3.2. Story 2 人攫い

3 アンタゴニスとの別れ

 戦いは終わった。幸いにして宮殿の火事は大事には至らず、宝物殿の一部を焼いただけで済んだ。
 ヤバパーズと一緒にいた男、おそらくノームバックは一足先に逃げたようだった。
 宮殿の広間では囚われていた人々が不安そうに肩を寄せ合っていた。アンタゴニスは広間に溢れ返りそうな人数を目の前にして声を上げた。
「一体、どれだけの人数が囚われていたのだ?」
「数えただけで三百人、下のキャンプにも百五十人以上おりますので全部で五百近く」
「クシャーナ、この方たちに尋ねてくれないか。この星に残るか、《青の星》に帰りたいか」
「はい」
 クシャーナは人々に何かを尋ねた。すると三十人ほどが申し訳なさそうに手を挙げた。
「なるほど、ほとんどは《青の星》に戻りたいか。連れてこられたばかりでは無理もない」
「先生、これだけの人数を運ぶとなると何度も往復しなくてはなりません――では私が早速」
「デルギウス、そんな猶予はない」
「しかし」
「行く先はもう決まっておる。急ぎ、その星に向かわねばならぬのだ」
「ですが」
「《青の星》で果たすべき約束があると言うのか?」
「あ、いえ。ほんの一時だけでもだめでしょうか?」
「――デルギウス、よく聞くがいい。お主の人生は最早お主一人の物ではない。この銀河にある幾多の星の民のための物だ。ここで個人の感情に任せて行動するか、銀河の事を考えて行動するか、賢明なお主にならわかるはずだ」
「……先生。遍く銀河の人々を救うのも大切ですが、一人の人間との約束を果たせないでいてその資格があるでしょうか?」
「お主らしい言い分だな。だったら心のままに行動するがよい。だが忘れるでないぞ。ここで歩みを止めるなら旅は終わりだ」
「そんな。ほんの一日あれば、ローチェを救い、ここに戻って参れます」
「その一日が命取りなのだ……私に残された時間もあまりない」

「えっ」
「私はこれ以上先には進めない。ここからはお主だけだ。次の目的地は《虚栄の星》。途中に《牧童の星》があるからそこで私を降ろしてくれ」
「と言いますと?」
「《牧童の星》は私の故郷だ。そこに行けばシップを借りて、多くの人間を望む場所に帰還させる事ができる。それが私の最後の務めだ。お主の約束の相手、それも気にかけておこう。あの大帝国の住民であろう?」
「はい。ローチェという名で皇后の侍女をしております」
「なるほどな。ほんの僅かの時間、話をしただけの仲の女を銀河との天秤にかけるとは。向こうはお主をそれほど気に留めていないかもしれぬではないか――まあ、よい。私はこれから命が続く限り、クシャーナにあらゆる事を教え込む。《青の星》の件も私たちに任せておけばよい。もっともお主が旅を止めるのであれば、話は違ってくるが」
「――先生。大恩ある先生の意志に背く事などできるはずがありません。急ぎ、次の目的地に向かいます」
「勘違いするでないぞ。私の意志ではなく、聖サフィの、そして銀河の意志だ」

 
「《虚栄の星》か。遠いですね」
「一日でも到着が遅れればお主の目的は達成されないと聖サフィは告げた。早く出発するがよい」
「わかりました――ああ、そうだ。クシャーナ」
「何だ、デルギウス」
「本当は君に一緒に旅をしてもらいたいが、この状況ではそれも無理なようだ。今はこの星の事だけを考えてもらいたい。時が来れば再びサフィのお告げがある。その時には私の下に駆け付けて欲しい」
「私などでいいのか。シップの操縦もできないのに」
「それについては心配要らん」とアンタゴニスが言った。「私に任せておけ」
「そういう訳だ。では達者でな。ところでモクンバがいまわの際に『紫の石』がどうとか言っていたが、心当たりがあるかい?」
「いや、石の話など聞いた事がないな」
「デルギウス、今は他の事に気を逸らすでない。仲間を集める事に集中するのだ」
「はい、そうですね」

 
 デルギウスとアンタゴニス、それにクシャーナはシップの上の人となった。
「先生、先ほどの話ですが」
「心配するな。お主は為すべき事を為すのに集中せよ」

 
「さあ、見えた。あれが《牧童の星》だ」
「《青の星》にも負けない美しさですね」
「ザンクシアスという町にポートがある。そこに着陸してくれ」

 デルギウスのシップは静かなポートに着陸した。
「久しぶりの故郷だ」
「先生のご家族は?」
「好き勝手に暮らしているだろう。牧童の暮らしは気ままなものだ」
「お世話になったご挨拶だけでも」
「いや、いい。お主は旅を続けろ。ここでお別れだ。デルギウス、立派な王となるのだぞ」
 アンタゴニスとクシャーナは背中を向けて去った。それがデルギウスとアンタゴニスの今生の別れだった。

 

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 Chapter 3 盗賊と用心棒

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