3.3. Story 1 慈母像

3 メドゥキ登場

「さあ、お前ら、もうすぐ夜が明ける。気合入れて警護しろよ」
 未だ何も起こらない広間にファンボデレンの大声が響いた。
 デルギウスは広間を歩きながら、自分がメドゥキだったらどう行動するか、思いを巡らせた。
 メドゥキはこれまでにも様々な星で盗みを働いているらしいとオストドルフは言っていた。今回も予告状を送って自分の存在を露わにしている。
 自信には根拠があるはずだ。デルギウスはかつて読んだリーバルンの『耐性』と『適性』についての本の内容を思い出した。

 広間に何かが投げ込まれた。丸くて黒いものが床をころころと転がったかと思うと、猛烈な勢いで白い霧を吐き出した。
 白い霧はあっという間に広間を包み、警護の者たちがばたばたと倒れた。
(これは……人を眠らせる成分か)
 デルギウスは視界を奪われた中で『慈母像』の置いてある広間の中心まで勘を頼りに移動しようとした。

 
 広間の扉が勢い良く開かれた。
「何でえ。眠ってない奴がいるじゃねえかよ」
 充満していたガスが晴れて、乱入者が黒装束に黒覆面をした痩せた男だとわかった。
「まあ、いいか。おいらのスピードには付いてこれねえだろうし」
 メドゥキが『慈母像』に向けて突進した。デルギウスは像のすぐ近くで待ち構えた。
 手が像に伸びた瞬間にデルギウスはその腕を掴もうとした。確かに捕まえたと思ったが、メドゥキはもう離れた所に移動していた。

「毒耐性があるのは立派だけど、おいらの方が素早いんだな。じゃあ」
 一瞬にしてメドゥキは扉の傍まで移動し、呆然とするデルギウスに背中を向けて立ち去ろうとする前にファンボデレンが立ち塞がった。
「ありゃ、ここにも耐性のある奴がいた。どうなってんだ?」
 ファンボデレンが真っ赤な顔をして襲いかかろうとすると、メドゥキは懐から何かを取り出して床に転がした。広間は再び白い霧に包まれて視界が効かなくなった。
「待ちやがれ、この」
 ファンボデレンが外に走っていく足音が聞こえた。デルギウスもその後を追おうとしたが、思い止まると、空中に上がり、そのまま二階の窓から外に出た。

 
 デルギウスが屋敷の切妻屋根の上に出ると予想通りそこにはメドゥキがいた。
「おいおい、重力適性まであんのかよ。参ったな――あんたの名は?」
「《鉄の星》の王、デルギウスだ」
「へえ、『全能の王』とか呼ばれてるお人じゃねえか。つい最近も《歌の星》でとんでもねえ事やらかしたって噂になってるし、おいらにゃ勝ち目はねえはずだ」
「メドゥキ、それだけの能力がありながら、何故盗賊をやっている?」
「どっかの星の兵士になったって堅苦しいだけさ。おいらは自由に生きたいだけなんだ。人を殺しちゃいないし、金持ちのお宝を盗むだけで一般人には迷惑はかけてねえつもりだけどな」
「私の話を聞いてくれないか。その像は聖ルンビアの持ち物だった事は知ってるな?」
「もちろんだよ」
「この星のために命より大事な母親の形見を差し出し、都市計画を実行した。それなのに散々迫害されたんだ」
「それも知ってるよ。ひでえ話だよな」
「私は最近ルンビア様にお会いした。だがあの方はこの星の人をちっとも恨んじゃいなかった。むしろ都市がちゃんと発展しているか、それだけが気懸りのご様子だった――お前、そんな素晴らしいお方の大事な物を盗んで良心が痛まないのか?」
「……ちっ、余計な話、聞かせやがって。わかったよ、このお宝はあきらめる――と言いたいが、ただ返したんじゃメドゥキの名がすたるってもんだ。一つ勝負といかねえかい」
「どんな勝負だ?」
「これからあんたの周りを回る、三十数える内においらを捕まえられればあんたの勝ち、できなきゃおいらの勝ちってのはどうだい?」
「わかった。受けよう」

 
 二人は中央部の屋根が平らな部分に移動した。
「行くぜ!」
 メドゥキの姿が消えたように見えたが、実際に消えたのではなく物凄い勢いでデルギウスの周りを回り始めた。残像すら残らない速さにデルギウスは唖然としたが、すぐに一点を集中して見つめた。
「あと十だぜ……五、四、三、二――」
 デルギウスの手はメドゥキの左腕を捕まえただけでなく、瞬時にその腕まで捻り上げていた。
「痛てて……ちきしょう、参ったよ。完全に負けだ。好きにしやがれ」
 デルギウスはメドゥキを捕まえた手を離し、にこりと笑った。
「今の言葉に偽りはないな」
「ねえよ。オストドルフに差し出しゃ、またあんたの評判が上がるぜ」
「そんな事をするつもりはない。ただ私の仲間となって一緒に旅をして欲しいだけだ」
「はあ、あんた、いかれてんじゃねえのか。言っただろう、堅苦しいのは嫌いだって。家来なんかになってたまるか」
「家来ではない。対等な仲間だ。私がこれからやろうとしている事に協力してもらいたいのだ」
「ふん、だったら好きな時にずらかってもいいんだな?」
「構わない。お前がそうするとは思えないがな」
「ずいぶんと買いかぶられたもんだ。わかったよ、あんたと一緒に旅をするよ。《歌の星》の一件みてえな刺激もありそうだしな」
「ありがとう。で、像を返してもらおうか」

 デルギウスは像を受け取り、メドゥキと一緒に屋根から地上に降りた。地上ではファンボデレンが疲れ果てた顔で立っていた。
「ファンボデレン、受け取れ」
 デルギウスが『慈母像』を渡した。
「ツヴォナッツ殿に渡してこう言うんだ。『私めがこの像をメドゥキの手から守りました』とな。きっと謝礼をはずんでくれるぞ」
「……おい、ちょっと待て、デルギウス。お前、何言ってるんだ。それにメドゥキはそこにいるじゃないか」
「いいんだ。メドゥキは私の仲間になった。盗賊稼業からすっぱり足を洗ったんだ」
「……デルギウス、お前、まさか初めからメドゥキとぐるだったんじゃないだろうな」
「おい、ファンボデレンさんよ、この人がそんな事するような人に見えるかよ」
「いや、見えない」
「だったらいいだろ。早いとこ返してきちまいなよ」
「そう。そしてその後は私の仲間になって一緒に旅をするんだ」
「えっ、何を言ってるんだ」
「おいらたちの仲間になってこの銀河で暴れるんだよ」
「メドゥキ、無秩序に暴れる訳ではないぞ。聖サフィの導きで星を巡っているんだ――ファンボデレン、返事を聞かせてくれ」
「断る――俺には巨大船隊を率いて銀河を駆け巡る夢がある。《鉄の星》でそんな事が可能か?」
「まさしく適任だ。今、私の星ではこれまでになかった巨大シップを造ろうとしている。お前の知恵と情熱を貸してやってくれ」
「……そこまで言われたんじゃ仕方ないな」
「さあ、早く像を返してこい。全てはそれからだ」

 

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 Chapter 4 開拓者

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