3.5. Story 1 念塔

2 武闘会

 デルギウスたちは兆明に案内されて下の階の道場に案内された。
「デルギウス殿、妙な雲行きになってしまい申し訳ありませんな」
「いや、構いませんよ。ところでどういったルールで行いますか?」
「長老はああ言われたものの、こちらも人数が揃わないのですよ。でも五体五の総当たり戦がいいと思いますが」
「いいですな。足りない部分に誰が出るのか、組み合わせの妙もあります」
「ありがとうございます。陸音、こちらに来なさい」

 兆明は道場で稽古をしていた一人の少年を呼び付けた。
「はい」
 少年はコマネズミのようにちょこちょこと走ってきた。
「今からこの方たちと武闘会を行う。お前も出なさい」
「はい」
「後は……目ぼしい者がいないな。デルギウス殿、私も含めて二人でもいいですか?」
「こちらは構いませんが……いいのですか?」
「ああ、陸音ですか。成りは小さいですが強いですよ」
「互いにメンバー表を作って交換しましょう。審判は私と兆明殿が交替で」

 
「ではこれから武闘会を行う。最初の二試合は私が審判を務める。先鋒、ルミトリナ、兆明、前に出て」
 デルギウスが二人を向かい合わせた。
「ルミトリナ、負けて元々だ。悔いを残すなよ」
 ファンボデレンの激励にルミトリナは自信なさげに頷いた。
 試合が開始されるとすぐに兆明はルミトリナの力を見切ったようだった。全く手数をかけずにたった一発の突きでルミトリナを失神させた。
「そこまで。兆明の勝ち。次、次鋒、ファンボデレン、陸音」

 
 気を失ったルミトリナを道場の脇に運び出し第二試合が始まった。
 体格の良いファンボデレンと背の小さな陸音とでは大人と子供くらいの差があった。
 ファンボデレンは開始と同時にラッシュをかけた。重たそうな突きと蹴りを組み合わせながら陸音に圧力を加えた。一方、陸音はひらりひらりとこれを躱しながら機会を窺っているようだった。
「ふっ、逃げ回っていても勝機は掴めんぞ」
 ファンボデレンは尚も躍起になって突きと蹴りを浴びせた。大きな右の回し蹴りが空を切った瞬間を陸音は見逃さなかった。残った左足の足元に肩から低いタックルを入れると、ファンボデレンの体はきれいに宙に舞った。
 そのまま背中から地面に叩きつけられるのをかろうじて避けたファンボデレンは尻餅を着いた姿勢から反撃に移ろうと構えを取ったが、陸音の手刀が背後から首筋に当てられた。
「むう、見事。そこまで。勝者陸音。次、中堅、メドゥキ、陸音――陸音、少し休憩を取るか」
「いえ、必要ありません」

 
 デルギウスに代わって審判を務める兆明が言い、第三試合が開始した。
 メドゥキは距離を取りながら陸音の周りを回った。そのスピードは徐々に上がり、やがてその姿は肉眼では捕えられないほどになった。
 陸音は初めて経験するその速さに付いていく事ができず、ただきょろきょろするばかりだった。そしてメドゥキの指が陸音の額にそっと触れた。
「そこまで。勝者メドゥキ――陸音、実戦だったら死んでいたな。次、副将、ファンボデレン、陸音」

 
 再び、ファンボデレンと陸音が前に進み出た。
「おう、陸音、少し休憩しろ」
「大丈夫です」
「俺が困るんだよ。疲れ果てたお前に勝っても嬉しくない」
「はい」
 陸音が体力を回復させているその脇にファンボデレンは静かに立った。
「さっきは油断した」
「わかっています。二度、同じ手は通用しません」
「お前に対しても礼を欠いていた。いかなる時でも全力を尽くさねばいけない事をお前は俺に思い知らせてくれた。礼を言う――今度は本気の俺を見せよう」
「はい」

