を降りなきゃならない。ノカーノ、どうだい?」
「……色々と考えましたがそろそろこの星を去る時かもしれません」
「そう言うだろうと思ってたよ。ユウヅツはこちらに残す、それでいいんだね?」
「それが決まりならば仕方ありません」
「おい、ノカーノ。いいのか?」
「いいんだ、空海。私もサワラビには一方ならぬ恩を感じている。その受けた恩を返すのが今だ」
「子供たちを引き離すのは心が痛むけどねえ」
「ローチェも言っておりました。人間は戻るべき場所に戻るのが一番自然だと。私も《鉄の星》に戻りましょう」
「おんしに渡したい物があるんだよ。この『鎮山の剣』を持っていっておくれ。ここまでしてくれたおんしに対するわしからの最大限の気持ちじゃよ」
「サワラビ、それはアテルイの――」
サワラビは空海の言葉を途中で止めた。
「いいんだよ。ユウヅツを残してくれるんだからこのくらいはしないと。で、いつ出発するんだい?」
「早い方がいいでしょう。明日にでも」
出発の朝、砦の前では山の全員が出て別れを惜しんだ。幼いユウヅツはサワラビと手をつなぎながら、涙を堪えているようだった。
空海が一歩前に進み出た。
「ノカーノ、元気でな。また遊びに来いよ」
「ああ、空海も山を開いてする事がなくなったら遊びに……と言ってもシップがないか」
「いや、シップなどなくても行く方法はきっとあるさ。実は私は高野の山の他にもう一つ山を開こうと思っている。『始宙摩寺』、宇宙の始まりを見つめる寺だ、いい名だろう。そこで真理を突き詰めるつもりだ」
「ははは、お前らしいな。期待しているよ」
空海はノカーノにぴたりとくっついてべそをかくアカボシに言った。
「アカボシ、めそめそするな。父さんを助けて立派な男になるんだぞ」
「……うん」
「あまり引き留めてもいかんな――おい、ユウヅツ、シップまで父さんを見送りに行くぞ」
ユウヅツはサワラビの手を振りほどいて駆け出したが、途中で立ち止まった。
「待って。ヌエも連れて行っていいでしょ?」
「ああ、早くしろ」
ノカーノたちを送り出した砦の入口で空海が尋ねた。
「サワラビ。本当にユウヅツにこの山を継がせるつもりか?」
「ああ、そうだよ。悪いかい」
「いや、適任だと思う。思うが……さっきは口に出さなかったがタマユラはどうなる?」
「あの娘はもうここには戻って来ないさ」
「実の娘なのにそれでいいのか?」
「能力があっても、それを次代に残せないのなら仕方ないだろう」
「タマユラにしてみればそれはお前の責任だそうだぞ。子孫を残さない他所の星の人間と契ったお前のな」
「それについては不憫に思うが山を潰す訳にはいかんのだ」
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