3.3. Story 1 慈母像

2 ファンボデレン

 デルギウスは男の突然の申し出に苦笑した。
「力が有り余っているようだな。私はデルギウスだ。名は?」
「ファンボデレンだ」
「なっ……まずは戦うか、説明はその後だ」
「何をごちゃごちゃ言ってる。いくぞ」

 
 いきなりファンボデレンの拳が唸りを上げて襲った。体を躱して避けたデルギウスが反対にパンチを撃った。
 ファンボデレンは慌てて腕でデルギウスの拳をガードし、拳は厚い筋肉の鎧に跳ね返された。
「睨んでいた通り、貴様、強いな。メドゥキがなかなか現れなくていらいらしていたがかなり楽しませてくれそうだ」
「メドゥキが登場した時にのびていたのでは雇い主に顔向けができないぞ」
「な、貴様、何故それを――まあ、いい。今は勝負の最中だ」
 その後も二人の拳がまるで舞いを舞っているかのように飛び交った。互いに譲らず、五分が過ぎたあたりでデルギウスが声を上げた。
「さて、体も暖まった。そろそろケリを付けようか」
「ふん、こっちもそれを待っててやったんだ」
 二人は渾身の一撃をほぼ同時に放った。デルギウスが先に跳ね飛ばされ、床に叩きつけられた。それを見たファンボデレンはにやりと笑って膝から崩れ落ちた。

「……くそ」
「相討ちだったな」
「俺の負けだ。貴様は自ら飛び退いた。わからないとでも思っているのか」
「……」
「約束だ。ツヴォナッツの下に案内しよう。デルギウス」
「元よりそのつもりだったが――オストドルフ王に頼まれていたのでな」
「それを先に言え」
「お前のいらいらを鎮める方が先だ」
「違いない。あんたとは上手くやれそうだ。改めて俺の名はファンボデレン。王に頼まれはしたが直属の兵という訳じゃない。ただの雇われ用心棒だ」
「私はデルギウス。《鉄の星》の王だ」
「王だと……早く言えよ。王を殴ったのが知れたらただじゃすまない」
「運動になったし、いいじゃないか。ところでメドゥキが来る期限は今夜のはずだが」
「ああ、まだ現れやしない。おそらく今夜だ」
「メドゥキとはどんな奴だ?」
「俺もよく知らない。だが予告状を送ってくるくらいだからよほど自信があるのだろうし、『人は殺さない』などと義賊を気取りやがってる。鼻持ちならん奴だ」
「私もメドゥキの登場には立ち合わせてくれ。興味がある」
「そりゃ心強いが――あんた、変わった王様だな」

 
 ファンボデレンに連れられて屋敷の二階のツヴォナッツの居室を訪れると小柄な老人は笑顔でデルギウスを迎えた。
「ツヴォナッツ、デルギウスはすごく強い。一緒に盗難を防いでくれるそうだ」
 ファンボデレンがあまり上手とは言えない形でデルギウスを紹介した。
「ほお、デルギウスと言うのは《鉄の星》の『全能の王』と同じ名前ですな」
「そのデルギウスです」
「それは、それは。遠い所からようこそ。屋敷がばたついていて申し訳ありませんな」
「いえ、こちらこそご無理を言いまして」
「像は下の広間に置いてあります。ファンボデレンが『今夜だろう』と言うので、夜中になったら集中的に警護致します」
「私もそう思います。予告状を送りつけるくらいの自信家ですから、期限ぎりぎりに颯爽と登場するに違いありません」
「では夜になったらよろしくお願いします。それまでお寛ぎ下さい」

 
 ツヴォナッツと一緒の夕食を終え、デルギウスが広間に降りるとすでにファンボデレンの他にも警護の人間が集まっていた。
「よお、デルギウス」
「皆、お前の仲間か」
「いや、ツヴォナッツが雇った――まあ、一人一人に話はつけてあるんで俺の言う事を聞くようにはなってるがな」
「どうせ拳で話をつけたんだろう――お前って奴は」
「中央にあるのが『慈母像』だ。適当な位置にいてくれ」
「わかった」

 

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