 ファンボデレンと陸音が向き合った。ファンボデレンは無暗に攻撃をせず、静かに気を溜めた。陸音は気に押されたのか攻撃に移れなかった。
 目を閉じて気合を高めていたファンボデレンが目を開けた。次の瞬間、ファンボデレンから凄まじい殺気が放出され、陸音は尻餅を着いた。
「……そこまで。勝者ファンボデレン――見事だ。ファンボデレン殿。陸音、稽古だけでは得られぬ貴重な体験をしたな」
「は、はい」
 ファンボデレンは陸音の手を取って起こし、その肩をぽんぽんと叩いた。デルギウスは満足そうに微笑みながら言った。
「さあ、残すは大将戦だけだ。ファンボデレン、審判を務めてくれ」
「了解――では大将戦、デルギウス、兆明。前へ」
 兆明が構えを取ろうとするのを見てデルギウスが言った。
「兆明殿、初めに言っておくが私は特異体質でな。攻撃を受けると自動的に鉄の装甲が発動するのだ。驚かないでくれよ」
「デルギウス殿、それでしたら初めから装甲を着けたままでも結構ですよ」
「ではそうさせてもらおう」
 デルギウスが大きく息を吸うと顔を除いた体全体に鈍色の鉄の鎧が現れた。
「これでいい。お待たせしました」

 
 ようやく目を覚ましたルミトリナもメドゥキと陸音の隣に座って勝負の行方を見守った。
 二人は互いに距離を取りながらじりじりと左回りに動いた。先手を取ったのは兆明だった。目にも止まらぬ左の拳がデルギウスを襲った。デルギウスは鉄の鎧を身に付けているとは思えない身軽さで拳を避け、左足を鞭のようにしならせた。
 一歩間合いに踏み込んでいた兆明はのけぞりながら蹴りを避けると同時に飛び退いた。
「恐ろしい切れ味だ」
「それを避ける兆明も凄い」
「普通に打ち合っていたのでは互いに半歩ばかり踏み込みが甘くなって決着が着きそうにありませんな」
「では次の一撃で勝負をつけるか」
「望むところ」
 周囲の音が一切止んだ。距離を取り合っていた二人は互いの間合いに入り込み、同時に右の拳を突き出した。
「相討ち?」
 陸音の呟きにメドゥキが首を横に振った。
「いや、一瞬だけデルギウスが早かった」
 そう言ったファンボデレンの言葉が終わらない内に、兆明の背後の道場の扉が粉々に砕け散り、デルギウスが膝を折った。

 
「何故、はずされた?」
 兆明は膝をついたデルギウスに尋ねた。
「お前はこんな所で死んでよい人間ではないからな」
「……確かに。おっしゃる通りです」
 兆明は自分の背後にある跡形もなく崩れ落ちた木の扉を見て言った。
「参りました。完敗です」
「ファンボデレン。勝敗は?」
 立ち上がったデルギウスが尋ねた。
「お……引き分け。引き分けだ。文句ある奴はかかってこい」
「だそうだ」
「異論ありません。いい勉強をさせて頂きました」
「長老も満足されたかな?」
「年寄りには刺激が強すぎたかもしれません」
「ははは――長老たちよ。どこかで見ておられたでしょう。お願いしたき事がございます。時が満ちた時には是非ここにいる兆明の力を借りたく存じます。よろしいですね?」
 返事はなかったが、承知したと言う事だろうとデルギウスは思った。
「デルギウス殿。その件についてはすでに長老たちより申し渡されております。私で良ければ喜んで力になりましょう」
「それは良かった。では――」

「私からもお願いがあります」
 声の主はルミトリナだった。ルミトリナは道場の床に頭をつけて土下座した。
「ここで修行させて下さい」
「ルミトリナ殿」
 兆明はルミトリナの頭を上げさせ、静かに言った。
「この星は貴殿にとっては仇の住む星。それで良いのか?」
「構いません――デルギウス様もお聞き下さい。私のはるか祖先はイットリナ、暗黒魔王の腹心を務めておりましたが公孫威徳殿に討たれました。私は幼き頃よりイットリナのようになりたい、いえ、暗黒魔王のようになりたいなどという良からぬ考えを持って生きてきたろくでなしです。しかし《森の星》で、そしてここで本当の強さに触れた気がします。どうか私に修行をさせて下さい」
(修行と言っても厳しいぞ。お前に務まるかな)
 長老の声が響いた。
「お願いします」
(拒む理由はない。まあ、やってみる事だな)
「ありがとうございます」

 
 明都のポートに兆明、陸音、ルミトリナが見送りにきた。
「次のお告げがまだないので、私たちは一旦、《鉄の星》に戻ります。後程シップを届けさせますので」
「お気をつけて」
「陸音」とファンボデレンが言った。「本当はお前も連れて行きたいんだが、まあ、この星をしっかり守ってくれ。お前はもっと強くなるぜ」
「ありがとうございます」
「ルミトリナ」とメドゥキが言った。「お前は戦士には向いてねえと思ってんだけどなあ。まあ、しっかりやれや」
「はい」
「では兆明、再会を楽しみにしているぞ」

 

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 Chapter 6 たゆたう者

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