目次
3 飛び去る石
メドゥキは空中を物凄い勢いで飛びながら、リリアの言った「金属を体からはずせ」という言葉の意味を考えた。
「きっと『ラムザールの宝剣』が反応しちまったんだ。『水に棲む者』のお宝だっていうから金属製じゃねえと思ったのにな。でも捨てんのは勿体ねえし」
懐から宝石の飾りの付いたナイフを取り出し、眺めた。《魅惑の星》のムスクーリ家の王宮から盗み出した由緒ある宝物だった。
「仕方ねえか。このまま飛び続けるのも困るし――あばよ、ラムザールちゃん」
剣を手放すと、宝剣は空中に漂った後、物凄いスピードで森の奥に向かって飛んでいった。するとメドゥキの体は楽になり重力の制御が効き始めた。
「くそ、しゃくだな」
メドゥキはそのまま宝剣の後を追って飛び続けた。
「さあ、あれが砦よ。あたしも来るのは初めてだけど」
砦は当然の如く木で組み上げられた三階建ての建物だった。二階には建物の周囲一面に沿って手すりが張り出していた。おそらくそこから弓矢を射かけるのだろう。
三階の窓の木枠がはずされてそこから青白い顔の男が顔を出した。
「お前ら、何をしに……何だ、ミカの所の小娘じゃないか」
リリアは三階に向かって声を張り上げた。
「ボグザル、父さんの仇、今こそ討たせてもらうわよ」
「ふはは、愚か者め。返り討ちにしてくれるわ――わしはこれからこの『マグネティカ』の力で銀河を支配するのだ。お前如きの私怨に関わっている暇はない」
「口を挟ませてもらうが」
リリアの隣に立っていたデルギウスが口を開いた。
「銀河と言うからには《鉄の星》も入っているのか?」
「当然だ。真っ先に征服してくれるわ」
「なるほど。これで戦う名分ができた。私はその《鉄の星》の王だ。征服と聞いては捨て置く訳にはいかないな」
「な、何だと……ふはは、だったら尚更都合が良い。たった三人で何ができると言うのだ。それ、やってしまえ」
二階の手すりに弓矢を携えた兵士がずらりと現れ、砦の門からも兵士がわらわらと湧き出した。
「ファンボデレン、地上は任せた。私はリリアを守りながら二階の奴らを片づける」
「おう、任せとけ」
リリアの矢が直線的に飛んで、二階の手すりの弓兵を打ち倒した。それを見たファンボデレンは門に向かって突進し、片っ端から相手を殴り倒していった。
デルギウスは木の枝を使って地面に不思議な模様を描き、それに向かって念じた。
「モンリュトル、ニワワ、ヒルよ。我に力を貸したまえ」
突然に空が曇り、突風と豪雨が砦を襲い、地面がうねり出し、二階の弓兵も門を守る兵士たちも立っていられなくなった。
ファンボデレンとリリアが声を上げた。
「おい、ひどいじゃないか。ずぶ濡れだぞ」
「そうよ、この雨風じゃ矢も放てないわ」
「ごめんごめん。この状況では術くらいしか使えないものでね」
雨風が止み、地面も元に戻った。兵士たちがいなくなった中をデルギウスたちは悠々と砦の中に入って行こうとしたが、一人だけ二階の手すりの裏に隠れていた弓兵がリリアに狙いを付けて弓を放った。
「……!」
デルギウスが咄嗟にリリアの前に立った。自動装甲が発動し、デルギウスの鉄の鎧が矢をはじき落とした。
「まいったな――」
次の瞬間、デルギウスの体は宙に高く浮き上がり、森の入口の方に飛ばされていった。
「あ、『排出』の時間になったんだ。どうする、ファンボデレン」
「鎧さえなければじきに戻ってくるさ。中に入ろう」
メドゥキは危うく腰を抜かす所だった。砦に忍び込み、石の置かれている部屋を探して偶然入った小部屋で、突然自分の捨てた宝剣が襲ってきたのだった。宝剣は壁に刺さったまま、まだぶるぶると震えていた。
「何だこりゃ、さっきと逆で今度は突っ放す力かよ――まあ、宝剣が戻ったから」
途中まで出した手を慌てて引っ込めた。
「危ねえ、危ねえ、今掴んだらまたどっかに飛ばされちまう」
小部屋を見回した。扉の反対側にはぶ厚い木でできた羽目板が立てかけられていた。宝剣は一旦そこに刺さったが、再びそこから飛んできたようだった。
「……つまりは、この板の向こうに大元の石があるって理屈じゃねえか」
メドゥキは慎重に羽目板を取り外しにかかった。
「いやあ、ひどい目に遭ったよ」
戻ってきたデルギウスが言った。
「きれいに飛んでったもんな」
時折、襲ってくる兵士を倒しながらファンボデレンが笑った。
「ちょっと真面目にやりなさいよ。もうすぐボグザルの部屋よ」
三人は勢い良く三階の部屋の扉を開けた。
「あ、いない」
「当然だな。おそらく石の置いてある場所に逃げ込んだんだ」
ファンボデレンは兵士の一人を捕まえ、ボグザルの居場所を聞き出し、デルギウスたちを手招きした。
三人は再び一階に降りて砦の一番奥で思いがけない光景を目の当たりにした。ボグザルが血相を変えて「ない、ない」と呟きながら、部屋をうろうろと歩き回っていた。
「お前の探してる石ならここにはもうねえよ」
デルギウスたちが入ってきたのとは別の方向からメドゥキが現れた。
「おいらがその装置からはずした途端にどっかに飛んでっちまった」
「ボグザル、年貢の納め時だな。石がなければ何もできまい」
「ほらよ」
メドゥキはボグザルに何かを投げて寄越した。
「由緒正しきラムザールの宝剣だ。それで自害しろよ」
「嫌だ、死にたくない」
「見苦しいな。ならば俺が楽にしてやろうか」
ファンボデレンが指を鳴らした。
「うぉーっ」と叫んでボグザルは目茶苦茶に宝剣を振り回し逃げ出そうとした。
「仕方ない。メドゥキ、わざとやったな」
デルギウスは呼吸を整え、拳を鉄の手甲で覆い、ボグザルの額に拳を叩き込んだ。
「リリア、これで良かったか」
断末魔の痙攣を終えて静かになったボグザルを見下ろしながらデルギウスが尋ねた。
「仇を討ったって父さんが戻ってくる訳じゃないってのはわかってたの。もっと未来を見て生きないと。父さんもそれを望んであんたたちを引き合わせてくれたのよね――でも、その、代わりに仇を討ってくれてありがとう」
「どういたしまして。その未来の事だが、まだ君にはこの星を再建するという大事な役目がある。いつか聖サフィのお告げがあった時には必ず私の下にはせ参じてくれないか」
「お安いご用よ」
集落に戻る途中の道の脇でルミトリナが待っていた。
「あの……」
「まだ用があるのか。それともボグザルの仇を討ちにきたか?」
「いえ、あんな人でなしには何の未練もありません」
「だったら何だ?」
「あの、皆さんは旅をしているんですよね――私も連れて行ってもらえませんか?」
「ファンボデレン、どう思う?」
「こんな弱い奴では無理だな」
「私もそう思う」
「……だめですか」
「だがここで出会ったのも何かの縁だ。付いてきたければ来るがいい」
「本当ですか?」
「でも兄貴、次の行く先もわからねえだろ?」
「いや、次の行く先については《虚栄の星》にいた時にすでにお告げがあった。《念の星》だ」
「……えっ」
「どうした、メドゥキ?」
「いや、何でもねえ、何でもねえよ」
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