3.6. Story 2 大砂漠

2 佇む男

 デルギウスは《享楽の星》の都、チオニ上空にいた。都の中心部に大樹がそそり立ち、その周囲に四つあるのが都督庁だろう。都督庁を中心に四つの地区が発展していて中央に一際立派な王宮らしき建物が見えた。
 メドゥキは王宮を発見できないと言っていたが、とんだ勘違いだったのだろうか。
 一番大きいのが西の都、南の都は最南部に広大な未開発の森を抱いていた。東の都は大きな砂漠に面していて砂漠のすぐ傍まで開発が進んでいた。そして北の都は他の三つの都に比べて小ぶりだった。最北にもやもやと広がる黒い闇が見えた、噂の『夜闇の回廊』だろう。

 
 デルギウスは西の都のポートにシップを着陸させた。賑やかな大路を歩いて都督庁の大きな建物の前で衛兵に用件を告げた。
「私は《鉄の星》の王デルギウスと申しますが、都督殿にお会いしたいのですが」
 衛兵は胡散臭げにデルギウスを見た。
「何のご用件でしょう?」
「都督殿にお取次ぎはできないでしょうか」
 再び衛兵は奥に引っ込み、およそ五分後に姿を現した。
「申し訳ありませんが都督は多忙です。予約をしてから改めて来て頂けますか」
 それきり取り付く島のなくなった衛兵をあきらめてデルギウスは大路を戻った。田舎の星の王ごときの訪問では、この星の人間は動かないのを思い知らされた。
 気を取り直して東の都に行ったが、東の都督庁ではもっとひどい対応をされた。デルギウスが名乗る以前に「都督は不在」という答えが返ってきた。

 
 少し気落ちしてチオニの大路をぶらついた。気が付けば東の大路の突端、大砂漠の入口まで来ていた。
 そこは広場のようになっており、中央には休憩用の石造りのベンチが、東の砂漠に面した場所には幾つもの望遠鏡が設置されていた。すっかり観光地化しているらしく多くの人がやって来ては風景をロゼッタ映像に収めたり、望遠鏡を覗き込んだりしていた。
 あまりの人の多さに辟易し、少し離れた場所に移動した。そこには同じように人の群れを嫌ってか、静かに佇む灰色のマントを纏った青年がいた。
 目が合った青年は、にこりと笑って会釈をした。デルギウスもつられて会釈を返した。

 会話もなく二人並んで砂漠を見つめたがとうとうデルギウスが口を開いた。
「何か見えますか?」
「さあ、あそこのベンチには『よほど運が良ければサンドチューブの姿を見る事ができます』と書いてありますね」
「サンドチューブ?」
「この砂漠の守護者らしいですよ」
「伝説の生き物なのでしょうね……おっ」
 デルギウスははるか遠くに巨大な蛇のような生き物のシルエットが幾つも南から北へと移動するのを見た。
「あれは?」
「この距離であの大きさ、かなり巨大な生き物ですね。きっとサンドチューブに違いない」
「しかしここにいる人たちは特別騒いでいませんね――私たちにだけ見えたのでしょうか」
「そういう事になりますね――では私はこれで」
 青年はそのまま去っていった。残されたデルギウスは広場を見回したがサンドチューブの姿に気付いた者はいないようだった。

 
 いよいよすっきりしない気分を抱え込んだデルギウスは物のついでに南の都に行き、都督庁とは反対側の最も南にある広場に向かった。そこははるか南の未開発の森が見渡せる場所だった。今度はベンチの所に置いてある石碑を自ら読んでみた。
「かなり運が良ければ『忌避者の村』の住民を目撃できます」
 またしても「運が良ければ」か、そんなに幸運が続くはずがない、そう思ったデルギウスが観光客から少し離れた場所に向かうとそこにはあの灰色のローブの青年がいた。
「やあ、またお会いしましたね」
「ええ」
「今度はあの森ですか……や、や」
 デルギウスが指差す先には広大な緑の森が広がっていたが、その一点で確かに鳥とも人ともつかない生き物が飛び回っているのが見えた。
 しかし今度も広場の大勢の人は別段騒いでいる様子がなかった。
「見ましたか?」
「ええ、どうやらあなたはとてつもない幸運の持ち主らしいですね。いや、そのおこぼれに与れて感謝しています。では」
 再び青年は去っていった。デルギウスはこの不思議な出来事がどこまで続くのか見届けてやろうと考えて次の場所を目指した。

 
 向かったのは北の都の最北部だった。だがそこは観光スポットではなく鉄の門に覆われた墓場だった。おそらくこの奥に夜闇の回廊がある、デルギウスが警護の兵士を前に逡巡していると声がかかった。
「おい、そんな所にいたのか。早く来いよ」
 デルギウスが顔を上げると墓場の内部からあの青年が手招きをしていた。デルギウスは警護の兵士に一礼をしてから、いそいそと墓場の中に入った。
「ありがとう。しかしここにあなたの家の墓所があるなんて」
「ありませんよ。あなただって回廊を見たいだけでしょう。私も同じです。さあ、行きましょう」

 
 デルギウスと青年は北に向かって幾つかの墓地を越えた。すると突然に闇がその姿を現した。ぽっかりと口を開けた直径二メートルほどの真っ暗な穴、そしてその周囲にはいくらか薄い色の霧とも靄ともつかない不思議な空間が広がっていた。
 墓守らしき皺だらけの老人がやってきて注意をした。
「おい、あんたら、あんまり近付いちゃいかんぞ」
「これは運試しなんだ――おじいさん、何年くらい墓守をやってるんだい?」
「そうさなあ、かれこれ六十年以上になるかなあ」
 老人は青年の気さくな口調につられて思わず答えた。
「その間、恐ろしい思いをした事があったかい?」
「うんにゃ、まるで凪の海みてえなもんだ。一度だって困った事はねえよ」
「そうかい。じゃあこれからじいさんが腰を抜かすような事が起こるかもしれないぜ」
 デルギウスと青年は一歩、また一歩と口を開ける闇に近付いた。
「おい、あんたら、あんまり近づいちゃ危ないって……ひぃっ」

 デルギウスと青年は老人の悲鳴に気付いて真っ暗な穴の上方を見た。そこには四本の腕を持ち、大きな獣にまたがった巨大な人間のシルエットが映し出されていた。
「うわあああ、とうとう夜叉王様が現れたあ」
 老人は腰を抜かしたまま、黒いシルエットを一心不乱に拝んだ。
「これが……夜叉王」
 シルエットはやがてその色を薄くし、輪郭もおぼろげになろうとしていたが、デルギウスの脳に直接声が響いてきた。
(『聖樹の笛』……それをドノスに渡してはだめ)
 青年も同じ声を聞いたらしかった。夜叉王の姿は消えつつあり、元通りの静寂が訪れようとしていた。振り返ると墓守の老人はまだ回廊に向かって拝み続けていた。
「どうやら大変な事をしでかしたようですね。この場を一刻も早く離れましょう」
「ああ、そうだね」

 
 デルギウスと青年は急いでその場を離れ、走り出した。ようやく都の中心部まで戻って二人で腹が痛くなるまで笑い合った。
「あなたが持っている何とか言う名の笛、それが不思議な出来事を起こしていたのでしょうか?」
「そうかもしれません――喉が渇きました。どうです、どこかでお茶でも飲みませんか」

 
 デルギウスと青年は西の都の大路にある一軒のカフェに入り茶を注文した。
「今までの話を総合すると、その懐の物はお持ちになっていた方が良さそうですね」
「しかし何故、夜叉王が現れたのだろう?」
「あなたの持つ何かを感じたのではないですか?」
「いや、世の中にはわからない事が多いものですな――挨拶が遅れました。私は《鉄の星》の王デルギウスと申します」
「王ですか。すごいですね。私はノカーノです」
「ノカーノはこの星の生まれですか?」
「それが……名前以外の記憶がないんです。気が付いたらこの星にいました」
「どうやって生活をしているんですか?」
「私には……その、特殊な才能があるようで――墓場でご覧になったでしょう、話をすると皆、私に好意的に接してくれるのです。それでどうにか食いつないできました」

「ほお……どうですか、ノカーノ、私の仲間になってはくれませんか?」
「それはまた唐突な。私ごときが王たる者の仲間などと大それた――」
「いや、私には人を見る目があるつもりです。あなたは気付いていないかもしれませんが、あなたは強いはず、それも底の知れない強さです」
「強さですか?」
「あなたにはまだ私の及び知らないような能力が眠っているはずです」
「そこまで言われては断れないですね。わかりました。ご一緒させて頂きます」
「良かった。これで七人、そろそろ次の段階に移れそうです」
「七人?」
「私の仲間です。私以外には難民のリーダー、用心棒、盗賊、森の開拓者、修行僧、そしてあなたです」
「ずいぶんと愉快な構成ですね」
「ええ、この銀河を変える七人ですよ」

 

別ウインドウが開きます

 Chapter 7 七聖の誕生

先頭に戻る